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world's end/二話

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 頭に浮かんだ場所というのは、駅をはさんで反対側の住居交じりの雑居ビルの屋上である。昔日雇いバイトでここの住人の引越し手伝いをして以来、なぜだかその住人、加えて管理人とも仲良くなってしまい、空いてる場所なら自由に使わせてくれているのである。世迷い子には宿木を、なんて管理人のねーちゃん(おばさんといってはいけない。なぜなら二つ三つしか違いがないからだ)に言われたのだが、一応家なき子でないことだけは言っておく。
 何度かぐるぐると追っ手が来ても巻けるようなルートでビルの裏口から忍び込み、屋上へ上がる。管理人から受け取っている鍵をガチャっとオープンザドア。先に広がるは渋谷の空。地の底から見上げるのとは大違いの風景だ。具体的には空気とか?

「全然具体的じゃないわよそれ」
「的確なツッコミありがとう。ついでに君たち自身の存在についてもツッコミをいれてくれるかな?」
「高いけど?」
「金取るのかよ! それと独白を読むな」
「いや思いっきり口に出てたから」

 なかなかナイスなボケとツッコミな人外さんの片割れである。生前はそれなりに売れた芸人かもしれない。

「勝手に人を芸人にするな!」
「いやそもそもすでに人じゃないっぽいからな!」

 テンポがいいので全力疾走状態となる。つい先ほどの追いかけっこも含めて息が上がっていた今日この頃なので、膝に手をやり、三が日の中日に芦ノ湖畔のランナーのごとくぜーはーしてみる。ついでに言っておくと、その間も人外さんのもう片方は人の服の裾を握って離さない。裾が延びるがまあサンキュッパで買ったやつだから気にしないことにしよう。

「んで、こんなにか弱い僕をこんなビルの屋上に連れ込んで何をしようというんですかっ!?」
「いやいや連れ込んだのアンタだから」
「マジで? でジマ?」
「いやいやいや業界用語でそんなに驚かれても。というかなんでこんなのしか生身の人間と会話できないのよ……」
「思いっきり原因自分で言ってるだろうに」

 びしっと指差して、一言。

「だってお前ら幽霊さんじゃん」

 裾を握る力が強くなる。さっきから一言も喋ってない方の瞳に、涙が浮かぶ。

「やっぱり、お姉ちゃん、私たち……」
「っ……!」

 気の強いほうも、溢れてくるものは堪えられないらしい。ちょっとだけ、罪悪感とやらが沸いてくる。やれやれ、と溜息をついて見慣れた空を見上げる。うむ、底から見上げるのよりかははるかに良い。具体的には、空気とか?

「ひ、人がやっぱり死んじゃってるんだって確信して深い悲しみに襲われてるって時に同じくだらないボケかますな!」
「……泣きながらつっこむとは……生粋の芸人だな。お前……つうかえらく自分のことを客観的に捉えるんだな、おい」

 ごしごしと目元を拭ってこちらを見やる、気の強そうな瞳(いや実際強いのはすでに実感済みだが)。

「……仕方ないでしょう。誰に話しかけても返してくれないし、それどころかいることすらわかってくれないなんて、実態のないものになったとしか思えないじゃない……悲しいことは悲しいし、泣きたくなるけど、さすがに一週間もこんなことしてればいい加減にわからざるをえないでしょ……」

 あいも変わらず言葉の少ない妹? のほうが、空いてる左手で姉の右手を握り締める。私だけはここにいるよ。きっと彼女の存在を強く訴えているのだろう。
 いつだって、世の中は全ての人間が半分の幸福を甘受できるようにはなっちゃいない。世界はいつだって、残酷なのだ。

「で、だ。思わずお前らを連れてきてしまったんだが、どうしたいんだ? とりあえず一本成仏いっとく?」
「容赦ないわね、アンタ。そんな栄養ドリンクみたいに言われても」
「お前ら、幸か不幸か知らんが一応気持ちよくあちらの世界に送り届けることできるけど、どうするよ?」
「……もしかして、あたし達が見えるのは、お坊さん的なパワーがあるせいとか?」
「いや、そういうわけではない、もしかしたらそうなのかもしれないけども、多分あんまり関係ない。ついでに言っとくと、あちらの世界へ送り届けられるのは、道歩いてるとよく成仏しそこなった方々を送ってるせいだ。無駄に経験積んでるぜ、俺。多分その辺の坊さん巫女さんよりスムーズにグッバイ出来るんじゃないか」
「あー、まさに幸か不幸かわからないけど、ってことね」
「うむ。飲み込みの早い奴は好きだね、俺」
「こんなことで褒められたり好きだとか言われたりしてもどうしようもないでしょうに」
「まったくだ。これで生身だったらなあ……」

