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Remains/before story 05

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 梅雨時というのは、どうしてもアンニュイな気分になる。肌に纏わりつく湿気、晴れ間の見えない空。雨がアスファルトを打ち付けては、しとしとと濡れた音を奏で止むことをしない。なんでこんな時期に結婚をしたがるんだろうねとは前世でも思ったことであるが、よく考えたら元は梅雨のないヨーロッパの話だった。日本と合わないはずである。加えて、この時期は思い出したくないことの一部をどうしても思い出してしまう。この身体には目視できる“痛み”はないというのに、傷跡が蠢いているように感じられて気持ち悪くなる。人間の痛覚は身体にではなく魂に刻まれるのかもしれない。“こうなって”初めてわかることもある。知りたかったわけではないあたり、実に中途半端だし表現的には余りよろしくない言い方だ。

 雨が降れば、必然的に放課お遊びタイムも屋根の下で、ということになる。例の温泉旅行以降、アリサやすずかの家に行ったり、あるいは高町家に二人が来たりということが飛躍的に多くなった。二人の習い事がない日(俺となのははまだ学習塾には通っていない。どうやらもう少し学年が上がってからのようだ)は、たいてい前述のどちらかとなる。仲がいいのは良いことだし嬉しいことだが、この年代においての同級生とのつきあい方に慣れていない身としては、どうしたらよいのか分からない部分もある。とはいっても、家で遊ぶことなんていうのはミレニアムも過ぎたこのご時世、ある程度の余裕がある家庭ならどこもかしこもテレビゲームである。年代が違った上に境遇も大概だった身からしてみると、これだけテレビゲームが多い状態というのにはいささか違和感を覚えてしまう。高町家にも、ご多分に漏れず最新世代としてゲームキューブにプレイステーション2、他にも前世代のプレイステーションやニンテンドー64がそろっていた。家で遊ぶときはたいていこれらが置いてあるリビングでとなり、今日もまたテレビ画面には任天堂のキャラクターが派手にぶっ飛ばし合う例のゲームが映し出されていた。一人や二人でなら他のゲーム機で遊ぶことも多いが、四人でとなるとほぼゲームキューブ一択になるあたり、昔は気づかなかった任天堂の戦略のしたたかさが垣間見える。ゲームボーイ系統なんて、たいてい一家に一台どころか子ども一人につき一台あったりするし。

「ああっ、そのタイミングでハンマーかっ!?」
「ご、ごめんなさい」
「ごめんなさいと良いながら吹っ飛ばすすずかは、あたしでもすごいと思うわ……」
「にゃ、にゃはは……まあでも仕方ないかな、えいっ」
「あああっ、ぎりぎり戻れそうだったのにっ!?」
「……なのはも大概よね……」

 で。何というか、このゲームをやるとその人の隠れた素性が見えてくるのが怖い。アクションの類が全般的に苦手な俺は、まず真っ先に狙われては場外ホームランされることが多いのだが、なぜだかなのはやすずかに吹っ飛ばされることが多い。ハンマー怖い。バットも怖い。

「あーもう。64でマリカーしようぜ」
「あんたスマブラだとほんと勝てないわね」
「なおとはアクション系本当に苦手だよね」
「別に運動神経が悪いわけじゃないのにね」
「ねーねーうるさい。単にアイテムの引きが悪いせいだろ。なんで俺のところにはハンマーが来ないんだ」
「でもマリオカートだとやたらコウラ引くじゃない。緑だけど」
「おかげで緑でもばっちり当てられるようになりました」
「両極端すぎるわ……」
「微妙に角度変えて壁に反射させて、三連コウラの二発目で当ててくるのがすごいよね」
「狙いすぎて正面からの赤コウラによく当たってるよけどね、なおとは」
「上から狙う赤とか、ロマンの欠片もあったものじゃない」

  わーきゃー言われながらスマブラのディスクをケースにしまい、代わりにカセットを取り出しては64本体に差し込む。このカセットを差し込むという行為は、何となく「これからゲームをするんだ」とわくわくさせてくれる。ファミコン世代で且つファミコンにあまり縁のなかった人にしかわからないアレだろうか。

「よーし、こんどはこっちがかっ飛ばす番だ」
「直人君、結構ため込むタイプだよね……」
「気のせい気のせい。お、赤コウラ。獲物は……いたいた、これで一つ……!」
「ごめん、なおと。スター持ってたんだ」
「ああっ!?」

