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祝福の鐘が、高らかに鳴り響き/R:1

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「そろそろ、皆が出勤してくる頃よ。……顔、洗っておいで」
「うん……っ」

 由飛さんが奥へと消えていくのを見届けてから、あたしはこっそりファミーユを出た。モールの開店時間自体はまだ先。当然客の姿は見えないし、早めに出勤してきた人くらいしかいない。
 今この時点でかすりさんや恵麻さんに会いたくはない。自然と早足になって、あたりを注意深く見回しながら通用門を目指していたら、

「ちょっと、いいかい?」

 キュリオの店長、たしか板橋さんとか言う人があたしに声を掛けてきた。

「何のご用でしょう? ファミーユへのご用なら、従業員ではないあたしには伝えないでください」

 さっさと切り抜けたい。その思惑は、すぐに消される。

「違うよ。ボクは、君に用があるんだ。まあとりあえず……入り口が一つしかないし、さすがにこの時間だと、ファミーユの誰かと絶対にすれ違う羽目になるよ。それでもいいのかい?」
「っ……」

 時計を見る。確かに、途中で出くわす可能性も高い。だが。

「構いません。トイレ等でやり過ごしますので」
「この時間で? おそらくIDカードは持っているんだろうけど、流石に開店時間前に私服でトイレに入ったりしたら、怪しまれると思うけど?」
「それは……」

 ……言われて気付く。確かにその通りだった。あたしも自覚が足りない。

「そ、それでも、」
「まあまあ。いい隠れ家があるんだけど、どうだい?」

 そう行って指差す方向、ファミーユの真向かいにあるキュリオ3号店だった。

「従業員区域ならまずばれないし、開店時間以降になって裏側通用口から抜ければ出くわすこともまずないと思うよ」
「それは、そうですけど……」
「ああ、別にファミーユの関係者がうちの店内にいることに関しては気にする必要ないから。何と言うか、今更だし、ボクもそちらによく伺ってるし」
「いや、そうではなくて、」
「ああでももう他に選択肢ないと思うよ? 本格的に危ない時間だし」

 時計を見やる。開店まであと45分。少なくとも仕込みのある恵麻さんは、そろそろ出勤時間だったはずだ。

「……わかりました。お邪魔させていただきます」

 あたしは渋々、その誘いに応じた。
 思えば、昔に本店に調査目的で入って以来のキュリオの店内だったが、感慨にふける間もなく奥へと通される。

「あ、おはようご……って、店長?」

 途中で、キュリオのスタッフ……川端さんに会う。どうやら出勤してきたばかりだったらしい彼女は、板橋さんに相当怪訝そうな表情を向けていた。これでこの店長の置かれてる大体の立場が把握できたが、肝心の板橋さんは真面目な顔を返す。

「あー、川端君の邪推してるような内容じゃないからね。カトレア君がらみでね。彼女はこの件の首謀者だし」
「あー、なるほど。ということは何か動きがあったんですか?」
「それは後で教えてあげるよ。ちょっとばかり真面目な話だから、カトレア君もいないところ悪いけど朝礼よろしく。あ、そうか、カトレア君いないからシフト調整も」
「うっ……わかりました」

 少しだけ泣きそうな顔で彼女は出て行った。ここ最近花鳥さんが一人分の働きしかしていなかったとはいえ、やはり彼女の抜ける穴は大きいのだろう。
 そうこう思案しているうちに、控え室らしき場所に案内された。

「まあとりあえず、そちらに掛けてもらっていいかな。あ、紅茶でも飲む?」
「いえ、結構です。それほど長居するわけでもありませんので」
「ちぇっ、人が久しぶりに淹れてみようかなぁと思ったのに」

 ……この人、仕事してるんだろうか?
 ライバル店に多少の不安を覚えている間、彼は自分用と思われるマグカップにコーヒーを淹れて来た。

「さて、」

 椅子に腰掛けて、板橋さんはあたしの瞳を、じっと見つめた。

「結局、君の思っている通りにいったと思うんだけど、どうだい?」
「さて、何のことでしょう?」
「とぼけちゃって。アレ、本当は花鳥君の為、というよりも煮え切らない仁君のためだったんでしょ? 鈍感な人間でもない限り気付くって。わからぬは本人ばかり……ってね」
「……そう、ですね」

