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world's end/五話

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「おはよう、って朝からめちゃくちゃ眠そうね、アンタ」
「ちょいと夜中に猫と戯れたくなってな」
「意味わかんないし」

 じと目が二組。いや、片方そんな視線送る資格ないからな。

「あーねむ。朝飯はいるのか?」
「もらえるなら」
「あっそ」

 やっぱ俺っていいやつだよなあこんなこと言われながらも用意するなんて、などと自画自賛しながら、昨晩食べたものとあまり変わらないメニューを用意する。これは別に嫌がらせとかではなく、単に人数分そろえられる冷蔵庫の中身がこれだけだった、というオチである。なので文句は言わせない。

「俺だって白米に味噌汁が食いたいやい!」
「誰にむかっていきなり吠えてるのよ……」
「いやなんとなく。一応日本人として叫んでおこうかと、あと最近はやりのメタ発言的な」
「まだ会ってそんな経ってないけど、アンタ間違いなく変人よね」
「手厳しいツッコミをありがとう。俺そのうち幽霊に対するボケ名人になれそうだ」
「……それとは関係ないと思う」
「あーそう……そいつは残念だ」

 本当に手強い姉妹だなおい。幽霊がどうとやら以前にいろんなものがなくなってく気がしてきたぞ。
 存在の否定を一心に受けながらも適当に食事を済ませて(食器は洗ってもらった。楽でいい)、自室のPCでGmailを立ち上げる。一番上に、昨日頼んだ調査結果っぽいメールが入ってるのであけてみる。

“残念ハズレ”

 ぴぽぱぽぴ。

「おいこら誰が宝くじメールを送れと言ったんだああん?」

 一連の流れは反射的と言って差し支えない。メールの送り主に電話をかけるまで2秒かかってない。いや、さすがに番号手打ちしたからもう少しかかっているか。

『ごめん一度やってみたかったんだ……』

 聞こえてくるのは殊勝な感じで謝る声。だがだまされちゃいけない。

「ごめんですんだら警察も宗教も二次元世界もいらねえよ!」
『その意見には同意できるな。このご時世あらゆる困りごとを解決してくれるものなんて存在しない。画面の奥のかわいい子に癒される程度なら致し方ないさ』
「いや別にそこに同意を求めてねえよ……はあ」

 こいつの性格である。だいたい俺の行動パターンを把握してるから、朝起きて飯食ってメールを見て慌てて電話をかける俺をほくそ笑みながら、コーヒーあたりを優雅に飲んでいるに違いない。

「とりあえずカップをおろせ」
『残念グラスだよ。アイスコーヒーを飲んでる』
「どっちでもいいわっ!」
『キミは私には本当冷たいな』
「誰だってんな対応されたら冷たくもなるだろうよ……」
『そうかい? 大抵の人は笑顔で接してくれるというのに』

 そりゃあんた、あんたに弱み握られたとでも思ってるんだろうよ。おおむね間違っちゃいない自信があるぞ、これに関しては。

「……まあいい、で、結果は?」
『実はあのメールはある程度正解の意味も含んでいるんだ』

 お互いにスイッチを切り替えて本題に入ったところで、出てきた答えは渋いものだった。

「個人データも調書も全くヒットしなかったのか……」
『一応台帳まで調べたんだけどね。でも、少なくとも電子化データの中にはなかった』

 どうやってクローズネットワークの中身を調べたんだろう、なんてことを気にしてはいけない。この電話の相手にとってはそんくらい余裕のよっちゃんイカである。前に聞いたことがあるが、まったくもってちんぷんかんぷんだった。キレイな顔してるくせに侮れない。
 まあそんなハッカー(クラッカーではない、と彼女は声高に主張する)が探せないとなると、ちと困ったもんである。

『紙ベースはさすがに調べてないけど……ある可能性は低いんじゃないかな』
「たぶん、な。まあ何となく、そんな感じはしてたけどな」
『ふうん。……陽介にしては入れ込んでいるじゃないか』
「焼き餅か?」
『そう、といったら?』
「……普通だったらありがたいもんだとでも返すんだが、ヒカリの場合はなあ……」
『ははっ。わかっている。余計なことを聞いた』
「だったら聞くなよぅ」

