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HAPPINESS/冬:7

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 耳をすませば、確かに遠くで鐘の音が鳴り響いていた。
 それは、消防車の鐘の音だった。

「……火事?」

 美知にも聞こえたのだろう、問いかけの声が上がる。

「まあ、盛大に誇張してみたが、そう、消防車のサイレンの音さ。さて問題。一体、どこが燃えているのだろうね? こんなところで油を売っていてもいいところだといいのだがね」
「……貴様、何をした?」

 ここで始めて、能面を被っていた父の表情が崩れ、焦りの色を浮かべる。絶対的に有利な状況であるのは大人たちであるにも関わらず、遙の言葉が少しずつ道を切り開いていく。

「私は嘘を言っているかもしれないぞ? 真実を知りたいなら、誰か一人外に遣わせればいいだろう。ものの一分で帰ってきて、何が燃えているかわかるだろうさ」

 渋面のまま、父が近くに居た人間に、遙が言ったことそのものを命令する。
 そして、予言通り一分で帰ってくる。

「た、大変です! 家が、葛城の本家が、醍醐の本家が、燃えています!」

 従者の言葉には、場を凍て付かせるには充分すぎる威力があった。

「な、なに……?」

 さしもの父も、遙の父も、言葉を失う。

「おっと、勘違いしてもらったら困るが、私が発火装置をしかけたわけではない。私が葛城の家に入れるわけもないしな。当然、何も知らずに驚いている新一と美知が関わっているわけもない。しかし……今の彼の言葉には間違いがあるな。正確には、家自体は何一つ燃えていないだろうよ。燃えているのは……今までに、おまえらが作り上げてきたシステム、その基幹だよ。今日がただの雪の日でよかった。吹雪く状態だったら、辺りに毒がまき散らされることになるからね」

 毒――と、いうことは。

「「トリカブト!」」
「二人ともご名答。いやあ、きっちりハモられると、すがすがしい以前に何だかいらつきを覚えてしまうが、この際よしとしよう。燃えているのはそう、トリカブトの畑さ。まあ灯油付きだから、火の勢い自体は強いだろうがね。
 ……さて何が燃えているかはっきりしたところで、先ほどの話、男どもがサルと化している間に思いついたという話さ。いきなり少し話がずれるが、私は無理を言って、この地にブロードバンド回線を通してもらった。ああ、あの節はありがとう外道父様。おかげである事実を知ることが出来た。実は、昔からの両家の繋がり以外に、とある二人の人間は、家の間にある壁を越え彼ら独自の繋がりを持っていた。
 時は敗戦直後、昭和二十一年に遡る。在阪のとある鉄道会社の創業者夫妻が、養子となる子を探していた。彼らは戦争で自分の子を亡くしていたが、当時では出産が難しいと言われる年齢だったために、実子を諦め、跡取りとなる養子を探していた。そんな彼らに、当時の葛城家と醍醐家は、とある企みの為に、それぞれの直系の子を養子入りさせた。企みというのはなんてことない、地理的に近い関西企業との繋がりを強くするため。夫妻も企みに気付いてはいたが、自分たち以外のところ以外に会社が乗っ取られるのなら、と渋々承諾。何も知らぬは子供たちだけかな、二十年近くにわたって、二人の子供は血の繋がりのない夫妻の元で仲良く育てられた。だが、時の高度経済成長により急成長した他社に、結局は経営権を握られ、創業者の夫妻は没落。葛城、醍醐の両家も再度子供……既に成人を迎えていた二人を、それぞれの婿養子として引き取った。
 もう誰だかおわかりだろう? 現在の両家の当主のことさ。いやあ、なかなかにマニアックな情報をウィキペディアも載せているものだね。何故そんな情報を載せようとしたのか、私には到底理解できないが、役に立ったのだからよしとしよう」

