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Let it be/四話

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 気付けば、目覚ましが鳴り響いていた。
 時刻は6時45分。俺にとって至極一般的な平日の起床時間である。
 一つ伸びをして、脳内の覚醒を促す。それから首を左右に動かしてボキボキと鳴らす。一歩間違えれば首の筋が痛み、一日がアンニュイになるので素人にはお勧めできない、って誰に勧めてんだ俺は。
 などと軽く一人ボケをかましたところで、何やら匂いが立ち込めていることに気付く。しかもそれは、起き抜けの空っぽの胃に強烈にアタックを掛けてくれる。

「ああ、そういえば」

 声に出して、現状なるものを思い出した。
 御崎が、うちにいるんだっけ。
 へえ、あいつが、飯、ねえ……
 そういえば昨日も手伝ってもらったし、今度からは家事関係も大分楽に……

「待て、俺」

 とある事実に気付いてしまい、声を出して確認。
 そして頭を一振り二振り。
 覚醒完了。だけど少し気持ち悪くなった。
 これは無視。

「御崎がうちに住む、ってか兄妹関係になるんだっけか。一応」

 昨日の非日常は今日の日常である。ありえん、というよりも頭の片隅にすら存在しなかった未来が、今なのである。
 おまけに、俺はその日常にどうも適応しているらしい。

 きっと、サバイバル生活も余裕なんだろうなあー

 とか無駄なことを考えつつ、ありえないとは思うが起こしに来られたりしたらどう対応したらよいのかわからないので、先手必勝、先に部屋を出ることにした。



「おはよう」
「ん、おはよう」

 着替えてリビングに向かうと、朝飯を作ってる御崎の姿があった。ぱっと見プラス先程の匂いから察するに、和食系。やっぱり朝飯は白米、という日本文化を地で行く典型例だろう。
 それにしても、誰かが朝飯を作ってくれるという事が、如何に素晴らしいことか!
 なんてったって、料理をしなくていい。別に料理が嫌いとかそんなんじゃないが、朝起きて、朝飯があるというのは、ぶっちゃけた話楽なのである。起き抜けに料理という行為はつらいのだ。
 先行きは多難なのは目に見えているのだが、こういうのは非常に嬉しい。

「……なに立ちすくんで感極まってるのよ? そんなに“妹”に料理を作ってもらえるのが嬉しいわけ? ひょっとしてそっちの気が?」

 ……前言撤回。嬉しいけど、悲しい。

「いや、人生の儚さと脆さについて少し考察を。ついでに言うといちいちネタでは妹言うな。なんとなく泣きたくなる。おまけに俺にはシスコンの気はねえっ!」
「ほら、よく言うじゃない。ないよないよもあるのうちって」
「それ、全く違うからな」

 はふうとため息を一つついて椅子に腰掛ける。そして気付く。

「あ、新聞取って来るの忘れた」

 もう一度はふうとため息を一つついて、椅子から立ち上がる。そこにキッチンから御崎の声。

「あ、新聞は向こう側の椅子に置いてあるよ」

 どれどれと覗いてみると、確かにある。朝日新聞ならびに月曜恒例マンション広告。あとは近くのスーパーの月曜市のチラシ。
 掴んで、再度椅子に腰掛け、まずは我らが朝日新聞から読むことにする。

「……典型的な朝のオヤジ出勤前、ね」
「うるせ。朝に生の情報を手に入れることが重要なんだよ」
「はいはい、で、ご飯できたけど?」
「ん、わかった」

 新聞をたたんで近くの床に放り投げる。気付けばテーブルには旅館の朝食(から2割程度削減したもの)が並んでいた。具体的にいうと、白米・味噌汁・鯵の開き・卵焼き・酢の物・冷奴。なんというか、多いとしか言いようが無い。

「御崎……朝はいつもこれくらい食ってるのか?」

 繰り返すが、旅館の朝食(2割削減)が並んでいるのである。というか、こんなに食材冷蔵庫に詰めてたっけか?