 いらんことをしたら手痛いしっぺ返しを食らうの図である。やぶ蛇、とも言う。

『最近いじめてないからな。……私から言えるのはだよ、結局悲しい結果にしかならないんじゃないか、ということさ』
「……ありがたいご忠告どうも」

 ツーツーと電話の切れた音に思いを馳せてみても、何にもいい考えは浮かびやしない。さてどうしたものやら。
 結論から行くと、どうやら二人とも今のところ生存した記録のない幽霊であり、おそらくは何体かの幽霊の集合体であろう。幽霊さんの製造過程、いやこの言い方は少しばかり失礼だけども、形成過程とでもいうべきか、その類のものはさすがにわからない。ただ、それだけでは片付けられない問題が色々ある。
 一つは、各個体が明確な自我意識を持っている、ということ。この時点で二人が同一の集合体の上に分離して存在しているわけではない。なので、別々の集合体同士がたまたま双子の姉妹なんていうものをやってることになる。幽霊に確率論や世間一般論が通じるかは知らないが、相当にレアケースな予感がする。
 二つ目は、あくまで現代レベルの幽体、ということである。二人の言動は現代のものであり、昔にいたとかは考えにくい。先ほどヒカリがいってた紙ベースとかの話にもつながるが、紙ベースレベルでしか保管されていないような年代の人間がこんな現代っぽい成り立ちをするかといえば、答えはノーだろう。まあ、集合体理論ならありえなくもないので、多少なりとも問題点、というレベルだが。
 最後は、彼女たちが記憶や存在といったものに対してやたらとこだわっている点である。どうやりゃあ「記憶が誰かに作られたもの」なんて発想が出てくるのか。なんとなく怪しい。いや結構怪しい。あれこれキーポイント?

 ぴぽぱぽぴ。

「なあなあなあ」
『なんだい? 私の声が恋しくなったとか?』
「そんなことが起きるようだったらよっぽどだ。それこそ天変地異クラス」

 再度ヒカリに電話をかけてみる。こういう時は他人の意見を聞くのがいいと誰かが言ってた。確か。

『ふむ、それはそれで残念だ。今度いじめてやろう。で、どうかしたか?』
「さりげなく物騒なこと言うな。んで、いやさっきの続きみたいなもんだが、あいつらがさ、記憶とか存在に対してやたらこだわってるっぽいんだ」
『というと?』
「まあ幽霊で記憶も食い違ってるとなりゃあ、ある程度存在を確かなものにしたいんだろうなあとか思ってたんだが、だからといって記憶が誰かに作られたもの、なんていう発想は出てこなくね? 通常なら忘れてるかもレベルだろ」
『……一度会ってみてもいいかい? キミを通すより確実な情報が手に入る』



***


 というわけで我が家での面談と相成ったのが、電話からきっかり一時間後。

「相変わらず便利な能力だねえ、幽霊と相まみえることができるなんて」

 テーブルに座る高木光嬢は、コーヒーカップを優雅に傾げながら、んなことをほざいていた。自慢でも何でもないのだが、歳の割には大人びてると言われている俺(老けてるわけじゃない、と思いたい)よりもまた一段と大人っぽい見た目なのである。中身も負けず劣らずというか、輪をかけてと言うかのレベルであるので、時折、お前ちょっとその才能のどれかを他人に明け渡してやれよ、とも思ってしまう。神は二物も三物もあたえるもんなんだという典型パターンであろう。
 でもって、相対する双子姉妹のうち、遥はびしっとかしこまってというか縮こまって座っていた。美幸の方が動じてないのはまあ昨晩の一件から推測できたのだが。というか。

