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Let it be/三話

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 徐々に夕闇が迫りつつある中、二人でゆっくりと家までの道のりを歩く。
 会話は、ない。そりゃそうだろう。こんな時に暢気に会話できるほうがおかしい。

 空は蒼く、泣いていた。涙の数だけ輝かんとばかりに、東の空から徐々に星たちが舞い降りてくる。

 こんな時に暢気に会話できるほうがおかしい。そりゃそうだ。そりゃそうだけど。

 隣にいるのは、幸か不幸か――いや、間違いなく不幸だ――俺の義のつく妹となることになった御崎真衣。辞書情報では「紛れもなく、悪友の一」とあるあの御崎。その彼女が、今こうして横を力無く歩いて、おまけに未だに涙目で、ともすれば天下の往来でその洪水が決壊しそうな状況で、いつもとのギャップが激しすぎるわけで、でもそのくらい落ち込み泣ける理由もちゃんとあるわけで……

 だけど、御崎に、涙は似合わない。
 まして、重たい雰囲気を引きずったままなんて。

「何、持ってきたんだ?」

 俺のほうから彼女に声をかける。内容は先ほどの出来事を蒸し返しかねないものではあるが、それ以上に適切なモノが見当たらなかった。
 ちなみに、今後ろにある荷物の大半は御崎の衣類(もちろん俺は何も見てない触ってない)や本・CDなどの雑貨に勉強道具と、引越し(これを引越しといわなければ果たして何というのだろうか)としては最低限のものばかりである。それ以外のわずかなものが、彼女がどうしてもと望んだ品である。

「うん、お父さんとお母さんにもらったものを、ちょっとだけ、ね」

 俯き加減で話す言葉に強さはない。

「思い出の品、ってわけだな……」
「うん……」

 ……会話終了。大体こんな状況で会話なんて続くわけない。

 空を見上げる。先ほどよりもより濃い蒼へ、刻一刻と変化していく。
 気づけばきっと、星が瞬く夜空に変化していることだろう。
 夜空は何を映してくれるのか。



「私、本当に一人になっちゃった……」

 会話が途切れてから十分過ぎる間を置いて、御崎がぽつりと漏らす。

「残ってるのは、ほんの少しの思い出だけ。お父さんもお母さんももういない。叔父さん叔母さんには追い出された。私は、一人……」

 言い争いの後で俺の頭の中に浮かんできたものそのものを彼女は口にする。そして、重かった足取りもその場に釘付けとなる。
 歩みが止まったことに気づいて俺も足を止め、横を見やる。

 ……堤防が、決壊していた。
 大粒の涙を瞳から零し、しかし声は出さぬよう唇は噛み締めていて。
 泣いていた。

 ……俺に、何が出来る?
 今こうして目の前で涙を流してる彼女に対し、何が出来る?

 声だけじゃ、足りない。御崎に、温もりを。冷え切ってしまった彼女の心に、暖かさを。

 リヤカーをそっと降ろし、持ち手を跨いで御崎の前に立つ。

「一人じゃ、ないだろ?」

 何時もよりもかなり小さく見える身体を優しく、そっと抱きしめる。右手は背中に、左手は頭の後ろに。そっと、抱きかかえるように。細かな震えが、腕を通して脳に伝えられる。

「御崎は幸運なことに、あの馬鹿親父に引き取られた。この時点で馬鹿親父とはもう、親子の関係。そして俺は不幸なことに、あの馬鹿親父の息子。紛れも無く親子。つーことはだ、幸か不幸かよくわからんが、俺と御崎は今、家族なんだ。どっちが年上でとかそんなんはどうだっていい。ともかく俺たちは、家族なんだ。御崎は、決して一人じゃない」

 腕の中の小さな震えが、段々と大きくなっていく。

「……っ……健介ぇ……」

 そして、小さく俺の名前を呟くのも聞こえてくる。

 今の御崎は、学校で見せる御崎真衣ではなく、あまりにも悲しすぎる現実につぶされかけた、ちっぽけな御崎真衣。ともすればすぐに壊れてしまいそうな、はかない存在。

 ……守ってやろう、少なくとも、いつもの御崎に戻るまでは。



 結局、家に着いたのは20時近くになっていた。途中御崎を宥めながらの進軍である。致し方ないことだろう。
 マンションのエレベーター前に着いたころには、それなりに御崎の様子はよくなっていた。言葉をかけたり、抱きしめたり――これは、あれだ。家族だからな!――したかいがあるというもんだ。

「健介ってさ」

 声にも力がこもり始めている。

「ん?」
「今まで気付かなかったけど本当にお兄ちゃんみたいだね。これからお兄ちゃんって呼んじゃおうかなー?」
「……それは、止めてくれ……」

 多少なら冗談を言えるくらいにもなっている。
 ……出来ればこの手のきっついヤツは勘弁してほしいのだが。

 リヤカーは明日返す、ということにして駐輪場に放置し、近くにあった荷物運搬用の台車(おそらく宅配便業者が忘れたのだろう、黒猫の絵が描かれている)を使ってエレベーターに荷物を運び込む。

