>TOP >ls >page

祝福の鐘が、高らかに鳴り響き/L:1

前ページ 作品トップ 次頁


「うーっ……朝ぁ……?」

 不意に瞼の奥から差し込む光で、私は強引に睡眠から覚醒させられた。
 全身に宿る倦怠感。疲れ。何でこんなに疲れてるんだろうと原因を考えたところ、昨晩の情事が浮かんできてどうしようもない気分になりそうだったので、頭を振り煩悩もろとも眠気を振り払う。ついでに時計も確認。あらいい時刻。裏を返せばまずい時刻。

「って、ひょっとしてやばい時刻!?」

 慌てて上半身を起こし、そこで初めて自分が何も身に着けていないことを思い出す。ついでに、横で仁が同じような格好で寝ていることも。

「仁、起きて。朝だよ、仁!」

 身体を左右に一揺すり二揺すり。しかし心地よさそうな寝息は留まるところを知らない様子だった。んーと思案してみると、更に重要な事実をも思い出してしまう。

「って、ここ私の部屋じゃない!」

 ……情事の前まで記憶を遡ってみると、どうやら私と仁は、本店からの帰り際に私の実家に寄って、てんやわんやの歓迎を(主に仁が)受けた後、交互にお風呂に入って、そして……な行為の後、疲れて寝入った、という系譜を辿ったらしい。いや、間違いなどないけど。
 つまりここは、あのマンションのどちらの部屋でもなく、実家。ブリックモールまで電車で二時間は離れている距離。今から外に飛び出していって、どうにか開店一時間前に着くかどうかというところ。

 ……まずい。

 既に色々なことがばれてしまっているとはいえ、このタイミングで二人して遅れて行ったら、何を邪推されるかわからない(そしてその邪推は正解なんだけども)根掘り葉掘り聞かれたら、きっと困る羽目になる。
 きっ、と横で未だに幸せそうに寝ている男を睨んでみる。睨んでみたけど大好きだという感情は変わらない辺り、やっぱり私はどうかしているのだろう。昨日までの私とは違う、私。むしろ、ちょっと前の私に拍車がかかったような……
 鏡を見るとにやけそうになっていたので、自分で頬を抓って表情を修正。よしOK。

「こらぁ、起きろっ!!」

 布団を剥ぎ取り、蹴りを一発二発。ん、あ? と妙な寝ぼけ声を仁が放つのを確認した後でようやく、私は裸のまま蹴りを入れているという状況に気付いた。何時ぞやキュリオの店内でも似たようなことをやらかしたような……
 なんだかすっかりダメになってるような気がする……とこっそり落胆した。

 慌てて着替え、制服などの荷物をまとめ、両親にへこへこと頭を下げる仁を引きずって駅へと向かう。当然朝食を食べている暇はない。味噌汁を食べないとやっぱり元気が出ないけど、仕方ないだろう。
 家を出る間際に、「またいらっしゃい、今度はもうちょっと静かにしていてくれると助かるけど」と笑顔で言う母、少しばかりきつい顔をする父に見送られたのもきっと仕方のないこと。次来るときは、もう少し静かに動こうと、妙な決心を心の中でしておく。そしてこんな決心をしたなんてばれないように、とも。

「あ、そう言えばさ」
「何?」

 途中から自分で走り出した仁が、私に向かってある疑問を投げかける。

「今日の玲愛の所属って、どっち?」
「……あ」

 そう言えば。私は今日はどちらに行けばいいのだろう? 頭の中で色々と先例やら法令やらを浮かべてみる。

「そういえば、即日解雇、って話は聞いてなかったわね。となると……」
「今日はまだキュリオだろ。一ヶ月ルールとか労働基準法になかったっけ?」
「あー、私もあったような気がする……」
「とりあえず、着いたら板橋さんに聞いてみたらいいさ。本店から指示があるだろ」
「余計な話尾ひれつきで、ね。覚悟しておいた方がいいかもね、仁は」
「げ……今日は家で引きこもっていたい……」
「ちょ、ちょっと! 初日からそんなんだと、余計に白い目で見られるわよ?」
「だーっ! 行っても地獄、行かなくても地獄……玲愛ぁ、どっか、小さな島に引っ越そう、そして慎ましくもささやかな幸せを……」
「馬鹿言ってないで。本店を立て直すって言ってたのは何処のどちら様だっけ?」