「……猫かぶってやがったようなもんだよな……」

 末恐ろしい。いや幽霊に末があるかどうかわからないが。

「うん? 何か言った?」

 つぶやきは双子のほうには届いてしまったようだった。遥の怪訝な表情が向けられる。

「いんや、世の中不思議なこともあるもんだなあと」
「アンタの方が不思議を地でいってるじゃない」
「いや幽霊に言われる台詞じゃねえよそれ!」

 もはやここまで来ると古典芸能の部類に入れてもいいのかもしれない。幽霊に突っ込まれる不思議人間。長い題名だ。

「しかし、キミは相変わらず面白い人間に囲まれているね」

 その様子をなんだか母親が子供のじゃれ合いを愛でるように見てたヒカリの言である。

「ほっとけ。面白いがどういう対象なのかいまいち把握したくねえが、たぶんお前も入るだろうに」
「それは入るだろうさ」
「こいつ言い切った!」

 クックックとニヒルに笑う女の子。まあこいつが面白対象から外れるわけがないのだが。認識にずれがないのは良いことだ。

「まあ、アメリカのホームコメディはこのあたりで止めるとして、」
「いやどう考えても系統違うでしょうそれ」
「よし、幽霊に突っ込まれた」
「狙うなよ!」

 ……仕切り直し。

「いきなり核心をつくような話もしていいかい? 二人とも」

 スイッチを入れ直したらしく、ヒカリの雰囲気が変わる。便利なもんだね、スイッチ一つでオンオフ入れ替えられるんだから。
 雰囲気の変化につられて、遥の方も最初のびしっとした状態に戻る。美幸は何も変わらず。言わずもがな。

「実はね、ちょっと調べてみた結果、君たちは……存在しない、あるいは存在しなかったことになっているんだ。この世の中では」

 ずばっと外角低め直球。ストライク。二人の顔も強ばる……お、美幸の方もか。ここはやはり二人にとって根本の部分であり、さらに言うなら同じ根本を持っているとも言える。うーん、ややこしい。

「ただね、さっきの古典的トークから考えるに、君たちにははっきりとした自我がある。アイデンティティがある。ということはだよ、少なくとも合成されてできあがった素体じゃない、といえるんじゃないかな」
「……と、いうと?」
「どういうことかは言えないけども、さらに言うと作られたものか生のままのものかもわからないけども、瀬川遥、瀬川美幸、この両個体は存在自体はしているのさ。どういう理屈か知らないけどね」

 ヒカリの説明はやたらと抽象的だった。まあ致し方ないだろう、誰だって幽霊の存在証明なんぞやったことないだろうし。説明の仕方から考えると、ごちゃまぜからひねり出した個体、というわけではない、というあたりか。

「なら」

 目を伏せていた遥、顔を上げた先には何かを決意した表情。

「私たちは、よくわからないけど、存在自体は間違いないってことですかね?」
「まあそういうことだろう。そこの馬鹿が」
「馬鹿言うなよ!」
「失礼本音が出た」
「本音だともっとタチ悪いわ!」
「まあおいといて、そこのアホが」
「変わってねえよ!」
「古典ギャグはいいんだよキミ。まあ何はともあれ、無から有を生み出す便利能力は持ち合わせてない。そして、そんな能力をキミ達にかける前から、幽体状態とはいえ存在してたんだから、存在してないなんてことはいえないのさ」

 あー、うん。よくわからん。というか、これ言ってる本人も理解できてないだろ。
 まあそれでも、励ましとかその類にはなったらしい。二人の目に力が生まれる。

「あ、ありがとうございます」
「こっちでも引き続き調べてみるさ。……ノーベル賞ものかもしれないしね」

 ふっ、と最後に笑った辺り、ノーベル賞のくだりはきっと照れ隠しなのだろう。このツンデレさんめ。
 結果として何もかわっちゃいないけども、めでたしめでたしで話を〆られるかなあ、と思ったところで、ちゃんとオチを神様は用意してくれるのだ。

「……ところで」

 なにやら双子で目配せしあって、美幸嬢の発言。

「この人とはどういう関係なんですか?」
「いやそんなこと聞くなよおい」

 ちょっとばかり想定外の質問に俺のツッコミもさえやしない。加えて、ヒカリがニヤっと笑ったあたりで、背筋をぞぞぞと冷たいアレが走る。やばい、完全にいじめっこモードじゃないかこれ。

「……あれは忘れもしない。一年前の冬の出来事だった。珍しく雪の積もった日のことだった」
「モノローグ入れるなよ! つうかもし出会いのシーンだったらもっと前のことだろうが!」
「そこから言っていいのかい? それなら喜々として話してあげるのだが。性的に」
「しまった墓穴か!?」

