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HAPPINESS/おまけの夏

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「うーっ……気持ち悪い……」
「……大丈夫?」
「どうにか。でもこれがお兄ちゃんとの愛の結晶をこの世に産み出す苦しみだとわかってるから、あたしは耐えてみ」
「どう見ても飛行機酔いなんだがな。そして美知はいったいいつ新一と体液交換を行ったのかい?」
「それはもちろん、遥が居ない時にこっそりと夜影でー」
「……ほほう?」
「あのね、そんな露骨な嘘に引っかかったフリするの止めようよ。毎回毎回睨まれる僕の身にもなってよ……」
「いい加減に慣れてくれ。蜜月を奪われ続けている私のストレス解消方法なんだ」
「ならいっそのこと、原因のお兄ちゃんも奪うからー」
「ほう、つまり美知は家を出て行きたいと言いたいんだな?」
「その時はお兄ちゃんを首輪付けてでも連れて行くから」
「……人がごった返す到着ゲートで、人格を疑われる発言は止めてくれ……ほら、荷物とって行くよもう。外で待ってるんだろうし」
「ちょ、ちょっと待って……気持ち悪いのは本当だから」
「あれほど啖呵を切っておいて、まったく。新一、先行っておじい様たちを宥めておいてくれ。トイレに連れていくから」

 ……また、暑い季節が日本に訪れていた。
 あれから、約半年。僕らはまた、里帰りのためにこの地にいた。本来だったらもう帰ってくることのなかった場所へ、自由に帰ってこれるというのは思ってたよりもイイモノだった。悪い偶然に必然が重なって生まれた、よくわからない結果だったのだが、大事なことがいくつも守れた僕としては、これ以上のものは望まない。あれほど望み続けたことが、叶ったのだから。

 壁にもたれながら、二人を待つ。彼女には先に行けと言われていたけど、やっぱり三人同時に行った方が向こうも喜ぶ気がするし。何より、僕一人で元気な人たちを相手にするとなると、気力精神力その他諸々が足りない。

「……なんだ、待っていたのか」
「あたしが心配だったんだよね、お兄ちゃんは」
「……自分の身が心配だっただけだから」

 僕の回答が不満なのか、先程よりはほんの少し元気そうな不満面を見せてブーブー唸りだす従妹。

「相変わらず乙女心をわかってないなあ」
「いくら言っても無駄だよ。変えられるんだったらとっくに変えてる」
「ほら、行こうよもう。さすがにこれ以上待たせるのはまずいでしょ。到着予定からかなり時間たってるし」
「都合が悪くなるとすぐ逃げるんだからー!」
「それもなおらないなあ……いっそのこと、実力行使でなおしてみるか」
「あ、それあたしも参加したい。鋸とかー斧とかー鎌とかー金属バットとかー注射器とかー」
「段々と露骨になってる気がするが……これはダメ。奥様特権というやつだよ」
「そんな特権しらないし! あ、奥様特権があるんだったら妹様特権だってあるよねー?」
「それはどうだろう……大体妹様って、自分で様付けしてるじゃないか」
「奥様だってそうじゃない。魔女にでもなったつもり?」
「美知……今度から私の料理には気をつけたほうがいいと忠告しておこう」
「うわ、この人は本当に魔女になるつもりだ……」
「ふ、軽い冗談だよ」
「遥が言うと冗談に聞こえないから、全然」

 ……なんやかんやで、この二人は仲の良さを持続している。僕と遥の関係が一歩進んだところに移ったというのに、それを告げた日だけは素直に祝福してくれた。まあ、その後はあまり思い出したくもない日々が続いたけど。いい加減に兄離れしてほしいと真摯に思いつつ、人ごみの向こうに見知った顔を二つ発見。

「ほら、妙な言い合いは止めにして。じいちゃんたちがあそこで待ってるよ」
「まあ事前に散々告知されていたから驚きも何にもないがね」
「今仕事とか何にもないから暇なんだよ、おじいちゃんたち」
「暇なくせに痴呆にならないから不思議だ。普通人間というのは、老化と暇を混ぜ合わせれば痴呆になると相場は決まっているのに」
「ボケ防止のために、最近遥や美知の残していった遺産という名のブロードバンド回線で、マネーゲームに興じてるらしいよ。何でも、わしゃ村上なんぞには負けんわっ! とかなんとか」
「その勢いで、在阪私鉄の再編でもしてくださいって感じだな……」
「お金を作って、勢い余ってあたしたちの傍に移住する! とか言い出したりしてね」
「……美知、そういう冗談に聞こえない話は止めよう。私のより性質の悪い冗談だ。今のが聞こえてないことを願おう」
「大丈夫だよーいざとなれば、その指にはめてるリングについてネタ振りすれば、きっとおじいちゃんたち忘れてくれるはずだから」
「変わりに僕が大変なことになってそうだけどね……」
「だけど、いずれかは言わないといけないだろう? 早い方がいいと思うが」
「それはそうなんだけど。今回の帰省中には言うさ、っていうか言う前に気付かれそうだけどね。まあ、覚悟を決めて行きますか」

 僕は、大事な人たちとともに、戻れるはずのなかった大事な人たち元へ、小走りに一歩、二歩と歩き始めた。
 胸に、描いていた以上の、幸せの原風景を抱えて。


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