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祝福の鐘が、高らかに鳴り響き/L:2

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 ファミーユから出てきた仁を捕まえ、残り二週間ということを伝える。

「そっか。なら、二週間後は玲愛はうちのメンバーになるわけだな。あ、一応履歴書よろしく」
「妙なところで細かいのねぇ。出すつもりだったけど」
「誰かさんの細やかさが少しだけうつったんだよ」
「誰でしょう?」
「あのな、今思いっきり目の前にいる人のこと指したつもりだからな」
「わかってるけど皮肉混じりだから無視した、の、よ」
「痛っ、痛たたた! 思いっきり抓るな!」
「反省した?」
「はい、とっても……」

 極力爪あとは残さないようにしておいたので、大丈夫だろう。
 あまり無駄話をしていると、あらぬ噂(といっても、あらぬわけではなくてそのものだけど)が店長辺りから流されそうなので、適当に切り上げることにした。

「まあ、あと二週間は今までどおりライバル関係だから、よろしく」
「本当にきっちりしてるのな……」
「当然でしょ。もしここで私が手を抜いたりしたら、『仁くんのために手を抜いたー』とか言われるんだから。そうなったら嫌でしょう?」
「あー、絶対言われるな、特に板橋さんに」
「ただでさえ絶好のネタを提供してるんだから、これ以上増やしたくないわよ」
「……だな」

 頭痛を覚えたのか、コメカミに指を当てて困った顔をする仁の肩を二回ほど叩き、「ほら、もう行ったほうがいいんじゃない。私も行くわ」とだけ告げて、私は店の中に戻った。
 ドアを開けると、なにやら意味深な笑みを浮かべてる人物がちらほら。思わず私も、コメカミに指を当ててみる。だけど頭痛はこれじゃあ解消されない。

「……何、みんなしてその顔は」
「い、いえ、何にもありませんよぉチーフ」
「あのね、何にもありませんよって言ってる時点で自白してるに等しいじゃない……ほら、余計な邪推とかをしない」
「カトレア君、邪推って言ってる時点で色々と認めてるようなもんだよ」
「そこっ、ぐだぐだ巻き返さない! ほら、朝礼始めるわよ」

 気を引き締めるために手拍子を二回。まだ引き伸ばしたそうな顔をしていた店長は、睨むことで抑えた。
 この先しばらくずっとこんなんなんだと再認識して、少しだけ、頭痛が酷くなった。




「じゃあ今日も頑張っていきましょう。朝礼終了」

 実に普段どおりに(強引に、だけど)朝礼を終わらせ、開店前のチェックを終わらせて、いざ開店。ここ最近のふがいない自分を思い出して、最後はきっちりしないと、と心の中で紐を締めなおす。

「いらっしゃいませ、ご主人様、お嬢様。キュリオへようこそ」

 この言葉も、あと二週間……



 いつものことながら、休み時間まではあっという間。開店してから途切れることのない来客数に振り回された身体はかなりの疲労をためていた。
 奥の控え室に行き、椅子に座って背もたれに身を任せる。心地よい疲労感。ここ最近にはなかった充実感。

「あー、そういえばここのところはダメダメだったっけ、私」

 はあ、と自分のふがいない姿を思い出しては溜息もついていると、

「チーフ、チーフにお客様です。入りますよ」

 という芳美の声が控え室外から聞こえてくる。

「私に、客……?」

 誰だろう、といぶかしむ暇もなくドアは開けられ、

「夏海、さん……?」

 朝来る時に見かけた夏海さんが、朝の時見かけたままの姿で現れた。右手に紙袋を提げて。

「どうも、こんにちは」
「こ、こんにちは」

 咄嗟のことでうまく声が出ない。不思議そうに見る芳美を仕事に戻らせて、こっそりと深呼吸をしてどうにか落ち着かせる。
 何故、仁じゃなくて私に用が?
 朝感じた不安が、再度頭をよぎる。混乱は収まらない。だけどいつまでも戸惑っているわけにもいかない。意を決して私は会話をスタートさせる。

