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Remains/before story 01

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 ――大切なものがありました。とても大切な、宝物でした。だけども、すべて壊れてしまいました。だから願ったんです。平穏無事で、生きてほしいと。

 ――大切なものがありました。とても大切な、宝物でした。だけども、すべて壊されてしまいました。だから願ったんです。誰か、彼女を守ってほしいと。

 ――大切なものがありました。とても大切な、宝物でした。だけども、すべて流されてしまいました。だから願ったんです。もう一度、もう一度みんなが幸せでありますように。



 この世界の中で一番理不尽な運命を背負わされたのは自分じゃなかろうか、とさながら中学生にありがちな問いに対し、そんなわけないだろうと自分の内に秘めた理(ことわり)が答えてくれる。世の中には絶望や理不尽といった、感情を黒く染め上げるおぞましい物がそれこそ星の数ほどばらまかれて、ディスプレイ越しに、関わりのない第三者として認識することが出来る。

 明日へ生き永らえるための食糧にありつけない子ども。伸ばした手はパンをつかむことができず、ただただ空腹に身を蝕まれ、そして地に伏す。
 科学の繁栄の裏で目を逸らされていた負の部分を気づかぬうちに身体の中へと取り込み、原因もわからぬまま死に行く人たち。最期の時に、全身を震わせながら何を思ったのか。
 栄光への第一歩となったはずの遠い空への旅路は、地に堕ち秘匿される。恵みを与えてくれたはずの天からの雨は、希望を願った人たちを溶かす絶望へと変わる。
 味方の為にという名目だけで、恵を与えてくれる緑の木々達が薬剤によって駆逐される。残された人たちすらも、駆逐せんといわんばかりに。

 どれもが理不尽であり、その中で比べたら自分の持つ絶望は大したものではないのかもしれない。本当に、世の中は不条理だらけで、自らの力だけではどうしようもないことばかりで。それでも。

 俺にとっては。
 今、この場で息を吸い、生の道を歩いていることこそが、理不尽であり、絶望であり……

 ――耐え難い、甘い、まるで麻薬のような、希望でもあった。

 

魔法少女リリカルなのはRemains
Before Story

 

『世界は、いつだって……こんなはずじゃないことばっかりだよ!! ずっと昔から、いつだって、誰だってそうなんだ!!』

 このセリフを生で、本人の口から聞ける日が来るのかどうかはわからないが、持っている意味は俺に強く刻まれている。本当に、この人生、この世界、この現実にはお似合いなセリフだ。セリフを考えた脚本家には心からの拍手を送りたいし、「あんたの言葉、間違ってなかったよ」とも言ってやりたい。もっとも、セリフを考えたやつが想定していた以上のリアルな重みを俺は味わっているわけだが、そんなことをぼやいたところで始まってしまったものは取り消せはしないし、俺に取り消す力があるわけでもない。そして、これをそばで聞いているということは死地にいるということだから、聞けて良かったと素直に喜べる状況でないのは確かだろう。
 やれやれだ、と頭を振る姿ははたして、周りからはテレビの向こうで子どもが何かを演じている姿にしか見えない。俺だって、今の自分の姿をビデオか何かで録画されて見せつけられたら同じように思う。そうか、子役たちはやっぱり精神的に大人なんだな。そんなわけないか。
 はあ、と小さく嘆息。同じ部屋にいるもう一人にはできるだけ聞かれないように、本当に小さく息を吐く。でもさすがに真横に座ってる以上気づかないわけもなく、俯いていた顔がゆっくりと回り、うつろな目が俺を捉える。その目は今、俺を見ているのか、それとも。何が正解なのかはわからないが、今の自分にできること、肩に手を回して自分のもとに抱き寄せる。

「大丈夫だよ」

 現時点において、背丈はほとんど変わらない。だから抱きしめて話すと、自然と耳元でささやく形となる。とくんとくんと、互いの心音が触れ合った部分で反響しあう。

「大丈夫、父さんはすぐ良くなるよ」

 次は言葉に力を込めて、安心させるように。
 本来であれば、という言い方はこの場合正しいのかどうかわからないけど、“父さん”は無事戻ってくるはずである。だが俺が、本来あり得ないポジションで存在している時点ですでに知っている話ではなくなっている。あの話はテレビアニメの架空の話。今ここにあるのは先の見えない現実。だから俺の言葉に根拠は何もない。あるのはただ、そうであってほしいという願いだけ。少なくともあいつらよりはよっぽど好感のもてる素晴らしい父親だ。無事であってほしいと心から願う。

