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world's end/四話

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 あんまり飯を食べるのに健康的とはいえない時間なので、軽めの夜食として野菜サラダとハムエッグだけ三人分さっと作って食す。まるで朝食だとか云々聞こえたが総スルー。食えるだけ幸せなもんである。それから交代でシャワーだけさっと浴びる。幽霊にシャワーの意味があるのかとか疑問に思わなくもないが、まあ実体化してりゃ多少は汗をかく(排泄行為として)し、汚れたりはするだろう。うん。覗こうとしてどやされたところまではもはやお約束である。ちらっとピンクいものが見えたのは黙っておくことにした。代えの服を下着含めて二セット用意したらそれはそれでどやされた。まあ確かに男の一人暮らしで持ってるほうがおかしいんだが、それはそれ、である。一応名誉のために言い訳しておくと、下着をわざわざ買ってくんかくんか、なんて趣味はさすがに持ち合わせてない。まったくもって未使用品そのものであるのだが、まあ客観的に見たら気持ち悪い、のかもしれない。
 部屋に入ってきたら殺す、ととてもかわいらしい脅しを受けたので、渋々自室にこもる。言われなくても部屋に侵入しようなんて思っちゃいないのだが、そんくらいの警戒心はこの世の中必要なところである。まあ幽霊なんだから関係ない気もするが、パニクって幽体化できずに悪い人に捕まりあれやこれや、なんていう寝覚めの悪いことに巻き込まれないよう祈っておこう。
 さてぽちっとな、とパソコンを立ち上げる。それなりに金をつっこんでる(百万くらい? デイトレは一瞬が命取りなのである)ので起動は早い。パスワードをつっこんでログインして、おもむろにFirefoxを立ち上げ、「瀬川遥 瀬川美幸」と検索してみる。が、関係のありそうなサイトはヒットしない。まあこんなもんで見つかったら拍子抜けであるのだが。
 続けて検索に引っかからなさそうなとこも含めたお手製検索ソフトを使って見る。が、やっぱりひっかっちゃくれない。

「やっぱここは、事件簿、か?」

 仕方ないので、知り合いに彼女たちについて調べろゴラァメールを送っておく。分業万歳。それなりに報酬を積んだので、一眠りしたころには調査結果を出してくれることだろう。明日が土曜、というのも幸運である。半日フリーはやっぱりでかい。土曜にコマをいれようとしなかった四月の俺に乾杯。
 その後適当にレポートなどをでっち上げてたら、あっという間にいいお時間。寝ながら考え事でもしますかね、と振り向いたところで。

「……」
「うおっ!?」

 妹さん……美幸がそこに突っ立っていた。それなりに集中していたせいか、全く気づかなかった。というか。

「あれか、俺には入るなって言ってしかも物理的に無理なのに、お前らは素通りオーケーなのか!?」
「私は、入るなとは言ってない」
「一緒じゃん! 遥が言ったら一緒じゃん!」

 なんつー理屈だ。うっかり自家発電とかしてなくてよかったぞおい。ありがとうレポートを出した糞准教授。

「んで、何のようだ? あれか、私を抱いてください的なやつか?」
「……そうだとしたら?」

 適当に冗談を投げたら、マジレスを返されてしまう。まじか? まじっすか? 挙動不審になっちゃうよ?

「俺的には非常に嬉しいけど? さすがにここんとこ女子高生とはお手合わせしてないし」
「……」

 少しだけ非難めいた視線をこちらに向けながら、無言でパジャマのボタンを外していく美幸嬢。きれいな鎖骨のライン、淡いピンクのブラジャー、そして穢れを知らないような白く透き通った肌が露になる。ゆっくりと近づき、その白い首筋に、軽く口づけする。温かさが感じられないのが残念だった。
 そのまま下って、パジャマを脱がしながら、その豊満な部分へと舌を這わせていく。肌に唾液の線がつくのはいつ見ても悩ましさを感じる。このままたわわな果実を味わうのもありかと思ったが、先にパジャマのズボンに手を掛け、そのまま下ろしていく。現れた華奢な脚、そしてブラジャーとおそろいのショーツ。用意したのは俺だが、気にしちゃいけない。そっと、下着越しに胸と同じく柔らかいお尻を撫で、それからクレバスの上へと指を這わす。

