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祝福の鐘が、高らかに鳴り響き/H:1

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 謎だらけの板橋さんの言葉に引きづられ、俺は由飛(と当然かすりさんと姉さん)に店を頼み、俺はキュリオへと向かった。

「板橋さん、出来れば先に事前説明が欲しいんですけど」
「んー、ボクの口からじゃ説明できないよ。いや、手抜きじゃなくてね? 君自身がソレを見るのが一番早いし、ほとんど部外者に近い立場のボクが何かを言ったところで意味のあるものにならないからね」
「……玲愛が絡んでいて、且つ板橋さんが部外者側……そんなこと、あるんですか?」
「めったにはないだろうけどね。そのめったにないものが現実としてあるわけだよ。目を疑うような事実があったとしても、自分で見たものならそれが現実であり真実。仁君、この先覚えておいた方がいいことの一つだよ」

 いつになく真面目な表情の板橋さんの言葉に、俺は二の句が告げなかった。
 何故キュリオ内で、俺と玲愛に関連があって板橋さんに関連がない重大な出来事が起きるのか。その鍵は何なのか。想像がつかない。

「何だか、とても怖いんですが」
「ああそうだろうね。何か正体のわからないものは怖いものなんだよ。だけどね、それはわからないから怖いだけで、わかった上で怖れを抱くものの方が、余計性質悪いんだよ」
「じゃあ、この先にあるものは、その手の類のものなんですか?」
「それは、君が見て判断することだ。ボクからは何も言えない」

 そうこう話しているうちにキュリオの店内を抜け、店員たちの驚いている姿を尻目に奥のバックルームへと向かっていく。そこには、控え室と書かれたプレートのドアの前で川端さんが静かに佇んでいた。

「中の様子は?」
「以前そのまま。このままじゃ埒が明かないですよ」
「そのための仁君でしょ?」
「ええ、そうですね」

 二人の会話は意味不明。だが、俺が何かしらのきっかけとなることだけはわかった。

「さあ仁君、このドアを開けて、中を見るんだ。そこに、彼女の、現実があるんだ」
「かの、じょ……?」

 わからない。わからないながらに、心臓が音を立てて軋み始める。
 この先にはきっと何か重大な現実がある、それだけがわかる。

 ゆっくりとドアノブに手をかけ、俺はドアを、開けた。

「ひと、し……?」
「うぁぁぁぁぁっ!!」

 ドアを開け放った瞬間に、俺は呆然としてしまった。
 控え室の中に広がっていた光景、それはうつろな表情でこちらを見やる玲愛と……ただひたすら、左腕を押さえ泣き叫ぶ、未だかつて見たことのない里伽子のいる空間だった。

「これ……は、どういう……」

 頭が追いつかないまま、一歩、ふらりと踏み出して異空間に入り込んでいく。
 まずは確認する。ここにいるのは里伽子と玲愛。玲愛はどうすればいいのかわからないといった状態、そして里伽子は我を忘れ泣き喚いている。
 近くには紙袋が落ちていた。口から僅かに見えるものから察するに、中身はきっと、里伽子の所有していたファミーユの制服だろう。きっと里伽子は、自分の位置を玲愛に譲るために、制服を玲愛に渡そうとしたのだろう。

 なら、何故?
 それだけで、こうはならないはずだ。

 また一歩、歩みを進める。
 里伽子はずっと左腕の肘の辺りを押さえていた。肘から先は力なく、だらんとぶら下がっているような状態。

 ぶらさがっている、状態?
 何故?

