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祝福の鐘が、高らかに鳴り響き/L:4

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「……ここ、通らなきゃいけないんだっけ」
 仕事モードに切り替えてすぐ、私は先程の舞台につながるドアを目にして立ち尽くしていた。資材補充の為にバックヤードに向かう通路は、キュリオのバックルームへもつながっているのだ。
 中がどうなっているのかが、非常に気になる。私が出てきてからそれほど時間はたっていないから、まだ二人とも中にいる可能性が高い。気になる。どうしても気になる。
「って、これじゃまるでストーカーみたいよね……」
 気になるけど、仕事もある。散々迷惑かけてきたのだから、残りの期間くらいは
ちゃんとしなければまずい。
 気を取り直して通り過ぎようとしたところで、中からの声が聞こえてしまう。

『……それは、里伽子は、俺の友達だから。友達を助けるのは当たり前だから』
『友達だから、その腕が治るのを手伝うし、不都合。お願いだから、それくらいさせてくれ、いまさらだけど、それくらい頼ってくれ……』

 仁の、切なる叫び。動いていた足が止まる。
 友達。きっと土壇場で出てきた単語なのだろう。仁らしいまとめ方だと思う。だけども。

『でも、ごめん。友達でも、やっぱり仁には頼れないよ』

 夏海さんにとっては、私が言うのもおこがましいけど、辛い選択に違いない。好きな人がすぐそばにいるのに、諦めながら手を借りるのだから。

『……仁には、花鳥さんがいるでしょ?』
『腕、治るかどうかは知らないけど、あたしがどうにかするから』

 夏海さんが、遠くへ行ってしまう。聞こえてくる言葉の節々から、仁や私の前から消え去ろうという意思が伝わる。

『さよなら、仁。あんたは本当にいい奴だったよ……』

 だけどそれは正しいことなのだろうか。何か違う気がする。仁にとっても夏海さんにとっても、そして私にとっても、大切なモノを失ってしまうことではなかろうか?

『……さよなら』

 ――それは、ダメ。

「なら、私が手伝うわ。それなら問題ないでしょ?」

 気づけば私は、ドアを開け放ち、そんなことを口走っていた。
「え?」
「な?」
 部屋の中には、ぽかんとした顔が二つ。仁はともかく、夏海さんの抜けた顔は儲けモノかもしれない。
「私が夏海さんのリハビリを手伝う分には、二人の間に何の問題もないでしょう?」
 どうもうまく伝わっていないので、もう一度同じことを言う。
「な、なんで……なんであなたが?」
 意味がわからない。夏海さんの顔には確かにそう書かれていた。そう思ってしまうのも無理はない。
「理由はいろいろあるけど……そうね、一つは夏海さんを今帰してしまったら、仁のことだから、仁の心の中にずっと残ってしまうだろうから。私はそばにいることはできても、肝心の人の中に別の人が居続けるのを見てるのはいや。だから、私のためにも夏海さんには残ってもらわなきゃならないわ」
「そんな、勝手な……」
 夏海さんが半ば呆然としたように呟いている。言ってる私自身、無茶苦茶で不条理なことを言っているとは思う。
「そしてこの先、ファミーユに夏海さんの頭脳は絶対必要。今のファミーユで売り上げを伸ばして、そして将来的に本店を立て直すためには絶対に必要。これも一点」
 これも本心、の一部。仁には本店を立て直すという願いがある。それを手伝うためには、なりふり構ってなんかいられない。
 だけど、本心の残りの大半は……
「仁、友達を助けるのは当たり前でしょう?」
「え、あ、ああ」
「なら、私が夏海さんを助けてもおかしくないわよね?」
「……それって……」
 まだ、感情という色を忘れてしまっている夏海さんに向かって、私は右手を差し出す。
「私はあなたと友達になりたいの。きっと似たもの同士だから。その最初のステップ……にしては難関が多いかもしれないけど、でも私たちにはちょうどいいと思うから」
 そう、私たちは似たもの同士。それを証明する部分は、わずかな期間とはいえたくさん見つかっている。
「……いいの?あたし、きっと諦め切れないと思うけど、それでも友達になってくれるの?」
「構わないわ。……別にそれは負けないからって意味ではなくて、それ以上に、あなたと友達になりたいって思いがあるから。聞きたいこと、話したいことがいっぱいあるから。だから、私たちの前からいなくなったりしないでほしいし、左腕を治すのを手伝いたい」
 夏海さんの右手が、ふらふらとさまよい、少しの逡巡を経て、私の右手にたどり着く。
「……よろしく、お願いします」
「こちらこそ、よろしく」

 ――これが夏海さんにとって、仁にとっての一つのピリオドであり、そして私を含めた三人の出発点なのだ。この先、つらいことが多く待ち構えていたとしても、きっと私たちは乗り越えていける。
 友達、なのだから。


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