>TOP >ls >page

Let it be/八話

前ページ 作品トップ


 短針がぐるぐる回り、時刻は九時半。シャワーを浴びて身体はすっきりしたはずなのに、精神的には一切合財すっきりとせず、重く苦しい何かに伸し掛かられている状態が続いている。
 ここまでの様子をダイジェストで語るとすると、

・放課後、帰ろうとしたときには既に御崎が横に立っていた。
・行きと同様帰りもつかず離れずの距離をキープ。ただし電車の中のような痴態はない。
・昨日のうちに買い物は済ませてあるのでまっすぐ帰宅。
・夕ご飯は普通に作ってくれた。ぶりの照り焼きとほうれんそうのお浸しと冷奴にナスの味噌汁。うまい。
・だけど会話がない。それどころか目も合わせてくれない。

 結論。意味が分からん。
 途中途中、「あの、御崎?」だとか色々と声をかけてみたが全部スルー。それはもう、「あれこの人こんなにスルースキル高かったっけ?」とはてなマークを浮かべても誰も咎めないくらいであろう。今だったらセルフエコー付で「どうすればいいんだー!?」と叫んで、主演男優賞くらいもらえないだろうか。

『いろいろ推測できるけど、健、たぶん妙な線引きみたいなの、強調しなかった?』

 唯一早坂がまともに答えた部分が浮かんでくる。
 妙な線引き。それが何を意味するのか。
 ……自惚れじゃなければ、という前書きは必要だが、自分の放った言葉と併せて考えれば、実は答えはわかっている。意味も分かっている。そして、その答えと対になるべきものを持ち合わせていることもわかっている。

 この家にいる以上俺らは家族。そう、家族だ。俺が定義した。もちろん御崎のためにだ。
 御崎は家族を失い、そして親戚から蹴りだされた身だ。サバンナを生きる動物ならば一人で生きていくことを強いられるが、俺たちは人間という社会性の中で生きる動物であり、特に日本という国においては程度の差こそあれど、誰かとの関係性を持たずに生きることはできない。それがたとえばコンビニで出くわす店員と客の間柄であれば、いつでもごみ箱に捨てることができるであろうが、家族という関係性はそう簡単には捨てたりしないしなくなることもない。それを御崎は二回、失っている。
 安直だと自分でも思うが、御崎には、再度家族という大切な関係性を得てほしかった。与えるのは誰でもよかったのだ。ただ、可能だったのが俺(と親父)しかいなかっただけなのだ。だから躊躇うことなく俺は提供した。
 最善だ、と思ったのだ。いや、今でもそう思っている。俺や親父ならば、あたたかいものを与えられるから。

 でもそれは、別の見方をするならば家族という檻の中に何かを閉じ込めた、ともいえる。こんな状況で持ち出すのはフェアではない、というのもあるし、何より今から言い出すのはおかしい話ではあるが壊れるかもしれない関係性、をつながりに設定するのはどうかという、自分が抱く恐れもあった。いっそのこと早坂には、臆病者、とでも罵ってもらえれば楽になれたのに。

 そうだ、ただただ、自分がどうすればいいのか、その観点からの行動が、俺には欠けていた。
でも今となってはどうしようもない。

 ぐるぐる回る自問自答に急き立てられていた中、自室のドアがコンコンと二回、遠慮がちに叩かれる。
 ドアを開けると、水色のパジャマに身を包んだ御崎がいた。普段は後ろで一つに纏められていることが多いセミロングの黒髪も、今は纏められずに下ろされているだけ。
 開いた隙間を縫って、御崎が部屋の中へと入ってくる。

「御崎……?」

 とりあえず声をかけるが、相変わらずの無言。変わりに服の袖をつかまれ誘導された先は……俺のベッド。

「おい、みさ……っ?」

 情けないことに、ひょいと赤子の手をひねるようにベッドに倒される俺。そして、御崎はこちらも相変わらず目を合わせず、同じようにベッドに上がり、そして俺の上で四つん這いになって、パジャマの上着のボタンを、上から一つ、また一つと外し、何もつけていない肌色、そして桜色の一部が見えたところで、ようやく呆けていた俺の頭が回りだす。

