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祝福の鐘が、高らかに鳴り響き/L:3

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 私の目の前で、仁は力なく、床へと崩れ落ちていった。
 夏海さんは夏海さんで、一際声を張り上げた後は無言で座り込み、俯いたまま。

 わけがわからない。頭の半分はそう喚き、思考を止めることを要求してくる。だけど悲しいかな、残りの半分はひと時のフリーズを経て、がりがりと冷静に整理していく。

 仁の口から、夏海さんとどういう関係だったのかを詳しく聞いたことはない。そして他の人たちからも聞いたことはない。ただ、二人はほぼ付き合ってたような関係のくせに付き合ってはいない、とかなんとか。いわゆる曖昧な関係。
 仁は振られたと言っていたし、それ自体は事実だとは思う。だけど、夏海さんが仁のことを嫌って振ったわけでもないのは、今この二人の様子を見ればよくわかる。

 じゃあ、何故?

 半分しか働いていないくせに、自分で言うのもなんだけど根っからの働きものらしい私の頭の中は、一つの筋道を作り上げていく。

 少なくとも、怪我をする時点までは夏海さんは仁と本当に好き合っていた。
 だけど、怪我をして、左腕が動かなくなって、それが迷惑になるから?
 それは違う。

『頼らせてくれなかったのは、仁の方じゃないっ!!』

 夏海さんのこの言葉の説明がつかない。
 きっと夏海さんが仁を振ったのは、肝心なときに頼らせてもらえなかったから。
 じゃあ何故仁は……

 ――家族であるひとは大事――

 不意に、仁が散々使いまわしてきた言葉が、先ほども出てきたこの言葉が浮かんでくる。
 続いて、昨日ファミーユの本店前で受けた説明も思い出す。
 夏海さんが怪我をしたのは……ファミーユ本店の火事で。
 本店は誰のものだった? ……元々は仁のお兄さんとお義姉さん……つまりは恵麻さんの店。
 店が焼けて、一番悲しむのは?

 ――家族であるひとは大事――

 ようやく、仁がしでかしたことを、私も理解する。
 仁は、夏海さんが怪我をしたことを知らずに、恵麻さんに付きっ切りになって、それで夏海さんは……
 私が夏海さんの立場だとしたら、振るとかじゃあ済まさない。
 なのに、夏海さんはまだ、そんなことがあったとしても、きっと……

「仁のことが好きだから、許せなかったんですよね。今も、ずっと」

 本人も知らぬ間に私の口を突いて出た言葉は、その場を固めるには十分すぎる効力を持っていた。何せ、言った本人も固まるくらいなのだから、余程のものだろう。
 ……一昨日までの寝不足がたたっているのかもしれない。それはさておき。
 固めた場はやはり固めた本人……つまり私がほぐすしかない。頭ではそう理解している。しかし、言うべき言葉が見つからない。見つからないから、余計な言葉がしゃしゃり出てくる。

「……だから、少しだけ、仁に対して嫌がらせをしたくもあったんじゃないですか?」
「お、おい玲愛、それはどういう……」
「今回の……昨日までの、仁が私に対して取っていた、というか取らなかった行動は、誰かの計画の上でのこと。仁が一人で考えてやったとは考えにくいこと。じゃあ誰が? ……夏海さん以外に、適当な人物が見当たらない。これは合ってますよね?」
「……玲愛……?」

 仁の訝しげな表情と、俯きっぱなしの夏海さんの姿を見て、思考は曇るどころかクリアになっていく。言うつもりなんてまったくない言葉が、次々と生成されていく。そして私は自分で止めることができない。どうやら、ここ数日のストレスがまだ発散しきれてないらしい、などと第三者視点で省みてはもっともな理由付けをしていく自分自身に嫌悪感を覚える。
 だけど、止まらない。これは、確実に夏海さんを傷つけていくというのに。

「多分名目は私のため、実のところは仁のため、そんな感じで今回のことは計画されていたんでしょう? さすがだなあ、仁のことよくわかってるなあ、とは思います。だけど、それは果たして、本当に仁のことを考えてのものなのかは疑問が残ります。ほんの少し、ほんの少しでもイレギュラーな事態が発生すれば、今日私はこの場に来ていない。そのくらいのあやふやなラインにわざわざ設定したのは、それは夏海さんが」
「はいストップ。カトレア君、それ以上は言っちゃダメ」

