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Let it be/五話

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「おはよー」
「おはようさん」
「……」

 我らが2年C組に入るときの、俺らの挨拶は三者三様、いや、正確には俺だけ明らかに異なっていた。
 ハルと御崎は至極普通の朝の挨拶、俺は無言。何故なら……言葉を作り上げることすら適わぬほど、疲労感に苛まれていたからである。肩から魂が抜けかかっているのかもしれない。
 駅を降りたところで1年の時同じクラスだった友人北本桶川コンビに出くわしては勘違いされハルが油を注ぎそれを誤魔化すのに心力を注ぎ、校門を通過したところで学年1のかしまし娘広岡が突っかかってきてそれを誤魔化すのに心力を注ぎ……
 ここまできたならいっその事兄妹になりましたーとでも開き直ってばらせばよかったのかもしれないが、んなことしたら「なんだなんだその微妙に燃えるシチュはぁ!?」とか「新島……ここは初音島じゃないんだぞ?」とか言われるに違いない。自分で言ってなんだけど、初音島ってどこだろう?
 ともかく。事実の露出は回避しなければならない(ことだと思う)のだが、肝心要の相棒がどうもその辺りの気配りに疎いらしい。ばれたら大変だというのに。

 だったら、一緒に来なければよかったか?
 ……アンサーは、時間がなかったから。

 終わったことは仕方ないので、ぐったりしたまま自分の席に向かう。廊下側から2列目、前から4列目。コメントしづらい席である。御崎とハルは窓際の方だ。

「だー、疲れた……」

 カバンを椅子の下に放り込んで、腕を枕にして机に伏せる。始業ベルまでは多少時間があるので、仮初の睡眠に身を任せて心身の回復を図ろう……
 目をつぶり、安らぎの地へ――有り勝ちな呪文を唱え終えた瞬間、頭の上から声が降り注いできた。

「健介、いったいどんな魔法を使ったわけ?」

 疑問の疑惑ソースあえ。例えるならそんな陳腐な料理名が付けられそうな声。
 仕方なしに顔を上げると、一つ前の席に座る早坂朱美が、声と表裏一体的表情を浮かべてこちらを覗きこんでいた。

「魔法だあ? いつから俺は魔術師になったんだか」

 魔法とはまたいきなり物騒である。しかも使用者が俺ときた。怪訝そうな表情を浮かべているであろう俺に対し、早坂は怪訝返しを仕掛けてきた。

「だってさ、真衣が普段の真衣に戻ってるんだもん。ここ一週間ずっと暗かったのに。だとすると、普段は違う登校時間を合わせてやってきた健が何かしたとしか思えないじゃん」
「他にも考えられる要素はたくさんあるような気がするがな……」

 条件反射で答えながら、御崎のここ一週間(昨日、うちに来るまで)の様子を思い出す。

 ――なるほど、言われてみれば普段の活発な御崎にしては、少しだけ暗さがあった。昨日の親父の電話で一週間という言葉が引っかかっていたのは、このことだろうか。

「変なのよねー急に少し暗くなったかと思えば、今日はご機嫌みたいだし。私とかに相談もないから何があったのかさっぱり」
「あ……」
「へ?」
「いや、ビデオ録画するの忘れたなーって」
「今そんな話してないでしょ……」
「悪い悪い、つい口に出ちまった」

 早坂の言葉で、とある事実に今更ながら気付く。ついでに、気付いたことにはごまかしを入れておく。
 御崎は両親が亡くなったことを、クラスの、いやおそらくは生徒の誰にも言ってない。俺だって知らなかったわけだし、女子の情報網にも引っかかってないのだから、おそらく学校という箱の中で事実を知るのは教師側のみ、おまけに御崎本人から口止めされていると思える。
 同情されたくないから?
 御崎の性格から考えると、これはおそらく不正解。同情されたとしても笑って返そうと試みる奴だからだ。
 ならば?