「そうよ? 一日三食のうち、朝食が一番大事なんだから、これくらい食べないと」

 御崎は事も無げに言う。その手には梅干。本当に、旅館の朝食(2割削減)を地で行く朝飯だなあ……

「まあいいや」
「うん?」
「あ、独り言。ではいただきます」
「はいどうぞ」

 何となく倦怠期の夫婦って朝食時にこんな会話してるんだろうなーとか思いつつ、何で夫婦なんて例えが出てくるんだと嘆きつつ、ならば倦怠期の兄妹かとか考えつつ、いやだからその設定自体がもうとか悩みつつ、ってもういいや、ともかく食べる。
 醤油を取って、レモンをかけて、鯵の開き。小骨を取るのが面倒くさいが、おとといのスーパーで3枚セットで売っていたこの開きは、見た目からしてうまそうだった。綺麗に焦げ目もついてるし、脂ものってるし。
 箸で一切れ。うむ、うまい。

「魚とか、普通に焼いてたのか?」

 ふと気になってたずねてみる。だって、焼き加減絶妙だし。

「まあね。3日に1回は私が全部のご飯作ってたし」
「……なるほど、そりゃうまくもなるか」
「何気に失礼なこといってない?」
「気のせいだ。それより、早く食わないと遅刻するっ!」

 適当に誤魔化して、ちゃっちゃと朝飯(魚でわかる通り、他のものも軒並みうまかった)をかっ込む。時折非難がましい視線を浴びせられた気がしたが、意識したら負けなのでオールスルー。

「はいごちそうさまでした」
「早いわね……」
「そうなるように視線を浴びせ続けたのはどこのどちらさんで?」
「どこかの妹さんで」
「……ごめんなさい」

 永久に逆らえなくなったような気がする。むう。
 既に今日何度目かのスキル「気を取り直す」を発動して、自分の食器をシンクの中に置く。

「私もごちそうさまでしたー」
「ん、じゃあ皿をもって来るだけはしてくれ。あと洗っとくから」
「別に私が洗うわよ?」
「それだと御崎の準備が間に合わなさそうだろ? いいって、朝飯作ってもらったし、こんくらいはしないと」
「そう? じゃあお言葉に甘えて、私は身支度させてもらうわよ」

 カラン、と皿の重なる音がして、台所に一人取り残される。
 ふと、横を見る。

「……あれだ、先によく見ろよ、という奴か……」

 コンロそばに置かれた調理器具(使用済み)の数々。当然、これも洗わなければならない。

「普通さーこの手のやつって、空いてるときに洗うんじゃないのか?」

 はふう、とため息をつく。学校行く前に疲れそうだった。

「何か言ったー?」
「あー独り言独り言!」

 妙に耳のいい御崎を適当に誤魔化しておいて、戦場の後始末に取り掛かることにした。

 

 山のような食器調理器具を片付け終えた頃に、タイミングよく御崎も着替えて出てきた。

「片付け終わったー?」
「ああ、今終わった。頼むから今度からは途中途中で洗うよう心がけてくれ……」
「ごめんごめん、私ってどうも料理しながら片付けるのが苦手なのよねー」
「……直してくれ」
「わかったわよ。それより、そろそろ出ないとまずいんじゃないの?」
「ん、じゃあ行くか……って」

 時計を見て、そろそろ出なきゃまずい時間になっていることを確認して、さあ学校だというところで、非常に重要で重大な問題があることに気付く。

「一緒に、行くのか……?」

 To go or not to go.
 This is the question.

 行くか行かないか、それが問題だ。
 ……などと一人で高度にぼけてみても状況は変わらない。
 おさらいしておくと、うちから学校までは電車に乗って4駅、自転車では結構厳しい距離にある。必然的に電車に乗るわけだが、大体生徒の乗る電車というのは決まっていて、乗れば誰かに出くわす羽目になる。普段なら話し相手に不足しないというメリットがあるのだが、今回は非常に困る。
 旧御崎家(この言い方に自分自身でむっとしてしまったが)は、うちの隣の駅が最寄駅である。だから、俺と同じ駅から乗る理由が無い。まして、一緒に乗る理由は本来全く無い。

 なのに、一緒となると……

 想像しただけで恐ろしいのだが。
 残念ながらこの女はその手の想像力は皆無だったりもする。

「当たり前じゃない。別に不具合ないでしょ? 同じ家に住んでるんだし」
「……まあ、そう、だが」

 その同じ家に住んでるっていう前提条件がそもそもまずいんでないかい? とまで言ってしまうとある種のマナー違反にあたるので言わないが、あっけらかんと同棲をばらすのはいかがなものだろうか。

「……一緒に行くの、嫌なの?」

 ……
 奥義が、放たれた。
 発射角度からその精度、スピード、面積、ベクトル計算、加速度エトセトラエトセトラ、あらゆる事象・データを分析して解析、反応を行う。
 一つ間違えれば、即、死。