「……っ」

 小さく漏れる吐息。実体化した状態なら、性感帯も存在してくれるのはさすがに初めてわかったことである。その反応が演技でなければ、の話だが。

「……ねえ」
「うん?」

 吐息交じりの問いかけ。答えながらも、胸、そして下の唇を撫でることは忘れない。
 しばしの硬直時間。聞こえるのは、吐息だけ。精神が研ぎ澄まされていく。
 そして。

「死んで」
「っ……!?」

 繰り出される、銀色の軌跡。そのラインを見切って身体をずらし、手刀を当ててナイフを落とす。そのまま気合で、反撃“しない”ことだけを意識する。
 二撃目は、来ることはなかった。

「……あなた、本当に、何者?」
「いやいやいや! 必死にハニートラップ回避したと思ったら何その疑問文!?」
「少なくとも、今の回避は必死じゃなかった。そして、すぐさま反撃できる態勢まで整えていた。戦闘訓練でも受けてない限り、無理」
「いやに詳しいな、おい。一応言っておくが、さすがにSAT所属経験とか軍隊所属経験とかマフィア所属経験はねーぞ。昔やんちゃだった頃に刃物を持ったチンピラの手合いとはしょっちゅうどつき合ってたからな。怪我したくなきゃ嫌でも覚えるんだよ」
「確かに、そこだけならそうかもしれない。だけど、私に近づき始めたときからすでに注意を払ってるなんて事、ただの喧嘩では必要じゃない。最初から敵意を向けられてるんだから」

 よく見てらっしゃることで。そこまで注意力豊かな女子高生なんていないだろうに。漫画の中でもなければ。

「私が言うのもおかしい話だけど、あなたは、変。力のこと以上に、普通の人が持ち合わせていないことを、持ちすぎている」
「……ふん」

 危ないので念のため、とナイフ(台所にしまっていた果物用だった)を拾い、引き出しの中に入れておく。床に落ちた際に刃こぼれしてないかが気がかりだ。

「注意を払うのは当たり前だろうに。お前さん気づいてなかったかもしれないが、はなっから目に見えるくらい震えてたからな。過去のパターンで、自ら抱いてくれと言ってきて派手に震えてる女ってのは、本当に抱かれるのが怖いか、よからぬことを企んでるかのどちらかなんだよ。片方が分悪いんだからそっち警戒するだろ」
「……でも、そんなこと普通は経験しない。これは推測だけど、あなたは経験が多すぎる。年齢には不相応に」

 いや女子高生にしちゃ考察が深すぎるってのもどうなんですか。十分反則だろうに、見た目的に。

「あなた、一体何者?」
「……今日は本当にそればっかだなあ」

 失礼、と断ってから窓を開け、集煙装置のスイッチをつけ、机の上に転がしていたマイセンライトの箱から一本取り出して火をつける。

「あれか? 世話になる人間の素性くらいは知りたいってか?」
「いいえ、そういうわけでは……だけど、」

 彼女が言いよどむ姿を見せるのは少し驚いた。言い過ぎたか。

「まあ、そういうレベルを超えたところで、不審者扱いされてもおかしくないわな、俺は」

 口元から吐き出した煙が、ゆっくりと集煙装置へと吸い込まれていく。この光景に「あはれ」を感じてしまうのは、俺だけだろうか。

「例えばだよ、美幸」
「……?」
「例えば。お前と遥と二人、水難事故で海に投げ出されたとする。その時、一枚の板が流れてきた。ただし、十分な大きさがないので、一人しかつかまることが出来ない。こういう状況になったらどうする?」
「……カルネアデスの、板」
「ご名答。まあ有名な心理テストの一つだな」