 すらすらと、頭の中にインプットされている情報を吐き出すかのごとく、遙は淀みなく言葉を紡いでいく。
 誰もが、遙に圧倒されていた。

「ってちょっと待ってよ遙。今のが確かなら……おじいちゃんも、遙のおじいちゃんも、直系?」
「そう。正真正銘の直系筋。一部しか知らないことらしいけど、うちのおばあ様も葛城のおばあ様も、実は直系ではなく従姉妹の位置に居た人物さ。どこかの誰かさんはしきりに外部外部騒いでいたけど、それは大きな間違い。その証拠に戸籍にはしっかりと掲載されている。戸籍よりも家計図な人間たちの集まりだから、殆ど知られてないんだろうよ。
 さあ、そろそろマジックの種明かし、つまりはツメの段階に入るとしよう。実際は直系とはいえ、二人の現当主は幼少時代を外部で過ごし、至極真っ当な常識を持っていた。だから常に常識と、町の常識との間で悩まされ続けてきた。養子時代に仲が良かったせいだろう、二人は時折、次代当主あるいは当主そのものの肩書きを捨て、個人的に、とある場所でお互いのことを話していた。このままじゃいけない、だけどどうすることもできない……そんなことを、この町の中に存在する、こんなちんけな一軒家ではない、雄大な自然の中の隠れ家で、ね。もっともその場は後世では単なるラブホとも化してしまったがね」

 不敵な笑みを僕に見せる遙。

「え、まさか、あそこ?」
「そう。私が知ったのはほんの偶然でね、誰かさんに岩場で組み敷かれている最中に二人の姿が階段から降りてくるところを見たのさ」
「……げ、それって、見られてたってことじゃ」
「私たちが生まれながらの姿になっていたのを見つけ、そそくさと帰っていったがね。新一は事の最中でももう少し回りに気を配ったほうがいい。まして外なら、ね」

 ……なんだかだんだん僕に対する羞恥プレーになっている気がする。おかげで逆サイドからの視線が痛い痛い。
 というか、そうか、だから夏の時、じいちゃんは僕たちが会っている事を知ってたんだ……そりゃあ、フォローも出来るわけない。

「私たちの性生活暴露大会は、一組の突き刺さる視線と、私たちを犯そうとしてた人間すら引き始めている空気が流れているからそろそろ止めにして。後日、私はおじい様に会い、実は直系の人間だけど養子に出ていた、その際葛城家の当主とは兄弟のように育ったことを聞いた。そして誰にも言わないよう忠告を受けた。無論、ウィキペディアで調べたのはその後だし、その時点でおじい様から直接、両家のつながりを聞いていたわけではない。
 さて、長くなったけど、本当に最後の最後。私は念のために保険をかけておいた。念のため、というか確実に使うことがわかってたのだがね。両家に繋がりがあって情報を共有している。ならそれぞれの家の問題児が、朝早くの同時刻に家を出ていけば、何かしらの行動を取るだろうという推測は簡単につくだろうからね。その保険の中身は、こんなものだ。今朝家を出る前に、私はおじい様と会い、あることを言ってあった。それは……」
「今日、葛城家の二人と一緒に東京に逃げます。その際、何もなければいいですが、ばれないとも限りません。なので、もし私から、九時までに連絡が無かったとき、そしてもしおじい様に後悔、あるいは苦悩といったものが今でもあって、且つ私を助けたいのならば、九時を回ればただちに毒の草を灯油を掛けて燃やし、消防に通報してください。そして葛城家の当主にも同じことをしてもらってください。それから、両家共用の秘密の隠れ家みたいなところがあるでしょうから、そこに葛城家の当主、そして大勢の警察官と共に来てください。もし連絡がないとき、つまりは私たちの行動がばれていたとき、まず間違いなく殺されるでしょう。それを防ぎ、今までの町のシステム自体を破壊するには、これしかないんです。おじい様たちが到着するまで、私が時間稼ぎをしますから、極力早く来てください……
 どうやら間に合ったようじゃの、遙」
「いやあ、噂には聞いておったが、自分と恋人との性行為すら時間稼ぎの話題にしてしまうなんて、なかなかの女傑じゃな。新ちゃんにはもったいないくらいじゃ」

 二人の老人が、遙の言葉の後をつなぎつつ、扉から中へと入ってきた。


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