 ……止まらない私を止めたのは、何故か、いつの間にか部屋の中にいた店長だった。この人、仕事はどうしてるんだろう、と場違いながら一瞬だけ思ってしまった。

「カトレア君の言おうとしてることは、昨日ボクが言っちゃったからね。わざわざ二回も言われることじゃないし、まして君が言っちゃったら、ボクが言ったもの以上の効果を持っちゃう。だからストップ。オーケー?」
「……はい」

 店長の、珍しく真面目な発言のおかげで、私は無事に踏みとどまることが出来た。何となく気に食わないけど、ありがたい。

「……とりあえず、花鳥君は一回顔洗って頭を冷やしてきなさい」
「で、でも店長、私は、」
「君は間違いなく当事者の一人と言っていいけど、おそらく感情優先になっちゃうからね。感情だけで生まれるものもあるとは思うけど、今回のケースでは何も生まれないよ。それに……君が居たら言いづらいこともあるだろうからね」

 店長の視線の先には仁と夏海さんの姿があった。

「まあ、君の心情的に二人っきりにさせるのはきついと思うけど、ね」

 微妙にこちらに近づき、二人には聞こえないような小声が耳に入ってくる。

「言い方は悪いと思うけど、過去のことはきっちり清算しないと、誰もが前に進めないと思うんだ。……君は、仁くんを信じてやってくれ」
「昨日まで、相当不信感を煽るようなことしてましたけどね」
「そ、それは……」
「……わかってますよ、店長。ちょっとした気晴らしの冗談です。あ、店長も噛んでたんだろうから、昨日の1パーセントくらいは憂さ晴らししてもいいですよね?」
「後で、体力残ってたらね……というか1パーセントですら怖いんですけど」
「大丈夫です。仁はちゃんとここにいるんですから」

 はあと露骨な溜息をつく店長のそばを通り過ぎ、仁のもとへと向かう。二人は相変わらず固まったまま、いつまでもある地に居続けようとしているみたいだった。店長の言うとおり、このままじゃいけない。この場にいる誰も……私にとっても、仁にとっても、夏海さんにとっても。

「待ってるから、仁」

 最愛の人の耳元で囁いた後、私、そして店長は控え室を後にした。ドアを閉める間際に除いた室内は、やはり時間が止まったままだった。



「って、なんで瑞奈がいるの?」
「ゴメン、玲愛。割と最初からいたし聞いてたの。だけどこれは店長の命令だから」
「川端君、そんなパワハラをした記憶はボクにはまったくないんだけど……」
「……最悪ですね、店長」
「おーい、カトレアくーん? 今川端君があからさまに嘘ついてるのをわかって言ってるんだよね?」
「ええ、それでもきっと店長のせいですよ。そして私はカトレアじゃなくて花鳥玲愛だと何度言ったらわかるんですかっ!?」
「あの、どっちが立場上だかまーったくわからないんだけど……」
「え、玲愛の方が上じゃないんですか?」
「さり気なくとどめ刺さなくていいから、川端君、というか元々の発端は君じゃあなかったっけ?」
「むしろ普段仕事してない店長が悪いんですよ」
「花鳥君、それ今回に関しては絶対関係ないから……」

 扉の外は、いつもの、いや、いつも以上の“キュリオ3号店”の空気だった。

「……ありがとう、ございます」

 その優しさに気付き、不意に涙ぐんでしまう。この店は、キュリオは、私に本当に優しくしてくれる。

「別にお礼を言われることのものでもないよ。……ボクなんか罵られてばかりだった気がするけど」
「大体店長が悪いんですよー。どうせ昨日無駄にキッカケとか作ったんでしょう?」
「川端君……君、そんなに鋭いキャラしてたっけ?」
「それよりも玲愛、顔洗っておいで。さすがに社員が三人ともここでグダグダしてるのはまずいから、私達だけでも戻らないと。あ、それっていつもと変わらないですよね?」
「そんな話、振らなくていいよ川端君……」
「じゃあ顔洗ってきます。すぐに戻ってきますので」
「おーい、君も妙なところで話を切り上げないでくれー……」

 情けない声を背に、バックの洗面所へと向かう。中に入り鏡を見ると、昨日と同じように泣きそうになっている私がそこに映っていた。蛇口を捻り、冷たい水で顔を洗う。あとで化粧を直さないと、などと考えつつ、顔を上げる。
 もう、大丈夫。少なくとも、今は。

 だから、仁には早く帰ってきてほしい。
 そして、その後に……夏海さんと、深いところまで話し合ってみたい。きっと私達は友達になれるはずだから。

 私は、仕事モードに切り替えて、洗面所を後にした。やらなきゃいけないことが、たくさんあるのだから。


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