「一体、どういう……」

 何があったのか聞こうとして、頭の中に一枚の映像が浮かび上がる。
 それは俺が里伽子に軽食メニューの試食をしてもらっているところだった。何故だか里伽子は俺に見られるのを恥ずかしがっていた。その理由が知りたくてこっそりのぞいてみると、里伽子が眼鏡をかけて食べていた。眼鏡に対してコンプレックスがあるのだからそれは当然だろう。
 当然?
 何で里伽子は眼鏡をかける必要がある? コンタクトをつけていたはずなのに。
 俺に笑われるのをわかってるのに、眼鏡をかける必要なんてない。コンタクトで済む話なのだから。なのに、眼鏡。

 そこが問題なのか? 違和感が残る。
 思い出せ、思い出せ……あの時、里伽子はどうしていたか。
 眼鏡をかけ、里伽子はゆっくりとかみ締めるように試食していた。味を確かめるためなのか、ゆっくりと、右手にしたスプーンやフォークを口に運び、その度に何か思案顔を浮かべ……

「……右、手?」

 あった。違和感の正体。
 何故里伽子は右手で食べていた? 左手が利き腕のはずなのに。

 じりじりと喉の奥が焼け付いた感覚がする。俺は、何か、重大なことを、見つけていない……?
 頭の中でゆっくりと、ばらばらの欠片たちが繋がっていく。
 利き腕ではない右手で食べていた。
 コンタクトではなく、眼鏡。
 そういえば、学食で会ったときも、何故か俺の前では何も食べなかった。

「里伽子、まさか……」

 ふらりふらりと、二人の傍に近づく。手の届く範囲まで来たところで、俺は里伽子の左腕を掴んだ。
 上に持ち上げる。
 離す。
 落ちる。
 もう一度持ち上げる。
 離す。
 落ちる。

「う、ああぅう……」

 里伽子の言葉は、もはや言葉として成立していない。
 だが、溢れる涙が全てを物語っていた。

「左腕……動かない、のか……」

 最後にもう一度腕を掴んで持ち上げて離す。
 無常にも、だらりと下を向くだけだった。

「ファミーユで働かないって言い続けてたのも、腕が、動かなかったから……?」

 反応はない。だが、状況証拠は雄弁に物語っていた。
 カチリと、何かが外れる。

「嘘、だろ……? 何でだよ、いつからだよ、どうして俺に言ってくれなかったんだよ!!? 俺たち、親友じゃなかったのかよ!!? どうしてなんだよ、里伽子っ!!」
「離してよっ!!」
「あっ……」
「……ごめん」

 肩を掴んで問いただそうとした俺を里伽子が振り払い、気まずい雰囲気が辺りを包む。
 俺と里伽子が何も言えない中、沈黙を切り開いたのはここまで黙っていた玲愛だった。

「とりあえず仁は落ち着いて。……夏海さん、一体何があったのか、私達に教えてくれませんか?」

 場を静まらせる落ち着いた声が澄み渡っていく。おかげで、外れかけていたモノを抑えることが出来た。それは里伽子も同じようだった。先ほどまであれほど泣いて錯乱していたのが嘘のように黙り込んでいる。
 先程とは違う種の沈黙が場に訪れる。俺はじっと、里伽子が口を開くのを待っていた。

「もうわかってると思うけど、左腕、力入らないの」

 話し始めたとき、里伽子は左腕を抱きしめるようにしていた。

「一体、いつから……少なくとも、去年、本店にいた頃は違ったよな?」
「それは……」
「……まさか、あの頃、なのか?」

 無言。

「俺が、お前に振られた頃、なのか? まさか、俺を振った理由も?」
「それは違うよ。……違わないけど、違う」

 いつもとは違ってはっきりしない里伽子の態度。背筋を冷たいものが伝っていく。
 違わないけど、違う?

「忘れもしないよ、あれは六月十一日だった。仁も覚えてるでしょ?」
「六月、十一……って、まさか」
「そ、あたしと仁が路上でキスした日」

 それは間違いない。俺にだって忘れられない日。正しい、と思ってたことが間違っていたと後で気付くことになったキッカケの日。それが、何故? なんで関係がある?

