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一次/投げやりみたいなもの

 ――どっちかというと、コメディのヒロインになりたかった。



 擬音で表すところのキンコンカンコンが鳴り響いて、担任が去ったところで教室内はとたんに喧噪に包まれる。
 今からどこ行くー、パルコ行こうよパルコ、それよりもカラオケでしょー
 もう好きに行ったらいいじゃないと、机にうつぶせって思う私。なんでいちいち大声でどこ行く話をするんだろう。そんな大きい声じゃなくても聞こえるでしょーに。あれか、大声でつるみたいお年頃か、まあそんなもんか女子高生。どっちかと言うと私の方が異常だ。
 ふへーっと机に息を吹きかけて、跳ね返る木の匂いを吸い込む。もうとっくの昔に生きた匂いを放つことはなくなってるのだろうけど、なんとなく机の天板の木は私を落ち着かせてくれる。その際は当然、前の使用者とかそんな人間はいなかったことにするけども。
 再度ふへーっとだらけたところで、近くからお言葉。

「ねーねー、ミキティも一緒にカラオケ行こうよー」

 渋々顔を上げて、営業スマイルでこれからバイトがあるからごめんね、と告げる。せっかくの春休みなんだから遊べばいいのにだの何なの言われたけども、結局は諦めて行ってくれた。せっかくの春休みだからこそ、だろうがまったく。だいたい昨日も一昨日も行ったじゃないかカラオケとかパルコとか。あといい加減そのあだ名はやめてほしかった。私ゃ別にフィギュアスケーターじゃないしどこぞの芸人と婚約もしてないっつーの。


 まったく、世の中面倒なことばっかりだ。


 気を取り直して鞄を持って立ち上がり、その辺にいた人たちに「また来年同じクラスだといいね」などと通り一遍のトークを交わしてから一人教室を出る。それが失敗だと考え直したのは、男どもに誘われてはその度にごめんなさい用事があるのでオホホと返した回数が両手で数えられなくなったあたりだ。あーめんどくさい。終業式の日くらい静かにしてくださいよまったく。やっぱり途中までどこかのグループに入り込んでおけば良かった。
 後悔しても先に進まないどころかよりひどくなりそうなので、いつもより早足で昇降口までたどり着き、急いでるんですオーラを出しながら校舎外へ飛び出す。わりと早めに飛び出してきたおかげか、外にはそれほど人はいない。少しほっとして校門から続く坂道を下っていく。坂を下りきって校門を見上げてみるころには、少しだけ飛んでた心も落ち着いていた。



 バイト先は通学経路の途中、バスと電車の乗換駅にある。少しばかり寂れたバスロータリーからちょっと入った場所で、客商売をするのに向いているとはいえない人通りの少ない場所。オーナーであるところの従姉曰く、「別に客の相手をするために喫茶店してるんじゃないのよ。あたしが喫茶店をしたいから喫茶店をしてるの」とのことで、客入りは特に関係ないらしい。
 ういーっすと、ドアを開けて入る。全部で十畳ちょっとの広さしかない店内には、オーナーであるところの従姉がカウンター内にいるだけだった。

「お、早いじゃない」
「今日終業式」
「だったらどっかで遊んでくれば、ってあんたのキャラじゃないわな」
「ご名答」

 この十歳上の従姉とは、昔っからの付き合いなので、いちいち着ぐるみをかぶったりはしない。肩もこらないし非常に気楽でいい。

「しっかし、昼時だというのに相変わらず流行らない店だことで」
「別にいいじゃない。客が来るほど鬱陶しいものはないでしょ」
「そんなのでよく喫茶店とかやろうと思ったな、この人は……」

 あきれながら、カウンター内に入り込んでエプロンを着ける。汚れる可能性もあるからいつもは制服から着替えてるけども、どうせクリーニングに出すんだし、とそのまま着けてみる。どことなく背徳感。

「まあ鬱陶しいには同感だけども、この店がつぶれられたら気楽なバイト先が無くなるんだけど」
「あー、まあ大丈夫でしょ。一応売れてるし、本」

 そういって、カウンターに堂々と設置された液晶を指さす従姉。どうやら副職の方は順調らしい。就職難のこのご時世、職が無くならないのはありがたいことである。私の本職はジョシコーセーというやつだけども。

