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Remains/before story 06

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 季節は少し進んで夏、である。
 鬱陶しい梅雨が明けて以降、サザンの曲の歌詞同様「ギラギラ輝く太陽」が、容赦なく大地を照らして暑いことこの上ない。梅雨時の肌に纏わりつくじとっとした空気も不快だが、ただひたすら暑いというのもこれはこれで困りものである。おまけに、日陰はともかく日の当たる場所に出れば否応にも肌が焼ける。いくら子どもの身体とはいっても、無防備に日焼けさせるのは皮膚に良くないからと、母さんに外に出るときは必ず日焼け止めを塗るように言われていて、顔や首筋、腕などにむら無く塗る習慣がついた。外に出ているのがたとえわずかの間だとしても、だ。

「なのは、首の後ろに塗れてないところがある」
「え、本当?」

 チューブから少量だけ日焼け止めを手にとって、首の後ろの塗れてないところに塗ってあげる。目の届かないところはこうして時折塗れてなかったりするのだが、日焼け止めを塗る習慣が出来てくると、だんだんそういった塗れてないところがあるのが怖くなってきて仕方ない。

「あ、なおとも塗れてないところあるよ」
「うわ、そこ塗って」

 人のことの言う前に、自分も同じところが塗れてなかったらしい。紫外線が人の命を脅かす光線に思えてくるから怖いが、メラノーマの事を思うとあながち間違ってもいない。強い光なんてなんでも毒にしかならないのだ。

「あれ、二人とも今日もお出かけ?」

 リビングで必死の防衛策をとっていると、こちらと同様夏休みに入った姉さんから声が掛かる。休みだからだらけた姿、なんて事はなく、高町家の他の面々同様、姉さんも朝起きてみんなの前に出てくるときはきちっと身だしなみを整えている。武に生きる人の共通点なのだろうか。

「うん、アリサちゃんの家になおとと一緒に行ってくるよ」
「今日も暑そうだからね。あんまり外には出てない方がいいと思うよ」
「さすがに、ね。姉さんもどこかに出かけるの?」
「いや、道場で一人で鍛錬してようかなって。恭ちゃんは店に行っちゃってるし、たまには一人でやろうと思って」

 さすが武に生きる人である。色々言いたいこともなくはないが、実の姉に言っていい台詞とは思えないので心の奥底に蓋をしてしまっておく。強く生きてください。

「じゃあ俺たちは先に出るね。もうすぐ迎えが来る時間だし」
「わかった。気をつけてね。あと、もし外に出るなら水分補給も忘れずにね」
「ありがとう、姉さん。いってきます」



 アリサの家に行くときにはだいたい迎えの車が来る。そしてそのときは大抵既にすずかが乗っている状態である。やあやあどうもどうもとお約束の挨拶を交わして車の中へ。普段の送り迎えの時はセダンタイプのフラッグシップカーがバニングス家の送迎車となるが、高町家、というか俺となのはが乗る用事の時には後部座席に四人並んで座るのが道交法的にマズイのか、三列シートのSUVでやってくる。ちなみにリムジンはさすがにご遠慮願っている。普通の住宅街だと取り回しも大変だろうし。

「家についたら、先に夏休みの宿題ある程度終わらせちゃいましょ」

 今回のバニングス家集合の最たる理由は、これである。みんなで宿題をやれば、早くは終わらなくても楽しくやれるんじゃないか、との発想から宿題パーティと相成った。楽しそうだしいいねとなのはが即答、引っ付く形でついてきた俺。ついでにいうと、なのは宛にメールはあったが俺にはなかったので何故なのかと一応アリサに尋ねてみると、「なのはに伝えたらあんたも絶対来るでしょ」と返ってきた。間違ってはいないが、グリコのおまけ状態というのはいかがなものだろうか。
 家について、挨拶して、部屋に通されて、宿題を広げる。とりあえず持ってきたのは算数と漢字のドリル。他には英語のドリルと読書感想文、自由研究もあるわけだから、このあたりはさすが私立、である。自由研究と読書感想文というお約束のセットだけでは許してくれないらしい。小学生、しかも一年生がやるにしては量が多い上に、公立ではやらない英語も含まれているので、計画的に進めていかないとちょっと辛い。いくら答えが分かりきっていても、例えば書き写しだったらそう時間の短縮は図れない。
 とりあえずは飽きやすい漢字の書き取りを進めていく。せめて中学生レベルの漢字ならまだいいのだが、小学一年生で習う漢字(実際には、少し進路が早いのか小学二年生レベルも含まれている)はさすがに飽きる。一、二などの漢数字などもってのほかだ。時折算数のドリルで口直しを狙うも、あいにくこちらも簡単な足し算引き算ばかりである。英語も基本単語の読み・書き・意味と、頭を使うようなものではないから、どれも飽きやすいことには変わらない。
 さすがに一日で全部終わらせるのは無理があるので、漢字、算数共に3分の1ずつで今日のノルマを終了とする。明日は英語のドリルを中心にするとして、自由研究は何をしようかがいまだに決まっていない。