 ぐっ、と一呼吸分詰まらせ、大きく息を吐き出して、それから前を向いた仁の表情は、今までにないくらいに、格好良かった。

「そうだ、俺には本店を立て直すって使命があるからな!」
「使命、なんだ……」
「おう! これくらいじゃ挫けねーぞー!」

 おらぁぁぁと、先ほどまでの何処となくぼんやりした歩調は置き去りにして、急に歩みを速める仁。お調子者なんだから、とこっそり笑みを浮かべながら、私も後を追う。
 駅は、もうすぐそこだった。


 電車に乗って約二時間。その間に朝食(駅の売店で買ったおにぎり程度だけど)も取った。

「……さすがにラッシュ時で二時間も揺られてると辛いな」
「我慢しなさい、私だって辛いんだから」
「ああ、やっぱりこの距離は辛いな」
「……そうね」

 言外に仁が含ませた意味に気付き、私もややトーンダウンして答える。

「まあ、結果オーライよ。仁の醜態、あ、違ったかっこいいところも見れたし」
「今、全然意味合いの違う言葉が並んだ気がするけど」
「気のせいよ、気のせい。ほら、急ぐわよ」
「お、おう」

 腕を取り、足早にブリックモールへ。
 その道の途中。

「……うん?」

 駅前の大通りの反対側。たまたま視線が動いた先に、夏海さんの姿が見えた、ような気がした。何せ駅前の雑踏の中、それなりに離れていることもあり、彼女が夏海さんだという確信は持てない。それに、向かう方向から察するに彼女もブリックモールに向かっているのだろう。手にしていた紙袋は……何かの荷物だろうか。仁に渡すもの、とか?

「玲愛、どうした?」
「あ……うん、なんでもない」

 どうせ向こうで会えるんだろう、そんな予感がしたので、私は仁に、夏海さんがいるということを伝えなかった。
 昨日の話から、今回の計画を練ったのは彼女だとわかっている。散々に私を追い詰めてくれた彼女に、仁に会わせないという非常に些細な復讐を敢行することにした。

「ほら、さっさと行くわよ」
「……立ち止まったのは玲愛だろ」
「男ならつべこべ言わない」
「ぐっ!」

 仁を引っ張りながら、不意に以前に夏海さんと交わした会話を思い出した。
 あれは、私と彼女の始めての会話。もっとも、その後も会話らしい会話があったわけではないけど。

『仁の何がわかった? 随分な洞察力、あたしなんて、三年一緒にいてもわからないことだらけ。恵麻さんには、到底追いつかない……』

 十一月中盤のこと。
 彼女の嘆き。あれはそう、心の嘆き。
 今ならわかる。あの時に感じたものは、間違いなく今の私と同じもの。
 なら、何故……

 今更になって、別の方向から不安が頭をもたげてきた。
 不謹慎なことに、彼女が私達に、何かの一石を投じるんじゃないか――今回の件のように――そんな気がした。
 今度は、首を振っても振り切れなかった。



 妙な不安を抱えて、裏側の通用門からブリックモール内へと入る。
 広場で一度仁と別れ、私はキュリオの中に入る。時刻は九時少し前。結局、いつもと同じ時間に入ることが出来たのは奇跡だろう。ふう、と溜息を一つ。それから挨拶。

「おはようございます、って、店長!?」
「なんだい、その『何でこんな時間に店長がいるんですかー』みたいな驚きは」
「いえ、その通りですけど」
「……復活した途端に、言葉もいつも通りだね。カトレア君、君がいつも早く来るから、君に用があるボクも早く来なくちゃいけなかったんだけどね」
「用、ですか?」
「そ。さてこの紙は何でしょう?」

 店長は意味ありげにピラピラと一枚の紙をはためかせる。何だか、先ほどとは違う種の嫌な予感が脳裏をよぎる。

「な、何ですか……?」
「社長、大介君、大村君、わざわざ三人の連名つきで本部から届いた報告書ならびに指令書。何で二号店の大介君の名前が載ってるのかはわからないけど、どうせ面白いからって理由で自分の名前も載せたんだろうねぇ」
「ま、まさか……」
「そのまさか。うーん、仁くんもなかなかに味のある台詞を言ったもんだね。ああ、あと大村君からも『玲愛の悶える姿は完璧だった!』『だけど玲愛に負けてるってのが気に食わない!』って発言が」
「あ、あの人はぁぁぁ! 仕事の報告書や指令書に、なんてことを書いてるんだか……!」
「まあまあ。それで、一応退職届が出てる君の処遇だがね」
「急に真面目な話にしないでください」

