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Remains/before story 03

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 この世に生まれて六度目の春。七歳になる年に、なのはと一緒に二度目の小学校生活を進みだす。原作同様、通学先は私立聖祥大学付属小学校である。これはなのはたっての希望と、学校の風土や方針をいたく気に入っている両親の思惑が合致した結果だった。私立の小学校ということで学費部分に気後れする部分もあったが、一緒に行こう、というなのはからの誘いには、イエス以外の返事をする気もなかった。私立小学校の入学と言えば、恐怖の行動観察やくじなどの理不尽な運試し部分があるかと思ったが、この学校の場合は普通に学力だけで入学試験を突破することができた。くじの確率も問題だったが、行動観察なんてあった日には、“小学生らしい行動”を意識しすぎてとんでもないことになっていただろう。精神値的な意味でもこの点は非常にありがたかった。

 入学して以降の日々は、本当に小学生ならば、毎日が素晴らしい出来事の連続に思えただろうが、あいにくと精神部分は成熟しきってしまっている。今更ひらがなの書き取りやら単純な足し算やらは何の足しにもならず、取り留めもない思考実験を頭の中で行うことのほうが多い。他はせいぜいなのはが楽しそうに学校生活を過ごしているのをみて、こちらもにやけてしまうくらいだ。なのはと一緒に遊んでいられた分、入学前の方がよかったなあと思えるところもあるが、真っ当に学べる環境にいることが出来る、というのは。
 暇つぶしの思考実験、といっても、名は仰々しいが、本当にたいしたことはしていないせいぜいこの先の未来予想図に思いをはせる程度だ。ここまでのところ、俺の知っている原作部分と異なっているのが俺自身の存在くらいなもので、他はあまり変わっていない。となると、原作通りの話がやってくる可能性が非常に高くなる。その中で俺は、どう過ごせばいいのか。主なシミュレートはその部分となる。今から父さんや兄さんに頼んで、名前を聞いたこともないあの剣術を習おうか、いや、さすがに小学一年生の身体では無理があるか、とか。それよりも母さんに頼んで、色んなケーキや料理の作り方を覚えた方がいいんじゃないか、まあそれはそれでやれたらいいか、とか。
 でも、もっとも大きなウェイトを占めるのは、やはり“魔法“についてである。なのはについては、原作通りという前提ならば使えるのは間違いないだろうが、イレギュラーな存在である俺に、果たしてなんだったっけか、なんちゃらコアはあるのかどうか。魔法の仕組みを全く知らない以上、自分自身が使えるのかどうか判断できる術がないので、魔法について想像する全てが文字通りの絵空事となってしまう。
 その魔法に関して言えば、使いたいなあという男の子的欲望が半分と、できることなら全くなければいいのにという事なかれ主義が半分と、愛憎渦巻く火曜サスペンスな気分である。使えるなら使えるで面白そうだが、使えると言うことはなのはの先に戦いのステージが用意されることがほぼ既定路線となる。なのはが戦うことによって助かる命もあれば、なのは自身が傷つくこともある。くどいようだが、異分子である俺の存在が、存在していたはずのストーリーラインを大きく変えて、なのはの身に多大なる危険が降りかかることになりやしないか。その一点だけが、魔法に関する俺の心配事である。

 あれやこれやと妄想を重ねる傍ら、授業を受けるなのはの様子は、というと、真後ろから見る限り(生年月日が同じだから前後に並ぶことになる)では、真面目に勉強に取り組んでいるようだった。目線は下に俯き加減になることもなく、教師の板書に合わせて左手が動いていた。