「うん……」

 対して、こちらの耳元でも小さな囁きが生まれる。それからおずおずと、両腕が俺の身体を抱きしめてくる。まるで足りない温もりを補うかのようで。本来なら子どもに温もりを与えるのは親の役目だろうが、片や重傷で入院中、片やその世話と開店したばかりの店の切り盛りに忙殺。兄も姉も、そのフォローに回らなければ日々の生活がなりゆかない状況。となると、自動的にそばにいる俺しかできない仕事となる。作中では関係者達に遺恨を残してしまうこの状況、実際に体験してみると致し方ない部分が多分にある。現実はアニメじゃないのだ。みんな働いて、金を獲得しなければ生活は成り行かない。
 そんな資本経済の原点はおいておくとして、自分の年齢が”元”と同じ、とかならまだわかるが、今は抱きつかれている子と寸分違わず、老々介護の幼少バージョンみたいなものとなる。本来ならば、美しきは家族愛かなとドラマなら涙ぐましいシーンであるのだが、残念ながら片方にはその光景にそぐわない感情――絶望、そして如何ともしがたい、どす黒い愛が渦巻いている。

 今俺が抱きしめている片割れ。片割れだけど、片割れではない。
 ああ、世界は絶望で染まっているのだ。

『この子、苗字と……以外はわたしと一緒だね』

 そう言ってにゃははと独特の声で少し嬉しそうに笑う姿。たまたま一緒に見ていたテレビアニメの感想。あれは通算すると何年前の出来事になるのか。俺以上に熱心に見ていた上に、パソコンを前にしていろいろと調べていた姿を思い出す。魔法少女なんていうある種ピンポイントな需要以外は満たせそうもないシロモノは、少なくとも思春期を過ぎた女性には向かなそうなのに、だ。なんでそんなに気にしていたのか、今となっては聞く術もないが、伝えたいことはいっぱいある。

 本当に、一緒になっちゃったよ、苗字以外、ね。

「なおと」

 俺を呼ぶ、少しだけ舌ったらずな声。遥か昔から、何度も聞いた声。呼ばれるたびに自分の名前が好きになる、というのは歌の歌詞だが、まさにその通り。

「大丈夫だよ……なのは」

 そして、自分の口から生み出された言葉もまた、遥か昔から何度も紡いだ魔法のフレーズ。第二期のオープニングのごとく、時を超えて俺の心に刻まれた、悲しみの記憶でもあった。



 ***



 初めは、混乱の日々だった。
 最後のシーンは今でも思い出したくないくせに思い出せてしまうのだが、あちらこちらで湧き上がる悲鳴、崩れる建物、まだ揺れ動く地面の上でどうにか大事なものを守ろうと抱きしめてかがみこんでいたら、暴力的な水流に押しつぶされ、必死で救い上げた俺たちの僅かな幸せはこうもあっさりと消えてしまうのかと嘆き、不思議な存在感をいつも放っていたピンクと青の首飾りの宝石がこぼれているのを見た直後に、青白い光に包まれて意識を手放したのは間違いなかった。あの続きがどうなったかは定かではないが、あれだけの揺れ、そして大規模な津波が起きたのだ。甚大な災害であったことは想像に難くない。
 問題だったのは、その後なぜだか俺が赤ん坊となって再度目を覚ましたということである。意識を取り戻してまず真っ先に起きたのは、絶望と、“身を以て”味わった死の恐怖による混乱。身体も全く動けず、五感は働かずで、ただただ黒い澱みでおぼれ続けていた。しばらくしてようやく回復したと思ったら、次に起きたのは現状を認識しての混乱だった。時間の経過のおかげか、少しばかり周りがどうなっているのか、そして自分がどうなっているのかを確認してみたら、明らかに小さくなっていたのがわかったのだ。混乱するなというほうが難しい。そして、二度目のパニックが収束してようやく、俺は生まれ変わったという事実に直面した。誰もいない世界へと放り出された寂寥感に、その後しばらく苛まれることとなる。
 その間ずっと、すぐ真横から同じ赤ん坊の泣き声が聞こえていた。その声が耳障りだと思うことは、一度もなかった。
 
