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All need is……/砂糖細工

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 それは、最初の滞在先の旅館に入って、三日目の夜のことだった。
 あの街からおよそ百キロほど、海辺にある小さな観光地の一角にある、少し古びた旅館は、女将と棗先輩の間で交流があり、私たちは棗先輩を通して事情を知っている女将の厚意で旅館の仕事のいくつかを手伝うだけで、八畳間一部屋に朝昼晩の三食を提供していただいている。手伝いといっても、従業員の方の仕事量の四分の一にも満たない量である。ほとんど無料、といって差し支えない。一応、逃亡資金自体に余裕があるとはいえ、それは直枝の借金(正確には、彼のご両親が残された資産である)だ。どれだけの期間逃げていなければならないのかわからない状態では、極力使わないに越したことはない。ありがたいことである、が、女将に出くわす度に「昨晩は三人でお楽しみいただけましたか? 若いんだから、それくらいしないと」としたり顔で言われるのだけは勘弁願いたい。三人、って。

 そもそも、だ。
 こうして葉留佳と直枝の手に引かれて逃げてきたわけだが、この現実世界で直枝と私が恋仲だ、という事実は存在しない。虚構世界から事故での奇跡の全員生還を経て以降、こちらでも寮会の手伝いなどをしてもらっているので、確かに以前に比べて二人で行動することも多い。色々なこともあった。もともと、風紀委員長である私とリトルバスターズのメンバーである直枝とは本来犬猿の仲であったので、周囲には奇異の目で見られている、ということもある。
 だけども、何もないのだ。それは、葉留佳やクドリャフカ、それに棗先輩の妹であるところの鈴さんも含めて、リトルバスターズの女子メンバーと直枝との間にも言えることである。あの世界で誰もが一度、結ばれて、でもこちらでは直枝が記憶を引き継いでいない以上、何もない。それが悲しいことなのかいいことなのか、それは誰にもわからないことなのだ。……もっとも、直枝がもし記憶を引き継いでいたとしたなら、私のわかるだけで計七股をかけた彼自身に嫌悪していただろうけども、さておき。
 私はイレギュラーの部類である。あの中でもイレギュラーな傍観者であったのに、救われている。そして現実に戻っても、記憶がないはずの直枝に、あの時の約束を実行してもらっているのだ。これをイレギュラーとして何というのだろうか。葉留佳や、他のみんなに申し訳なくすら感じてしまう。

 前置きが長くなったが、三日目の夜、のことである。
 手前二日同様、宿泊客の使わない二十四時すぎに葉留佳と二人、広々とした温泉で手伝いの疲れを癒した後、部屋に戻ってきた。直枝との三人で一部屋、なので色々まずい気がするのだが、ほぼ無料で部屋を借りている身である。何も言えないし、双方の気遣いで気まずいことは起きないのだから、それでいい。のだが。
 ほぼ同じタイミングで温泉に行った直枝はすでに戻っていた。今日も疲れたねなどと適当な会話を交わし、さあ寝ましょうかと消灯しようとしたとき、

「でははるちん、女将のところに用があるので行ってくるのです。朝まで戻ってこないので、よろしくー」

と、葉留佳が部屋を出て行ってしまったのだ。私も直枝も引き止める間などなく、取り残される。
 なんというか、罠にはめられた気分だ。女将の名が挙がった以上、葉留佳と女将が共謀しているのは間違いないのだが、問題はそんなところにはない。ようは、葉留佳に気を遣われた、のだ。ほぼ同じタイミングで直枝もその結論に至ったのだろう、互いに視線がかみ合い、あははと愛想笑いを返しては視線をそっぽへ向ける。

 私は、どうしたらいいのだろうか。
 ……なんやかんやといいながらも、直枝のことは好きなのだ。虚構世界の中で私に救いの手を差し伸べてくれて、強くなって葉留佳を助けてくれて。それからも色々と私の知らない世界を教えてくれて、そして今、現実世界でも私の手をとってくれた。戻ってきて以降、その気持ちは強くなるばかりだ。
 だけども、だ。それは他のみんなにも言えるのだ。クドリャフカがもともと彼に好意を持っていたし、葉留佳もまた、居場所を作ってくれた彼には友人以上の気持ちを抱いているのは知っている。リトルバスターズの女性陣の誰もが、彼のことが好きなのだ。その中で私だけどうこう、という気持ちは持ってはいないし、そもそも直枝が私のことをどう思っているのかもわからない。私の場合は、もうすでに手をとって過酷な現実から救い出してくれただけでも、満足なのだ。こうやって、葉留佳とともにではあるが、彼を独り占めしてしまっているのだ。だから、これ以上望むのは贅沢以外の何ものでもない。