 ちょっぴり不埒な視線をやって、双子(多分)の容貌とかを見やる。あまりにも高速なボケとツッコミをしてたせいで気づかなかったが、姉のほうは姉のほうで、まあ端的に言えば美少女といっても差し支えないレベルである。気の強そうな、いや強い、輝いた黒瞳。それに合わせた黒髪のセミロングが、端整な、それでいてまだ少女らしさを残した顔に良く似合っている。あとはもう少しブレストがあれば(多分ぎりB)文句のつけようもない。もう片方、妹は妹のほうで、ほぼ姉と同じパーツ構成ながら、ややおっとりとした目尻と腰近くまで伸ばされたストレートの黒髪が、温和(であろう)な性質をやわらかく醸し出している。なんというか、ちょっぴり姉のほうより大人っぽく見える。主に胸とか胸とか胸とか(多分D)。以上、よくあるアレ的な説明終了。

「今すぐここでレッツゴーするのに」
「どこへ行くのよ?」
「……ヘブン? 大丈夫、初めてでもやさしぐぼぁっ」

 ……いいフック、持ってるじゃねえか。やっぱりプロ目指さねえか?

「っ……! こんな、エロい煩悩に侵された奴が、こうなって初めて話せる相手なんて……」
「エロいいうな。そりゃお前、いきなり縞パンに水玉見せられたら、その辺のジャンプ読者層は多少なり健全な妄想するだろうに」
「アンタ、さすがにジャンプ読者層ってわけじゃないでしょうに……」
「えっへん! すでに卒業して今はチャンピオンREDが愛読雑誌。さすがにまだ苺には手を出してません。そんな二十歳、どうぞよろしく」
「なんとなくだけど、今読んでるのがそれなりにえっちい奴で、後者がもっとえっちいやつだってのは想像できるわ」

 ナイスな推理力である。

「読んでみる? 買ってこようか?」
「いるかっ!」

 ちょっぴりセクハラをかました所で、いい加減話が進まないのと、裾を握る妹のほうの視線がちょっぴり非難めいたもの(えっちなのはいけないと思います! とでも物語っているかのごとく)に変わってきたので、どかっと地べたに座り込み、本筋を進める心構えに変える。俺が座ったのにつられて妹のほうも、そして姉のほうもむき出しのコンクリートへと腰を下ろす。

「……で、だ。あんまりじゃれあうのもどうかと思って、」
「じゃあやらないでよ」
「まあそうなんだが、とりあえずのところ、だ。お前ら、どうしたい?」
「どうしたいって、今まで必死にアタシたちのことをわかってくれる人を探してたから……」

 うんうんとうなずく妹。

「なら、それは見つかったわけだ。とりあえず」
「とりあえず、ね」
「とりあえずでも進むと進まないとでは大違いだろうに。んで、その人にどうしたかったんだ?」

 悩む姉。俯く妹。

「……アタシたちが、どうしてこんな状態になってるのかを、調べてほしかった」
「ふむ」

 姉のほうの言葉に、引っかかる部分が一つ。

「どうしてこんな状態、ね。ちときついこと聞くが、自分たちがどこの誰だったか、記憶はあるか?」

 うなずく二人。

「なら、その記憶を辿ればすぐわかるだろうに」

 さすがに口にはしなかったが、二人ともまとめて、とあれば病気で云々とか単なる幽体離脱ではあるまい。まず間違いなく、何かに巻き込まれて……死んでいる。

「それは当然やってる。だけど……」
「ん?」
「……私たちの記憶とは違う現実が、そこにあったの」

 ……簡潔に話をまとめると、真っ先に自分たちの住んでた家に向かったそうである。だが、そこには見ず知らずの家族が普通に住んでいて、自分達の親の姿はかけらもなかった。それどころか、友達の家、あるいは通っていた高校、ともに記憶の中とはまったく異なる状態がそこにあったらしい。