 9階到着。お出口は目の前。
 俺が先陣を切って台車を押し、後ろから御崎が着いてくる状況。ガラガラと押して家の前に着いたとき、ふと違和感があることに気付く。

 ……家の中に、誰かがいる気配。

「どうしたの?」

 立ち止まったことに疑問を覚えた御崎の声。それに対し、人差し指を口に当て、しゃべらないよう伝える。

 そっと、鍵を鍵穴へ。そっと、ドアノブを回して。
 いざ、というとき咄嗟の行動が取れるよう、ドア自体からは距離を取って。
 ドアノブが回りきる。
 ふう、と一つ呼吸を入れて、ドアを開け放つ。

「よう、我が愛しの息子に、新しく娘となる真衣ちゃん」

 ふう、と一つ呼吸を入れて、ドアを閉める。
 すぐにドアが内側から叩かれる音が聞こえてくる。
 気にしない気にしない。

「悪い、家間違えた」
「間違えたって、どうみてもここ健介の家でしょ? それに中にいたのは……」
「……」

 軽く逃避してみたところで、御崎が簡単に引き戻してくれる。

 はあ、と今度は盛大にため息をついてやって、再度ドアを開け放つ。

「よう、我が愛しの息子に、新しく娘となる真衣ちゃん。つか、いきなりドアを閉めるのはひどい仕打ちだなあ」
「……人の、苦労も知らないで……」

 一歩、二歩。家の中にいた人物にずかずかと歩み寄る。ついでに玄関に常備してあるでっかいハリセン(持ち主は目の前の不審人物である)を手にしておく。

「いきなり妹出来るとかいって人に全部任せて、おまけに連絡なしで帰ってきてるんじゃねえ!!」

 大きくハリセンを振りかぶり、目の前の不審人物……我が馬鹿親父の頭を盛大にどついてやった。

 親父愛用(そして俺愛用)のハリセンは、スパーンと素晴らしい音を立ててくれ、多少の憂さ晴らしになった。

 立ち話もなんなので、というか自宅なのでとっとと中に入る(ついでに御崎に簡単に家の案内もした)そして現在はリビング。馬鹿親父に対して俺と御崎が向かい合って座る構図。何かこれ、婚約の時親父さんに挨拶に行くの図、みたいで嫌だ。
 無論会話にその手の雰囲気などは全く持って含まれていないのだが。

「で、だ。帰ってくるならどーして連絡入れないんだ? それ以前にもっとちゃんと説明しとけ!」
「電話を切ったのはどこの誰だっけ?」
「ぐ……」

 電話を切ってしまった非など関係なしに攻め立てても構わないのだが、そこはそれ。素直に抑えておこう。理由は簡単。

「ねーねーそんな事よりおなかすいたんだけど」

 ……俺も、腹減った。これが抑えた理由。食欲は何者にも勝るのだ。

「だな、晩飯なんでもいいだろー?」

 立ち上がり、冷蔵庫へ向かいつつ二人に問いかける。冷蔵庫に何あったっけか。それ以前に三人前作れるほど材料あったっけか。最悪、買い物に行かなきゃならないか……

「私なんでもいいよー」
「適当でかまわないぞー」

 何がいいか、と聞いて適当と返ってくるが実に困る。具体的な意見を求めてるのに抽象的な答えしか返さない一国の首相を模範するような回答。ああどうしよう。
 冷蔵庫の中には鶏モモ肉、合い挽肉、豚バラ薄切り、野菜類がそれなり、牛乳、卵、ヨーグルト、豆腐、納豆、キムチ、浅漬け、梅干、調味料にドレッシング類。冷凍庫には冷凍ご飯に冷食数点、あとバニラアイス。流しの下には根菜類がある程度。
 ……まあ、何でも作れそうな材料ではある、と観察から結論まで数秒で叩き出して、簡単に中華系を数点作ることにする。
 まな板に、ボールに……

「って健介、あなた料理できんの?」
「気付くの遅すぎだっ! せめて一分前に気付け」

 思わず包丁が飛んで行きそうになるのを、必死にとどめる。なんてボケをかましてくれるんだこの女(アマ、と読む)は……

「んーあまりにも自然に台所向かうもんだから、つい気付けなくて。私もなんか手伝う?」
「あーんーそーだなー」

 中華は簡単(いや、そこまで簡単じゃないけど)とはいえ、三人前となるとそれなりに時間がかかりそうである。手伝ってもらうのが吉、か。幸いなことにこの家は無駄に台所広いし、まな板とか大抵二つ以上あるし。