  ゲームで遊んでいるときは、だいたいこんな感じである。ついでに言えば、どかんと爆発した音はあまり聞きたくはなかった。

「なんでタイミングよくスター持ってるんだよ!?」
「た、たまたまだよ、たまたま」
「でもなのは、コウラ防いだだけじゃなく、きっちり当てに行ってたわよね。逃げる方向予測して、そっちにカート進めてたわよ」
「直人君、慌ててたのかミニジャンプしててたし」
「いや、なんか連打してたら回避できそうじゃない?」
「バナナにすら通用しないよ、それ……」
「ブレーキと間違えて飛んでしまうのはよくあること」

  楽しい時間(どちらかというと一番多くやられていたが)はあっという間に過ぎる。

「ただいまー。あら月村さんにバニングスさん、こんにちは」
『こんにちは、お邪魔してます』

  気づけば、夕食の準備のために母さんが戻ってくる時間になっていた。窓の外では未だに雨が降り続き、日が暮れ始めてるのかどうかも分かりにくいのも、時間経過を曖昧にさせている要因である。

  温泉旅行の一件以降、各家とは保護者ぐるみでのつきあいが増えている。元々月村家とは兄さんとすずかの姉である忍さん(店にもバイトで来ている。世界は広いようで狭いところもある)の関係もあって実は仲が良かった、なんていう後から分かった事実もあれば、家を空ける事が多くいくら身の回りを世話する者がいたとしても、外部に信頼できる人を見つけたがっていたアリサの両親との方向性の一致もあれば、といった具合である。

「もしよかったら、二人とも今日は泊まっていったらどうかしら。明日は土曜日で学校もお休みでしょう?」
「えっと、いいんですか?」
「ええ、もちろん家の人に許可をもらったら、よ?」

  失礼しますと一言添えてから、携帯電話をかける少女二人。マナーもきちんとしているのはさすがである。無事許可を取れたようで、初のお泊まり会の開催が決定。しかしどこで寝るのだろう? そんなに狭い家ではないが、空いている場所と言えば道場くらいしかない。

「母さん、寝る場所どうするの?」
「うーん、あなたたちの部屋にお布団敷けないかしら」
「一つは大丈夫だけど、二つは難しいかな」
「別に一つでもいいですよ。ね、アリサちゃん」
「ええ、あたしも構いませんから」
「じゃあ少し大きめのお布団があったから、それを直人となのはの部屋に運んでおくわね」
『ありがとうございます』

  二人そろってのお礼の声に、母さんは笑顔を返して夕食の準備のために台所に消えていく。子どもとはいえ二人分作る量が増えたというのに、いつも以上に楽しそうだった。やっぱり料理人たるもの、誰かに料理を振る舞うというのはどんな時でも楽しいことなのだろう。以前でも料理がたくさんできるわけではなかったけども、時折作ったりしていたのでその気持ちはよく分かる。自分が腕をふるった料理を、おいしそうに食べてくれればそれだけで嬉しくなる。

「なのは、直人、少しだけお手伝い頼めるかしら?」
『はーい』

  ご飯を食べて、お風呂に入って(二人ずつ入った。どの組み合わせだったのか、なんていうのは付け加える必要もない)、途中の間はまたゲームをしたり話をしたりで、あっという間に就寝時間となる。
双子部屋のベッドの横に、母さんの言ったとおり少し大きめの布団を敷いて、準備は完了。ベッドは俺となのは、布団はアリサとすずかという組み合わせ。

「……そうしてるっていうのは知ってたけど、改めて目の当たりにすると、なんかこう、すごいわね」
「何がだよ」
「同じベッドで寝てるのじゃないかな」
「……ノーコメント」

  やや低い場所から不穏な言葉が聞こえてきたが、気にしないことにする。ちょっと疲れていたのか、愛すべき半身はというと、既に眼は落ちてすやすやとかわいらしい呼吸をしていた。身体からまだ力が抜けていないので、半分寝入ったかどうかというところだろうか。

