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HAPPINESS/夏:3

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 共同の墓参りは午後から、というのはこの田舎のどうしょうもない風習であり、従って午前中には時間的余裕が合った。昨日のあの長い台詞はどこに消えた? と思わんばかりの従妹からの過度のスキンシップ(というか、お医者さんごっことかスキンシップ以前の問題)をかいくぐり、黒い金のおかげで電波も常時三本の携帯電話で連絡を取りあって、彼女といつもの場所で合流し、やはりいつもの浅瀬へと向かった。

「やっぱり、私たち両家の謎の病気は、遺伝病のようだね」

 話題は、昨日仕入れた最新版である。互いの家系に存在する病について、従妹から聞いたことをそのまま伝える。

「まだ断言は出来ないけどね。みんな同じ症状を発症して、呼吸困難で死んでいってるから、確率は高いだろうけど」
「にしても妹さんはよく情報を握ることが出来たね。危ない橋だったんじゃないかな」
「強権発動もなかったって言ってたから、個人情報保護法案が浸透してない地域だったことをむしろ危惧するべきだよ」
「ならいいのだけどね。妹さんには嫌われてるとは思うけど、私としては直球でキミにぶつかっていく彼女の姿勢にとても好感が持ててね、何かあったらと思うと気が気でないんだ」
「……大丈夫。従妹にもし危害を加える人間が現れたら、僕はどんな手を使ってでも排除するよ」
「頼もしい言葉だね。だけど……恋人がいる前で、他の女の子の騎士役を宣言するなんて、キミは相変わらず乙女心をわかっていないなあ」
「乙女心って言葉は、いつの間に流行語になったのかなあ……」

 少しばかり困惑の表情を浮かべてみた僕に対し、彼女は優しく、だけどはかなげな笑顔を浮かべる。引き込まれるように、僕は彼女の両頬に手を当て、薄い桃色の唇へと顔を近づけた。



「……普段は風習だのはくそ食らえと言っている私だが、さすがに先祖の墓前に赴く前に身体を汚すのは不謹慎じゃないかいと思うけど」
「……ごめん。止まらなくなっちゃった」
「まったく。都会の馬鹿者どもに感化されて、発情期のサルにでもなったのかい? ……後半年待てば、いつでも、好きな時、さすがに四六時中は困るが、ともかく、出来るんだから」
「……うん、そうだ、そうだよね」

 一時の情事の後、僕らは岩肌に並んで座り、小川の行く末を眺めていた。ほてった身体を、せせらぎが冷ましてくれる。

 半年後、つまりは来年の一月か二月に、僕らは駆け落ちをする予定だった。彼女の誕生日が一月十五日、旧来の成人式の日なので、そこを過ぎれば互いに二十歳、婚約に関する親権者の承認規定の対象年齢から外れる。彼女に東京まで来てもらい、今借りているアパートとは別のアパートに二人で住み、そこに婚姻届を出す。出してしまえば面子を気にする田舎のことである。僕らは生まれてこなかったものとして扱われ、別の人間を当主に立てるだろう。彼らは一時の混乱に陥るだけ、僕らは、親戚一同の援助を全く貰えない状態で新たなる生活を切り開くだけ。
 支援が切られるのは目に見えているので、僕はこの一年半の間、大学生活を送りつつ貯金にいそしんだ。大学進学すら許されなかった彼女は、実家にインターネットを導入させ、彼女自信の口座を密かに開設して投資を行い、利益を貯めていった。僕の貯金は微々たるものだが、何にでも才能を開花させる天才肌タイプの彼女は、一年半で同年代が手にすると思われる年間収入の三十倍は稼いでいた。資金だけは、充分にある。
 家同士の対立というしがらみから解放された後は、同じ大学に行こうと約束している。本来だったら高校卒業後に過ごすことが出来たはずの生活を、二年遅れで実行しようというのだ。……いや、違う。僕らの仲を引き裂かれた、五年前の秋以来からの、二人でいることが出来たはずの時間を、取り戻すのだ。



 僕らが出会ったのは、中学入学の時だった。小学校の学区は綺麗に勢力分布図で分けられていたのだが、中学となるとうちのような狭い町では一校だけ。膝元である町内の行政はいじることが出来ても、お上の事情をはねのけるまでの力はさすがに両家には無かった。
 クラス分けが発表され、彼女と僕は同じクラスとなる。互いに苗字で、敵対する家の直系だとわかり、最初はいがみあったものだった。だけど何度と無く舌戦を繰り広げるにつれ、考え自体は同じだと気付く。それから段々と口喧嘩することが減り、代わりに普通に話す機会が増え、二年をかけて、僕らは恋人同士となった。ここまでなら、ありがちな話、だった。だけど、二人の間でのわだかまりが氷解したところで、家全体のわだかまりが解けるわけではない。こっそりと付きあっていたとはいえ、誰かの口を通して両家にばれるのは時間の問題だった。
 あっさりと、よりによって僕の父に見つかった。

 ばれた後、僕は父を中心とした大人たちに、こてんぱんに叩きのめされた。至る所に傷跡を作り、あざを残し、僕が泣いて懇願しても、殴り、蹴るが一昼夜続いた。それから、狭い牢屋(こんなものがあることがそもそもおかしいのだが)に一日、監禁された。直系の一族の中でも珍しく外部から婿に入ったためか、どちらかといえば穏健派の祖父が曾祖父に僕の釈放を進言してくれなければ、あのまま一週間は鎖に繋がれていたことだろう。
 彼女は彼女でひどい目にあわされた。彼女はほとんど語りはしなかったけど、その後も隠れて交際を続けていく中、僕と初めて結ばれたときに膜が存在しなかったこと、そして僕が初めての交際相手であることから、彼女の身に何が合ったかおおよその推察が出来る。最低としか言いようがないが、ありえてしまうのが、この町、この両家だった。

 高校は、互いの家が示し合わせたかのごとく、学区内でも全く逆方向の高校に通わされた。敵対し合っているくせにこんなときはなぜ波長が合うのか不思議で仕方なかった記憶がある。
 それでも僕らは交際を止めなかった。わざわざ遠い地で落ちあってまで、ばれないように、付き合っていたのだ。でも、無駄に掛かった時間だって存在した。

 僕らは、その時間を、二人でいる時間へと変えたいだけなのに。
 駆け落ちという最終手段しか取ることが出来ないこの地が、互いの家が、憎くて憎くて仕方なかった。



「あと、半年の辛抱、だね」

 その言葉だけを糧に、先に見える幸せを掴むためだけに、僕らは今を生きていた。


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