「んじゃ手伝って。作るの麻婆豆腐にかに玉もどき、炒飯と出来合いの中華スープだから」
「はいはーい」

 手分けして材料を切り刻み、適当に下味をつけていく。
 ふとカウンター越しに親父を見てみると、なぜか……

「ううっ……感動的な光景だなぁ……」

 ……泣いていた。しかもかなり演技くさく。見苦しいことこの上ない。

「息子と娘、いやまあ義理だけど気にするな、二人が俺のために飯を……なんて感動的なこ」

 手元にあった肉用のナイフを投擲。白銀は綺麗な直線を作り、馬鹿親父の頬わずか一センチを掠めて窓枠に張ってあったダーツの的に突き刺さる。

「料理を作らない人間が出来上がりを待つ間にやることは?」
「素直に待つことデス……」
「よろしい」

 あっけに取られる御崎と、先程とは別の涙を流す馬鹿親父を尻目に、料理を再開した。



 一時間ほどして、テーブルの上に料理が並ぶ。大皿にどかんどかんと盛り付けて置けば、中華というのはかなり見栄えがいいのである。

「親父、ビールはいるか?」
「もちろん貰う」
「御崎は?」
「もちろん」

 この際未成年がうんたらとか言うのはなしである。馬鹿親父もこういうところは実に理解のある奴で、「俺が飲むんだから子供が飲んではいけないなんて言えるわけない」という正論を吐いてくれるのである。
 そういうわけで、冷蔵庫から冷えたエビスを3本取り出す。エビスは単に俺の好み。更に言うなら冷蔵庫になんでビールがなんてことを言うのは以下略。

「んじゃ、ま、真衣ちゃん家族入りおめでとー乾杯ということで」
「馬鹿親父、ネーミングセンスゼロだな」
「私は構わないよー」

 ふっ、と一つ息を吐いて、三人で缶をあわせる。

『乾杯』



 パーティにありがちな叫ぶものではなく、静かに乾杯を告げた。
 以降、日常生活やら今日の学校やらを三人でがやがや話し、気付けば皿の上は空っぽになっていて、俺が片付ける間に御崎は風呂に入って、「もう疲れたから先寝るね」と、用意しておいた彼女の部屋(といってもまだ荷物は片付いておらず、寝床があるだけなのだが)ですぐに寝入ってしまった。
 時刻は気付けば23時。少し早めかもしれないが、今日起きたことを全て換算すれば妥当な就寝時間であろう。

 片づけが終わったあと、一息入れてから親父と交代で風呂に入り、身体を癒す。
 家の中の電気は半分以上が消されている。おそらく、御崎に対する親父の配慮。その親父は、というと、テーブルに1999年物のイタリアの赤ワインとグラス2つを準備して、静かに椅子に座っていた。俺も無言で、親父の向かいに座る。

「実は、五日前からこちらには来てたんだ」

 既にコルクは抜かれていた。グラスにワインを注ぎつつ親父が言う。

「……だろうと思った。タイミングがあまりにもうますぎる」

 二つのグラスに深紅の液体が揺らめく。脚を静かに持ち、二人でグラスを軽く掲げ、喉の奥へ流し込む。喉から鼻へ、赤ワイン独特の渋みと香りが抜けていく。

「彼女の両親と俺の共通の友人がな、すぐに連絡をくれたんだ。連絡を受けてそのまま飛行機で飛んできて、彼女の家に行って、ドアの前に立って、そうしたら見事なタイミングで中から彼女が泣きながら飛び出してきてな……」

 親父の顔が悲痛でゆがむ。こんな顔を見たのは、あの時以来二年ぶりだった。

「もともと彼女とは面識があってな、俺の顔を見て安心感を覚えたのか泣きついてきたんだよ。玄関を見れば靴がなぜか靴がいくつかあるもんだから、ぴーんと来てな……」
「なぜ御崎が泣いてたかを、だな」

 俺も直感を受け、思わずため息と共に首を振る。くだらない。

「……その場にいた奴らに彼女はどうするのかと聞いたら、誰もが目を伏せやがるんだ。だからうちで引き取ると宣言してきた。それに対しても誰も何も言いやしなかったけどな……今一番考えなきゃいけないのは、両親を亡くした彼女の事だってのに、まったく、金に目が眩んだ奴ってのは性質が悪い」
「同感」

 空っぽになったグラスに更にワインを注ぎ、ついでに親父のにも注いでやる。親父はその中身を一気に煽った。

「今日までは学校やら例の叔父夫婦やらと色々話し合ってな……時間はかかったが、どうにか彼女は今までどおり学校に行けるし、うちで生活する、ということ以外は変わらない生活を送れるように手配した。彼女をうちにいさせることに異論はないな?」
「無論。あんな現状見せ付けられて否定できるわけないだろうが」

 俺も中身を一気に飲み干す。おいしいとは感じられなかった。

「籍自体は入れないつもりだ。養子縁組とか形式ばったものをやってもいいんだが、残念ながら俺に時間が無いし、世間的な面子ってもんもあるしな。それでも俺らは……」
「家族、だろ?」
「わかってるならいい。俺は明日朝一で飛行機乗るから、その後はちゃんとやってくれよ」
「ああ、もちろんだ」

 空になったグラスを、決意と共にテーブルに置いた。
 グラスは、トンと綺麗な音を奏でてくれた。


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