「御崎、やめろ」

 手を出して、なおもボタンを外そうとした彼女の右手を塞ぐ。二つもボタンが外されれば、覗き込む格好となっている俺の視界には見えちゃいけないものが見えてはいるのだが、それどころではない。

「御崎、なんで……」
「……てよ」
「御崎……?」
「私を、抱いてよ!」

 まだ顔は上がらない。代わりに、寝間着として使っているTシャツの上に、一つ、二つ、水滴が落ち、シミとなり広がっていく。

「ねえ健介、どうしたらいいのかな。家族って言ってくれたこと、すごい嬉しかったよ? だけど、だけどさあ……!」

 そこで今日初めて、俺は御崎と目を合わせることができた。
 ああ、ずっと今日俺はこんな悲しい顔を、御崎にさせてきたんだ。

「家族って言われる度に、高い壁を間に感じて、そんなこと健介は考えていないの分かってても、でも、この、私の、私の健介を好きだって気持ち、それを否定されてるみたいで! 私がずるいのはわかってる。だけど、こうしてでも私、健介に」
「御崎!」

 もう限界だった。これ以上御崎に言わせることもできなかったし、御崎に言わせている自分自身も嫌だった。腕を伸ばして御崎の細い体を抱き寄せる。自分の首元に御崎の顔を押し付けて、悲しい言葉が紡がれるのを防ぐ。

「御崎、いいか、聞いてくれ」

 ここからは、俺の懺悔の時間だ。

「確かに俺は、俺たちは家族だといった。俺も親父も、家族を失い、そして親戚連中が人として最低の部類で、揉めに揉めたことがあった。本当に辛かったんだ。だから御崎にはそんな思いをさせたくなくて、せめて、虫のいい話だけど、御崎が家族だと思えるような場所を提供したかった。
 だけど、俺は先に御崎に言っておかなきゃいけないことがあったのに、それを言わなかったから、御崎にこんなことをさせてしまったんだ。
 順番がおかしいかもしれないけどさ、俺、御崎が好きだよ。一緒にいたい。ごめんな、先にそれを言えばよかったんだ」

 そして、言葉が消える。伝わるのは、薄い布一枚を経て互いに存在する心臓の鼓動だけ。今、俺の上にいるのはとても温かくて大事な存在で。

「御崎……」

 呼びかけに、すぐ近くで御崎の顔が上がる。まだ目は赤く、泣き腫らした様子は消えていない。
 その中でも、唇は薄紅色に色づき、ゆっくりと顔を上げて自分のソレを重ね合わせていく。
 最初は合わせるだけ。十分に温もりを堪能してから、少しだけ口を開けてゆっくりと舌を御崎の口内へと進めていく。最初は驚いていたようだったが、ちょっとずつ、御崎も応戦してくる。気が付けば息をするのも忘れて、二人で唾液の交換をしあっていた。互いの唇が離れたときには二人とも肩で息をするありさまだった。

「健介……いきなりそこまで、する?」

 頬は赤く染まり、だけどジト目で睨んでくる御崎。なんだか新しい属性に目覚めそうだぞ、俺。

「いや、つい出来心で」
「ふーん……」

 俺の上に重なったまま、御崎はにんまりとしてこちらを見やってくる。今ここで「重いんだけど」とか言ったら怒られるんだろうなあなどとくだらないことを考えていると、

「じゃあ、今私に挟まれながら自己主張が激しいのも?」
「それも、出来心で」
「ふーん……」

 何これ珍百景。すっかり機嫌がよくなったのはわかるが、何で俺羞恥プレイ受けてるの?