 そんなこんな、知識レベルが強くてぴかぴかの一年生を進めること二週間ほど。まもなく黄金週間に突入かというところで、生まれてから二つ目の原作イベントに出くわすこととなる。
 クラスメイトには、月村すずかとアリサ・バニングスの両名がちゃんといたのだが、片や物静かであまり喋ることなく休み時間は本を読んでいる、片や周囲を威嚇する目線で一人孤高を保っている状態、そこまできっちり書かれたエピソードでもなかったせいか、キャラクターはいるのは覚えていても、どうやってなのはが仲良くなったのかまでは覚えていなかった。なので、ふとしたはずみで始まる出来事にすぐに対応できなかった。
 放課後。クラスの中で浮いていた二人のうち、金髪が目立つ片方が、もう片方へと近づいていく。接点のなかった二人、当然近づかれた方はおびえた表情で近づいてくる方を見つめる。そこまで来てようやく、そういやここから取り合いへし合い取っ組み合いが始まるんだっけか、などとまさに傍観者の体で初動が遅れた俺に対し、目の前の席からすっと立ち上がって間に入る一つの影。言うまでもなく、愛すべき片割れである。あれ、こんな展開だっけ、いや違うぞといぶかしむ間もなく、

「あ、あの、わたし高町なのは、友達になって!」

などと宣ってくれた。ぽかんとする約二名プラス俺。なんだか様子がおかしいぞ、というところに唐突な友達になろうよ宣言である。ぽかんとするというか、せざるを得ないというか。周囲を含めちょっと冷えた空気が漂い始め、思い切りよく飛び込んだはずのなのはの頬にも冷や汗が流れそうで、というところで、アリサもすずかも、小さく吹き出し、それから笑い始めた。

「え、えと、あれ?」

 ステータス欄があったら、まず間違いなく「こんらん」とでも表示されているだろうなのは。その様子が余計におかしいのか、剣呑としかけていた空気は霧散し、笑いが止まらなくなった二人がそこにいた。

「あんた面白いわね」

 一頻り笑った後、少し疲れた表情でアリサがなのはに話しかける。時折頬がひくつくあたり、実は痙攣してるんじゃなかろうか。思わずつつきたくなるが、コメディ路線に走るわけにも行かないのでぐっと堪える。あと、あそこまで移動するのが少し煩わしい。

「あ、あの、月村すずかです。その、ありがとう」

 なのはにとってアウェーな空間を押しのけてくれたのは、静かに笑っていたすずかのお礼の言葉だった。その後といえば、一気に仲良くなる典型的な小学生のお友達パターンをたどった、とだけ加えておく。



 そんなこんなでできあがった三人組に、気づけばなのはに引きずられるように俺も加わっていた。小学生も低学年の間であれば、友達になるのに理由も名前を呼び合うのも必要ない。近くにいることが多くて、会話を交わしていれば自然とお互いの名を気楽に呼び合える友達になる。
 思春期も迎えていない小学校に入ってすぐの子に、男と女の境界線はまだ見えていない。男1女3のアンバランスがもどかしかったり周りからの目線が痛かったり、なんてことはなく、逆に小学一年生にしては精神が成熟している三人といたほうが、会話もしやすく居心地がよかった。小学生の女の子に安らぎを求めている大人、という精神年齢的な構図だけならあまりよろしくないが、今の俺は見た目は子どもだ。問題は少ない、はず。そういうことにしておく。

「ねえ直人、あんた今日の国語のテスト何点だった?」

 昼休み。さも当然と言わんばかりに四人で昼御飯を食べるのが当たり前になった今日この頃、アリサがこんなことを聞いてくる。すぐに直人、アリサと呼び合える仲にになれたのは、ちょっぴり嬉しかった。

「……100点だけど」

 アリサがいうテストとは、小学生一年生が受ける教科書会社作成のペーパーテストだ。平仮名の書き取りの他、簡単な漢字の読み書きもあった。そこはさすが私立といったところか、入学してオリエンテーションを終えて以降、こまめにテストを行い学力確認とやる気の向上を狙ってくる。私立問題、とはいってもそこは小学一年生の行う、しかも業者が作成したものである。大学を卒業している人間が満点をとれないのは恥ずかしいとしか言えない、のだが。

「ちっ……また引き分けね」

 そんな事情を知らないアリサは、テストの度に点数を競ってくる。ここまで互いに満点続きで勝敗がついたことはない。どうやらアリサが頭脳明晰な設定はここでもそのまま生きているらしいが、そのうち中学生向け問題集とか持ってきそうで怖い。解いたら解いたで問題だし、負けたらその、プライド的なものががたがたである。

