>TOP >ls >page

祝福の鐘が、高らかに鳴り響き/幕間

前ページ 作品トップ 次頁


 ……しまった。これが、正直なところの第一印象だった。
 成田君が夏海君を連れて店の奥へと入っていくものだから、長谷川君に任せてこっそり後を付けていったのはつい先ほど。笑顔で成田君をやり過ごし、花鳥君と夏海さんが二人っきりになった部屋の外で、軽く聞き耳を立てていたのもつい先ほど。ちょっとばかりのぞいてみたのもつい先ほど。
 別に、そこまで深い興味を持って盗み聞きを行っていたわけではなかった。昨日、つい見栄を張っている彼女をおちょくってしまったために、その後が少しばかり気になっていた、程度だった。

「完全に、地雷踏んでたか……」

 静かに、ドアを閉める。部屋の中からは、悲痛な叫びだけが漏れ出てくる。目の当たりにして、おろおろする花鳥君の様子が容易に思い浮かぶ。

「やりすぎはこっちだった、ってね……洒落にもならないか」

 壁に身を預け、そのままずるずると、重力のなすがままに床面へ落下していく。
 無性にタバコが吸いたい気分だった。が、店の中で喫煙はさすがにご法度なので、加えるだけで我慢する。

 さすがに、そこまで見抜くのは無理だった。
 知りうる限りの情報から察するに、彼女が仁君とよりを戻そうとしなかったのは、彼女自身の中にうずもれる感情の渦が原因、と安直に思っていた。自分の浅はかさを今になって悔いるも、もう遅い。

「引き金を最初に引いたのは、どう考えてもボクだよなぁ……」

 少しだけ、視線をあげる。
 廊下の壁の代わりに、昨日の光景が浮かび上がる。端から端まで、一通り再生、リピート、もう一度再生。

「……虚構だらけなのは、何も想いだけじゃなかったのか」

 本当に難儀な正確だと感じる。昨日の時点となんら変わりない感想。ただし、程度だけは大いに変更しておくべきだろう。

「まあよくも口からでまかせをぽんぽんと出せるもんだね、即興で」

 実際のところは、半分以上が真実だったのだろう。詐欺師顔負けの話術を、自分が辛い立場にいながらやってのける辺りは花鳥君にも見習わせたいところだ。
 そんなことよりも。

「ふぅ……」

 コーヒーでも淹れてくればよかったか、と後悔しながら、紫煙を吐き出すつもりで溜息をつく。
 問題は、この後どうするか。
 このまま花鳥君に完璧に任せるのも一つの手だが、それは酷というものだろう。夏海さんに関することを知ってしまった以上、根は優しすぎて真面目すぎる花鳥君が適切な対応を取れるとは思わない。あっさりと感情移入した挙句、二人して責任の取り合いだとかを行って心中しかねない。
 かといって、当初の予定通り「新旧こもごも、いかがお過ごし?」などと軽口を叩いて入っていくわけにもいかない。責任の一端はボクにあるが、関係者ではないという微妙な 立場である以上、自身が介入するような積極策も賢いとはいえない。
 ならば仁くんを連れてくるか。これもノー。今度は三人して傷を舐めあうに決まってる。今に留まる以上、何も生まれない。何も見出せない。先が開けない。

「本当に、どうしたもんだろね……」

 じわりと勢力を拡大しつつある後悔感を押し止めつつ、思考を働かせる。
 解決の糸口は何も見つけられない。

「まったく。ウチもあちらも、店のことは平気なのに内部でばっかり悩み事抱えてるなぁ」

 愚痴にもならない愚痴を零しても何も始まらない。どうしたものかと悩んでいると、

「店長……何やってるんです?」

 川端君がやってきては、不思議そうな表情を浮かべた。そこでようやく、自分が妙な大勢で座り続けていることを思い出し、ゆっくりと立ち上がり汚れを払う。

「ちょっと、ね。人生の切なさについて心底理解していたところだよ」
「いつから詩人のフリしてサボるようになったんですか……」
「サボりは正しいけど、少しばかり正当性を持ってきて、ね」
「……中に誰かいるんですか? 悪趣味ですねぇ、盗み聞きなんて」
「それも否定はしないけど、某国家機関ばりに盗聴に正当性が出てきちゃってね」
「そういう危険な発言はどうかと思いますが……どういうことで」
「細かくはいえないけどね、中にカトレア君と夏海さんがいるんだよ」
「このタイミングでは結構危険な組み合わせだと思うんですけど」
「それが大正解すぎて困ってるんだよ」

 天井を仰いだ。
 何も生まれない。
 どうするか……

「とりあえず……高村さんを呼んできてはどうです? よくわからないですけど、一番の当事者なんですから」
「それもいいんだけど、マイナス方向に作用しそうで怖いんだよね」
「でも仕方ないじゃないですか。一つの賭けになったとしても、現状を変えるという点では変わらないんですし。その後はその後です」
「……ま、そうだね。呼んでくるか」
「それ以前にキュリオもファミーユもばっちり営業時間なんですけどね……」
「それはそれ、これはこれ。たかだか店よりも、人そのものが関係することの方が重要だと思うよ」
「何水を得た魚みたいに、自分のサボリを正当化しようとしてるんだか……」
「……川端君、そういうのはボクのいないところで言ってほしいんだけどなぁ……」
「あ、大丈夫です。聞こえるように言ったんで」
「あ、そぅ……」

 自分の部下のきつさに閉口しながら、とりあえずはファミーユに向かうことにした。
 こんな時に限ってだけ、目の前にファミーユがあることを恨めしく思う。時間稼ぎが出来ないまま、あっさりと扉の前に到着してしまう。

「いらっしゃ……あ、板橋さん。またサボリですか?」
「……由飛くん、温かい歓迎をありがとう」
「いやだなぁ板橋さん、本気で心配してるんですよ?」
「あのね、そこまでされると本当に泣けてくるよ……」

 鈴の音と共に、由飛くんからの手痛い歓迎を受けて挫けそうになる。が、今度ばかりはそうも言っていられない。

「それより、仁くんを呼んできてくれないかい?」
「よその店の店長を引き抜くんですか?」
「そんな物騒なことは君のところだけにしてくれ……ちょっと用事があるんだ、大事な、ね」
「は、はぁ、わかりました」

 前半部分がクエスチョンマークで返されて、まだ花鳥君がこちらに来ることが知らされていないと気付く。なかなか言い出しにくいのだろう。だが、それすらも悪影響を与えそうに思えてしまい困る。

 仁くんはすぐにやってきた。さあ、ここからどうするか。

「板橋さん、どうしたんです。またサボリですか?」
「本当に同じことしか言われないね……まあそれはこの際置いとくよ。大事な話があるんだ」
「……玲愛のことです?」
「花鳥君も含めたことだよ。おそらく、君にとっても、非常に大事な、ね」


前ページ 作品トップ 次頁