「朝電車の中で私に押し付けたようになってたのも?」
「ばっ、あれは不可抗力で今のこれとはちょっと状況が、その」
「ふーん……実はちょっと嬉しかったんだけどね。健介が私のこと意識していないわけじゃないってわかったし」
「お、おおう……悪女だ、悪女がここにいる……」
「あ、でもなんか今の方が大きくてかたいかも。なんで?」
「いやいやちょっと待てちょっと待て。そりゃ御崎が俺の上に今乗っかっててその柔らかい感触だってわかってる上にさっきからちらちらと先っちょが見える上になかなかの自己主張を……」
「ば、馬鹿じゃないの!?」

 何これパート2。誘導尋問に乗せられて素直に理由を話していたら思いっきり叩かれたんだが。俺悪くないよな? そもそもこんなことをやっていたら、進めることも進められないし。

「で、さ」
「何よ」
「一応確認するんだが、俺たちこれで晴れて両想いってことでいいんだよな。あ、とりあえず家族という枠組みも維持するけど」
「う、うん、そうだね」
「で、さ」
「何よ」
「恥ずかしいついでに言っておくと、ことの切っ掛けとなった昨日の事件、あれ、家の中で御崎の匂いがするなあって思って、つい一人で励もうとしてたんだよね」
「ちょっと健介、聞かされているこっちもびっくりなんだけど」
「まあまあまあまあ。で、さ」
「何よ」
「今この状況があるわけだ」
「うん」
「具体的にいうと意中の相手が半裸で誘惑してきて俺の上。しかも色々見えてる。キスは済ませた」
「うん」
「俺、初めてだからうまくできるかわからないし、できるだけ優しくとは思うけど、限界だ。もう止まらないからな」
「え、えーと、一つだけ、いい?」
「何なりと」
「あのね、家族でもあるし、その、こ、恋人、でもあるから、あの、これからは、名前で呼んでほしいかな、って」



 結論から言うならば、御崎……真衣にけだもの呼ばわりされても仕方ないことをした。言い訳をするなら、真衣、と名前を呼ぶだけで息を乱し、身体を震わせるような相手に対して、どっかのキャプテンのように心を整えるなんてことはできるはずもなかった。ベッドだけじゃなく、事後に一緒にシャワーを浴びている最中も心は千々に乱れっぱなしで、落ち着かせることができたのは、今こうしてすべて片付け終わって(さらには服も着て)、一つ同じ布団にくるまっている状況になってからである。言い換えるなら、ただ単に精も根も尽き果てたから、である。出し切ってしまってからの賢者タイム、というフレーズが浮かんで自分の頭が沸いていることを実感できる。

「健介って、むっつりだったんだね」
「その評価はどうかと思うけど、自分でも否定できない」

 わりかし元気そうに見える真衣だが、やっぱり疲れたのとその、痛い、そうで、誠に申し訳なくなるとともに妙な征服感も湧き上がってくるのだから、男って大概な生き物なんだなーと他人事のように思ってしまう。

「ねえ、健介は、その、よかったの?」
「よかったって、そりゃあ合計五回も出してりゃ」
「そっちの話じゃなくて! その、何て言うか、私が言うのも変だけど、もっと家族の方を大事にしたかったのかな、って思っちゃって」
「それは……まあ、真衣が悲しまないようにっていう手段の一つでもあって、別にこうしてさ、二重の関係でも何ら問題ないし」
「そっか、あれはあれで、私のことを考えてくれて、なんだよね」
「まあ、改めて言われると照れるけど」

 もう本当に今日のつい数時間前まではなんだったんだというくらい、御崎の表情は明るい。それを眺めているだけでこっちも明るい気分になるわけだから、やっぱり男って大概だなー、などと再度他人事気分になる。

「じゃあ、おやすみ、真衣」
「おやすみ、健介」

 明かりを消す。光を放つのは充電中の携帯くらい。
 そっと身体を抱きしめると、あちらさんも同じようにしてくれた。
 ……母さんが亡くなって以来、初めて俺は深い眠りにつくことができた。



「ねえ、健、ちょっと聞きたいんだけど」
「ん?」

 翌朝、学校に着いて席に座ったあたりで、前日同様早坂がこちらを向いてくる。

「なんだよ」
「やっぱり柔らかかった? 大きかった? 気持ちよかった? 何回した?」

 もちろんこれが早坂のカマかけだったのだが、つい吹き出してしまい、早坂、そしてハルには全部が筒抜けとしまった。だけどそんな質問投げられたらどうしようもないだろ。


前ページ 作品トップ