「たまには間違えなさいよ」
「自分も満点でよく言う……そこまで俺に勝ちたいか」
「それは勝負事だし。だいたいねえ、直人だけじゃなくすずかもなのはも全部満点なのよ? どこかで一回は決着をつけたいじゃない」

 小学一年生とは思えぬ闘争心には苦笑するしかなかった。これが大企業のトップに立ち続ける血筋なのか。はたまたアングロサクソン特有の合理主義的な何かなのか。それはさておき。
 すずかも全部満点、というのはまだわかる。うろ覚えの原作知識を引っ張り出してみても、勉強が苦手だった、ということはなかったはずだ。それほど世界にずれがあるわけでもない。それよりも、自分の愛すべき片割れを悪く言うつもりはないが、なのはがどの教科も満点、というのは少し腑に落ちない。確か数学が得意で文系が苦手、というのが原作設定であったというのに、どれもこれもそつなくこなしている。というよりかは、理系が得意なのはそのままで、文系が苦手ではなくなった、というのが正しい。計算などは非常に早く、俺でもあっさり負けたりするのだから。これも俺というイレギュラーがいるゆえの分岐なのだろうか。

「なのはもそう思わない?」
「ちょっとそこまでは……」

 いきなり振られて苦笑するなのは。よかった。「実は私も負けず嫌いで」とかだと、イメージや普段の姿との泣きそうになるところだった。バトルジャンキー路線にもいかなそうである。ありがたいありがたい。

「まったくもう。すずかは……思わなそうよね」
「う、うん、思わないかな」

 すずかにまで反対され、あっさりと少数派になるアリサ。だが、そうなることを最初っからわかってたのだろうか、ふんとだけ息を吐いて喋らなくなる。なんてことはない。これが彼女のコミュニケーションの取り方、なのである。とりあえずぶん投げてみて、反応を確かめる。ちょっぴり不器用で、突っかかるようにしてしまう姿はまるで

「猫みたいだな」
「猫みたい」
「猫、だね」
「なんなのよそろいもそろってあんたたちはぁっ!?」

 むきーっと怒る姿もまた、空中にふわふわ揺れる猫じゃらしに届かずイライラする猫のようだった。そんなんだから全員から同じ感想を持たれるんだ、と多分三人同時に思ったに違いない。

「まあまあ、翠屋特製肉団子をやるから」
「いつからお店のメニューに肉団子が並んだのよっ!? そして食べ物でなだめようとしないで!」
「じゃあ返せ」
「お断りよ、桃子さんの手作りのでしょ?」

 なんだか理不尽なことを言われた上に、供物として差し出したとはいえ肉団子はあっさりとアリサの口へと吸い込まれていった。おごりがいのないヤツだ。

「仕方ないからその卵焼きくれよ」
「いやよ」
「非情だな」
「この流れで上げられるほど器が大きくはないわ」
「器の大きさに関して自分で言及するとは」

 物々交換も拒否され、既にこちらから出したものはもうこの場にない。なんと不利な状況だろうか。まあ、上げたものを取り返すつもりはないから冗談なんだが。
 それにしても、やたらとテンポのいい言葉の応酬である。どう考えても小学生の会話には思えない。

「ふ、二人ともすごい勢いだね……」

 などとすずかが関心するくらいなのだから、よっぽどだろう。

 そんなわいわいがやがやな昼休みも楽しいものである。少なくとも、一度目の人生ではこんなふうに友達に囲まれて仲良くご飯を食べる、なんてことはありえなかった。なのは以外は全て敵といってもいいくらいだったのだから。



 放課後。
 一年生の頃からも勤勉なことに習い事があるというアリサとすずか。二人にバイバイして、なのはと二人、通学バスに乗る。行きは人数が多いから、最後部の広い席が指定席状態だが、帰りは学年によって時間のばらつきがあるせいか比較的空いており、二人で座るとなるとあからさまにムダなスペースなので、二人がけの席に適当に座る。校門から離れ、徐々にバスの外の景色がスピードを上げて後ろへと消え去っていく。