 高町直人。偶然の一致か、苗字はさておき名前は漢字を含めて依然と変わらなかった。

 奇妙なことにならないよう渋々、あまり手のかからない赤ん坊を演じる傍らで、自分のいる場所が一体どこなのかを周りの会話を聞いて探っていくと、すぐにとある事実に気付いた。今いるのは海鳴市総合病院というところ。海鳴市などという地名は、どれだけ記憶を探っても昔テレビで見たアニメの作中以外、生きていた現実世界では聞いたことがなかった。
 もちろんも、地名だけで判断するのは早急すぎるといえる自分の苗字が高町であること、父親の名が士郎、母親の名が桃子とくれば、たまたまだろうとは言えなくなってくる。高町、なんていう苗字は全くないわけではないらしいが、日本全国で100世帯もないだろう。そんな偶然の上で、父親と母親の名前が一緒、さらには兄と姉の名前も一緒となればイコールで結びつけてもおかしくない。
 そして、双子として生まれた俺の片割れ。その名も高町なのは。”高町なのは”という絶対的な主人公がいる以上、この世界があのアニメの世界ないしは類似の世界でなければなんだというのか。放っておけば少女達が俺のまわりで魔法を打ち合うに違いない。もっとも、俺というイレギュラーが存在している以上全く同じ、というわけではないだろうから、把握しているストーリーはもしかしたら全く役に立たなくなるかもしれない。だがそれはそれ、だ。本来であれば一度きりの人生に都合のいい羅針盤があるほうがおかしい。まったく、二次元世界に生まれ変わる、なんてことが実際に起きえるとは考えも付かなかった。世の中には「二次元世界に飛び込みたい」などと叫ぶ者もいたらしいが、文字通り飛び込んでみればなんてことはない、違和感も何もない至極一般的な三次元世界だ。違いは、そこに知ってる“キャラクター“がいるかどうか。人として生きていくにあたってそう大きな違いはない。

 さて、今の状況である。父、士郎が事故で入院する一連の流れは、原作では”高町なのは”のトラウマ……とまではいかないものの、将来への性格形成には大きな影響を与えていた。無力感、何もできない自分、よい子でいなければならない脅迫概念、魔法にのめりこむきっかけとなった遠因、そして無茶をしてまで誰かのために動いてしまうことの起点ともなっている。
 ではどうするのがいいのか。残念ながら、俺にはこの先のストーリーに影響を与えないでおけるような回避策を持っていない。できるのは、似たような状況――といってもこちらの方が相当マシだ――でやったこと、つまりはこうやって抱きしめてやることくらいしかない。
 人の温もりは、安らぎを与えてくれる。しばらく抱きしめていたら、ようやくなのはの様子が落ち着いてきた。にゃはは、と小さく笑う様子は、快活な普段の様子とは程遠いがさっきまでの死んだ目には生気が幾分宿っている。

「なのはは、笑ってたほうがかわいいよ」
「そう、かな」
「うん、ほんと」

 その言葉を聞いて、青白かった顔色に赤みが戻ってくる。熱を確かめようとして頬に手を伸ばして触れる。手のひらには、確かな温かみがある。ああ、温かい。

「なおと」

 頬を触れられるのがくすぐったいのか、少し困ったように名前を呼んでくる。本当に、それはかつて何度もあった光景で、端から端までそっくりで。声まで同じで。

 呼ばれる度に、深い絶望に落とし込まれていく。

 今目の前にいるのは“高町なのは”であり、“なのは”ではない。なのにこうして、“なのは”と時を過ごしてきたのと同じように、“高町なのは”に接している。
 これは、埋め合わせだ。死に物狂いでつかんだ、たった二人だけの小さな世界。永遠に続くと思われた矢先にあっけなく消え去ってしまった、俺一人だけの夢の続きだ。あまりにも似すぎた“高町なのは”に、“なのは”を重ねて自己満足しているだけにすぎない。
 それなのに、こんなに温かい気持ちになって、この世界での半身を愛おしいと思ってしまう俺は、許されざる存在じゃなかろうか。

 ああ、本当に、世界はいつだってこんなはずじゃないことばかりだ。

「……なのは」

 だけども、今のこの想いだけは、自分が生まれ変わっても、相手がイコールの存在であろうと無かろうと、俺の中で深く根付いてしまっている以上抗うことはできない。別人だろうがそうでなかろうが関係ないんだ。

「なのは」

 二回、名前を声に出して、頬に手を添えたまま、そっと顔を近づける。自分勝手な口づけは今までにも何回も行ってきたが、その度に拒まれることはなかった。俺たちにとってずっと続いてきた当たり前の光景であるかのように、自然にお互いの体温を交換する。欧米の同年代の子どもたちが挨拶代わりにするのとは違うソレは、傍目に見れば異様な光景に見えたことだろう。それでも俺は止めることはできないし、なのはも拒むことをしない。
 しばらくして、始まりと同じようにそっと顔を放す。俺を見つめる目には、何を映しているのだろうか。双子の片割れへの情愛? それとも別の感情? 力のこもった視線、ということ以外に俺にはわからない。だけども俺が思うこと、願うこと、誓うことはかわらない。

「なのはに何があっても、俺が守るから」

 それが、俺のレーゾンデートルなのだから。生まれ変わる前、二人身を寄せ合って生きていかなければならないころからの、俺の存在理由なのだから。


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