「……直枝、とりあえず電気消すわよ」

 私は気を取り直して、電気を消す。何事もなくこの場をやり過ごせば、それでいいと思った。布団に入り、口元までかぶる。別に悲しくなどはない。これでいい。贅沢は言わない……

「ねえ、二木さん」

とか思い込もうとしていた私に、直枝の声がかかる。さっきの体制を思い出すと、彼は布団の上に座っていて、それから布団に入ったような音は立っていないから、まだ座っているのかもしれない。

「もう寝てる?」
「まだ寝てないわよ」
「そう、よかったよ……」

 何が良かったんだろうか?

「少しね、聞きたいことがあったんだ。せっかくだから、この機会に聞いておきたいんだけど」
「それは、大事なことなのかしら?」
「うん、大事なことだと思う」

 大事なこと。その言葉の持つ響きに、重苦しいものがある。

「なら早めに言いなさい。この先、どれほどの期間一緒にいなければならないのかわからないんだから、お互いに隠し事とかしていると、ろくなことにならないわよ?」
「僕もそう思う。だから、せっかく葉留佳さんが機会を作ってくれたんだし」
「……早く聞いてきなさい。明日もあるんだし」

 暗闇の中、こくりと唾を飲み込む音。私が立てた音ではない。つられてこちらも唾を飲み込みかけたところで、直枝の声が飛び込んできた。

「二木さんは僕のこと、どう思ってる?」

 ……どう、思ってる。
 どう、思ってる、か……

「……そう聞かれると、とても答えにくいんだけど……そうね。直枝、あなたには感謝してる。あの事故で葉留佳を助けてくれた。そして、こうして私を助けてくれている。感謝しても仕切れないくらい。これだと足りないかしら?」

 どういう類の質問なのかわかっていながらも、私はそちらの方向ではなく一般論気味に答えを返す。だって、これ以上望むのは、贅沢なのだから。今でも十分、葉留佳と一緒にもいられて、幸せなのだから。どん底からてっぺんまで駆け上らせてくれたのだから。

「……僕はね、」

 一呼吸置かれて、直枝の言葉が続く。

「僕はね、僕がここから抜けたほうがいいんじゃないか、とも思ってるんだ。二木さんと葉留佳さんが、せっかく二人でいられる時間に、僕がいるのはどうなんだろう、って」
「直枝……それは、あなたが色々手伝ってくれて、」
「うん、自分で言うのもおこがましいけど、二人のためになるようにって行動はしてる。これからも、最善を尽くすつもり。だけども、それとこれとは違う。僕がいないほうが、二人が今までの時間を取り戻せるんじゃないかって。僕がいるのは、単なる……自分の、都合だけなのかもしれない」
「……それは」

 息を呑む音は、どちらから発したものなのだろうか。

「僕は、二木さんと一緒にいたいから、二木さんが好きだから、ここにいてしまってる」

 天井が、高くなっていく。

「だから、聞かせてほしいんだ。二木さんが僕のこと、どう思ってるのか。僕がここにいてもいいのか。それが聞きたいんだ」

 彼の言葉は、直球で、私への気持ちとか、思いやりとか、自意識過剰とかではなくそういった類の想いであふれていた。私にも、それが強く感じられるほどなのだから。
 でも、私はどう、答えたらいい?

「……ねえ、直枝」

 私は、

「私は、もう十分、幸せ。こうして、あなたは私の手を引いて、外へと連れ出してくれた。だからこれ以上、」


 ――これ以上を望んでも、いいの?