「あの頃から、まあもっと昔からだけど、仁って弱虫だよね。あと意気地なし」
「……なんでそうなるんだよ」
「断らないって言ってんのに、泊まっていかなかったでしょ? どう考えても弱虫で、意気地なしだと思うけど」
「んなこと言われたって……って、え?」

 思わず里伽子を見つめてしまう。当の本人は極まりが悪そうに視線を伏せてしまい、その表情を窺うことは出来ない。
 里伽子の言っていること、それは……

「あの時でもう、二年も待ってたのに、ね。鈍感。馬鹿」
「そう、だったんだ……いったい、いつ頃から……」
「今言った。あの時で二年。少なくともあんたより前」
「二年って、それだと一年の頃になるんだけど」
「だからそうだって言ってるでしょ」
「何で……」
「きっかけは、仁があまりに情けなくて、危なっかしくて、ほっとけなかったから。花鳥さんもそうじゃない?」
「わ、私は……」

 急に話を振られ、久しぶりに慌てる玲愛を見ることが出来た。少しだけ寂しそうに微笑んで、里伽子は話を続ける。

「まあ、そこから、なんとなく、ね」
「じゃあ、何であの時……それに、左腕に繋がらない」
「少しね、調子に乗ってたの。ようやく、願いが叶って、幸せでたまらなくて。だから、あたしはほんのちょっぴり、よくばっちゃった。仁の役に立てたら、って。だから、一週間後に本店が放火されたとき、鍵を預かっていたあたしは、自分の忘れ物に気付いて本店に戻っていて、火の付いた店の中で、必死に探し物をしてた」
「……っ!?」
「燃え盛る火の中で、先に探し物を見つけてから、あたしは三つの位牌を見つけ、外に放り出した。ただ、ね、あたしって別に運動神経いいほうじゃないんだよね。だから、ちょっとだけ、ね。痕にはならなかったけど、別のコトが残っちゃった」

 ……目の前にいる里伽子の言っていることが、理解できない。理解しようとすればするほど、頭の中で拒絶反応が起きる。
 そうだ、駆けつけた時には、既に焼け落ちた後で、不自然に位牌だけが庭に転がっていた。里伽子の言っていることは、真実……

「情に流されると、ホント、ロクなことにならないよね」
「なんで、なんで……」
「仁ならどうするかなって考えたら、勝手に身体が動いちゃった。あ、勘違いしないでね。それはあくまでおまけ。本当は、あの日店に忘れたコレを取りに戻っただけだから」
「……それ、は……」

 里伽子がポケットから取り出したもの。それは俺がかつてあげたブレスレットだった。
 数ヶ月遅れの、誕生日プレゼントだった。
 あの日、俺は客商売だからと、里伽子にブレスレットを外させた。だから店に置き忘れた……?

「さっきも言ったけど、火傷の痕は残らなかった。ただ、ちょっとだけ深く、釘が腕に刺さって、ね……痛まないし別に大丈夫だろうと思ってたけど、様子がおかしかったから病院に言ったら、神経が傷ついてるって言われて。手術はしたけど、戻らなかった。今でも病院通ってるけど、それでもなかなか戻らないんだ」
「俺の……せいじゃないか……」

 自然と、口から言葉が漏れていた。

「ブレスレットを里伽子が忘れた原因を作ったのは俺。里伽子の身体が勝手に位牌を探そうとしたのも、日頃から“家族であるひとは大事”っていってた俺のせい。全部全部、俺のせいじゃないか……!」
「違うっ! ……違うよ、仁。あくまで怪我をしたのは自己責任。仁のせいじゃない」
「でもそれはやっぱり、」
「違うって。あくまで、怪我して腕が動かなかったのはあたしのせい」
「……なんで言ってくれなかったんだ……」
「あたしのせいだから。あくまであたしの問題だったから」
「でもさあ! 俺たちは少なくとも、あの時点では友達ではあっただろ!? だったら、何で……何で俺を頼ってくれなかった!? 俺じゃあダメなのか、やっぱり頼りないのか!?」
「……ぅ……」
「え……?」

 里伽子は涙を浮かべた目で、俺の瞳を覗き込み、叫んだ。

「頼らせてくれなかったのは、仁の方じゃないっ!!」

 それは、死刑宣告だった。

「あ、あぁ……」

 身体の力が抜けていく。
 あの時のことを全て思い出し、全てが繋がり、自分のしでかしたことを、理解した。


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