「時間軸がずれてるとかじゃないのか?」
「それもないわ……こうなる前、普通に生活していた記憶のある最後の日から、まだひと月もたっていない」
「なるほど、ねえ。ついでに、まあ無駄だろうけど聞いとくが、一番最後の記憶は?」
「二人ともない。普通にベッドに、二人で入って寝た記憶しかない」

 こくこくうなずく妹。そろそろ喋ろうな。というか二人の間に挟まって寝たいね、うん。二人というか四つというか、

「……えっちなのはいけないと思います」
「何もこんなところで喋らなくても、つか相変わらずあれか、地の文は幽霊さんに読まれるのか?」
「いやいや口に出てたから」
「わりと自分に正直なんで、つかすまん、シリアスモード折っちまった」

 にやついていたであろう自分の頬を抓って元に戻す。さて、色々問題点があるのだが……

「んー、まあ一応、お前らがどう存在していたか、くらいは一日もかからずにわかると思うんだが、ちょっと引っかかるなあ。記憶と違うってのが」
「こういうケースは過去にあった?」
「いんや。なかった。大抵はなあ、すまん、気を悪くしたら申し訳ないが、成仏できないってのはやっぱり強烈な思念が残ってて、それを解消すりゃあ消、いや綺麗になれる。つーことはだ、その人間が感じた事実、それが残ってるわけで、そこに本人の記憶との差異なんてあるわけがない」
「なるほど、そういうもんなのねえ」

 最初と違って偉い暢気だなおい。いやいや妹さんもふーんて表情浮かべなくても良いから。

「つか」

 地の文を心のトークとしているときに、ふと思いつく。

「逆を言えばだ、残留思念がないってことか。何かしらの事実に基づくわけではなく、別の要因で幽体になってる……のかもしれない」

 別の要因。まあ簡単に言ってみたが、んなもんそんな簡単に思いつくわけでもない。お約束どころといえば生き霊だろうが、だとすると記憶が食い違っていることが説明できない。今この世を生きてるのだから、記憶の食い違いは発生しない。というか二人まとめて生き霊てどんだけ仲良いんだか。

「ああもう、いっそのこと記憶がなきゃ最初っから幽体でしたっていえるのになあ!」
「記憶が、なきゃ?」
「ほらよくあるアレだ。実はついこないだ生まれたばかりの、最初からすでに幽霊さんでした的な」

 どうやら俺の台詞に気にかかるところがあったらしい。姉のほうの眉間にしわがよる。

「たとえば、よ?」
「うむ」
「私達の持ち合わせの記憶が、作られたものだとしたら? どこの誰か知らないけど、そういうもの作れるとしたら?」
「んー……」

 なるほど。考えられなくはない。だが。

「そんなファンタジー勘弁してほしいね、俺としては。つうかどんだけブラックボックスな技術だそれ」

 あっさりと消し去る。完膚なきまでに消し去っておく。理由は簡単だ。……こいつらについうっかり情がうつったからだ。正確に言うと、情がうつって、消えないでほしいと思ってしまった。まあ、仕方ない。この手の幽体は、存在を形成する何かが消えうせればあっさり霧散する。そして、存在を形成する何かには、当然自分自身の存在に対する気持ち、も可能性として含まれる。いわゆるデカルト的な……アレだ。

「まあいいさ。とりあえず、如何せん状況をつかめない以上は現状維持、そして情報収集。これは捜査のお約束だな」
「それはそうだけど、アタシたちはどうしたらいいわけ?」

 むう。忘れちゃいないが、どうしたらと改めて言われても困る部分ではある。何より、ずーっと妹さんの、裾をちょこんと握った手が離れてくれやしない。

「お前らが構わないなら、うち来るか? 話し相手と飯、いや飯関係ないか、程度にはなってやるぞ?」
「……こいつエロ男爵だけど、どうする?」

 エロ男爵言うな。エロ公爵と言え。位的に。

「……行く」

 姉の疑問文に対して、妹の返答文は三点リーダ含めてもたった四文字だった。

「なら行きますかね……」

 腰を上げ、屋上ドアのノブに手をかけたところで、逃げ回りながらここに隠れたことを思い出す。


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