 最後は、言葉になっていなかった。がさがさと、布団がこすれる音。それがちょっとづつ、私のほうへと近づいてくる。気づいた時には、私の顔の真上に直枝の顔があった。
 彼の右手が、ゆっくり伸びてくる。たどり着いた先は、私の頬。そっと撫でられる。

「望んでも、いいんだよ、二木さん。君は今まで、ずっと辛い思いをしてきたんだから。本当ならこんな、逃げることなんかなく、普通の学生生活を送れたはずなんだから。誰も、二木さんが幸せを望むことを拒む権利は、ないよ」
「……いいの? 本当に、いいの?」
「いいんだよ。誰もが、それを望んでるんだ。そして、僕も、望んでる」

 息が詰まる。喉が渇きを訴える。頬をさっきから熱いものが流れている。撫でられたときに拭われたのに、まだ流れ出しているのがわかる。

「な、おえ……私は、」
「うん」
「私は、あなたの、ことが、好き。一緒に、いてほしい」

 言い終わるや否や、私の唇が温かいもので塞がれる。
 今度はノーカウントではない、本物の、キス。

「直枝、直枝っ」

 唇が離れていった刹那、彼の身体を抱きしめる。降りかかる重みは、とても温かい。

「二木さん、一緒にいよう、二木さん」
「うん、うんっ……!」

 再度唇が降りてきて、ゆっくりと舌が私の中へと入ってくる。それを、私の舌で絡めとる。唾液が混ぜられて、水音を発していく。鼓膜を刺激して、頭が、溶けていく。
 二分ぐらいだろうか。息が続かなくなって、空気を求めて口が離れる。暗がりの中で、直枝の顔が、じっと私をのぞきこんでいた。

「二木さん、いい、かな……?」
「……暗いけど、背中や腕だけは、見えないようにして」
「わかった」

 寝巻きとして着ていた長袖のTシャツの裾がめくり上げられていく。それと同じように、はじめはへその辺りを辿っていた直枝の舌が、ゆっくりと上昇していく。
 手は、シャツの中へ。私の膨らみのひとつへたどり着く。下から持ち上げられて、形を変える私の胸。寝るだけだったし、少し厚手の生地だったのでブラジャーはつけていなかった。何の縛りもなく、直枝は私の胸を揉みしだいていく。そのたびに、私の口からはくぐもった声が漏れる。

「んつっ!?」
「あ、ごめん、痛かった?」

 不意に先端を刺激されて、より強く声が漏れる。

「大丈夫、直枝の好きにして、いいから」

 動きが再開される。時折、つままれたり、撫でられたり。それが上手なのかどうなのか、過去一回夢の中でしか受けたことがないのでわからないけども、好きな人にいじられている、その事実だけで、気持ちいい。
 Tシャツはさらにまくられて、既に胸の全てが外気に晒されていた。へその少し上あたり、盆の窪付近を舐めていた直枝の舌が、あいているの方の胸へと登ってくる。下側から、回り込んで、ゆっくりと上へ。

「なおえ、なおえっ」

 一心不乱に舐めて、甘噛みして、と繰り返す直枝の頭を抱きかかえる。男っぽくない、直枝の匂いがして、途切れ途切れに胸いっぱいまで吸い込む。どことなく甘い匂い。

「ひやぁっ!?」

 不意に、下半身から甘い刺激が襲ってくる。直枝の手が、私の下半身へと伸びていて、服の中へと潜り込んでいた。そこか揺れ動くたび、身体の力が抜けていく。
 抱きかかえていた頭が降りていく。ほどなくして、履いていたズボンを下ろそうとしてたので、少し腰を上げて脱げ易いようにする。ズボンが脱げた後、下着にも手がかかる。

「……いい?」

 声に出して答える代わりに、再度腰を浮かす。太ももまで下げられた後、左足だけ持ち上げられて、抜き取られる。

「好きなのね、直枝。この状態」
「えっ? そ、そんなことないと思うけど……なんとなく」

 つい、あの虚構世界の中での出来事を思い出して、虚勢を張ってみる。直枝は覚えてないので、当然のようにはとが豆鉄砲食らったときの顔をしていたが、すぐさまその虚勢が意味のないものだったことを知らされる。

「んんぅ、んっ……!」

 大事なところに、直枝の舌が触れる。それは胸の先端から来るものとは比べならないほど強い刺激で、体温を上げていく。触れられたという羞恥、直接的な感覚、卑猥な音が身体を伝ってくるという間接的な恥ずかしさ。その全てが、私を高いところへと持ち上げていく。
 時折、唇の先端にある突起にも、直枝の口が当たる。直接当てられたりしているわけではないのに、声が漏れる。どこが気持ちいいのだろうか、などと考えていたのだろう。直枝は私の声が漏れる原因を探り当て、口をすぼめてその場所を吸い上げる。