「今日も楽しかったね」
「うん、楽しかった」

 なのはと手をつなぎながら、一日を振り返る。楽しかったと言い合える日は、なんてありがたくて、尊いものなのだろうか。日常のありがたみ、平穏な生活の大切さを身に占めて味わいながら、窓の外を見やるなのはの横顔を眺める。
 その顔は、楽しい、と言っていた割には、すごく楽しそう、でもなかった。なのはは、時折こんな表情をみせる。それは、愛した半身であるところのなのはとの共通点でもあった。声をかけるとすぐに表情をもとに戻すので、一度だって「なぜそんな顔をするの?」と聞くことはついぞできなかった。

「なのは……?」

 だから今だって、愛すべき半身に対してもあいまいにその名前を呼ぶことしかできない。

「うん? どうしたの、なおと」

 こちらに振り返ったなのはの顔からは、先ほどのっぺりとしたモノはすでに失われていた。かわりにあるのは普段と変わらない顔。普段と変わらない声。

「……ごめん、なんでもない」

 日常しか姿を現していないところに、非現実的な言葉を投げかけるのはやはり躊躇われた。変わりに誤魔化しの謝罪がごにょごにょと、自分の口から小声で漏れ出ていく。

「へんななおと」

 ちょっとあきれたような仕草を見せてから、なのははしばらくこちらを見つめてくる。双眸に自分自身の姿が映り込む。だけども、本当に俺の事を見てくれているのか不安にもなる。
 愛すべき片割れ。愛した片割れの代わり。だけども名字以外は全部といっていいほど同じで。いつまでたってもこの黒い霧が晴れることはない。

「なおと」

 そのまま俯き気味に沈黙していると、もう一度名前を呼ばれる。顔を上げた先には、いつもの表情から変わって、少し心配そうにこちらをみやるなのはの顔。

「なおと、どうしたの?」
「いや、うん、なんでもないよ」
「でも変な顔してるよ」
「そうかな」
「うん、なんか、ひとりぼっちになってる、みたい」

 ひとりぼっちになってる、みたいな顔。それはどういう顔なんだろうかと、少しだけ目線をずらして窓に映る自分自身を見る。
 映っている自分の顔は、まさになのはのいうとおり、“ひとりぼっちになってしまったような”、寂しそうな感情を表していた。なるほど、言い得て妙である。それから、双子という性質上似たような作りの、愛すべき片割れが先ほど浮かべていた、そして愛した片割れも浮かべていたあの表情に、初めて納得できる形容詞句が付けられた。納得できると、理解が深まる。理解が深まると、その先にあるのは、混迷。

 ――じゃあなぜ、なのははひとりぼっちなのだろうか。

「俺はひとりぼっちだなんて思ってないよ。なのはがいるから」

 未だ握り続けている手を目の高さまで掲げ、半分だけしか思ってないことを、本当のことのように告げる。残りの半分は、嘘だ。もしかしたら本当の部分が優しさで、嘘の部分は俺をこの”悪い夢”から覚めさせてくれる特効薬なのかもしれない。もちろん、覚めたところで何も生まれはしない。バファリンだって、ロキソニンだって、モルヒネでだって、ずっと隠し続けている部分が生み出す痛みをごまかしてくれやしない。
 それよりも。
 なのはが、なぜ、一人でさみしく膝を抱えなければならないのか。その方が問題だ。

「なのはは、どうかな」

 手は掲げたまま、近づくための一歩を踏み出す。

「うーん、わたしもなおとがいるから、一人ぼっちなんて思ってないよ」
「そっか。それは、嬉しい」

 返ってきた答えには、いったいいくらの鎮痛成分が含まれていたのだろうか。俺には分からない。同じ時間軸、同じ地平に立っているかすらも分からない。

 それでも。
 握られた手を放すことだけは、したくないのだ。


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