 渋々あたしは首肯。砕けた雰囲気を見せかけていたくせに、どうやらなかなかに切れ者のようだ。普通ならわかる、という指摘ももっともではあるが。

「仁は臆病なんです。こういったことに。仕方ない面もありますけど。だから、遠回しに火をつけました」
「ははっ、確かに計画には恐れ入ったよ。だけど……本当に、全てが仁君のためだったと、君は言えるかい?」
「……っ!?」

 思わぬ問いかけ。
 あたしはその言葉に戦慄を覚えた。

「そう、ですけど何か?」
「あの計画、花鳥君を嵌めるフリして仁君を嵌めていたわけだけど、小さいけど落ちかねない穴があったと、ボクは思うんだよ」
「……」
「確かに花鳥君は気付かず、はまった。仁君も裏側の意味でちゃーんと嵌った。全ては結果オーライと今では言えるけど、本当に些細なタイミング次第で、結果は違ってたんじゃないか……そう考えなかったかい?」
「なんの、ことでしょう……?」

 声が震え出す。いけない、とわかっているのに声帯が震え始める。
 落ち着け、落ち着け、何も、ばれてはいない……

「最初、ボクは『これ……やりすぎなんじゃないの?』と言った。その後に、離ればなれになったときのイメージを植え付ける、ということに気付いて最初の発言を訂正した。だけど、今になって思うんだよ。やっぱり、やりすぎだったんじゃないかな、と」
「それは、仁にはそれくらいの方が、」
「彼ならやりすぎくらいが丁度いい。じゃあ果たしてその“やりすぎ”のラインって、どこにあったんだろうね。多分、彼は既にそのラインを踏んでいたと思うよ。どうにか仁君は堪えられたけど、踏み越したらどうなるか、聡明な君は気付いていた、いやそうなるよう願っていたんじゃないかな」
「何を一体……」
「じゃあ聞くけど、もし彼が、君の予想以上に臆病で、今この瞬間まだ店にいて、花鳥君もこの場でまだ落ち込んでいたなら、そして明日になっても状況が変わらなかったとしたら、果たして仁君は花鳥君を連れに来たのかな? もしくは引っ掛け無し、表側の意味通り花鳥君は仁君に何かを言ったのかな? 後者については、絶対にありえないとボクは断言できるよ。それが花鳥君が花鳥君たる所以だし。仁君に関してはちょっぴり不明な点もあるだろうけど、やはりおそらくない。人は一回タイミングを間違えると、なかなか踏み切れなくなるもんだよ。さて、そろそろボクが言いたいこと、わかったんじゃないかな?」
「……」

 歯を食いしばる。言ってはいけない。自分から言ってはいけない。今回の事が全て、無駄になる。

「夏海君、だったかね。君は……」

 だけど。

「心の何処かで、二人が破局すること、望んでたんじゃないかな?」

 ――その言葉に背筋が凍る。

「そ、そんなことはっ! そんなこと、決して、」
「ボクは君と仁君との事情をあまり知らない。だが、雰囲気とかからなんとなく、昔付き合っていた、もしくはそれに近い関係だったと推測できる。何故君が仁君に自分の想いを伝えなかったのか、あるいは逆はどうだったのか。流石にそこまで踏み込むほどマナーを知らないわけじゃない。おそらく深い、そしてどうしようもない理由があったに違いないだろう。ただ、ボクはね、花鳥君と仁君のことを考えて練られていたはずの計画に、そんな邪な考えが入っていたことが、少しだけ、許せないんだ」
「あ、あたしはそんなことは思ってなんか……!」
「本当に、思ってないと言い切れるかい?」
「ええ、思っていません」
「これを、見ても?」