「直人君となのはちゃんって、本当に仲良いね」
「あんたらの場合は、仲が良いというよりももはやセットで一人よね」
「なんだか俺たちが半人前みたいに聞こえるんだけど。バリューセットじゃないんだから」
「アリサちゃんはそういう意味で言ったわけじゃないでしょ?」
「まあね。なんて言うか、寄り添い合ってるというか……他に言い方が見つからないわ」
「寄り添い合ってる、ねえ」

  その表現ならば、お互いがお互いを支え合ってる状態であれば正しいだろうが果たして。

「双子って、そういうものなの?」
「他に双子を経験したことがないから何とも言えないんだが」

  普通はありえない想定だが、俺の場合は二回経験している。とはいえ、どちらも同じような状態なので比較しようがないという点に関しては何ら変わりはない。もちろん世間一般的な、ごく普通の、あたりの冠言葉を付けたとしたならば、まるで他人事のように「そうじゃないんじゃない?」なんて回答をせざるを得なかった。

「温泉旅行の時も思ったけど、兄弟とか、姉妹とかと違うのかしら、双子って。二人とも雰囲気とか似てるし」
「似てる、かなあ?」
「直人君もなのはちゃんも似てるよ。どこがって説明するのは難しいけど……」
「何、似てるのが嫌なわけ?」
「いや別にそんなつもりは全くないけど、似てるのかなあ」
「今度眠り姫に聞いてみると良いわよ」

  眠り姫って。確かにまぶたは閉じているけども、呼吸音とかから察するにまだなのはは寝入ってはいない。寝る位置が定まらないのか、時折もぞもぞと動いては熱源が離れたり近づいたりを微妙に繰り返している。握られた手からも力は抜けていないが、会話に参加してこないあたり眠いのはまず間違いない。

「それにしても、二段ベッド、とかならわかるけど、同じベッドで寝るのはどうなのかなあ」
「あんたたち、成長してもそのままでいそうよね」
「そうそう。本当、二人で一セットだよ」
「何なんだいったい。言いたいことは、わからなくはないけど」
「言いたいことがわかってるのにそうしてるってのは、もっと何なのよ」
「……何なんだろね」
「自分でもわかっていないの?」
「さあね」

  アリサやすずかにあれやこれや責められるが、あいにくと“真っ当に”返すことが出来る回答は持ち合わせていない。そもそも真っ当でないものも含めて、答えと言えるものをもっているかどうかすら自分でも曖昧だ。ずっと昔から、それこそ文字通り“前世から“抱いていたものに、疑いの目を向けたことがなかったのだから。そして今でも、疑うことを俺自身が考えていない。
握りしめた手にほんの少しだけ力を込めると、応えるように同じく少しだけ反応が返ってくる。

「まあ、そういうあやふやな状態ってことにしておくわ。そのうち聞き直すかもしれないけど」
「……そうかい」
「その時は私も聞かせてね」
「そもそも質問があやふやだけどな」
「あと、なのはもね」
「……うん」

  眠ってないのは看破されていたようで、耳元から小さく、返答が飛んでいった。

  結局二人組は、高町家でお昼ご飯を食べた後に帰って行った。昼下がりから、改めて何かをしようという気にもなれず、おまけに天候も思わしくないこともあって、一歩も家の外に出ない土曜日となった。ゲーム脳となっていたせいか、その後もなのはと二人でRPGを交代で進めてたりしていた。途中面倒になって、ひたすらバニッシュデスとか非生産的なことをしていたのは横においておく。

  寝る前は、なのはと背中合わせでベッドの上に座りながら本を読んでいた。俺が開いているのは懐かしのジュブナイルなシリーズもの。前世でも中学生くらいの頃に熱中して読み、成人式を迎えてから出た最終巻も発売日に買って読んだ。残念ながら現時点においては最終巻までの数冊は出ていないのだが、それでも30冊オーバーはある。懐かしさをかみしめながらようやく11巻目を借りてきたところだ。話に一区切りを迎えるこの巻は、タイトルに最終戦争なんて物々しい名前が付いている。本来ならいい歳なはずなのに、今でも楽しんで読めるのだから感服するしかない。
なのははというと、少し古い、有名な海外発の児童向け小説(もちろん日本語版だが)の1巻目を読んでいた。動物が多く出てくるそのシリーズは、全部は読んでいなかったが二、三巻までなら覚えがある。動物となのはの親和性に、気づかれないようこっそりにやけておく。

