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HAPPINESS/夏:6

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 僕の見送りは実に簡素なものとなった。というのも、当主であるじいちゃんが何故か強権を発動して見送り要因はじいちゃんと従妹だけとなったからだ。どうせ今ごろ本家では、「当主ったら相変わらず孫を独占したいのね」などという会話が家政婦さんたちの間で交わされているに違いない。皆さん、それは真実です。きっと。
 じいちゃんの運転するセルシオで、遠く離れたこの地域の中心駅まで送ってもらう。近年再開発が行われたこの県庁所在地の駅は、駅舎、駅前ロータリー、大通りと大きく様変わりした。昔はぱっとしない場所だったのに、駅前だけは一丁前となった。これがいいことか悪いことなのかと聞かれたら、まず間違いなくいいことだと答えられる自信はあるが、少しだけ寂しさを感じたのも事実である。何が寂しいのかは未だによくわからないけど。

「そりゃあ、知っている町並みが変化するんだから寂しくもなる」

 ロータリーそばにある駐車場に止め、駅の前から大通りを眺めた時にじいちゃんに聞いてみると、こんな答えが返ってきた。

「知っているものが知らないものに変わるってのは怖いもんじゃ。まるで取り残されるような気がしてな。だけど、見えないだけで生活なんかが楽になる部分も確かにある。たまにテレビ番組のドキュメンタリーなどで、単純に無駄な公共投資だなどと批判しているものがあるが、そうでもないもんよ。住んでいるものにとっては、な」
「そうそう、お兄ちゃんは都会かぶれしちゃってるから無駄にノスタルジックになってるだけよ。あたしと今すぐにでもUターンして、一緒に昔の思い出を取り戻しちゃったりとか!?」
「とか、って疑問系で聞かれても困るし、僕は学業の為に戻るんだから……」

 無論、学業のためというのは建前である。心が痛むが、表に出してはいけない。

「あーあ、いいなあお兄ちゃんは。あたしもこのまま東京についていっちゃおうかなー?」
「なっ、みっちゃんを行かせるわけにはいかん。ああ行かんとも! 東京に行って阿呆な人間と付き合いだして馬鹿になられたら困るっ!」
「……じいちゃん、素直に寂しいって言った方が美知には効果あると思うんだけど」
「みっちゃんまで行かれたらじいちゃんは誰と過ごせばいいんじゃ!?」
「うわぁ、おじいちゃん、こんなところ親戚に見られたら、当主としての地位が思いっきり下がるんじゃない?」
「関係ないわ。孫をかわいがって何が悪い?」
「……おじいちゃんは、いっそのこといつまでもそのままでい……あ、れ?」

 はあと露骨なため息をつこうとした従妹の身体が、不意に崩れ落ちる。とっさに荷物を置き抱きかかえると、すぐに力を取り戻し立ち直った。

「ごめんごめん、なんか急にふらーっときちゃった。もしかしてもしかするとつわりかもお兄ちゃん!?」
「な、なんじゃとーっ!?」
「あのね、つわりが起きる前提条件に関して身に覚えが無いし、第一本当につわりだったら即座に回復するものでもないから。後じいちゃんは美知の言うことを鵜呑みにしすぎ」
「じゃあこの子はお兄ちゃんの子じゃないというのねっ!?」
「おい新ちゃん、どういうことじゃっ!?」
「だーかーらー! はあ、もういいや、勝手に行こうかなあ……」
「ううっ、おじいちゃん、お兄ちゃんが冷たいよ」
「まったくじゃ、みっちゃん。わしらは残されたもん同士、楽しく過ごそう。後で後悔しても知らんぞー?」
「本当に当主なのかなあ、この人は……」

 駅前はアスファルトだらけということもあって、実家とは違い都心部的な暑さが篭っている。もう本当にどうしようかと途方に暮れつつ、先ほどの従妹の様子が思い出されて気になってしまう。

「にしても、本当に大丈夫? 最近寝てなかったとか?」
「お、お兄ちゃんがあたしの心配を、ってボケてる場合じゃないみたいね。大丈夫だよ。ちゃんと寝てたし身体の調子がよくないわけでもないから、単なる立ちくらみだと思う」
「わしからも聞いておくが、本当に、大丈夫じゃな?」
「もう、おじいちゃんまで怖い顔しちゃって。あたしは今からお兄ちゃんとホテルに行っても平気なくらい元気だから」
「行かない行かない。僕はこれから帰るんだって」
「なんじゃ。ラブホテル代くらいならわしが出してやるのに」
「あんた本当に当主というか大人かっ!?」
「うむ、葛城家現代当主であり、御歳六十三のナイスミドルじゃ。だからさりげなく孫の手伝いもするし、孫の健康に何かあるのかと思ったら、即座に近くの赤十字病院にでも連れていく優しさも持ち合わせておるぞ」
「おじいちゃん、まさかこの後本気であたしに健康診断とか受けさせる気だったりする……?」
「まあ、みっちゃんが平気というなら大丈夫じゃろ。この歳になるとついつい色々な病名を浮かべてしまうんじゃが、みっちゃんはまだ十九だし、生活習慣病とは関係ないし」
「いったいどんな病気を思い浮かべたんだか……」

 昔から変わらず、この二人との会話は楽しい。だが楽しいと感じる度に、息苦しさも感じしまう。
 僕は半年後には、この人たちと会えなくなる。単純な寂しさと同時に、進行中の計画を知らないじいちゃんに対し
は、騙している、あるいは裏切ることからくる後ろめたさもあった。
 これが、僕が犠牲にしなければならないもの。彼女と過ごすために支払わなければならない対価。
 僕らが進む道には、障害物が多すぎる。

 時計の針が、十一時を示す。乗車予定の特急列車が発車するまで、後二十分強。東京に戻るには、そこから一時間半かけて新幹線の駅まで辿りつき、さらにひかり、のぞみと乗り継がなければならない。最速で到着予定が十六時半なのだから、どれだけ遠いかがよくわかる。もっとも、一番早いのは、今いる場所から海側に向かったところにある空港から、羽田まで空の旅をすればいいのだが、飛行機が苦手な僕は時間がかかってでも列車のほうが楽なのである。

「じゃあ、僕はそろそろ行くよ。また冬に、ね」
「とりあえず着いたらメールしてねー」
「うむ、気をつけてな」

 二人の声を背に受け、プラットホームに入っていく。始発駅ではないので、まだ列車は到着していなかった。早すぎたか、とは思いつつもまあいいかと気を取り直す。それもまた風情の一つ、などというとキザ過ぎるか。
 売店で季節外れの名産、蟹弁当と冷たいお茶を買い、ベンチに座って待つ。ここで食べるのは味気ないしまだ腹も減っていないので、弁当の封は開けず、お茶を一口飲んで線路の向こう、屋根の途切れた先にある青空を眺める。

 やっぱり、雲一つない青空が、遥か彼方までつながっていた。


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