 少なくとも、学校では普段どおりに過ごしたい……?
 何事もないように、いつもと同じように、この教室のなかで、変わらぬ空気に包まれていたい……

 同情がいらないんじゃなくて、空気が変わるのがイヤ、というのがおそらくの正解だろう。

「ま、あいつにも色々あるんじゃない? 話したくなったら話すだろうさ。別に友達が信頼できないとかじゃなくて、ただ単に話すことが出来ないとかさ」

 陰ながらフォローをいれることにする。

「なるほど……真衣の性格ならありえるかも」
「だったらいらん詮索はしないほうがいいだろ」
「そうね、真衣が戻った、それでいっか」

 うんうん、と一人早坂が頷く。どうやらミッションコンプリートのようだ。
 などと思っていたら。

「でも、それが今朝健と真衣が同じ時間にやってきた理由にはならないよね?」

 爆弾再度投下。

「あのなあ……たまにはそーゆー事柄だって起きるだろうが」
「たまにはぁ? それは怪しいですなあ、健さんや。たまたま健が普段より3本後の、真衣が1本前の電車に乗って鉢合わせましたなんてことは偶然にしちゃ怪しいんだけど」
「たまたまだよ、たまたま」

 何でこの手のゴシップネタにうるさい奴らばっかりなんだろうか、と頭を抱えたくなる衝動をどうにか抑えているところに、別の方からミサイルが飛んでくる。

「そういえば、健介」
「うわっ、いきなり現れるなハルっ!!」

 いつの間にか、俺の席の横にハルがいた。

「何でお前ら、同じ駅から乗ってきたんだ?」

 刹那、時が止まる。
 小声で言ってくれたのが幸いして、この決定的な事実を知ったのは、当事者以外にハルと早坂のみとなった。だが、この“のみ”というのは当てにならない。人の噂もなんとやら。

 俺に、どうしろと?

「それもたまたま、だ……」

 なけなしの回避策以外、とる術は無かった。

 

 微妙な心境と強烈な心労が幸いしたのか、半分意識がないまま気付けば昼休みに突入していた。今ちょっぴりストレスで自殺しようとする人たちの考えがわかってしまった。そりゃ、頭もはげる。

「あー……」

 天井に向かって腕を伸ばし、大きく背伸び。さて、これから昼飯を調達しに行こうかなどと思案していたところ、伸ばした腕が両方とも誰かに捕まる。

「へ?」

 見上げると、右側に早坂、左手にハルと御崎、さらによく見ると、何でか知らないが多くのクラスメイトに囲まれて、いる……?

「いや、何これ」
「ふっふっふー」

 疑問にたいして不気味な笑みで答えるハル。それに連なるように御崎以外のこの場に居る全員が「ふっふっふー」と同じく不気味に笑う。お前らは悪の組織の構成員かっての。

「さーはじめようか、何故朝健と御崎が同じ駅から同じ電車に一緒に乗ったのか、その真相を明かしてもらおうじゃないか!」

 相変わらず俺の腕を握ったまま、ハルがまるで取調べをする刑事にでもなったかのように――いやきっと本人はその気なのだろうが――机を手の平で叩いて叫ぶ。放っておけばそのうちカツ丼が食べられるかもしれない。
 ……カツ丼が食べられるころには、恐ろしいことになっているに違いない。

 あまり長時間黙考していると余計まずくなる。下手に勘ぐられる上に、御崎の方に向かうと、自分から地雷を踏むに違いない。俺を巻き込む系統、御崎自身だけが巻き込まれる系統の二つともを。
 どうすれば、最小限?
 考えるにつれ、腹が立つ。そんなにゴシップネタにするほどの軽さじゃないというのに。

「……空気読めよなぁ……」

 ため息とともに、余計な言葉が漏れる。その声の小ささが故に、大半の人物は聞き取れなかっただろうが、至近距離に居た重要人物2名ほどには内包された怒気までも伝わったようである。それまでのパパラッチムードが一変した。

「さあ、私たちには話してもらうよーというわけで二人とも、取調室行こうか」

 早坂が俺の右腕を解放し、二回手を打つ。取調室というのは早坂とハルが創立した新聞部(校内のゴシップを扱うアレだ)の部室であり、普段は生徒会長(女)と若い教師(男)の秘すべきラブロマンスやら学校の怪談六不思議なんでうちの場合七個じゃなくて六個なんだろうやら、要はガセネタとわずかばかりの真実を織り交ぜた娯楽新聞を作り上げる場所なのだが。

「取調室って、ちょっと待てよ!」

 ピンポイントに、クラスメイトの一人手塚邦之君(サッカー部所属・ちょっと軽いところがあるが根はしっかりタイプ・いわゆる……ああ、脇役か)が反応する。他のクラスメイツも同じく何でだよと首をかしげる。
 取調室、という言葉はこのクラスでは当事者+ハル・早坂――本来は俺と御崎も聞く側なのだが、今回は当事者側――のみで新聞部部室にこもることを示す。
 つまりは、keep a secret。当事者が承諾するまで、他はその話題に触れてはいけない。