「んあぁっ!!?」

 一瞬身体が固まったかと思うと、全身の力が抜けていく。

「二木さん、気持ちよかった?」
「……それには、答えない、わ……」

 息を途切れさせながら答えても意味はないのだろうが、微妙に素直になれずにやっぱり強がる。
 ほとんどが、あの時と同じような流れだった。同じなのに、私はまたもこうして感じてしまっている。恋は麻薬、なんて言葉が浮かんでは恥ずかしくなって頭の中からかき消していく。

「……もうそろそろ、いいかな?」

 うなずくと、直枝は自分の下半身の服を脱ぎ去る。ゆっくり腰が落ちてきたかと思うと、当たる感触が少しして、私の中へと入り込んでいく。

「っぅ、んん……」
「ごめん、でも、ゆっくりするから」

 慎重に、私の身体をいたわるように。こちらでは一度も受け入れたことのない部分が、広がっていく。
 異物が入っている気持ち悪さ自体は消えないけど、直枝の気持ちが肌を伝ってきて、「これは直枝なんだから、大丈夫」と言い聞かせる。

「……二木、さん」

 まだ全部入っていないけど、彼自身にも余裕がないのだろう。息を途絶えさせながら、かりそめの行き止まりに行き当たったことを知らせてくれる。

「直枝、いいから。大丈夫だから」

 一度、少しだけ引き抜かれてから、また入ってきて。女の証が、破られていく。

「いあぁぁっ!!?」

 あの世界同様、痛かった。直枝の身体を強く抱きしめて、その痛さを堪える。爪が肌に食い込む感触はあるから、きっと直枝も痛いはずだった。だけど、今私の目の前にある顔は、そんなことを微塵も感じさせず、私を見つめてくれている。

 そっと、唇と唇が触れる。
 とても安心する温かさ。

「動いて、いいから」
「でも、今……」
「いいから、直枝が、私の身体で、気持ちよくなって」

 だから、直枝に動いてほしかった。早く、気持ちよくなってほしかった。
 下半身の挿入・抽出が再開される。ずずずっと引きずり出されるような感触が来たかと思うと、また押し戻してきて、私の一番奥を叩いてくる。

「んっ、ふうっ」
「二木さん、二木さんっ」

 痛い。痛いけど、わずかに、女の悦び、みたいなものが下半身から競りあがってくる。直枝が私のことを呼ぶ声も、耳に気持ちいい。

「直枝、直枝、直枝っ」

 私が彼を呼ぶたびに、彼のものも熱く、硬くなりスピードが上がる。そして。

「ううっっっ……」

 くぐもった、男の声。同時に、私のおなかの上に、彼の欲望の塊が吐き出されていく。本来なら、生理的嫌悪感を感じるようなシロモノなのに、直枝のものだとわかるだけでその思いは消えうせ、かわりにかけられたところが熱を持つ。
 とりあえず、これで私は、直枝に現実世界で女にされたのだ。その事実だけで、とても満足していた。

「ありがとう、直枝。ありがとう……」

 だから、息をつく彼に、感謝の言葉を投げかける。
 けれども。

「っぅ!?」

 不意に合わさる口付け。熱い。

「……ごめん、僕だけ気持ちよくなっちゃった。けど、まだ二木さんは気持ちよくなってないよね?」

 離れていった彼の口から漏れる言葉。それは少々予想外のものだった。

「な、何をあなたは……っ」
「いや、でもほら、申し訳ないし、それに……気持ちよくなってる二木さんの顔、見てみたい」
「っ!?」

 その台詞が、あまりにも恥ずかしいものだったので、思わず軽く頭を叩く。が、彼の表情を見る限り、意に介していないみたいで。

「二木さん……」
「なお、っぅ!?」

 彼の指が、先ほどまで彼自身を受け入れていた表層を軽く撫でていく。私自身達してはいないものの、感度は高まった状態だ。

「ほら、気持ちいい……?」

 そう聞きながら動く彼の指。そっと撫でて、ゆっくりと指を中に入れてはぬいて。時折、感度の高い先端部分を刺激して。指が抜き差しされるたび、ぴちゃぴちゃと音が聞こえてくる。先ほどよりも、もっと水気が多い音。