 ……そこから先、ボクは耳を塞ぎ、話を聞かないことにしました。時折ボクに向けられる二人の視線がとても冷たいものになっていましたが、ボクには関係がありません。
 手を外した後、真っ先に飛び込んできたのは、「サイテー」「……女の、敵」とかそんな感じの、とても冷たい言葉でした。ヒカリはというと、してやったりの顔。くそう、どうせ肝心な部分を省いたあげくに、俺を極悪非道の人間に仕立て上げたに違いない。

 まあ、結果としてはあんまり変わらないかもしれないこともないかもしれないけどね。否定語が混じりすぎてどっちがどっちだかわからなくなったのは果たして。



 ***



 ヒカリが帰った後も、二人の空気はそれはそれはとてもとても冷たい、とても冷たい物でした。大事なことなので何度も言いました。

「ええい! ことあるごとに“サイテー”の空気を出すんじゃねえ!」
「いや、だって、ねえ……」
「……どうしようもない」
「どうしようもないって、おい」

 自分の家なのに、とっても居心地が悪い。くそう、本来なら女子高生二人組とのラブタイムなのになあ! くそう、本来なら女子高生二人組とのラブタイムなのになあ!(これも大事なので二度言いました。当然「くそう」から大事なのです)

「いや、あれっすよ? ヒカリが言ったことが全部が全部本当じゃないっすよ? たぶん」
「全部が全部じゃなくても、一部でも本当なら……どうしようもない」
「くっそ! あんにゃろ俺のこと全否定しやがったな!」

 ……まあされても仕方ないんですけどね。今でも付き合いがあるだけ奇跡もしくは聖マリア様ってところか。でもわかってて嫌がらせのためだけに言ったんだろうし。

「まあでも、昨日の様子を見る限りじゃ、本当は違うのかもね」
「おお! まさか遥の方がフォローに入るとは思ってなかったよ俺!」
「それ、どういうことよ? ねえ、ちょっとぉ!?」
「ああ俺の馬鹿っ! 上向きを一発で戻しちまった!」

 好感度を上げ続けるのは難しいね、うん。

 とまあ、適当にじゃれあって、昼飯もちゃんと食べて、じゃれあって(性的な意味ではなくて)、夜の烏となって(またなぜかついてきた。そしていちゃもんつけられた。ニャンニャンシーンはカットしておいた)、気づけばあっという間に夜なのです。やっぱ人がいると時間が流れるのは早いね、うん。あ、ちゃんといつものように追いかけられっこもありました。慣れっこです、ええ。
 シャワーを浴びて一息ついたところでブラウザを立ち上げる。ヒカリからのメールには、進展なしとだけ記載されていた。どうやら本気で本腰入れてやっているらしい。たぶんありゃああれだ、好奇心とかプライドとかが混じり合った感じか。あいつも未だになかなか難儀な性格である。あまり人のことは言えないのだが。
 水曜日提出のレポートを珍しく早めにでっち上げておいて、今日はさっさと寝よう昨日みたいなことがありませんようにと、ある種の願掛けとともにベッドに転がってみたのだが、残念なことにお布施が足らなかったらしい。俺の愛が足りないなんて、贅沢な神様だことで。

「この真夜中に何のご用でございましょう?」

 ありがたいことに、空いたのは室内側のドアである。お外に向かうドアが開いたならさあ大変朝までやってけないよコースだったが、まだマシそうだ。というかそうであってくれ。頼む眠いんだ。
 まあその、どちらかというと幸運のドアからぬるりと入ってきたのは遙だった。昨日とは逆パターン。まあわざわざ夜中に一人で、という時点であんまりいいことにならなさそうなのは昨日で学習済みだ。

「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど」
「ほう」

 面倒なので、パジャマ姿にキャハハハとかのお約束ははしょっておく。表情を見るからにコメディ展開はお望みでないのが明白だった。いや、ほら、早く終わらせて寝たいし。

「昨日、美幸と何をしてたの?」
「何ってそりゃあナニを……ゴメンナサイ嘘です」

 とか言っておいて早速コメディ展開に走ろうとする俺の馬鹿。冷たい視線であっさり撤回させられる。かといって、さすがにくの一されました、と馬鹿正直に言うわけにもいくまい。さてどうしたもんだろうと首をひねっていると、あのねの声。

