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Let it be/二話

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「……で、だ。いつの間にか我が家に戻っているわけだが」
「この辺は“ご都合主義”ってやつよねー」
「それは言わないお約束」

 現在時刻16時49分。ふーっと深くため息をつき、今後は息も休められない我が家へと踏み込む。
 ファミレスでは結局あの後、ドリンクバーで荒稼ぎ(という名の値段分の元取り)しつつ色々と話を聞いてこの時間になったわけだ。話の最中、3度(35分に1度の割合)も御崎がナンパされたのには閉口したが、それ以上にナンパのたびに御崎が俺に向かって「助けてよお兄ちゃん」と半ば確信犯的に―具体的に言うと、いじめを楽しむように―いうもんだから、ナンパしてきた馬鹿者どもの羨望と憎悪の絡み合った視線に晒されることと相まって、激しい精神疲労に襲われた。
 だが、ここで疲れていても、今日はまだ終わらないのだ。

「荷物は?」
「んー全部うちにおいてある」
「……」

 ああ、前言撤回。やっぱり今日はもう終わっていいや。もうこのまま、晩飯も食わずにベッドに倒れて、全て夢でしたというオチを期待し……

「あーあなたのお父さん……というか一応私のお父さん? からの伝言預かってるけど」

 そういって、現実逃避をもくろんだ俺に、御崎は(止めの)紙を見せる。

『親愛なる健介へ♪
 女の子は力がないんだから、ちゃんと荷物運び手伝ってあげないといけないんだぞ♪
 というわけだから、妹となる真衣ちゃんの荷物を運びこむのを手伝うように。
 手伝わないと……来月の送金4割カットしちゃうぞ♪
 ばーい偉大なる親父様より』

 ……

「だーーーーっ!! あのくそ親父はっ!」

 精一杯の怒りをこめ、紙を木っ端微塵に切り裂き、ゴミ箱に全て綺麗に(もちろん後で掃除することのないようにだ)ぶち込む。

「わかったわかった荷物もってくりゃいいんだろっ!!」

 半ば(というか8割以上)自暴自棄になりつつ、再び玄関へと向かう。

「さっすがお兄ちゃんっ♪」
「やめてくれお兄ちゃんってのは……」

 というわけで、ファミレスより帰宅後すぐ、御崎の家へと向かうことになった。



 御崎の家は、うちから歩いて30分の距離という、意外に近い場所に存在した。歩いて30分という距離は、単純に歩きならそれほど疲れないのだが、何かを引っ張りつつ、となるとさすがに疲労が溜まる。ましてや、その引っ張るものがリヤカーだったりした日には、涙がしょっぱくてたまらない。

「健介、何泣いてんのよ……」
「いや、ちょっと人生の切なさについて考えてみたら、つい……」
「何わけのわからないことを……」

 リヤカー引く理由の方がわけわからんっ! とはもう言わないことにした。ちなみにリヤカーは、途中にあった御崎が懇意にしているという花屋で、ビニールシート(荷物が汚れないようにするため)ともども借りたものである。
 リヤカーでお引越し。いつの時代のフレーズなのだろうか?
 などと阿呆な―しかし個人的には重要な―事を考えていると、御崎が先程の花屋で貰ったカスミソウの花束を、そっと石垣のそばに置いた。そしてそのまま彼女は数秒、黙祷を捧げるような格好を取る。その様子を俺は、黙ってみていることにした。

 一筋の風が、肌をなでていく。
 湿気を含まないカラッとした風は、そのままどこかへと消えていった。

「さて、入りますか」

 そういって立ち上がり、彼女はインターフォンをならす。

「ん? 鍵とかないのか?」
「今は叔父夫婦が住んでるから……」

 視線を少し落とし、憂いを帯びた表情を浮かべる。
 ……なんとなく、どういうことが彼女の周りで起こっているか、察しがついた。

「どちらさまでしょう?」

 無機質なインターフォンから、叔母のものと思われる声が聞こえてくる。

「あの、真衣ですけど……」
「何の御用でしょう? ここはもうあなたの家ではないはずですよ?」
「に、荷物だけ取りに着たんです……」

 かちゃっ、という音が、一瞬の間全てを占める。
 数秒のちに玄関のドアが開かれ、叔母が非常に不機嫌そうに御崎を見つめる。それに対し御崎は、普段のあの快活(もしくは悪魔)な様子は見られず、ただひたすらに頭を下げ、何かを頼み込んでいる。しばらくして、叔母がようやく彼女を家の中へと迎え入れた。
 御崎はこちらに「待ってて」といって、叔母に続き家の中へと消えていった。

 そして家の前には俺一人取り残される格好となる。
 なんとなく空を仰ぐ。
 遠くから泣きたくなる紅が忍び寄っていた。

 

 見上げ続けて約10分。いい加減首が痛くなってくる頃、家の中から何やら言い合う声が聞こえてきた。さすがに家の中のこと、外にいる俺にはよくは聞こえないが、所々聞こえる部分と手前のあの叔母の態度を思えば、何を言い合っているかは簡単に想像できる。
 はあ、と今日何度目かよくわからないため息をつき、リヤカーを家の駐車場(家主は現在留守のようだ)へと入れ、そのまま玄関のドアを開ける。

「こっそりおじゃましまーす、と……」

 知り合い、というか強制イベントで今日から妹になってしまうやつの家である。それなりの気の使い方でいいような気もするが、どうにも堂々と入ることを躊躇わせてくれる空気と会話が流れている。まさに借りてきた猫状態。足音を立てずに、慎重に会話元である2階へと足を運んでいく。
 階上から流れ落ちてくるもの、それはまさに険呑。しかもこれは、どちらかといえば……

「御崎じゃなくて、叔母の方が気合入ってるな……」

 推測が確信に変わる。
 御崎と現在の家主の間に落ちている闇、それは……

「もうこの家にはあなたのものは存在しません!」

 あの冷たい目をした叔母がややヒステリックに叫ぶ。
 ……遺産問題。ああ、醜い。
 …………醜すぎる。

 苛立つ心をどうにか抑えて、問題が起きている部屋(おそらくは元の御崎の部屋だろう)のドアをノックなしで開ける。
 ドアの先に現れた光景。そこでは。

 御崎が、泣いている……?