「まあよく考えてみろ、新聞部調査くっ付きそうでくっ付かないでほしい二人組堂々第1位を突っ走るこいつらが、例え相思相愛であったとしても付き合うはずがないっ! 何か他の事情があるに違いないんだっ!」
「……朝と少し違うし」
「……自信たっぷりだし」

 明後日の方向を向いて多分きっと同じタイミングで頷いてる、気がする。
 それはさておき、外野はブーイング。
 ……まあ、わからなくもないが、わかりたくはない。

「OKOK、それ以上反論する奴は……これだ」

 ハルが鞄の中から(いつ用意したんだ?)カメラを取り出す。
 途端に、ざわめきが収まる。手塚君にいたっては顔を青くして震えだす始末。

 通称、恐怖のカメラ! 通称でもなんでもない。

 カメラ、ねえ……今回は俺に被害が回らないのでよしとする。

「じゃあ、行こうか」
「……おーけい」

 半分以上救ってもらっている(そして原因もほとんどこいつなんだが)ので、大人しくついていくことにした。



「で、どーゆーことなんだ? まさか付き合ってるなんて安直なオチはないよな?」

 部室に着くなり、ハルは開口一番言い切った。とりあえず御崎と顔を見合わせるが、今一つ“事の重大さに気づいていない”表情を見せてくれるので自分で黙考することにする。

 ――Which is more better?

 こいつらに嘘をついたところで、デメリットの方が大きすぎると判断。

「あー、俺もびっくりで一部神とやらにケツバットかましたいような諸事情により、昨日から御崎はうちに住んでる」

 真実のみを、必要最小限に。
 いわゆる駆け引きレベルでの会話にて使われる初歩的なフィルター――もう一つは「想像を、過剰に」であろう。占い師や詐欺師が使う、どうとでも受け取れる話し方だ――を通して、現況を伝える。さすがに、諸事情という言葉は使用せざるを得なかった……そこを飛ばしてしまうと単に“同棲している”という事実しか残らないからだ。
 さて、どうなる? 最近出たところ勝負が多い気がする。

「……なるほど。ある意味一番理に適ってるといえば適ってるかも。うんうん」

 まず早坂は首肯。きっと「うんうん」の後には「付き合ってるなんか言われるよりよっぽどありえそう」がつながることだろう。さっすが「ハル個人調査くっ付きそうでくっ付かないこそばゆランキング堂々第1位」にして「新聞部調査くっ付きそうでくっ付かないでほしい二人組堂々第1位」である。
 で、もう一人。ハルはというと。

「……もうヤッた?」

 一人脳内ピンク色に染め上がっていた。
 はあ、とため息。何故だか御崎と目が合ったので二人して頷く。

『死んでしまえ』

 二つの拳がハルの頭に襲い掛かった。

「ま、事情があって二人が同じ家に住んでいるっていうなら、まだ話はわかるな、うんうん」

 腕を組んで、大層にハルが首を縦に振る。しかし、上下運動が先程の負傷箇所(殴られた場所)に響いたのか、すぐにしかめっ面に変わる。自業自得。

「何より、ネタになる!」
「ネタにするな馬鹿」

 こめかみに人差し指を当て、鈍痛を軽減させる。こんな日々が続くというなら、やはり神様にはケツバットだろう。安っぽい醜悪人間関係ドラマとチープなコメディしか作らない脚本家なんぞは隠居してしまった方がいいに決まってる。

「私は今回の件についてはこれ以上広げるつもりはないわよ。健が明らかに不快感出してるし。殴られたくないし」
「いや、さすがに、早坂を殴ったりは、しないが……それは、ありがたい」