「あの子がね、ちょっと変わってるのは知ってるんだ」
「変わってる、ねえ……」

 あれはちょっと変わってるとかかわいく言えるレベルか? とか思ってみたら、どうやらもっと深い部分らしかった。

「あたしの前で、大人しくしてるのも知ってる」
「……へえ」
「それがどうしてかは知らないけどね、ずっと前からそうだった。……記憶の怪しいあたしが、ずっと前なんて言う言葉を使うのは変だけどね」

 どこか遠いところに彼女の視線は向いていた。映るのは、心内に刻まれた原風景、か。それが作り物でないところを祈っておきたい。
 神様はいつだって、敬虔なる信者の祈りを無視してくれるのだけども。

「美幸はね、いつだってあたしを守ろうとしてくれる。しかも、自分の身を犠牲にしてもって思ってる」
「ほう」

 ご明察。

「でも、あたしはそんなことしてまであたしを守ってほしくない。あたしだって、美幸のことが大事だもん。傷ついてほしくない」

 ……なんだろね、この胸の奥にもやっとわき上がるモノは。美しきは姉妹愛、か。
 どうか、どうかこの温かい二人の愛情が、作り物でありませんように。

「……安心しなさいな。まあ確かに、遥の言うとおりのことを美幸は昨日しようとしてたよ。意味合い的には半分くらいか」
「半分?」
「あー、まあそれはちょっと待て。睨むな説明するからちゃんと」
「あ、そ」

 こういう時は髪の毛を乱暴にかきむしりたくなる。でもはげたくないので我慢我慢。

「ある意味な、俺が悪いんだよ。ほら俺、謎キャラじゃん?」
「え、自分でいうのそういうこと」
「あーあー冷たい目で見るな。でも客観的に見たら、どう考えても謎キャラじゃん。おまけに見ず知らずの幽霊さん二人組をかくまったり、挙げ句の果てには謎パワー使えるし」
「そんだけ客観的にとらえられるのがすでに謎キャラじゃない」
「で、だ。美幸としては不安だったんだろ。そんな人物の庇護下にいていいのかどうか」
「……あー」

 きっとあーの後には「美幸なら考えかねない」とか、その類の言葉が連なっていることだろう。俺でも思うくらいだ、遥なら余計そう思うだろう。

「まあ、その調べ方はちとやんちゃすぎたけども、安心しな。美幸は何も傷ついちゃあいない。精神的にも肉体的にも」
「なんかイヤらしい言い方ね、それ」
「……でも、おまえさんがもっとも危惧してたのは、そういうところだろうに」
「まあ、ね。こんな状態で言うのもなんだけど、あたしのために、そういうことはしてほしくないから」
「なら本人にちゃんと言っとけ。どうせ言ってないんだろ? 肉親間でもコンセンサスの一致は大事なことでっせ」
「うん、わかった。明日言う」

 ふうやれやれ、これで今日はもう寝れるかなあと思ったら、甘かった。というか、自分で延長フラグを立てていたのをすっかり忘れていた。

「で、残りの半分は?」
「……あー」

 くそう、誤魔化したかったのに。さすがに面と向かって「精神的にも肉体的にも存在証明がほしかったんでしょ」というわけにはいかないだろう? しかも場合によっちゃセクハラで訴えられるぞこれ。

「……婉曲表現アリ?」
「ナシで」
「あ、そ」

 逃げ道はふさがれた。まあいっか。

「ようはだよ、つながりが欲しかったんでしょ。現世と繋ぐ、あるいは生きてるという実感が生まれる。性行為っちゃそういうもんだろ? 昔から作家はそう言ってきたんだよ」
「……ホントに直接的表現できたわね」
「お望みのままにでございます」
「そういうものなの?」
「いや俺はさすがに感じはしないが、わからなくもない。生きてる人間ですりゃそう呟くヤツだってわんさかいるんだから。嘘か真かは知らないがな」
「……まあ、わからなくもない、けど」