 中の二人は、入り口に人がいることに気付かず、変わらずに口論―というよりは叔母の一方的な言いがかりに近いが―を続けている。
 どうやら、御崎には非常に大事なものがあって、それだけはどうしても持ち帰りたいが、叔母が真っ向から撥ね付けているようである。

 ……御崎が、泣いている。

 頭の中が、急速に覚醒していく。
 同時に、過去目にしたワンシーンを思い出す。

 ……遺産のしがらみなんてくそ喰らえ。

「嫌なもんだな、がめつい人間ってのは」

 会話が切れた一瞬の隙に、強引に割り込んだ。



「ちょっとあなた! 何故人の家に勝手に入ってるのです! 出て行きなさい!」

 矛先を俺に向け、叔母はヒステリックで絶叫に近い叫びをぶつけてくる。が、当然怯むわけが無い。遠慮なく部屋に踏み込ませてもらい、御崎の前に立つ形で叔母と対峙する。御崎は戸惑い、そして叔母に対する怯えを見せていた。そっと背中でかばう。

「勝手に? 俺は彼女の荷物運びのためにここに来ているんです。荷物運びなら荷物がある場所までくるのは当然のことでしょう?」

 ヒステリーには理を。教訓というものは実に役に立つ。

「関係ありません! 出て行きなさい!」
「関係? これから妹になるって奴がぼろくそに言われて泣かされてて、その様子を見ても兄になる予定の人間が関係がないと? そんなこと言う奴は冷淡といわれるのがオチじゃないですかね」
「理屈はこねなくてよろしい! 早く出てい」
「ええ、早く出て行きますよ。用事が済みましたらね……くだらない、そして人をどん底に突き落としてくれる腹立たしい問題を片付け終われば」
「……っ!」

 多少語気に怒りを滲ませていく。無論計画的なものではあるのだが、それ以上に本質的な怒りも混ざってしまったのだろう、叔母が明らかに怯んだ表情を見せる。

「さて、あなたは御崎にとっての叔母、ということですが、どういう権限があって御崎の所有物を奪えるんですかね?」
「それは……私たち夫婦が彼女の両親の遺産を引き継いだからよ」
「いったいどういう理由で? 不慮の事故に遺書なんか存在しないでしょうから、いわゆる親族会議で決まったことでしょうが」
「そ、そうよ! それで私たちが」
「常識的に考えて、まずありえませんね。御崎……その手の会議に参加したか?」
「え、あ……して、ない……」
「ついでに聞くが、他に親戚いるか?」
「もう、おじいちゃんもおばあちゃんもみんな、みんな、いないから、いるのは……」
「この人たちだけ、だな?」

 ……くだらない。くだらなすぎる。
 御崎から得た情報で、ほぼ確定。
 彼女にハンカチを渡し、そっと肩を抱いて安心感を与えてから、目の前に佇む冷酷な叔母に告げる。

「……乗っ取り、ましたね?」
「っ!!?」

 明らかな狼狽。くだらない。くだらない。

「親戚がほぼいない、いるのはあなたたちと実の娘だけ。その状況下であなたたちは、両親の死に遭遇して孤独に苛まれている娘を置き去りにして、勝手に遺産処理を進めた。本来なら全ての財産が御崎に行くところを、会議という名の策謀で公的に誤魔化した。叩けば出てくるんじゃないですか? お役所に出した各種書類の不備とか虚偽とか。ちなみにこれが事実なら、れっきとした犯罪ですから。名前はややこしいので忘れましたけど」

 そこまで言い当てたところで、叔母の表情から執着の炎が消える。
 くだらない。

「い、今すぐ返すから、お願いだからこの事は……」
「だってよ、御崎」

 肩を抱いていた腕を彼女の頭上に持っていき、ぽんと一つ、整った後頭部を叩く。

「……全部は、いらない……この家には、もう、お父さんとお母さんは、帰ってこないから……」
「だそうです。ま、何も言うつもりありませんから、せめて御崎の望むものくらい、持ち出させてやってもらえませんかね? それが……悲劇を自分の利益のために利用した罰ってもんです」

 叔母は何も答えず、肩を落として階下へと去っていく。姿が完全に見えなくなったのを確認してから、再度御崎に声を掛ける。

「……とりあえず、必要なものだけ持ち出そう。あまり、長居は……」
「うん、わかった……ありがとう……」

 普段見せない、か弱く、今にも壊れそうな御崎真衣。両親に先立たれ、唯一の肉親にも遺産がらみの裏切りを見せられ、今まで迎えてくれた帰る場所を無くした。

 これだから、くだらない。
 事故も、遺産がらみも。
 人から、全てを奪っていくんだ。
 ……実にくだらない。

 ともすれば暗黒思考に染め上げられそうな頭を振り回して覚まし、おぼつかない足取りで荷物を整理する御崎の横で励ましつつ手伝うことにした。



 ……作業が終わり全ての荷物をリヤカーに載せる頃には、すっかり長くなった日照時間も終わりを向かえ、夕日が西の空に沈むようになっていた。
 空の泣きたくなる紅は、涙にしか見えない蒼に変化していた。


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