 なんでこんなことを聞くのだろうか。そんな疑問文が美幸の顔にありありと浮かんでいる。

「私なら、お姉ちゃんにつかまってもらう」
「遥が、同じようなことを考えてるとしたら?」
「そ、その時は……」

 先ほどとは違う、文字通り悩む様子の美幸。まあ設問が相当意地悪であるのは間違いない。

「そう、困るだろうな。なぜなら今の質問は、言い換えるなら一人が幸福を得て、もう一人が不幸を得る構図になっている。そして、この状況だけなら、その二択以外に選べるのは二人とも溺れ死ぬ……つまり、二人とも不幸になるくらいしかない」
「それが、あなたとどう絡むの?」

 ふーっと深く息を吐く。普段から喫煙の習慣を持ってるわけじゃないので、ちょっぴりくらっとくる。その代わり、頭の中がクリアになっていく。

「俺は、だよ。そんな状況でも、幸福と不幸が等分に分かれるようにしたいんだ。二人だけじゃだめなら三人、三人でもダメなら大勢で。どうにかして、皆に等しい幸不幸を手に入れられるように。俺はそれだけを願って、ここにいる。今まで生きてきている」
「そして、幸せが足りない人間を見かけたら、自分の幸せを分け与える」
「……そういうこった」

 どうやら、昼間のお嬢様への金銭授与の話に合点がいったようである。

「でもそれは、あなたが不思議な人物である理由にはなっていない」
「まあそうなんだがな。間接的には大きな影響を与えている。あと、何があっても直接的な理由は人様にいえるもんじゃないし、俺を不思議たらしめている部分の大半は、俺の努力で手に入れたもんだ。先天的、あるいは自分の努力によらない部分つったら、あの不思議パワーぐらいなもんさ。人間、死んだ気になってやりゃあなんでも出来るもんだ。幽体状態のお前さんにはちときつい話ではあるが」

 半分ほどになった煙草を灰皿に押しつけて火を消す。部屋に少しだけ残った煙を手で振り払うと、他には何もない。いるのは人一人に幽体一体。それだけ。 
 その幽体はというと、こちらに少しだけ、哀れみを含んだ表情を向ける。

「あなたはそれで幸せなの?」
「他人様の幸せに気を遣うほど余裕はないだろうに」
「……聞いてみただけよ」
「そうか。それとそろそろ服着たらどうだ? 別に寒くはないだろうけど、その年代のお年頃でずっと肌さらしてて大丈夫っていうのもどうよ?」

 言われて初めて気づいたのか、自分の現状を美幸は顔を下げることで確認する。だが、それで慌てて恥ずかしがるなどということはしなかった。

「あらためて、私を抱いてみる?」 
「よせやい。その気もない子を無理矢理抱く趣味は持ち合わせてねえ」
「そう」

 短く返答してから、半分自分から、半分俺が脱がした服を手に取り着ようとして、身体のそこかしこに線がついていることに気づいたらしい。手の動きを止める。

「一緒にシャワー浴びる?」
「おい、適当なところで止めておけよ。さすがに何度も誘われるとほいほいのるぞ?」
「別に、私はかまわないのに」
「あんだけ震えておいてよく言う……」

 そのまま最後に「扱いはうまいのね」という捨て台詞を残して(ついでにいうと服は手に持ったまま)、美幸は部屋の外へドアを開けて出て行った。はああああ、と肺の底にたまっていたくすぶった空気をはき出して、改めて煙草を一本取り出す。ヤニにでも頼らなきゃやってられるかってえんでえと、江戸っ子でもないのに啖呵を切ってみたところで、もやもやとしたものは晴れやしない。扱いはうまいのね、じゃないだろうに。

「そんなんじゃ存在証明にもならねえだろうに」

 なんとなく、彼女の行動の一部に、そんな想いが含まれてたんじゃないかと感じてしまう。大半は俺という人物を知ろうという感じだったけども。まあその気持ちはわからなくはない。幽体、なんてもんは存在していないに等しい上に記憶もないのだから。

「……つうか、さすがに一日何度もやれる歳じゃねえ……つうか、昼間のは演技か、くそう」

 ……これくらい愚痴ついたって許されるだろう、たぶん。


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