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Let it be/幕間-一

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 誰だって、朝は無気力なるもんだと思う。なんたって朝だし。血圧上がらないから行動もしにくいし。
 毎日の朝食は味気ないトーストとコーヒーだけ。たまにはサラダが食べたいとか言った日にはえらい口論になるので、言わないことにしている。ないものねだりはしてもしょうがない。ならしない方が吉、って何年も前に学習した。
 朝飯が少ないから、家を出ても頭はあまり働かない。血糖値がどうたらこうたらだろう。なので、なけなしの金をはたいて、途中でいつもリポDを買って一気飲み。するとしないとでは、回転数が上がる時間が3時間は違う。多分気休めだけど。

 そんな、いつも通りに気だるい一日だったはずの、今日。
 行きのかったるい混雑気味な電車内で見た光景は、俺の頭を一気に回してくれた。眠っている間にさび付いた部分を一気にこそげ落として、油もばっちりフル回転。

 もう一度、確認。
 ありえないはずの光景に、軽く戦慄。

(……なんで、健と御崎が一緒にいるんだ?)

 心の中で声に出して三度確認。脳内ボイスとはいえ、言う言わないだと識別情報の正確さが違ってくる。指差し点呼確認オッケー、出発進行。

(って、えぇ!?)

 改めて目の前の事実に驚愕してみる。それでも地球が止まることはないし、現実が変わるわけでもない。朝、電車内で健と御崎が一緒にいる。ありえないぶっちゃけ。もしくはぶっちゃけありえない。どっちも一緒。強いて言うなら、日曜朝にその台詞が聞けるかどうか……
 ってそんなこともどうでも良くて。

 限りなくありえないはずだった衝撃のスクープ映像は、果たして実際に起こりえるのか。表情だけはクールモードにして、頭の中をがりがりとかき回す。二人に会った最後の記憶は、御崎の方が先週金曜で健は土曜。一応、昨日たる日曜日は空白の日付になっている。

(御崎とは金曜放課後四人でカラオケしただろー、健とは土曜にゲーセン三昧だったし。そのときは別に何もなかったしなあ。となると、やっぱり……)

 決戦は日曜日、ということになる。衝撃的映像を目の当たりに出来なかったことを激しく後悔。わかってればどっちかをつけ回したというのに。とりあえず、悔しそうに二人を睨んでみる。

(ん……? にしては……)

 睨んだイコール集中して見てみたおかげか、些細な違和感に気付く。御崎はそりゃとても嬉しそうにしている(当然だと思うけど)のに対し、健はまったくもって普段どおり。まあ、多少はキョロキョロ挙動不審な動きをしているけど、恥ずかしい、というよりは何かを警戒しているといったほうが正しそうな様子。そこまで隠したいか、というツッコミはどうやら出来そうにない。

(付き合いだした、は早とちりかもなぁ……)

 ほんのちょっぴり残念に思いながら次の行動を思考。
 目標、とりあえずかき乱せ。

「いよう、健に御崎。朝っぱからこのコンビを見れるとはなー」



 屋上は実に閑散としていた。一応立ち入り禁止の場所であるし、放課後という時間もおそらく現状を作り出していることに一役買っていることだろう。部活なり華の放課後パラダイスなりとみんな忙しいに違いない。
 そんな、無人の屋上。出口脇のはしごを上り、さらに高みへ。他の場所から完全に四角となる階段ホール上は絶好の隠れ家だった。学び舎の集う地にて隠居生活、寝転んで空を見上げると、まもなく梅雨に突入する予兆とでも言えるような、済んだ青色が広がっていた。……前兆といったら不吉な気もするけど、この際気にしない。
 何気なく、指でカメラの形を作る。いびつな長方形のファインダー越しに広がるセカイは、何も通さずに見るよりも輝いて見えた。青色は、より透明な青色になって、緩く抜けていく風すらも見えてしまいそうで……

 不意に、人のカメラにヒトが割り込んできた。

「……何たそがれてるわけ?」
「何だ、ハヤハヤか」
「……その呼び方はやめろ」

 襲い掛かってくる拳を避けつつ、どうにか身体を起こす。

「なんだよー、折角気持ちよく空眺めてたのに」
「よく言うわよ……今にも飛んでいきましょうって決心するみたいだったじゃない」
「そんなつもりはミジンコもないんだけどなー」

 やれやれと溜息をついたら、ぽこんと軽くはたかれた。

「痛いんだけど」
「何となくよ、何となく」

 今度はやれやれ感をジェスチャーで表す。拳は襲っては来ない。ヒトの内側を見透かされた気がして、嫌になり明後日を向いた。
 そのまま、ひと時、ふた時経過。

「幸せって、なんなのかしらね」

 早坂は不意にそんな言葉を口にした。

「幸せ、ねぇ」

 ついつい乗せられてしまった形で、錆付いてるはずのコトノハを口にする。
 途端に、頭の中がグワングワンと音を立てて、あの日まで引きずろうとする。冗談じゃないと、頭を振って今へと引き戻す。本当に、冗談じゃない。

「何があったのかはわからないけど、つい最近の様子とは180度逆の真衣を見ると妙なことを考えたりするわけよ」
「……何が言いたい?」

 大きく息を吸って、一つ、二つ。

「自分があの顔を生み出せなくて、残念?」

 自信ありげに早坂はたずねてくる。まったく、その自信は何処から来るんだろうか。

「まっさか。いつの話を引っ張ってるんだよ……」
「割と最近だと思うけど。まあアレよね、自分の兄貴分的ポジションを健に取られたとか思ってるんじゃないの、無意識に」
「そりゃー自分のことだろー、姉貴的ポジションはどうした?」
「私は微妙に悲しいと思ってるけど? もしくは悔しい、とか。まあ、欝気味なことに気付けはしたのに、何にも手立てを打てなかった私達が悪いんだけどね」
「それを言われると、何にも言えないんだけどなあ……」

 もう一度空を眺め、指でファインダーを作る。輝きは、変わらない。

「御崎が喜んでるなら、これでいいんじゃないかな。どんな事情があったかは知らないが、今幸せそうな顔してるわけだし。裏っ側でフォローに回れるだけでも十分でっさー」
「負け惜しみね」
「うっせ」

 ファインダーを解体して、かわりに手を宙にかざしてみる。大事なモノではなく、どうでもいい物しか掴めない手は、今でも何も掴むことが出来ない。握ってみたところで、散らばってるはずの空気すらも、すかっと離れてしまう。今も昔も。

「後は……」
「ん?」

 いつの間にか横にちゃっかり座って、同じように空を見上げる早坂が、不意に漏らした。

「真衣に思い出させないだけね」
「……ああ」

 幸いにも悲しみの記憶は遥か底に沈められ、御崎が今にシアワセを感じている。なら、それでいい。

「昔なんかじゃなくて、今が今でありますように」

 不意に聞き飽きるほど耳にしたイントロが、頭の中で再生される。あの頃からすっかり聞かなくなったのに、今になって蘇るなんて。何て憎たらしい。
 だけど、気付けば口ずさんでいた。あまりにも、身に染み付いた歌だから。



 ―Speaking words of wisdom,let it be―
 (英知の塊ともいえる言葉を口にするんだ。あるがままに、と)


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