 望みのままに直球勝負をしてみたが、玉の行方は知れない状態となってしまう。だからあんまり話したくなかったのに。うぶかどうかは知らんが、汚れない女子高生に言う台詞なんて何一つありやしない。そんなもんは廃れ気味のケータイ文学内だけで十分だろうに。

「でも遥まで求めてくるなよー」
「求めないわよ! っていいうかあたしが求めるとイヤなわけ!?」
「いったいどっちに怒ってるんだお前は……」
「い、いや、その、ほらアレよ。何か腹立つじゃない。何か」
「ええい、自分もよくわかってない純情な感情の類を他人様にぶつけるんじゃねえ!」
「いいのよそれくらい!」
「よかねえよ!」

 ……なんだコレは。頭の悪い中学生もびっくりだね。

「……一応誤解があるとアレだから言っておくが、おまいさんがたは俺のストライクゾーンなのよ? ちと外角低めのボール球気味だが、なんつったって女子高生だし」
「え、それフォローのつもり? というかボール球気味ってどういうことよ?」
「まあ、そういう日もある」
「日によって変化するの!?」
「でも、だ」
「しかも流したし」
「いや流さないといつまで経っても進まなさそうだし。んで、だ。東京都の青少年保護条例とかそんなの以前の問題としてだよ、生きてるかどうかわからない状態とは言え、自分の身体ぐらい大事にしろよ。存在証明とかそんなレベルで傷つけていい物なら別にいいんだが、そうじゃないだろ?」
「……むう」
「世の中にはさ、欲望に負けてオオカミさんになるやつだっている。だけど俺はそうなりたくない。本人が傷つくことをわかってない状態では、何もやりたくないんだよ」
「……むうう」


 少しばかり長めのセンテンスで、しかも所謂一つの正論というやつで説き伏せてみると、遥は唸ったきり黙りこくってしまう。俺のキャラじゃないが、まあ仕方あるめえ。たまには寅さんになったっていいだろ?
 だけどまあ、あれだ。寅さんになっても社長さんがやってきてはくれない。あれ、これ別の映画だっけ? まあいいや。とりあえず眠いんだけどな、俺。追加オーダーが目に見えてるんだけどなあ。こう見えても夜は弱いというのに。

 その願いは珍しく叶ってくれたらしい。たっぷり三分ほど時間が流れた辺りで、

「あんた、いい奴っぽいね。やっぱり」

 遥嬢はこう言い残して去っていった。なんだそりゃ。なんだやっぱりって。なんだっぽいって。そんな漫画が昔あった気がするぞこら。あれか、旗が立ったか。まあ旗が立つのはいいことなんですけどね。立つだけならね。誰にだって立てる権利はある。
 で。

「つーわけだよ。そこの追加オーダー」

 ちょっぴり膨らんでるカーテンに声を投げかけてやる。

「……ばれてたのね」
「バーロー。これでもおっかけっことかくれんぼは得意な方なんだ。ちょっとでも部屋に変化があればわかる」
「そういうのが、変なところなのよ」
「……昨日の話を蒸し返すな。俺眠いんだよ、どっかの誰かさんのせいで」

 無理矢理非難がましい視線を向けてやる。あ、でもなんかパース狂ってそうな表情になってるっぽいぞこれ。

「寝させないつもりなのに」
「それどんな意味だよ!? 色々と受け取れてそわそわしちゃう時点でしまった寝られねえ!」
「……姉さんに手を出してれば、逆にこ…‥寝させたのに」
「いやそれ絶対別の言葉入れようとしただろ、こって言いかけたじゃん! 後ろ絶対それ物騒な言葉入るだろ!」
「気のせい」
「いや気のせいじゃないだろっつうかまた果物ナイフ持ち出すんじゃありません!」

 怖いので没収。刃物類は全部金庫にしまおうかしら、でもこいつら幽体化したら……ん?