「何がいいかなあ」
「自分の観察日誌でもつけたら?」
「何が悲しくて自分のプライバシーを公開しなきゃならないんだ」
「ゆくゆくは『○○小学生』みたいなタイトルで出版して」
「ホームレスじゃねえよ」

 このネタ返しには、振ってきたアリサも聞いていたすずかもクエスチョンマークを浮かべるだけ。すでにM-1には出てたはずだったんだが、時代を先取りしすぎた。仕方ないのでいい声で自分の名前を言っておく。

「直人です」
「別に貧乏じゃないわよ?」
「Oh……」

 そして一瞬でつぶされる。現実は残酷である。こいつら金持ちだった……!

「俺よりもなのは観察日記の方がいいんじゃないか」
「それならわたしもなおと観察日記にするよ?」
「片割れのプライバシーを切り売りするなんて……!」
「なおとも一緒だからね?」
「それよりも、その二つにどれくらいの差異があるかを自由研究にしたいわ」
「じゃあ私が高町家観察日記を書こうかな」
「すずかが翠屋でバイトをするようです」
「はじめてのバイト日記、ね」
「それだ……!」

 家に電話して「了承」もらってまた今度。お題は「海鳴市の一喫茶店における需給動向」とでもしておこうか、と言ったらなのはに「かたすぎる」と言われてしまった。もう少し柔いタイトルを後で考えることにする。
 自由研究にもめどがついたところで、今日の勉強会は終了。緩やかにゲーム会に移行する。64ってやっぱりいいよねということで……

「なぜ爆ボン。しかもストーリーモード。爆ボンなら爆ボンで、普通みんなでわいわい爆殺しあう方にしないか?」
「これって今まで完璧クリアできてないのよね。特に最初のところのカードが集まらない」
「ってことは隠し面やってないのか」
「それだと、今日中にクリアできないと思うよ。難易度高いし……」
「じゃあお泊りコースね」
「マジか」

 再度家に電話して宿泊の了承を貰う。着替えとか何も持ってきてないよとアリサにいうと、ビジター用で子どもサイズの服が男女ともにいくつか揃ってるとのこと。さすがである。

「いくらなんでも、半日あればクリアできるでしょ?」
「たぶん難しいんじゃないかなあ……」

 なのはの言うとおり、案の定晩御飯の時間(約3時間半)になるまでにブラックシティにたどり着くのが精一杯でした。それでもここまでフルコンプって頑張った方じゃなかろうか。

「なんで1-1で全部集めるのに30分もかかるのよこれ!?」
「さすが公式がおかしいは伊達じゃない」
「あ、あんな風にボムジャンプしていくなんて知らなかったよ」
「公式のクリアタイムがおかしいのも伊達じゃない」
「どきどきモードだともっと大変なんだよね……」

 こんなもん小学生にやらせるレベルじゃないだろ、と未来にバイバイする会社に愚痴を垂れつつ夕食をいただいて再度ブラックシティへ。夕食は夕食というよりもディナーでした。まさか端からナイフ&フォークをやることになるとは。覚えておいてよかった。

「さすがお嬢様」
「もっと言ってくれてもいいわよ?」
「二回目以降は有料です。もしくはセルフサービス」
「そんな馬鹿な話があるわけないでしょ」
「なおと、もしセルフサービスでお願いしたらどうなるの?」
「カンペを用意するから。ちゃんと“ここでボケて”って付け加えて」
「丁寧なのか手抜きなのか……

 結局、隠し面をクリアするのにさらに2時間かかって試合終了。ラストステージのカードなんて取り方知らなかったら無理だっての。知ってても無理だけど。
 レグルスさんに助けられてエンディングが始まったあたりでコントローラーを投げ出そうとして、人の家のものだったと辛うじて思いとどまる。それくらい謎の達成感があるゲームではある。

