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HAPPINESS/冬:2

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 病院を祖父と共に出、そのまま実家に向かった。到着後、両親や集まっていた親戚への挨拶もそこそこに、僕は帰省時にいつも充てられていた部屋……元僕の部屋へと引き篭った。
 思考が、ぐちゃぐちゃに混乱していた。病室で従妹から聞いた話が、あまりにも現実離れしていて、なのに信憑性も溢れるほどあって、何を偽者として切り捨て、何を真実として確保しなければならないのか、全くわからなくなっていた。

 誰も、信じられない。何も信じられない。この地は、腐っている。誰も彼も。



「毒殺……毒殺って、どういうことだよ!?」
「あまり大きな声を出さないで。おじいちゃんにすら今は聞かれるわけにはいかないから。色んな可能性が存在してる状況では、極力人に知られないほうがいい」
「……わかった。それで、どういうこと、なんだ?」
「夏、お兄ちゃんが帰った後もあたしは調べを続けた。そうしたら、奇妙な共通点がこの病らしきもので亡くなった人たちにはあったの。それは、亡くなった人たちに関する記録が、亡くなるある程度前からほとんど無くなっていた、ということ。傍系ならともかくも、直系筋、たとえばあたしのお父さんやお母さんのことに関してまで無いのはおかしいと思わない? お父さんは次男。春敏叔父さんは三男。ある程度昔までは位の高いお父さんのほうが細かく書かれているけど、お父さんが倒れた二週間くらい前から、お父さんに関しての記録は少なくなり、代わりに叔父さんの記録が多くなった。まるで、いない人あるいは存在感の薄い人みたいな扱いに変わってた」
「……待って。まさか、毒殺って言うのは……」
「きっとお兄ちゃんが気付いたことが正解。倒れる直前、お父さんはあたしにこっそりと漏らしてたことがあった。『この地は腐っているとこの歳になってようやく気付いた』と。そして、実の兄……つまりはお兄ちゃんのお父さんに対して、憎しみみたいなものもあったみたいだった。その後すぐよ、お父さんが、そしてお母さんまでもが倒れ、そのままいっちゃったのは。詳しくは調べられなかったけど、他の人も同じだったみたい。つまりは……」
「葛城家に対し、何らかの不利益をもたらそうとした人間を、病死に見せかけて、殺し、た……?」
「まだわからない。だけど、状況的に不自然なことがたくさんある。例えば……ここに運ばれる前まで、あたしは様々な症状に悩まされてた。病気なんだなあ、と思わせるような体調不良、嘔吐、痙攣、麻痺……だけど、ここに運ばれてからは、体調はまだ戻らないけど、他の症状はぴたりと止んだ。不思議でしょ? 志郎さんのところに運ばれた場合はそのまま亡くなっていったのに、あたしだけ、まあまだわからなけど生き長らえてるなんて」
「で、でもどうやって? いったいどうやって、そんな毒物なんて……」
「簡単よ。あまりにも簡単すぎる。あたしは、いったいどういう状況で症状が起きたか、思い出せる限りだけど思い出した。するとね、全て……食事の後、だいたい一時間から二時間くらいの間に起きてた」
「食べ物に、毒を?」
「そう。それしか考えられない。しかもね、起きないときもあったんだけど、起きたときは必ず五人、あたしと、叔父さん二人に叔母さん、そしておじいちゃん。この五人でご飯を食べた後にだけ、苦しくなった。宴会なんかの後では起きなかったの。あれ、座る場所決まってないからだろうね」
「方法はわかった。けど、どうやって毒物なんかを手に入れることが出来るんだ?」
「もっと簡単。だけど、重要なこと。お兄ちゃん、ベッドの中……ちょうどあたしの身体の下にノートパソコン隠してあるからそれを出して電源を入れてみて。バッテリーはまだあるはず」

 言われた通り、失敬してベッドの中に手を伸ばし、パソコンを取り出してスイッチを入れる。ものの数十秒で起動完了した。

「ついたよ」
「そうしたら、Dドライブ下に“お兄ちゃんとあたしのらぶらぶモード”っていうフォルダがあるから、そこを開いて。パスワードは、あの人の名をローマ字で、逆から」

 フォルダ名にツッコミを入れる余裕も無く、フォルダをダブルクリックし、彼女の名のローマ字を逆から入力してパスワードを解除する。そこには、いくつかのHTMLファイルと、テキストファイルが存在した。

「開いたら、ウィキペディアのHTMLファイルがあるはずだから、それを開いて。すぐに答えがわかるよ」

 該当ファイルを開く。

「こ、この草は……」

 そこには、実家の庭園にて無駄に広い面積を占めている、あの紫色の花を咲かせる草の写真が掲載されていた。
 草の名前は――

「トリカブト……あれは、トリカブトだったのか……」
「そう、トリカブト。植物界一、そして生物界という広い範囲でもフグ毒に次ぐ強烈な毒性を持ち、一ミリグラムの摂取で死に至ってしまう、根から花までほぼ全てに毒を持つ、恐ろしい草よ。トリカブトがあれだけ栽培されているんだから、手に入れるのなんて簡単よ。そして、大量に栽培されているという事実こそ、この家の裏側で計画的に殺人が行われていたという有力な証拠となる。あたしはもしこの後本家に戻れたとしても、迂闊に物を食べれないね」
「……何で、何で美知まで狙われなきゃならない?」
「調べてたから、かな。下手に行動力あるのはみんなわかってるから、いつかこのタブーに気付くのではと恐れてでしょ。幸運なことに、まだ生きてるけどね」
「……腐ってる。この家は、本当に、腐ってる…っ」
「そう、本当に、腐ってる。だからお兄ちゃんは……お兄ちゃんは早く、あの人を連れて東京に逃げて。今日この後すぐにでも」
「な、なんで……」
「前にも言ったよね、あたしにとって一番つらいのは、お兄ちゃんが不幸になること。それだけは避けなきゃいけない。調べてるのがあたしだけなんてあいつら思うわけないし、お兄ちゃんには大きな爆弾がある。いつ殺されてもおかしくないんだよ? それに……この“病気”は、うちだけでなく向こうの家にもある。全く同じ症状で、無駄に共通点も多いんだから、向こうの家にも同じような裏側があってもおかしくないよね?  だから、逃げて、すぐにでも。誰も信じられない、どの辺りが決断を下したかはわかっても、明確に誰が首謀者なのかすらわからない。こんな状況に二人ともいちゃだめだよ」
「でも、でも美知はどうなるんだ!? このままだと、このままだとっ!」
「お兄ちゃんの、優先順位は? さっき、確認したよね? あたしを放って、逃げて。お願い……」



 どうすればいい? このまま僕が彼女と共に逃げたら、毒殺が真実の場合遅かれ早かれ、従妹は殺されることになる。
 退院させて、今度は致死量のトリカブトを無理矢理投与されたら終わり。周囲には急死と知らせれば、それで終わり。
 ……冗談じゃない。

 僕は、携帯のメール新規作成画面を開いていた。件名には、「今すぐ」と打って。
 窓の外は、粉雪がちらつき始めていた。


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