「おまいさんや、それどうやって持ってきたんだ? 部屋には幽体化して入っただろうに。まさかナイフもセットでお得?」
「おそらく」

 すごい便利っすね、幽体化。つけたの俺だが、まさかそんなことにまでなるとは。きっとそのほうがつじつまが合わせやすいんだろうけども、相変わらず不思議能力なことで。つうかよく考えたら服という前例があったか。
 それよりも。

「まあ、遥の言うこと、わかるよな?」

 とても大事なことを言ってやる。自己犠牲精神がやたら強いのは一人いれば十分なのだ。

「……」
「三点リーダで返すんじゃない」
「ケチ」
「いやケチじゃねえよむしろ言葉しゃべらない方がケチだろ!」
「三分十円」
「市内通話かよっ!?」

 ぜーはー肩で息をしてみる。全力ツッコミというのは案外疲れるのである。よくよく考えれば今の固定電話は三分十円なのか? などと見当違いのクエスチョンを浮かべてみたところで、本筋から大きくそれたことにようやく気づく。つうか、こいつわざとずらしやがったな。

「美幸さんや、珍しくシリアスに話を終わらせたいんだ。余計なちゃちゃいれないでくれるかな?」

 漫画ちっくにこめかみを引きつらせてみると、さすがの美幸嬢もこちらから視線を外した。まあ、言われてるそばから似たようなことをしてるわけである。分が悪いのは当たり前だのクラッカーというやつだ。

「おまえさんのやろうとしてること、あるいは実際にやってること。わからなくはない。だけどさ、それで悲しむ人がいるわけだろ? よかれと思ったことが……なんていう結果は望んでねーだろ」

 返事は、ない。届くといいね、一方通行でも。

「二人でさ、ちゃんと幸せになる方法、探せよ。昨日のカルネアデスの板じゃないけどさ。互いに幸せの押しつけ合いしたって、不幸ごとしか生まれねーんだよ」

 柄にもないシリアス続きに一服をしたくなるが、あいにくとつかんだ箱は空っぽだった。ぐちゃっとつぶしてゴミ箱に投げ捨てる。やれやれだぜ、まったく。
 口元が寂しいなあなどと思案しているうちに、ようやく返事が来る。

「でも」
「ん?」

 上がった顔に、幸せの色なんてものは一色たりとも見えやしなかった。


「記憶もあやふやな私がすがれるのは、お姉ちゃんを守るっていう意識だけだから」



 ***



 そろりそろりと家を抜け出してコンビニに向かう。幸いにもおっかけっこの方々はいらっしゃらなかった。空気を読めるスキル、これ現代人に必須。
 いらっしゃいませーと軽い言葉を受け、適当にビール二本(エビス派)を手に取りレジへ。なんとなくセッターを二箱一緒に買い、コンビニを出て早々に一本。ぷはーとガテン系の兄ちゃんよろしく吸って吐いてみるが、味の一つしやしない。

「まあ、そりゃそうだよな」

 手を空にかざしてみる。手はちゃんとお月様を遮ってくれる。

「……手元にそれしか確かなモノが残ってないんだもんな」

 おっかけっこの方々よろしく、もう少し俺も空気読めるスキルをつけておくべきだった。さすがにいくら多量の経験とやらがあっても、記憶の怪しい幽体になる、なんていうレアなことはやってない。わかるわけもないのだが、わからなきゃいけなかった。
 何にも、言えやしなかった。失望したのかどうかはわからんが、そのまま美幸は出て行き、俺は声をかけることも、手を伸ばすことも出来なかった。
 でも、俺自身の考えや、遙の考えが間違ってるとも思えない。世界はいつだって、矛盾する二つの事柄も並立して存在し続ける。

「案外、お姉ちゃんの方が強いんだろうなあ、このパターンは」

 たぶん、だが遙はわかっていたのだろう。それでも聞かずにはいられなかった。自分の存在証明すらないというのに、妹の存在を願って。それが確かなモノであると信じて。なんやかんやで姉妹であることは本物なのだろう。ツンデレな姉とクーデレな妹。単純にその構図だけなら喜ばしいのに、いや俺にはデレてないけども、まあ、うん。
 プルタブを開け、ごくりと一息にエビスを飲み干す。だが酔えもしない。ただ苦い液体なだけ。放り投げてくださいといわんばかりのタイミングで出てきたゴミ箱に投げ捨て、俺は願う。



 ――全てが幸せで、不幸せでありますように。



 まんまるお月様は、容赦なく輝いていた。


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