「結局最後全部俺か」
「仕方ないよ、クリアの仕方知ってるのなおとだけだもん」
「直人君よく知ってたよね」
「知っててもできてないこと多かったけどね」
「それは言わないお約束。とりあえずリモコン取らないと無理だから」
「でもパワーと火力取りすぎて積みかけてたような……」
「それも言わないお約束」

 その後何回か対戦を四人で行ったが、ストーリーモードクリアですでに疲れ果てていたためか、どれも真っ先に爆殺された。少しくらいは手加減をしてほしい。
 そんなこんなでわいわいやって、気づけば夜もいい時間である

「というわけでお風呂の時間よ」
「はあ」
「さあレッツゴー」
「はあ?」

 オウム返しのようにとぼけてしまっても仕方がないだろう。こいつはなぜに風呂に一緒に入りたがるのだろうか。

「いや、別に俺一人で入らせてくれよ」
「いいじゃない一度にすませば。お風呂上がりの時間もみんな同じになるんだから」
「そりゃあそうだけどさ……」
「だいたい一回入ってるんだから一度も二度も同じでしょ?」

 何か問題でもあるの? と言いたげなアリサに、結局そのままずるずると引っ張られることとなった。問題はもう山積みだろうが、目をつむることにする。

 バニングス家の浴室は、他の居室部分同様十分な広さがあった。洗い場はもちろんのこと、浴槽もおそらく大人が四人くらい入っても問題ないサイズであり、つい掃除が大変なんだろうなあと一般庶民めいたことを考えてしまう。それにしても、日本では一般的なお湯につかる浴槽なので、バニングス家の方々の日本文化に対する捉え方はもはや日本人と何ら変わりがないものなのだろう。湯につかってみても、広さ以外に違和感を覚える部分は特にない。
 もっとも、いくら小学一年生とはいえ、親戚以外の女の子と一緒に入るってのはどうなんだろうね、と温泉旅行時に頭をよぎったことが再度わらわらと脳内を進行していく。別に変な気分になることないというのは前にも言った通りないが、その、なんというか、湯にタオルをつけるのはマナー違反だし、そういうことだし。ねえ。なんだか将来のフラグになりそうだが、フラグは投げ捨てて爆破させるもの、と以前誰かに聞いた覚えがある。きっと盛大な爆発をさせてくれるに違いないが、考えたくもない。気分はもはやどうにでもなーれ。どうでもいいけどフラグ違いじゃなかろうか。

「直人、さっきからどこ見てるの?」
「大宇宙の神秘」
「天井に窓なんてないわよ?」
「そういうことにしておけよもう……」
「だいたい、そうやって腕をだらけさせてのべーっと身体を伸ばして上向いてつかる姿がおじんくさいのよ」
「おじんくさいってあーた」
「でも直人君がその格好だと、あんまり違和感ないよね」
「そりゃあ俺が老けてるってことか?」
「ううん、そうじゃなくて、格好つけてやってるわけじゃないというか、自然体というか……」
「ああそうだ、パパもそんな感じでお湯に浸かってるわ」
「アリサの父親本当は日本人じゃないのか?」
「残念ながらチャキチャキのアメリカ人よ」
「欧米かっ!」
「なおと、それ言いたかっただけだよね……」
「そもそもチャキチャキの後ろには江戸っ子がつくんじゃないのかなあ」

 なんてくだらないことを言い合ってたら、あっという間に身体が温まる。

「……もう上がる」
「あら、レディファーストじゃなかったの?
「二回目になると慣れるっての」

 風呂から上がると、まだまだ成長途中の身体はすぐに眠気に支配されてしまう。普段の寝る時間より少し遅いせいもあるのか、瞼が重い。

「どうする? もう寝る?」
「寝る。眠い」
「直人君って、眠くなるとわかりやすいよね」
「単語でしかしゃべらなくなるからね、なおとは」
「かゆ、うま」
「あんた本当は眠くないんじゃないの?」

 ゾンビ状態になりながらも、高町家でお泊り会が開催された時と同様、アリサの部屋に簡易のベッドを持ち込んで就寝、である。ベッドが二つだと、組み合わせは言うまでもない。手を握り締める相手は一人しかいない。
 ふと、もしこの場で俺がいない、つまりはもともとの話と同じような状況だったらどういうことになってたんだろね、などとくだらないことを思ってしまう。ベッドは三つだったのだろうか、それとも大きさはそれなりにあるから一つを三人で、なんてこともあったかもしれない。もう少し年数がいけば怪しさは増すが、そこは小学生。ただ仲良くて微笑ましい光景が浮かんでくるだけである。

 俺というイレギュラーが存在する、テレビの中だったはずの世界。

 自分の目を通して映る情景が、あの日以前の現実と何ら変わらないものである以上、ここが別世界である、なんてことは思えない。人は皆、自らの意思を以てして生きている。

 なら、俺は?

