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HAPPINESS/夏:5

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「それはまさに真理だよ。キミのところの当主は、この地をよくわかってらっしゃる。私のところの祖父、まあつまりはうちの方の当主のことだが、祖父も同じことを言っていたよ。当主たる人間に備わった人生観、みたいなものかもしれないね」

 少し日は飛んで一週間後。明日帰京するので、時間を作って彼女といつもの場所に居た。相変わらず心地よいせせらぎの音が耳から脳髄を癒してくれる。
 僕の左肩に軽くもたれかかりながら、彼女は言葉を紡ぐ。

「私たちは確かに、大切なものを得ようとしている。だけど、そのための犠牲というのはまだはかりきれていない部分もある。知らないことはたくさんあるんだ」
「そう、だね。でも僕らは、もう決めてるんだ。一緒に、生きよう。こんなくだらないモノが渦巻くこの土地を出て、人込みの中に紛れてだとしてでも、二人で生きよう」
「うん、うん……」

 足元を流れる清流から、涼しげな空気が僕らのところまでじわりじわりと上がってくる。その中で僕らは……



「……やはりキミは発情期のサルになったんじゃないかい? 何だか会う度会う度に身体を交わらせている気がしてならいんだが……」
「半年分、と思ってくれるとありがたい、かな」
「私は思春期の欲望のはけ口になるつもりはまったくないんだが」
「大丈夫、描写は全くないから何をしてたかは誰にもわからない」
「……それはいったい何の話だろうね?」
「言ってる僕にもわかってないんだけどね。どうも、ね、やっぱり僕も男だしね」
「おや、昔は舌戦で私に負けて半分涙ぐんでいた人間も大きく出たね。男、とは」
「あのね、そんな昔の話を出さないでくれ……子供なりに負けず嫌いだったんだよ。それが教え込まれたものだったし、第一君だ。相手方、とわかればどんなことがあっても負けてはいけない刷り込みがあったしね」
「大変だね、将来の当主も」
「君もだけどね」
「私の場合は正確には当主夫人」
「……血筋を受け継いでいる以上変わらないと思うけどなあ」
「何やかんやで、古いしきたりのお約束である男尊女卑はしっかりと根付いているよ。まして私の場合、性格がコレだ。一部の強烈にお堅い人間には行動もあいまって疎まれていることだろうさ。それよりも、うん。一個だけ訂正しておこう。あれだけ激しく動かれた後でキミが男じゃないなどと否定するわけにはいかないね」
「君も大分引っ張るね……」
「……毎回毎回、後で歩くのが大変になることへの愚痴だと思ってくれたらいい」

 口調そのものには非難めいたものも存在していたが、顔は笑っていた。

「後は、半年待つだけ。その間は私たちは会えないけど、今は便利なことにインターネットも携帯もある。昔の人たちは遠距離恋愛をどう維持していたんだろうね」
「そうだね……よかったよ、今に生まれて。生まれた場所は悪かったけど」
「もし私たちが、何もしばらみも存在しない環境で出会えたとしたら、どうなっていただろう? たとえば家が隣同士の幼馴染で、窓伝いに互いの部屋を行きかうような関係とかだったら?」
「それは前提条件の時点でフラグ立ってると思うよ……もっと別の前提条件のほうがいいかな、比較するんだったら」
「そうか、なら……うん、普通に、高校でたまたま同じクラスになって、前後の席になって、とかは?」
「普通、うん、普通だね」
「それだったら、私たちはどうなっていたのだろう?」
「……僕たちは、実にありがちな高校生活を送りつつ、きっと二人で青春を謳歌していたと思うよ」
「いいね。望んでも仕方ないものだとわかってはいるけど、自他共に認める変人とはいえ私は女だ。人並みの青春を送ってみたかった。こう、隠れながらではなくて……」

 笑顔が消え、彼女の瞳には涙が浮かんでいた。
 何年にも渡り、堪えてきたもの。僕たちの間には、障害が本当に多すぎる。

「大丈夫、あと半年、あと半年だから、一緒に行こう、東京に。そして、僕たちはやり直すんだ」
「うん、うん……」

 普段の気丈な態度も失せ、僕の隣には、ただの女の子が居た。傍目に居たら、ただの男と女が寄り添う光景にしか見えなかっただろう。肩を抱き寄せ、頭を胸に抱え、鳴咽を漏らす彼女。僕はただ上を向き、目からこぼれそうになっていた熱い液体を堪えることしか他に出来なかった。

 しばらくの時間が経ち、互いに落ち着いたところで、打ち合わせていたかのように口付けを交わす。

「これで、半年間はお預け。耐えられそうかい?」
「耐えなきゃ後で何されるかわからない状況で言われても……」
「お互いに同じさ。私も耐える、キミも耐える。大事なのは、」
「二人の未来、さ」
「……キミに大事な所を奪われた」
「たまには格好つけさせてくださ……って、胸のポケットに何か入ってるよ?」
「ああ、これかい? うちで無駄に広い面積に植えられている草の花だよ。毎年夏になると紫色の花を咲かせていてね。今日は何気なく、一輪だけ失敬してきたのさ。乙女の身だしなみというやつさ」
「やっぱりはやってるのかなぁ、乙女がどうたらというのは」
「女性は皆、少なからず思っているものだよ。口に出すかどうかは別問題として、ね」
「君は変人だからねえ」
「その変人相手に必死に腰を振っていたのは、どこのどちらさんかな?」
「……すみません、僕です、ホント、ゴメンナサイ」

 涙を流した後は消え、再度、彼女の顔には笑顔が現れていた。またもや顔を近付けそうになったが、お預けだっけかと思いなおし踏みとどまる。さすがに、あれほどサルサル言われた後だと躊躇してしまうものだ。

「じゃあ、半年後にまた会おう。それまではメールとかで、ね」
「うん、向こうの家に婚姻届は用意しておくから。それと……」

 最後の最後で、僕は祖父の言葉をもう一度思い出す。

『おそらく、次はじいちゃんもフォローできない』

「今日は、別々に帰ろう。念のために」
「うん、そうだね。ここまで来てばれましたでは、お話にならない」
「じゃあ先に帰ってくれ。適当に時間をつぶして、僕も出ていくから」
「わかった。とりあえずは、さようなら」

 岩場を離れ、古い階段を彼女は登っていく。
 真ん中辺りで、一度立ち止まって振りかえり、手を振る。僕が振り返すのも待たずに、彼女は登っていってしまった。

「……あ、さっきの花、だ」

 彼女の姿が消えた直後、上から僕の元へ、彼女の胸ポケットに刺さっていた紫色の花が舞い降りてくる。
 手を伸ばして掴み、じっと観察してみる。
 うちの庭にも生えている、烏帽子のような紫の花を咲かせる草。

「こんな妙なところまで同じことやっているくせに、どうして反目しあうんだろね……」

 僕のもっともなつぶやきは、清流へと飲み込まれていった。


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