  読んでいる間は、当たり前だが互いに言葉を発することはない。時折ページをめくる音以外に聞こえてくるのは部屋の外からの音か、自分たちの呼吸音だけである。読み進めるペースはほとんど一定のため、メトロノームのように時を刻んでいく印となる。少なくとも俺にとっては、心地の良い時間だった。

  ……すでに生まれ変わってから年数が経過しているというのに、今でもその記憶は脳裏にこびりついて消えることはない。俺が未だに愛して止まない“なのは”とも、こういう風に二人で身を寄せ合って本を読むことが、特に幼少時代を中心に多かった。もっとも、他に娯楽と呼べるものを手にすることができない事情があったのだが、あの頃と同じように今を過ごしている、というのは感慨深いものがある。そして、時を重ねることにどうしても目を向けなければならないこともある。

  此度の人生で半身となった愛すべき“高町なのは”は、前世の半身であった“なのは”ではないのか。

  小学生となって以降、俺は段々とそう考えるようになっていた。
なんといっても基礎学力だとか思考能力が小学生のそれとは似つかわしくないのだ。アリサやすずかは、まだぎりぎり(本当にぎりぎりだが)許容できる範疇だが、なのはの場合普段は普通に見えるが、時折見せる行動や考えなどは、到底小学生とは思えない……俺と同じような、成人を迎えている人間のソレとでも言ったほうが近い。となれば、俺自身が転生、というわけのわからない状況を迎えているのであれば、今際の刹那まで一緒にいた“なのは”も同じように転生しているのではないか。ある種俺の独りよがりな希望ともいえる。
残念ながら、原作のアニメを詳細なところまで見直していたわけでもないし、すでに年数も相当経っているので記憶は曖昧である。細かい動作だとか仕草だとかが二人のなのはで一致しているかはわからないし、そもそも、前世のなのは曰く“ほとんど一緒”なわけだから、この“高町なのは”が高町なのは足りえているのかわかるはずもない。違うという証明も出来なければ、同じという証明も出来ない状態である。

  本当のところをいうと、いい加減に本人に聞いてみたいところではあるのだが、聞いてしまうと何かが壊れてしまいそうで聞くに聞けない。本当に生まれ変わった“なのは”なら、俺が今抱えている疑問――すなわち、“高町直人”が“直人”ではないのか、を持ってしかるべき状態であるというのに、こちらにソレを尋ねてきやしない、というのものある。考えられる選択肢は二つ。俺と同じように、何か直感的なもので聞くに聞けないか、はたまた生まれ変わったことを知られたくないのか。前者ならお互い笑って歩みを再開できるだろうが、後者であればそうは行かない。自らの選択で明かすことを拒んでいるのなら、俺となのはの間には深い溝があって、迂闊に足を踏み入れたら一瞬にして奈落の底へと落ちていくことになる。それなら、今こうやって二人で平和な日々を過ごすことに甘んじていたいのだ。

「そろそろ寝る時間だよ、なおと」

  思考の渦から現実へと引き戻される。時計を見ると、既に小学生が起きていていい時間は過ぎていた。時刻を自覚すると、途端に眠くなるのは身体が睡眠を欲しているからに違いない。成長期と睡眠は切っても切り離せない関係にある。

「ん、わかった」

  考えていたせいで途中から全くページの進んでいなかった本をぱたんと閉じ、なのはの分も受け取って図書館から借りた本をまとめておいてある棚にしまう。それから軽くひと伸びして、あ、と忘れていたことに気付く。

「……風呂、入ってないや」
「あ……」

  本を集中して読んでいると、ついうっかり忘れてしまうのは、どうもお互い様のようだった。まあ、野郎ならさておき風呂に入り忘れるうっかり少女、というのはいかがだろうか。愛すべき半身だけど。