 俺だって同じように生きている。その点は変わらない。ただ、どうしても“異物感”とでもいうべき何かが、常に息巻いて離れてくれない。本来はありえないはずの、世界のコンパスを知っていて、かつその先にはいなかった自分がいて。もやもやっとした中で俺をつなぎとめているのは、今もなお握られた温もり以外にはない。

 時折なのはが口にする「うまくやれる」という抽象的なフレーズ。はたして俺の場合、何をうまくやればいいのだろうか。わからない。わからないけど、変わらないものもある。

 なのはに何があっても、俺が守る。

 俺のレーゾンデートルは、いつまでも変わらない。

「なおと……?」

 一瞬身体が緊張したのが伝わったのか、耳元で小声でなのはがこちらを気遣ってくる。

「……なんでもないよ、なのは」

 安心させるために、というよりも自分自身を安心させたいためにそっと抱き寄せてその温もりを確かめる。風呂上りですぐに布団に入ったためか、いつもよりももっと温かい。

「ほんとに?」

 誤魔化しの言葉と仕草には騙されてくれないようで、なのははこちらの本心を見透かしたように、抱き返してくれる。嬉しいけど、今湧き上がるこの感情は、どう伝えていいのかもわからない。

「……本当だよ」

 だから、俺には誤魔化しぬくことしかできなかった。



 翌朝、少しばかり遅く目を覚ましたがために、アリサとすずかに色々と言われたのはご愛嬌ということにしておく。仕返しとばかりにまた爆弾を投げる作業をして、あっさり返り討ちにあったのもご愛嬌、である。
 朝食までいただいて(見事なアメリカンブレックファストかと思ったら、ご飯にお味噌汁に塩鮭にホウレンソウのお浸しと、見事なまでに旅館朝食メニューであった。恐るべしバニングス家)、午前中は宿題の続きである。とりあえず英語のドリルをひたすらやって、頭の中が簡単な英単語だらけになったと。

「appleはなぜappleなのだろうか」
「Why the word of "apple" is such a spelling ?」
「誰が英語にしろと。そしてそれ合ってるのか?」
「ちょっと自信ないのよね。口語じゃなくて文語っぽいし」

 どうやら生まれたときからバイリンガルという存在はいないようである。ちょっと考えれば当たり前だが。どこにわざわざ二か国以上の言葉で会話をする家庭があるのか、ということである。

「そもそも答えになっていないよね」
「そもそも、日本人だって誰もなんでリンゴっていうのかわかってないわけだし。まあ、英語ならいくつかは言葉を分解すればわかるかもしれないけど」

 まあ言葉ってそんなもんだよね、などと言いながら英語ドリルをある程度終わらせて、少し算数ドリルと漢字ドリルを進めたところでお昼。朝食の最中に、不意に思いついて「昼は翠屋で」と呟いておいたので、予告通り昼のピークを過ぎた時間に翠屋に移動する。

「なのはちゃんのご両親のお料理って、本当においしいよね」

 と高評価を出しているのはすずか。ちなみに本日のランチはナポリタン。他のパスタと違って、少し太めのパスタを気持ち柔らか目に茹で上げるのがポイントとは父さんの弁。他の料理にもこういったポイントが数多く含まれているのが、好評を博している理由であろう。
 自由研究のためのアルバイトの日取りをみんなで話して母さんに了承を貰って、この日は解散。

「さて、どうしよっか」

 昼過ぎての中途半端な時間。どこか行くには時間が微妙な上に、これから一番暑い頃合いでもある。

「今日はもうおうちでいいじゃない? ほら、この間図書館で借りた本まだ読み終わってないでしょう?」
「そういやそうだっけ」

 だったら、そんな時はなのはとゆっくり過ごすのが一番だよね。
 違うけど違わない半身との平和な日々が、どうか続きますように。


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