「……御崎、狙って下45度から覗き込んで悲しい瞳で訴えるのは朝からいかがなものかと思う」
「ちっ、作りものってばれてたか……」

 回避、成功。どうやら完全にからかわれていたようだ。

「まあでも、同じ電車じゃないと遅刻しそうな時間帯になってるんじゃないの?」
「……げ」

 だが、別のところからの奇襲攻撃が、俺の退路をふさいでいた。

 ……一緒に行く、という選択肢以外は、存在しないようだった。



 学校に遅刻前に着く電車の二本前の電車。この電車は時間的に中途半端なために、意外と同じ学校の奴らはいない穴場電車だったりする。ちなみに一本後が普通に間に合う最終電車で、更に一本後は走らないと間に合わない電車だったりする。朝の始業寸前の駆け込み登校は大体どの学校でもおなじみだったりするが、俺らの学校の場合は、全力で走らないと間に合わないので他校のようにちょっぴりうきうき気分でGO! なんてことは出来ない。みんな必死に走るのである。

 閑話休題。

 意外と顔見知りがいないこの電車は、今日もまたご他聞にもれず意外と顔見知りがいなかった。

 ……たった一人、もっとも見つかりたくない部類の友人を除いて、だが。

「いよう、健に御崎。朝っぱからこのコンビを見れるとはなー」
「ハル君じゃない。おはよー」
「……よ、ハル」

 ハル君。もしくはハル。正式名称平山治樹。共通の友人(悪友とも言う)にして『B組の拡声器』の通り名を持つ奴である。その通り名が示すとおり、ハルは非常に口が軽く、何でもかんでも誇張して人に伝えるという、クラスには大抵一人いるが二人以上いられると困るポジションに居座る困った奴でもある。無論、3人いなくても姦しい。
 そして。
 種々あるネタの中で、こいつが一番好きなのがスポーツ新聞の裏面を飾るゴシップなスクープネタ。

 と、なると。

「ははーん、アレだな?? 俺個人調査くっ付きそうでくっ付かないこそばゆランキング堂々第1位を突っ走るお前らが、世間様の期待を裏切って、ついに、何故か、いつの間にか結ばれたわけだな??」

 ……こうなる。

「あーもう、朝っぱらからツッコミどころ満載でどうしたものか思案中なんだが……とりあえず、ネーミングセンス悪いな」

 キリキリキリと万力で締め付けられるような痛みを頭に抱えつつ、思い当たった部分だけまずツッコミを入れてみる。だが、効果は無かった! という文字がハルの顔に貼り付けられていた。

「またまたぁ、とぼけちゃってーどうなんですかい御崎さん?」
「え、いや、付き合ってるとかそーいうのじゃないんだけど」
「あらあらか、こちらもしらばっくれちゃってーネタは上がってるんですぜ?」

 お前誰だよ、と言いかけるも、ボケ返されないツッコミ入れるのも虚しく感じるのでとどめておく。
 俺が無反応に回ったのを知るや否や、ハルは御崎に執拗に攻め入っていく。だが、事実としてハルが捕らえているものが存在しないわけだから、御崎が崩されるわけはない。なんやかんやでのらりくらりとやり過ごしているのを見ながら、重要な、こちらは存在する事実に今何度か気付く。

 兄妹、ってことは気付かれたら流石にまずい、よなあ……

「じゃーじゃーどうして付き合っても無いのに一緒にしかもわざわざ健の駅から来てるんだよー? それはどう説明するんですかぁ?」
「う、それは、その、」

 まあ、まさか御崎が口にするとも、


「私たち、きょ……」
「だぁぁぁぁ!!」

 ……するかもしれなかった、に今更ながら訂正。窓の外を指差しつつ大声でごまかし、慌てて手で御崎の口を塞ぐ。手と唇の柔らかな触れ合いが、なんて阿呆な気分に浸ることはなく、むぐーと唸ってこちらを睨んでくる御崎の耳元で「流石に兄妹なんて今の時点でばれたらたまらないから、お願いだからばらさないでくれ」と囁く。その間、ハルは窓の外を眺めて「なんだよ健―何にも見えないじゃんよー」などとお約束どおりのボケを発揮してくれる。

 よくよく考えたら手で口を塞ぐってのも相当に危険な行為ではあるのだが、問題人物には見つかってないのでよしとする。ハルが振り返る前に手を外し、御崎に軽く謝っておく。

「で、今御崎がきょ、とか何とか言ってなかったか?」
「それはハルの気のせいだ」
「そ、そそ。気のせい気のせい」
「んーそっか、気のせいか」

 途中で気がそがれたのか、駅までこれ以上ハルが突っ込んで話題を振ることはなかった。
 今日一日、あるいはしばらく、こんな気配りが必要なのかと思うと、眩暈を覚えた。


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