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HAPPINESS/冬:8

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「じいちゃん!?」
「おじいちゃんっ!」
「いいタイミングでの登場、言い方を変えれば人の見せ場を奪うような登場ありがとうございます、おじい様、そして葛城家当主。更に言うなら一言一句私の言葉を暗誦しなくていいのに」

 葛城家当主、葛城啓一。
 醍醐家当主、醍醐沖次。
 この町の常識ではありえない二人の揃い踏みはしかし、先ほどの遙の説明を受けた後なら当然とも言っていい光景だった。

「ちっ、老いぼれ二人が今更現れて何に……」
「そりゃあわしらは還暦を迎えたひ弱い年寄りじゃが、遙さんの言葉に合ったように、外には若い国家権力さんたちがたくさんおるんでね。まあわしらが呼ぶ前に来ておったんだが……これは新ちゃんの差し金、かな」
「なんだ、新一もちゃんと保険をかけていたのか」
「……君の用意周到さ加減には到底及ばないけどね」
「というか、いくら入院中で手も足も出なかったとはいえ、あたしの出番がまったくないよ……」
「美知は指くわえて見てるだけでいいさ。私が全部持っていくつもりだからな。……これが、ツメを間違えない、ということさ、醍醐の次代当主よ。今更覚えたところで当分は使う機会などないだろうけどね。後、最初の猿轡が云々のくだりは単なる時間稼ぎ。ついでに言っておくと私はそんな大声を上げるタイプでもない」
「二十歳も若い人間に、余裕を見せて弁論の機会を許した時点で負けなんじゃよ、馬鹿息子どもめ」
「もう終わりじゃ。こんなくだらん慣習も、権力の上に座りつづける両家も、わしらの世代で終わらせる」

 形勢逆転。勝敗は決していた。
 周囲の大人たちは皆一様に言葉も出せず、うなだれ続けるだけ。満足そうな笑みを浮かべる遙とは対照的だった。
 ただ、一人を除いて。

「まだ……まだ終わっていない」

 そう呟いた後、遙の腕を掴んで立ちあがらせ、こめかみに拳銃を当てる男。

「……諦め際が悪いな、葛城の次代当主」

 僕の、父だった。

「ふん、確かにこちらのツメが甘く、大変残念な結果となってしまった。だが、この場を切り抜けるだけなら、いくらでも手段がある。こう、人質を取るなどして、な」
「父さん……あんたは、まだ」
「うるさい馬鹿息子。おまえに何がわかる? 間もなく手に入った力が目の前で逃げてしまうなんてことは許されないこと。どうあがいてでも、奪い取る。必要なら、幾多の屍を越えてでも手にしてやる」
「……そこで阿呆な顔して呆けているわが父様より愚かだな」
「何とでも言いたまえ。最後に勝つのは、この私だ」

 ……確かに、この一瞬で、またも立場は入れ替わっている。何か動作を起こせば、この父親はためらいなく遙を撃つ。そしてまた新たな人質を作り上げる気なのだろう。そして、最終的な父親の逮捕は免れえなくても、僕らにとっては敗北だ。
 僕の真横で立たされ、拳銃を突きつけられてる遙はしかし、僕に対してあの不敵な笑みを向ける。
 何故、こんなに余裕を……?
 遙の手首が、こっそりと上下に動く。それから僕へ小さくウインク。
 手の……鎖?
 なるほど、ね。

「そうかそうか。まあそう思うのは勝手だが、一つ聞いておこう。その拳銃、どこから引っ張り出してきた? 埃を被っている、ということはあらかた家の倉庫にでも隠されていたのかい?」
「ああ、そうだ。だがそれがどうした?」
「私の記憶にある限り、今まで銃殺で死んでいった者などいないのに、何故拳銃があるのだろうね。考えたことはあるかい?」
「知らん。先祖が趣味で集めていたとでも思えばいい」
「趣味の拳銃、ね……ちなみに使用経験は」
「特にないが、この至近距離で外すわけない」

 遙が父の視線を引きつけている。その間に、僕は腕の戒めを外し、腕の鎖をも外す。父以外は既に気力を失っていたのか、黙って下を見ているだけ。何事もなく作業は終わり、目線で遙に伝える。

「そうか……まあ、今のも単なる時間稼ぎなんだがね」

 遙の言葉が合図だった。
 握り拳を固めたまま一気に立ち上がり、驚く暇すら与えずに、父の顎へと腕を振り抜く。顎に会心の一発を食らい、父はそのまま意識を失い、床へと倒れこんでいった。拳銃を取り上げるのだけは忘れなかった。

 本当に、全てが終わった。

「いやあ、最後に自分の恋人の見せ場を持ってくるなんて、私はなんて恋人思いのいい女なんだろうね」

 ……最後を締めくくる遙の言葉は、父親を殴り飛ばした興奮を一気に冷ます代物だった。


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