「というか、あんたはもう少し遊んできなさいよ。そんなんじゃ後々苦労するぞー」
「いいの別に。昨日も一昨日もわけわからないところ引っ張り回されたし。女同士で服とか見に行くのの何が楽しいんだか。しかも買わないし。どうせなら買えばいいのに」
「あー、まあそういうのが楽しいお年頃なんじゃない? わからなくはないけど」
「そんなもんなのですか」
「そんなもんなのですよ」

 もう丸二年も女子高生やってたけども、相変わらずよくわからない。というか別にわかりたいと思ってないんだけども。

「ま、そんなもんでいいや。私には無縁なものということで」
「自分からゴミ箱に捨てておいてよく言う……」
「燃えるゴミで出して良かったんだよね?」
「どっちかというと粗大ゴミの部類かもねー」
「しまった、後で清掃局の人に戻されても困る」
「ゴミの分別はしっかりしないとなー」
「嫌がらせのように、ここで出す生ゴミに割ったカップを入れておこう」
「やめてくれよ! というか割ったって故意かよ!」
「えと、ちょっぴりおざなり会話をした人に対する罰、みたいな」
「……あんたは気まぐれすぎるわ……」

 猫かよ、というつぶやきは聞こえないことにしておいた。どっちかというと私は猫の部類じゃないと思うんだけども。おおかたこの従姉は気まぐれ、という単語のみで猫を引っ張り出してきたに違いない。ノリで生きてる人だし。

「まー、ノリで生きてるあたしが言うのも何だけどさ」
「……自分で認めたよこの人」
「ん? 何が?」
「いえどうぞ続けて」
「なんか気になるけどまあいっか。あれだよ、セーシュンしろよセーシュン」
「なにそのあからさまに『今そのネタで話書いてます』的な言い方は。まさか私にネタ元になれとでも?」
「い、いやちょっとは思ったけどさ」
「思ったのか」
「仕方ないでしょ作家なんだし。ネタ命だよネタ命」
「人に押し売りかましたあげくそれか!?」
「どーどーどー」
「馬じゃないし!」
「……まあテンプレートなやりとりはいいとしてだよ、もったいないと思うけどなあ、お姉さん的には」
「はあ。もったいないなんて思えないなあ」
「青い春と書いて青春だよ、ちょっとその辺の男に売ってくればいいのさ」
「あのー、別の意味っぽいんですけどー」
「案外楽しいかもよ?」
「いやいやないない。だいたい自分の春を安売りするつもりなんてさらさら無いし」
「いやそーじゃなくてさ。どうしてこの子はこんなに煤けた子になっちゃったんだろね」
「さあ……前からこんなんだし」
「それは知ってる。何年同じ家にいると思ってるのさ」

 大げさにため息をつく従姉を見て、少しだけ申し訳なく思ってしまう。でも三つ子の魂百までとやら、そう簡単にも変わらないし、別に青春とかそんなもんほしくない。バーゲンセールしててもゴメンだ。

 開店休業状態の店に常連客が現れたのは、そんな頃合いだった。

「ういーす、おお、美樹もいるじゃないっすか」

 その声を聞いた瞬間から、私の眉間にしわが寄る。

「うるさい私のいるときに来るな馬鹿」
「か、仮にも俺お客様なんだけども!」
「いや別にお客様は神様とかこれっぽっちも思ってないし」
「うわーん、ナオさんナオさん、美樹がいじめるー」
「あたしからするとどっちもうるさいんだけどなあ」

 数少ない常連客に対する態度とは思えない態度な私たち。まあ、二年前の開店当初からやってきてるので、ありがたい気持ちがなきにしもあらずだが、それはそれである。ゴミの分別はとても大事なのだ。

「というか何でこんな時間からいるの? あ、もう終業式かそっかそっか」
「勝手に話しかけて勝手に話を完結させるんじゃない」
「いやあ、昼間から美樹に会えて嬉しいなあ俺は」
「うるせー。こいつの口縫い付けてもいい?」
「美樹、一応は常連客なんだから、食べ物食べられる程度にしとけー」
「え、誰も止め役いないの!? というか針と糸は出さないで怖いから!」