「今日は、どうしたんですか?」
「えっと、これをあなたに渡したくて。きっと必要になるだろうから」

 差し出される紙袋。仕方なく受け取り、私は中身を取り出した。

「これ、は……」
「ファミーユの制服。かすりさんや明日香ちゃんが使ってるのとはちょっとだけ違うけど、今の制服の元になったものだから、多分大丈夫」
「大丈夫、って……」
「いつからかは知らないけど、花鳥さんはファミーユに移ってくるんでしょ? その時に使うかな、って。今のファミーユには予備はほとんどないはずだから、それを着たらいいと思う。お古で申し訳ないけど」

 もう一度制服に目を落とす。
 夏海さんが、以前使っていた制服。彼女が言っていることに不思議な点は特にない。
 だけど。
 頭の中が仕事時以上に冷静になっていく。

「何故、今……?」

 だいたい、今まで大事に保存している方が不思議だと思う。制服である以上、店を辞めてしまったのなら必要がなくなる。辞めた時点で店に返却するのが普通。
 となれば考えられる選択肢はあまりない。
 夏海さんが辞めた経緯は知らない。けど、推測は出来る。
 ファミーユの本店が燃えてなくなってしまった後、一時期ファミーユは店としての形態は消えていた。当然、メンバーも解散。店が存在しない以上、制服を返す宛先がない。彼女が持っていた理由は理解できる。
 だけど、既にファミーユは新たに開店している。となれば、その時点で返すことが出来たはずだった。しかし、今日まで持っていた。
 大事な制服だから今まで持っていた? 少し違う。それなら私に譲渡しようとはしないだろう。予備も含めた制服が足りないとは言っても、新たに用意できないほどファミーユの経営が危ないとは思えない。仁の性格ならすぐに用意してくれることだろう。そしてそれは、付き合いが長く、ファミーユの経営状態を把握している夏海さんが知らないはずがないこと。

 なら、何故今、私に、渡す?

「今まで返しそびれてたけど、花鳥さんが必要になるだろうし、ちょうどいいかなと思って」

 これはフェイク。わざわざ私を選んで渡す理由がない。『花鳥さんはファミーユに移ってくるんでしょ?』という言葉からも、少なくとも今日はまだ仁に会ってないことがわかる。会っていたら、例の計画を立てた首謀者に仁が報告しないわけがない(むしろ周囲に押されて報告をさせられるに違いない)し、そのときに私の移籍が確定していることを教えてもらっているはず。

 制服が足りなくなるだろうから、返却の意味も込めて渡す、ではない。
 自分の使っていた制服を私に渡す、ということにこそ意味があるのでは……?
 そして、今まで持っていたのは……

「夏海さん、本当にこれを私に渡してもいいんですか?」
「ええ、使うこともないし」
「……ずっと、ファミーユに復帰したくて、これをもっていたのに?」
「……っ!?」

 ――当たり。
 ほんの一瞬、表情が強張って息を呑むのを私は見逃さなかった。
 夏海さんは、いつかファミーユに戻るつもりで制服を大事に持っていた。それを私に渡す、ということはもう戻る気がなくなったということ。

 ……何故。

「何故戻らないんですか?」

 気になった私は、素直に理由を尋ねていた。
 今聞いておかないと、後で絶対後悔する。確信があった。

「就活が、忙しかったから。暇だといわれてる大学生も、3年を過ぎれば色んなところを駆けずり回る必要があるのはわかるでしょう?」
「……それは、今まで制服を持っていた理由になってません。そして、今私に渡す理由にもなってません」
「理由が、足りない?」
「ええ。今私に制服を渡すのは……何かしらの区切りを付けたかった、少なくとも今後一切ファミーユには戻ることがない……それくらいの重い意味を持たせてるんじゃないですか? 勝手な推測をして悪いですけど、私にはそんな気がします」

 私の言葉を聞き終え、目を瞑り夏海さんは天井を仰いだ。
 自分勝手に言い過ぎたかなと思う反面、よくわからない何かが、私を突き進めていて、それを止めることが出来ない。
 彼女の周りには、見えない境界線が引かれている。この制服は、境界線内から出てきたモノ。受け取るには、相応の理由がなければ受け取れない。

 彼女はしばらく、じっと固まっていた。
 時折、少しだけ口を動かす様子から、丁寧に言葉を選んでいるのだろうと感じる。
 何故そこまで慎重になる必要があるのだろうか。彼女がファミーユに戻らない理由は、一体……

