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Let it be/一話

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 聞きなれたピアノのイントロがファミレスとしては比較的小さな店舗内を静かに満たしていく。人にはどうしても口ずさみたくなる曲というものが存在して、俺の場合はこの曲も十二分に当てはまるといえる。ミートドリアが食べ途中だが気にしない。おいしいおいしい水道浄化水(まさかこんなところでミネラルウォーターは出まい)で喉を潤し、自分だけにしか聞こえない声で歌ってみた。

 ―Speaking words of wisdom,let it be―
 (英知の塊ともいえる言葉を口にするんだ。あるがままに、と)

 あるがままに。
 何て説得力を秘めた言葉なのだろう。まるで文明生活に浸りきった抵抗力のない人間どもを皮肉るような、あるいは日頃薄いベールに己の感情を包んでは表面上でのみ付き合う人間どもを皮肉るような。
 普段の俺ならこの程度の理解力は保持していられる―もっというなら他人に「あるがまま生きてみろよな」と高校生ながら通告できるほど―のだが、残念ながら本日はそんな気分ではない。

 何があるがままだ! 俺に、事実をあるがまま受け入れろと!?

 激情的な問いかけに自ら、不可、と答える。あの馬鹿親父という暴言を加えて。
 はあ、と短い溜息を漏らし、再び税込304円のミラノ風ドリアに手をつけ始める。既にチーズは熱を放出して固まりだし、それなりにうまいドリアの米の部分と一緒にすくえない。持ち上げたスプーンには、見事にチーズしか載っていなかった。
 やるせなくなり、がっつく。店員の視線が微妙に痛いが、それなら溶け続けるチーズを用意しろよなと、自分でもわけのわからない悪態をつきつつ、ももの1分で半分残っていたドリアを食べきる。早食いは、満腹感をもたらしてはくれない。一つ、溜息をついて水を飲み干してから、薄っぺらい伝票をもってレジへと向かった。

 店を出るときには、最後のサビの部分が流れていたが、もはや口ずさむ気にもなれなかった。



 ちらりと時計を見てまだ15時まで時間があることを確認し、今まで居座っていた駅前ファミレスからとぼとぼと自宅のマンションへ向かう。予想時間、10分。自転車で来ればよかったかなと多少後悔しつつも、まあいいかと多少気を取り直してゆっくり歩を進める。

 俺がこんなに気落ちしている理由は簡単だ。

「お前に同い年の妹が出来る。そいつと二人暮しをしろ」

 そんな電話が現在自由の国の常夏の島でバカンスっぽい単身赴任をしている親父殿からかかってきたのは、本日午前10時ぴったり。

「はああ? いつの間に愛人なんか囲ってたんだ?」
「馬鹿野郎、血のつながりはない。お前だけじゃなく、俺とも、母さんとも。俺の親友とその奥さんが事故で亡くなったという知らせが届いてな……娘さんが一人、生き残ってしまったんだ。引き取り手が見つからなくて、あまりにも不憫だったからな、うちで引き取ることにしたんだ」

 なるほど、まるで昼メロのようなシナリオだ、と納得してる場合ではなかった。

「いや、この際どーせ俺の意見なんか通らないんだろうが」
「もちろん」
「……で、その娘さんは納得してるのか? 普通俺と同じ歳だったら自立してもいいとか思うだろうが」
「その点は大丈夫だ。彼女もお前と二人暮しになるというところは納得している」
「……いったい何時決まったんだ、それ」
「一昨日だ。ちなみに親友夫婦がなくなったのは1週間前だがな」

 1週間前。どことなく頭に引っかかるものがあるが、とりあえず思考を仕切りなおす。

「……で、何時からだ? そいつと俺が暮らさなきゃならないのは」
「今日15時に家に来る手はずになっている」
「……凄い急だと思わないか?」
「うん、思う♪」

 その声を聞いて、俺は受話器を叩きつけていた。相手がどんな奴なんだとか聞かずに電話を切ってしまったことを後悔したのは、それから気分転換に外に出てからのことだった。
 まさに、後悔先に立たずの連続である。

「はあ……」

 今日何度目かわからないため息をついたころ、ようやくマンションにたどり着いた。

 現在時刻、14時30分。複雑な心持でエレベーターに乗り込む。
 音もなく階数表示が増えていく。そしてマンションのエレベーターよろしくゆっくりとした減速で9階に到着。扉が開ききってから我が身を外へと投げ出す。
 そして、自分の家の前に女の子らしき人影の存在を発見。時刻確認、14時32分。間違いなく、15時ではない。
 何かの間違い、あるいは何かの勧誘員だろうと思い込んでつかつかと歩みを進める。
 その思いは、数秒にして崩れ去ってくれた。