「二木さん、いっぱい、出てきた。ほら」
「言わないでよぅ……」

 目の前で、指と指に垂れ下がるものを見せられる。かわいい顔して恐ろしい。私はなすがままにされるだけ。でも、頭の中のリミッターが外れて、直枝の指に合わせて感情の波が駆け上っていく。

「二木さん、もう一度入れるよ……」

 再び私の身体に、直枝自身が沈んでいく。先ほどよりも、痛みは少ない。変わりに。

「んっ、つぅっ」

 ……気持ちよさが、膨れ上がってくる。それがわかるのか、直枝の動きも先ほどより激しい。肉体がぶつかり合う音。足首をつかまれ、高く掲げられ、私のより奥へと、直枝のものが飛び込んでくる。

 イタイ。
 キモチイイ。

「二木さんっ!」
「なおえ、なおえっ、なおえっ!」

 最初、軽く達したときとは違う、高まり。
 それが私の中で爆発したのと同じくして、直枝のものも爆発していた。

 事を終えて、直枝が私の横へと倒れこんでくる。その耳元に顔を添える。

「……ケダモノ」
「ご、ごめん……」

 我を忘れていたのだろう。こちらに向けられた顔は、まずった、という時の顔。

「あーあ、初めての日に、中にも出されたし、もし出来てたらどうするのかなー直枝は」
「う、うぐっ、ごめん、ほんとごめん、ちゃんと責任取るから」
「責任……どうやって?」
「それは……その、結婚、かな」
「っ!?」

 ああもう、本当に卑怯だ。

「そのときは、ちゃんと二木さんと、その子供を守る」
「……直枝、本当にあなたは卑怯よ」
「でも、それは僕の本心だし、出来ることなら……そういった強制的なことがなくても、二木さんと一緒にいたいよ」

 惜しげもなく、聞いているだけで恥ずかしく、だけど嬉しくなる言葉を投げてくれる。

「……ありがとう、直枝」
「どういたしまして」

 そっと、近づいて、少しだけの口付け。

「まあ、たぶん今日は大丈夫よ。周期的には」
「そっか、ほっとしたけど、少しだけ残念かも」
「……もし本当に出来てたら、私の学生生活はどうするのよ……」
「それは、僕がフォローするから、大丈夫」

 そういった直枝の顔は笑っていて、私もつられてきっと笑っていたことだろう。

「ねえ、直枝」
「うん?」
「今度からは……名前で呼んで。もう、あの家の人間じゃないんだから」
「そっか、うん、そうだね……佳奈多さん」

 私のことを、少しだけ気恥ずかしく呼ぶ声に抱かれながら、私は眠りへと落ちていった。



 翌朝。几帳面な正確が幸いだったのか、学校で起きてた時間と同じように私は目を覚ましていた。

「……痛い……」

 何処がだ、など口が裂けても言えないが、しかるべき場所が、しかるべき痛みを訴えていた。初めての時でも、うまくいけば痛くないとか言ってたクラスメートがいたような記憶もあるが、あれは嘘だ。痛いものは痛いし、しばらくしても痛い。奇妙なことに、二度もその痛みを味わうことになった私なので、確信を持っていえることなのだ。威張って言うことでもないけれども。
 その部分とは別に、身体のそこかしこもだるさを訴えていた。残念ながら、事が終わった直後の心地よい疲労感は何処へやら、残ってるのは単なるだるさだけである。

「……先、お風呂入ってこよう……」

 ここが温泉で本当に良かった、と心から思ってしまう。まだ日も昇らないこの時間帯、宿泊客はやはり使えないのでこっそりと使わせてもらうことにする。
 風呂場へとたどり着くと、電気がついていた。確か掃除の時間は日中なので、もしかしたら他の従業員が使っているのかもしれない。私自身は良くわかってないけども、おそらく傍目から見るといかにも事をいたした後です、といわんばかりの状態なので、おそるおそるドアを開ける。