 ハルにシャープシューター(サソリ固めの変形。言葉では説明しにくいが、めちゃくちゃ痛い)をかけながら答える。

「ロープ、ロープ!」
「残念、ここはリングじゃねえ」

 ラスト・マン・スタンディング。ギブアップの存在しない、熾烈な争い。

「み、御崎! 助けてくれ! 同居人が非情な暴力を、力なき一般人に振るってる!」
「……健、シャープシューターだけじゃ足りないみたいよ?」
「おーけい」

 御崎がハルの両腕を取り、クロス。注意がそちらに向かったところで素早くスリーパーホールドへ移行。うん、いい感じに決められた。

「ば、そ、これは、ちょ、ギブギブギブ……」

 適度に酸欠状態になったところでようやく技を解いてやる。さすがに最後のはきつかったのか、ハルは必死に深呼吸を繰り返していた。

「まあ、さすがにこの件に関しては広げないだけじゃなくて鎮めておくわ。教師側に知られてもまずい状況なんでしょう?」
「正当な手続き踏んでるわけじゃないから、な……お堅い指導部の連中なんざどうせ何にも聞かずに即不純異性交遊だーとかなんとか抜かすだろうし。……聞かれたところで、話すのも難しいんだが」
「ねえ、難しい話のところ悪いんだけど、ずっと思ってたんだけどね……」
「ん?」
「私達が一緒に住んでるのがばれるのって、そんなにやばいことなのかなあ? それはその、妙な噂を流す人には熨斗つけて時限爆弾をプレゼントするけど」

 ……三名、思考停止。御崎の発言が理解できない、というのが理由なのは共通してるはずだった。どうにか頭を振って強制回転開始。

「あっと、あの、御崎さんや」
「何よ」
「そんなにやばいことって、やばさに気付いてないとでも……?」
「だから、私にはその辺が理解できないんだよ。まあ、その」
「あー余計なことは言わなくていい」

 多分、両親の事について話そうとしたのだろう。声がつまり、表情が揺れる。
 不必要に悲しみを思い出させるわけにはいかないので、先を促した。

「う、うん、で、健介のお父さんに助けてもらって今の状態があるんだから、それをちゃんと説明したら大丈夫なんじゃないの?」
「アホか、お前は」

 おりゃっと、思いっきりデコピンをかます。バシンとクリーンヒットして、御崎は涙目でその場に蹲った。手は出さないけど指は出す。コレ一種のお約束。
 というか、いくらなんでも安易に考えすぎだ、こいつは……

「世の中簡単に済んだら弁護士はいらねえよ」
「あくどい商売のためには必要じゃない?」
「さすがに色々批判が来るぞって、そうじゃなくてだ」

 はあ、と溜息一つ。何色に染まっているかと聞かれたら、限りなくブルー。少し小説チック。

「世の中不公平なことに、裏に紛うことなき真実があったとしても、表面でちょっぴりびっくり驚きな事実を見たりしたら、それしか見てくれない。ハルみたいに」
「失礼だなあ、人をダニみたいに言いやがって」
「ダニとは言ってないが、似たようなものだなあ……」
「それで、さっきの言葉の真理は?」
「表面上は俺と御崎が付き合ってるというかラブラブ同棲生活ゴーゴーゴーにしか見えない。それでいいのか?」
「あー……ごめん、ようやく気付けた。うん、いくない」

 何を想像したかは知らないが、少しだけ頬を染めて俯くのは、ある意味反則。
 しかし、それ以前にこのお嬢さんは簡単な推測すら立てられないのか……?

「真衣……さすがに、遅いと思うわよ。というか、健がちゃんと説明してなかっただけじゃないの?」
「あー、まっさか気付かないとは思わないし、わかったとしても朝から誰かさんの執拗なマークにあうし。何だ、やっぱり悪いのはハルか」
「ま、待て、冤罪はよくないぞ! ワタクシは再審を要求する!」
「却下」

 そろそろ締め技のネタが尽きてきたので、ちゃっちゃとこけさせて、足首とってアンクルロック。断末魔の悲鳴がどこかから漏れてくるが、気にしない気にしない。

「まーそういうわけだ。御崎がこの調子だから、早坂はフォロー頼む」
「了解。これは高くつくわよ?」
「……御崎も、出きるだけ俺が借り作らなくていいように行動してくれ。生徒ならともかく、教師が出てきたらまた馬鹿親父捕まえなきゃいけなくなるからな」
「わかった。極力善処するかもしれない」
「説得力弱いな、おい……あー、ハルも当然な?」
「あがががが……人にモノを頼むなら、あぐわっ!?」
「人に物頼むなら、なんだよ? あー、もうちょっと強くしてほしいとか? マゾいなあ……」
「ち、ちがっ、悪かったから、いでっ!!? ともかく頑張るから外してくれぇっ!」

 ふう、といつぞやとは違い安堵のため息をつく。例えるなら、緑。同時に足を解放して、痛んでるであろう足首を涙目でさするハルを横目で見やる。まあ、これくらいやっておけばいくらハルでもみょうちくりんなことはやらないだろう。
 隠遁生活(意味違うけど)に強力な助っ人を得たはいいが、余計なことやら余分なことまで抱えてしまい、やっぱり限りなくブルーな溜息を一つ、床へと吐いた。


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