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HAPPINESS/冬:1

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 秋が過ぎ、正月が過ぎ、一月も終盤となっていた。冬休みはたったの二週間なので実家に戻ることもせず、バイトをしたり徹夜でテスト勉強をして燃え尽きたりと、それなりに学生として多忙な日々を過ごしていた。
 今年度の全ての学事日程を終え、この先に必要な準備を終え、さあ彼女迎えに帰るか、と思った矢先。携帯に、実家の父からの電話が入る。一人暮らしを始めて以来、祖父からの電話はあっても、父からの電話は無かった。

「美知が倒れた。戻って来い」

 父からの電話はたったそれだけ。たったそれだけで、電話は切れた。だが僕を慌てさせるには充分すぎた。
 従妹が、倒れた……?

 ――やっぱり、私たち両家の謎の病気は、遺伝病のようだね。

「ま、まさかっ……」

 脳裏に苦しむ従妹の顔がよぎる。そして同時に、夏の帰省時、見送りの際に従妹が倒れたことも思い出す。
 例の原因不明の、遺伝的なものによる病気だとしたら、ほぼ助からない。少なくとも記憶にある限り、発症してから三ヶ月後に生きていた人を知らない。従妹の両親も、共にひと月ももたなかった。この病気は、親子ともども命を奪って行くのか……?

 どうにかならないのか。
 どうにもならない。後少しで、僕は従妹に手を出せない位置に行ってしまう。
 それが、犠牲。



 彼女に「従妹が倒れた。予定より早く帰る。だけど、予定通り君を連れて帰るから」とメールを送り、それから祖父に今からすぐ帰ることを告げ、慌てて荷造りして、仕方なく飛行機に乗り、一目散に実家を目指す。
 到着ゲートの先には、じいちゃんが一人、厳しい顔をして待っていた。

「……新ちゃん、すまん。これはわしが悪い」

 開口一番、じいちゃんは頭を下げて僕に謝ってきた。

「じいちゃんは悪くない。悪いのは……」

 さすがに、近親交配の影響だ、などとは言えずに口篭っていると、

「いや、わしが見抜けんかったのが悪い。早く気付けておれば、こんなことには……」

 珍しくいらだった様子を見せる祖父。これに関しては、祖父に落ち度などないはずなのに、この人は自分の責任だと明言している。何故。

「とりあえず、従妹のところに行こうよ。この目で、確認したいんだ」
「……わかった。行こうか」

 冬の日本海側特有の、黒く重苦しい雲が低く垂れこみ、今にも雪が吹雪いてきそうだった。
 早足で駐車場に辿りつき、セルシオに乗りこんだ祖父は、本来なら左へ曲がるべき場所を右へ曲がり、車を市街地の方へと走らせてる。

「って、志郎さんのところじゃないの?」
「うむ……実はみっちゃんが倒れたのを見たのはわしでな、つい気が動転して、救急車を呼んでしまったからの。だから今回は、救急指定で且つ大規模病院ということで、赤十字病院に入院しておる」
「そうなんだ……」
「まあ、志郎のところではある程度までの治療しかできんだろうから、これはこれでよかったのかもしれん」

 そうこうしているうちに病院に到着する。荷物はトランクに入れたままにして車から病院内へと駆け込み、祖父の先導のもと、五階にある従妹の病室のドアを開けると、そこには父と母、それに叔父さんの姿が合った。
 父は僕を一瞥すると、母や叔父さん、そして祖父とアイコンタクトを取り、そのまま病室を出て行ってしまった。その後に続き、母や叔父さんも出ていき(叔父さんすら、何も言わずに)、病室には僕と祖父、そして……ベッドの上に横たわり、じっとこちらを見上げる従妹だけが残された。実の息子が帰ってきたのに、とは言わないが、血の直接的なつながりはないにせよ、娘である従妹に対しても無言で出ていく相変わらずな大人たちの姿に嫌悪感を覚える。が。

「お兄、ちゃん……」

 従妹の少し細い声に呼びかけられ、黒い感情を奥底へと仕舞うことにする。

「調子はどうだ?」
「うん……ちょっと、最悪」

 最後に会った時の元気な姿はそこになかった。視線をさまよわせ、活力に満ちていた声も、病に伏す人間のそれへと変わっていた。思わず手を握りしめるが、返された力も弱々しい。

「参ったなあ。まさかあたしまで、コレに罹るなんて……」
「まだ決まったわけじゃないだろ?」
「……倒れる前の症状が、そのまんまだったから、ね。さすがに疑い様がないよ」

 ……ダメ、なの、か?

「お兄ちゃん、痛いよ」
「あ、ごめん……」

 知らぬうちに、手に力を込めてしまったらしい。慌てて手を離すも、従妹が物欲しそうな視線を向けたので、改めて、彼女の手を両手で、大事に抱えなおす。手には、熱がまだ篭っていた。

「おじいちゃん、ごめん。ちょっとだけ外してくれる?」
「……わかった。新ちゃん、外の廊下にいるから終わったら声掛けてくれ」
「うん……」

 珍しく従妹が祖父に退席を願い、珍しく祖父が何の切り返しもなく外へと出ていった。普段とは違うことが、僕の心に大きな圧迫感を与える。
 ふう、と一つため息をつき、祖父が出ていったドアから従妹へと姿勢を戻すと、従妹がベッドから手招きしているのが見えた。

「……なんだい?」
「もうちょっと、こっちに来て。傍に来て。顔をあたしに寄せて」

 要望通り更に近づき、しゃがんで顔を寄せる。耳元にいる形となった僕へ、従妹はゆっくりと向き直る。視線と視線が交差する。

 ――先程までとは違う、意志の篭った瞳だった。

「お兄ちゃん、今から言うことを心して聞いて欲しいの。あたしの言うこと、信じてくれる?」
「……わかった、信じる」
「本当に、本当だね?」
「うん、本当だ」
「先に聞いておくけど、お兄ちゃんの一番大事な人は、あたしじゃなくて、あの人。これは変わりない?」
「……変わらないよ。今までも、これからも」
「なら、優先順位を見失わないで。お兄ちゃんが守るべきなのは、あたしよりも先にあの人。いい?」
「……わかった。けど何でそんなことを」
「これから言うことを聞いても、お兄ちゃんの予定はそのまま進めて欲しいから。きっと、それが一番だから」
「どういう、こと……?」

 従妹は、僕をまっすぐに見つめ、静かに言い放った。

「あたしのコレ……あたしだけじゃない、今まで遺伝病によって亡くなったと思われるあたしたちの血筋の人間たちは、病気で亡くなったんじゃない……

 これは、毒殺だったの」


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