「入ってきたら?」
「うーん、時間も遅いから一緒に入ろうよ、なおと」
「……えっと」
「どうしたの?」
「……行くか」

  なんやかんやで、風呂に一緒に入ることは多い。一緒に入るとはいっても、同じに洗い場で体を洗うことはできないので、湯船につかるのと交代しながら、となる。先に体を洗い終えて、湯船につかり浴槽に背中を預けながらボーっと宙を見つめる。湯面からもわもわと湯気が浮かび上がるだけで、何の答えも見えてきやしない。しばらくして、洗い終えたなのはも再度湯船に入ってきて、こちらの足と足の間に身を入れ、俺が浴槽にしているのと同じように、自分の背中をこちらへと預けてくる。
もしこれが、妙齢の男と女が行っているとしたら次の展開予想図にパターンはあまりないのだが、身体は年齢相応でそのあたりの情感なんかも年齢相応になっているのか、今からナニしようと思うことはない。性の低年齢化が叫ばれていた昨今、ちょっぴり時間軸が巻き戻った分正常になったのかそれとも。だいたい、ためらったのもフリみたいなもので、なんやかんやで一緒に入る機会は多い。別に当たってようが当てられていようが何も起きないんだよ! 多分。それにしてもなんやかんやが大活躍過ぎて困る。だいたいの説明は「なんやかんや」をつけたらもうそれでいいんじゃなかろうか。

  ひたすらなんやかんやの文字列に襲われていると、不意に、浴槽の縁に乗せていた両腕をつかまれ、目の前の身体へと回される。お湯とは違う温もりが手に触れる。

「……なのは?」

  俺に甘えてきているような行動。

  意外、かどうかはわからないが、前世でもこちらでも、今の今までほとんど見かけたことがなかった行動である。自分を抱きしめてほしいといわんばかりに、俺の腕ごと身を抱きすくめ、後ろへともたれかかってくる。なされるがままに、腕でより自分に近づくようにとその華奢な(年相応な)身体をかき抱く。

「ねえ、なおと」
「うん?」
「わたし、うまくやれるのかな?」
「うまく、やれる?」
「うん」

  そして飛んできた問いには、果たしてどうやって答えるのがいいのだろうか。
何を、うまくやらなければいけないというのか。主語がない。目的語もない。あるのはただ、実行したいという述語的希望だけ。

  昨晩のアリサやすずかとの問答も脳裏を過ぎる。普通じゃないのはわかってる。普通なんてどこにもない。普通だったためしもない。

「何をうまくやらなきゃいけないのかわからないけどさ」
「うん」

  世間一般とはほど遠い場所で、わからないことだらけな設問に対して、俺は自らの出来る範囲いっぱいで答えなければならない。
俺はなのはからは何も聞いていない。もし望み薄なはずの希望が叶っている状態だとしても、自分から言ってくれるその時まで待つしかない。だけども。俺の心は、何も変わらない。変わることはない。それが何なのか、自分でも本当のところが分からぬまま。

「なのはなら、できるよ。できるように、俺が一緒にいるから。ずっと」
「……うん」
「俺は、ここにいる。その為にいる」

  くるりとなのはの体を回転させ、こちらを向かせる。

「だから、大丈夫、できるよ。できるようにするよ」
「うんっ」

  風呂から上がって、着替えて、寝る準備をして。

  昨晩散々二人組に言われた、この同じベッドで一緒に抱き合うように眠る習慣、というのも“高町なのは”が“なのは”じゃないかと思ってしまう要素の一つではある。

「なおと、あったかいね」

  恵まれた家庭、とは程遠い家族環境。その中で俺たちは家の片隅で小さく、お互い身を寄せ合っていなければ生きていなかったし、安心感を得ることもできなかったのだ。その時はベッドなんていうたいそうな寝具もなかったが、お互いに抱きしめあって眠る行為は、それこそどうにか自由への扉を潜り抜けて、生まれ変わるきっかけとなったその日まで何かしらの事情がない限りはずっと続いてきたことだった。もっとも、心身ともに成長し、嵌められた枷も取り除けた後に関して言えば、眠るだけではなかったのだが、それはさておき。

  いくら寂しがり屋だからといって、特別な出来事もない平凡な日々においても一緒に眠るなんてことは、一般的に、客観的に見ればおかしい。だけども、愛すべき半身だと認識して生きている俺はさておき、なのはにとってもそれがずっと続いてきた習慣のように、疑問に思うこともなく行っているわけだから、それこそ同一人物じゃないのかと疑わざるを得ないのだ。

  でも、結局俺は聞くことができない。今を壊したくない、臆病だといわれても致し方ない。

「おやすみ、なのは」
「うん、おやすみ、なおと」

  だって、なのはの体は、唇は、こんなにも温かくて気持ち良くて、俺の心を満たしてくれるのだから。この時間が壊れてしまうかもしれないことを、俺はできなやしない。例え、後悔することになったとしても。


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