 板橋さんは、懐から鏡を取り出し、目の前に掲げた。
 当然映りこむのは、あたし自身の顔。

「君がそんなに泣きそうな顔になっているのに?」
「……っ!」

 ――やっぱり、どうにかしてでも早く帰るべきだった。
 心の内を読まれ、あたしは心底後悔した。
 仕方ない。方針転換しよう。

「……すみません、やっぱり紅茶、いえ、コーヒーお願いします。少し落ち着きたいんで」
「ほぅらね、やっぱり必要だったでしょ?」
「……っ!」

 おー怖い怖い、そう言いながら板橋さんは一度、控え室から出て行った。その間を利用して深呼吸を繰り返し、心を落ち着かせる。
 大丈夫、まだ全てがばれているわけではないし、そこまでばれるキッカケも与えていない。最悪、アレまでばれないようにしておけば、それでいい。

 板橋さんは、コーヒーを淹れてくるだけにしては少し長い時間を掛けて戻ってきた。おそらく、あたしに落ち着かせる時間を与えてくれたのだろう。憎々しくも思うが、反面少しだけありがたくも感じた。

「……認めましょう。あたしは、ほんの少しだけ、仁たちがうまくいかないことを願っていました」

 先に言い出すことで、自分のペースを守ることにした。

「ほう……ということは」
「ええ、あたしは仁のことが好きです。そして貴方のおっしゃられたように、昔はそういうのに近い関係でもありました。もっとも、仁の告白をあたしがふって、今のような友達関係に落ち着きましたが」

 大丈夫。目の前の人を最小限の真実を使って騙す、それだけでいい。
 ついでに、あたし自身も騙してしまえば、それでいい。

「……何故?」
「何故って、あたしが振った理由ですか? 簡単ですよ、それは仁の持つ優先順位感覚の問題です」
「……なるほど、仁君と恵麻さん、か」
「ええ。仁の場合、一番優先されるのは近くにいる家族、つまりは恵麻さんなんです。あたしはそれが嫌だった。だから、振ったんです」
「振った理由は十分に理解できるね。じゃあ、その後も何故彼といる時間が多いんだい?」
「振りはしました。だけどそれはあたしの我侭な理由からです。シスコンが嫌だからなんて、我侭以外の何物でもないですからね。だけど、一度振った以上もう付き合い始めることもありません。それだと仁があまりにもかわいそうだったので……あたしは彼の手助けをすることにしました。幸せになってもらうために、一番の友達、というポジションで」
「……かわいそうに。彼も生殺しだったろうに」
「それは、否めません。かといってあたしが離れるわけにもいきませんでした。彼は、あたしに依存してましたし。実際のところ、自分で言うのも嫌ですが、今のファミーユが成り立っている部分のいくつかは、あたしの助言で出来たことです。相談役、というポジションに完全に入っちゃってますし」
「なんだか、難しい関係だね……」

 しかめ面で板橋さんは、すっかり温くなっただろうコーヒーに口をつける。同じタイミングで、あたしもコーヒーを飲んだ。苦味が頭をより覚醒させる。

「ほんのちょっぴり、焼もち的な感情があったのは事実です。だけど……仁に幸せになってもらいたかったのもまた事実です。お節介だと言われても構いません。だから、効果が最大限となるように、貴方の言うようにやりすぎな計画を立てました。それ以外に言うことはありません」
「そうか……君もカトレア君並に難儀な性格してるね」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「皮肉を皮肉で返す辺りも、ね……」

 はは、と苦笑する姿を見やった後、時計に視線を移す。
 既に10時、開店時間は過ぎた。よし、もう大丈夫。

「そろそろよろしいですか? 隠れるという大義名分も終わったことですし」
「……なら、仕方ない。どうせ引き止めても君は強引に帰るんだろ?」
「もちろんです」

 ふぅ、とこれ見よがしな溜息のあと、板橋さんはやれやれと言った表情を浮かべた。

「引き止めて悪かったね。あと……帰る前に涙は拭いて出て行ってね。ボクが泣かせたみたいで嫌だから。川端君辺りに見つかると、こっぴどく叱られるんだ」
「……っ!」

 あたしは駆け足で、ハンカチで顔を拭いながら、裏口から通用門へと抜けていった。
 さすがにこれ以上は、あたしにも無理だった。
 何が無理なのか……思いたくもなかった。


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