「やあお姉ちゃんやっぱりこんな時間にく」

 勢いよくドアを閉める。今、あんまり似てないかもしれない双子の妹がドアを開けた先に待ち構えていたような気がし

「ちょっとお姉ちゃんいくらなんでもそれはひどいんじゃないかな!?」

 気が、じゃなくて本当にいた。

「葉留佳……何やってるのよ、こんな時間から……」
「や、お姉ちゃんのことだから、朝起きたら真っ先にお風呂場で"痕跡"を消そうとするかなあと思って、待っていたのでしたー!」

 痕跡を消す、とかいう直接的なワードに思いっきり引っかかってぎくりと硬直してしまう。これだと本当にやってきましたといわんばかりなのだが、後の祭りである。そもそも見つかった時点でだめなのだろうけども。

「……帰る。部屋でこっそり濡れタオルで拭いたらどうにかなるでしょうし」
「いやいやいや、そんなに堂々と後始末のことを話してハイ終了だと、せっかく四時から待ってたはるちんとしては悲しいし、どうせならこのままいじられるお姉ちゃん像なんていうのも確立していいんじゃないかなーと」
「いやよ」
「まあまあ」

  ……あまり力が入らないのをいいことに、葉留佳に脱衣所に引き込まれる。仕方なしに、服を脱いで、そこかしこについている直枝の跡をどうにか隠しながら、風呂場に入っていく。真っ先に頭からシャワーを流して、髪とか顔とか腹部に微妙に残っているであろう臭いとか、その類を拭い去っていく。途中、下腹部をシャワーで流しているときにふと夜のことを思い出しては恥ずかしくなってしまったのは、忘れることにする。
 洗い終えて、先に湯船に入っていた葉留佳の隣に座る。温泉効果かどうかはわからないけども、身体の中から少しずつ疲労感が抜けていく。

「ねえ、お姉ちゃん」

 人が温泉でぼけーっとしてる所に、我が妹からの横槍。どうせろくでもない質問だろうと思って顔を見たら、真剣な表情を浮かべる葉留佳がいた。

「お姉ちゃんは、これでよかった、と思ってる?」
「これで良かった、とは?」
「私と理樹くんで、お姉ちゃんを連れ出してきたこと。それから、あの家をつぶそうとしてること」
「……なんでそんな質問をするのかしら?」
「だって、これだと、お姉ちゃんの今までの努力を、ゼロにしてしまうかもしれない。失敗したら、全部ムダになる。そうしたら今度こそお姉ちゃんは逃げられなくなる。だから、こんな危険なやり方をとってよかったのか、って、お姉ちゃんの考えとかなにも聞かずにやってよかったのかって、すごい不安なんだ……」
「葉留佳……」
「だから、聞きたいんだ。本当に、これで良かったのかって。後悔とかしてないかって」

 目を瞑る。
 直枝と、葉留佳に引かれた私の腕。確かにこの行為自体は非常にリスキーだ。うまくいく可能性が高いとはいえ、失敗したときのリスクも遥かに大きい。その上、成功せよ失敗せよ、リトルバスターズのみんなをはじめさまざまな人に迷惑をかけてしまうのだ。

「葉留佳、あのね」

 だけども。

「私は、本当に良かったと思ってる。こうして葉留佳と直枝に助けてもらって、本当に、よかったって」
「お姉、ちゃん……」
「だから、成功させないと。ね? 必ず成功させて、三人で学校に戻りましょう? みんなが待ってる、あの学校に」

 横で、葉留佳の方が上下に揺れる。声は聞こえてこないけども、その頬に昨晩の私同様、一筋の流れができていた。私はそっと、ずーっと願ってはできなかった、愛おしい妹の震える身体を抱きしめるのだった。

「で、お姉ちゃんにもう一つ聞きたいことがあるんだけど」
「何よ?」
「やっぱり最初って痛いの? それとも気持ちよかったりするの?」
「……それを聞いてどうするのよ……」
「ほら、後学のために。一応、なんというかその、あの世界の中で理樹くんとやったけども、それって夢の中だったわけだし、実際はどうなのかなあって」

 ……抱きしめた後にふって沸いた妹の質問には、何も答えないかわりに拳骨を一つ食らわせておいた。ついでに、意外とあの世界は現実世界の法則と同様になりたっていると言ってみたら、逆に拳骨を食らった。まあ、よしとしておこう。


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