 玄関前に佇んでいたのは、どこからどう見ても、とあるクラスメイト。

「はろー健介。元気ー?」
「一瞬でぐったり気分だ」
「どういうことよー」

 ……なんというか、こめかみが痛い。どうでもいいが健介というのは俺の名前だ。ついでに上は新島。
 そんなことより、まさか、こいつが昼メロのヒロインだなんて……


「……んな柄でもないな」
「どういう意味よ……」

 微妙なニュアンスを読まれたらしく、不機嫌そうな表情を浮かべる。不機嫌になりたいのはこっちだというのに。

「はあ、で、何の用だ、御崎」

 目の前にいるクラスメイトの女。御崎真衣。あまりいいたくはないが、美少女の部類だ。多分。加えて万能高性能ときた。まあ性格に少々クエスチョンマークが入るけど。高校入ってこの1年と2ヶ月、同じクラス。俺とは結構話す仲。どちらかと言うと悪友に近い友人。たまに勘違いする馬鹿もいて、そういう奴には盛大に暴力を振舞ってやる。
 それはさておき、何故、ここに? というか俺の家知らないはずじゃ……

「はあ、まあ約束の一時間前に来た私も私だけど、普通こういう時に出かけたりする?」

 妙な答えが返ってきた。
 ……いや、妙なんかじゃない。これが答えか。

「……まさか、本当に昼メロヒロインとは……合わねえー」
「だからさっきから何を言ってるの? どうも、ニュアンス的にバカにしてるとしか思えないんだけど」
「気のせいだ。それより、その、何ていうか、15時予定でうちに来たって事は……」

 この問いに対しては、御崎は明確に答えてくれた。

「そうよ、よろしくね、お・に・い・ちゃ・ん♪」

 現実が、俺の双肩に重く圧し掛かった。



「で、何で俺らはファミレスで顔突合せてケーキなんざ食ってるわけだ?」

 レアチーズケーキを一口分、フォークに切り取ってから口に運ぶ。文句は言うが、食うものは食うのが我が信条である。ちなみに、今いるファミレスは先ほどドリアを食ったところだったりする。まあ、近くにこの店以外ないためなのだが、どうにも店員(男)の視線が気になる。ドリアを食っていたときとは違う、何と言うか、別種の殺気が混じっているというか。
 ……気のせいか。ああ、きっと気のせいに違いない。

「いいじゃない。あのまま部屋の中入ったら、淫らなことされそうだったし」

 かつっ、とフォークの先端がレアチーズ層とタルト層を貫通して、皿と不協和セッションする。

「あ、あのなあ……どうやったらそんな流れになるんだよ!?」
「何となくよ何となく」

 いけしゃあしゃあと言い切って、目の前に座る御崎はティラミスを一口、スプーンに救ってさもおいしそうに食べる。会話と心情が一致していない好例だろう。きっと頭の中は、ティラミスで一杯に違いない。

 一応振り返っておくと、家の前でご対面、のあとすぐに彼女の荷物を家の中に入れて彼女の希望通りファミレスにやってきたのだ。なんでも「ティラミスが食べたい」とかなんとか。どういう神経だのか、それなりに付き合いは長いが未だによく分からない。

 はあ、と溜息を一つ。ぐだぐだした思考を全部排除して、必要なことだけを記憶から抜き出し、整理する。
 聞きたいことは一つ。とはいっても、すでに答えは見つかってはいるが。

「で、うまそうにティラミス食ってるところ悪いが、一つ聞かせてもらう。本当に、うちに住むんだな?」
「もちろん。だって他に当てがないし」

 むーとスプーンをくわえながらこちらに答えてくる。……なんでかわからないけど、反則、という言葉が脳裏をよぎる。むしろイエローカード。セリエAなら、2枚で退場累積3枚で次節出場停止。

「まあ親父が決めたことだし、幸いにも家は3LDKだから部屋2つもあまってるし」
「……」

 スプーンをくわえたその表情が曇る。何かまずいことを言ったのか?

「何か業務的な受け答えよね。仕方なしデスーみたいな」
「ここで『どうぞどうぞご遠慮なくぐへへへへ』とかいうのと、どっちがいい?」
「……ごめん、なかったことにして」

 先は、短いようで長い。


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