「確かに、少しだけ、戻りたいと思ってた」

 不意に、目線を下げ、私の顔をじっと見て、夏海さんは話し出した。

「でも就活で忙しいし、あまりシフトに入れなかったら迷惑がかかるでしょう。だから戻らなかった。
 この制服は、いざというときの保険、かな。何処にも就職できなかったときのために。そのときはファミーユに入れてもらおうかなって。今離れているからって、足手まといになるほど動けないわけでもないし。
 だけど、花鳥さんが入ってくれるなら、本店の時に私がいた位置に立ってくれる。あなたは仁が望む位置に立っていられる。それなら、いざというときなんて考える必要もない。
 ……そうね、私の後継という意味も込めてこの制服をあなたに渡す、そういう意味では重いかも。それで納得してもらえる?」

 目を逸らすことなく、表情を変えることなく、彼女は言い切った。逆にそれが、今の言葉に真実以外の部分が含まれているのではと思わせる。

 私は何も言わず、首を左右に振った。

「そう……でも結局私が持っていても仕方ないものだし、あなたに預かって欲しい。使わないなら、ファミーユに返しておいて」
「……なんだか、当分ここにはこないみたいな言い方ですね」
「ちょっと、用があって。じゃあ、私はもう……」
「あ、ちょっと待ってください!」

 私が納得できないうちに彼女は逃げるように帰ろうとしたので、慌てて立ち上がり、紙袋を手にして、ちょうど目の前に来た彼女の左手首を左手で掴む。それでも気にせずに夏海さんは行こうとする。

「待ってください夏海さん!」

 私の呼びかけに応じた彼女は、こちらを振り返り、何故か、今まであれほど変えなかった表情を一変させる。
 血の気を失った、真っ白な顔。汗の浮かぶ額。脂汗……?

 ――何故?

「……離して。もう行かなきゃ」

 先ほどまでの力のある口調でもなくなった。まるで、何かから逃げたくて急いでいる、臆病になっているような、でもその割に力が篭っていないような――

「待ってください。せめてこの制服は、夏海さんが仁に返すべきです。あの店の店長は、仁なんですから」
「でも、私はもう時間が、」
「渡すくらいすぐでしょう? ほら、持ってください」

 私は彼女の左手首を握ったまま、右手で彼女の手に、紙袋の紐を握らせる。

「仁に、渡すべきです。これは」

 彼女はじっと、蒼白な顔のまま、握られた左手を見つめていた。
 何故夏海さんは動こうとしないんだろう――疑問に疑問が重なりながらも、私はそっと、両手を離した。

 ――途端、紙袋は、床へと、落下した。

「え……」
「あ……」

 落下した紙袋を見て、それから夏海さんを見上げる。
 それほど自分から渡したくない……わけじゃ、ない?

 朝、そして先ほど感じた不安がますます大きくなる。

 ――これは、開けてはいけない、パンドラの箱なんじゃないか……?

 だけど、私の身体は勝手に動いていた。
 しゃがみこみ、紙袋を握り、もう一度、彼女の左手に握らせる。
 手を離す。

 再度、紙袋は落下。

「あ……あぁ……っ」

 血の気を失った、真っ白な顔。汗の浮かぶ額。脂汗。荒くなった息。

 ――絶望の張り付いた、表情。

 まさか。そんな……

「ぅ……うぅぁぁあ……っ」

 崩れていく彼女の表情。絶望はそのままで、ゆっくりと、覆われてたモノが剥がれていく。

 わずかに残った、私の冷静な部分が、更なる証拠を求め、手を動かす。
 私はゆっくりと、その手の指を握り、動かす。
 まるで力が入っていない。私の思いのままに動く指。

「っ……ぁぁ……」

 今度は、ゆっくりと、親指と人差し指で、左手の甲を抓る。

「ぅ……」

 顔を見上げる。少なくとも、痛がってる様子ではない。

 ――これは、まさか、そんな……

「ぅ、ぅぁぁぁぁ!」

 私が放心状態になって、手を離した瞬間、力なく垂れる左腕と共に、夏海さんは、泣き崩れた。

 ようやく、私は、全てを理解した。


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