 いつもの三倍増しくらいに頭が痛くなりそうな話の後、肝心の内容はやってきた。あまりに急なので、つい逆方向の返答を返してしまった。

「揚げ足取らないでよ……で、君はとりあえず、残り二週間はここで働いてもらう。本店ではなく、この三号店で、ね」
「はい。……あ、でも店的にまずいんじゃないですか? その……」

 私と仁の関係は、と自分では言いづらいことを言おうとすると、店長はそれを身振りで制した。

「大丈夫。面白いから」
「……はぁ」

 出てきたフォローは、私の予想とは存在平面からして違っていた。そのために、間の抜けた返事が零れ出てしまう。

「二人があたふたするのは見てる方としてはとても面白いんだよ、ってそんなに睨まないでくれよカトレア君」
「花鳥です。いい加減覚えましょうね店長」
「その笑顔が怖いんだが……さておき。君が今まで働いていたキュリオという店は、君が同業店と繋がっているくらいで転覆するような店だとでも思ってるのかい?」

 不意に真面目な表情で店長は告げてきた。その言葉は、今までチーフとして働いてきた私には、非常に重みのある言葉だった。

「そ、そんなことは思ってません!」
「なら何も障害はないでしょ。二週間の延長分、しっかり長谷川君や成田君を鍛えてくれ」
「……わかりました。ありがとうございます、板橋店長」
「まだ、礼を言うのは早いんじゃないかな」
「それもそうですね。それに……働かない人に頭を下げるのもどうかと思いました」
「……失礼なところは変わらないのね」

 やれやれ、今日からくらいはちょっとだけ働くか、などと呟きながら外へ出て行く店長に、私はもう一度頭を下げた。照れ隠しとは言わないでおいた。出る間際の、「まあ、結果オーライは変わらなかったんだから、あそこまで言う必要もなかったかな」と小声で呟いた内容が少し気になりはしたが、とりあえず先に着替えることにした。
 更衣室で、見慣れた服装に着替えていく。だけど、この服を着るのも残り二週間となる。やっぱり、それなりに感慨深いものがあり、私は少しだけ涙を零しそうになった。

 ちょうど着替え終わった辺りで、ひかりや芳美たちがやってきた。

「おはようございまーす。あ、チーフ、昨日はどうでしたか?」
「おはよう。昨日はどうって、へ?」
「いえ、高村さんに連れられた後どうなったのかなって」
「私があんたたちにそんなこと話すと思う?」

 笑顔で返したら、芳美は引きつった表情を浮かべた。これでもう聞いてくることはないだろう。多分。
 気を取り直し、二人に言わなければならないことを思い出す。

「……ここ最近はごめんなさいね。あまり使えないチーフで」
「そんなことはないですよ、チーフ。今までが働きすぎていたんです」
「そーですよ。それに……恋するチーフはかわいかったですよ?」
「……謝った私が馬鹿ね」
「チ、チーフ、このくらいの冗談は受けて流せるようにしましょうって!」
「……それもそうね。なら代わりにあんた達をしごくのも華麗に受け流して見せてね」
「チーフ、私も数に入ってます?」
「あー、ひかりはそれなりに、芳美は激しくだから安心して」
「チーフ……ひどいですよぉ」

 芳美のへこたれる様子、それを優しい表情で見つめるひかり。私はステキなメンバーに囲まれていたんだなあと改めて実感した。先ほどの感慨分もあって、余計に涙が零れそうになったけど、まだチーフである以上、店で涙を見せるなんてことはしない。

「ほら、早く着替えなさい。ちょっと外に出てるから、着替え終わったら呼んでね」

 そう言い残し、私は表口から広場に出て、今まで働いていた店の概観を眺めた。
 後二週間。短いのか長いのかよくわからない。だけどその期間を過ぎれば、私は向かいの店の店員となる。その先、どういうことが待ち構えているかはまだわからない。この半年で、私の生き方がこんなにも変わってしまったのだし。

 人生何が起こるかわからない。その言葉を、強く実感した。


前ページ 作品トップ 次頁