 いつもはケーハクそうなにやついた表情を浮かべているというのに、さすがに私が裁縫セットを持ち出してきたのには危機感を覚えたらしい。その表情を崩せて、少しだけ満足。せいぜいマイナス一千四百万からポイントプラス三点くらいだが。

「はあ、いきなりびっくりするなあ。あ、ペペロンチーノにブレンドで」
「へーへー」

 こいつの頼むメニューは大抵パスタとコーヒーのセット。お天道様が昇っていようが沈んでいようが関係ないらしい。仕方ねーなーと露骨にめんどくさそうにディスプレイ前から離れ、従姉はペペロンチーノ作りに取りかかる。しまった、私が手持ちぶさたになってしまった。まあいいか。春休みなのだから時間はそれなりにある。

「ねーねー美樹美樹」
「うるさいそして二度も名前を呼ぶな」
「冷たいなあ相変わらず。もう季節は春なんだよ? ちょっぴり雪解けくらいしないと」
「ええいうるさい自分で自分の春でも硫酸あたりで溶かしてこい」
「ちぇっ、なんだよブルーデイだなあ……」

 それきり、こいつはこちらに話しかけてこなくなった。むう、腹立たしい。何が腹立たしいかって、軽薄そうなツラしてるくせに、ギリギリのラインでちゃんと引き返し、立つ鳥後に罪悪感を残す状態にしやがるのがムカツク。まあ、ここに来る客はみんなそんなヤツばっかりなんだけども、こいつは見た目のギャップもあって余計ムカツク。

「みーきー、ちょっとは学校用の着ぐるみでもかぶっとけー」
「え、何々演劇でもやるわけ?」
「んなわけあるか」

 学校とここでは態度が違う、なんて話はさんざんしているから、この一連の流れはある種のテンプレートと化している。で、この流れとなると大抵、

「どこでも地でいいればいいのに。もったいない」

と続くのだ。何がもったいないのか、いつだって全く持ってわからない。

「面倒だけども、地出すわけにもいかないでしょ。それなりに円満な女子高生的生活したいし。一応、表面的にはそれっぽく」
「そんなもんかなあ」
「別にそれなりでいいじゃん。どーせ大学は大半別のとこだろうし、そうなったら付き合い無くなるんだし。っていうかたぶん他の人たち浪人ばっかだし。うちの高校進学校だけど浪人率高いし」
「そっか、来年受験か。どこ狙ってんの?」
「とりあえずあんたのとこはないわ。もっと上いく」
「えー、近くていいよぉ? 国立だから学費安いし。こっから各停で一駅だし」
「イヤ。うちの高校の人間いっぱいいるし。気使うじゃん」

 根っからの人間嫌いっすねえ、という言葉は聞こえないことにしておいた。
 別にそういうつもりはないんだけども、その辺りの女子高生が持ってる感覚を私は持ち合わせていないらしい。どっちかというと一人がいいし、表層だけの友情ごっこをしてる自分にすら吐き気を覚える。なんであいつらはそんなんが楽しいんだろね。

「まあいいんじゃないの。お姉さんはもう諦めたよ。あ、ついでにペペロンチーノとブレンドお待ち」
「俺の注文はついでなのかよ!?」
「そりゃあんた、まさか本命とか思ってないわよね自分の立場とか」
「い、一応俺客! 客!」
「客の立場を主張する客にろくな客はいない。ばーいあたし」
「さすが私の従姉だわ!」
「だろう? 店で一番偉いのは店長、次に従業員。これ黄金則」
「いやあんたら根本的に接客業間違えてるからな! くそう、この悔しさはペペロンチーノにぶつけてやるぅ!」

 そう叫んだ後、こいつは普通にペペロンチーノを、うまいうまい言いながら食べ出した。なんやかんやで適度に礼儀のあるヤツだということも、この二年間でわかってる。この一見流行っていない喫茶店は、こいつをはじめとした、変だけどもいいヤツらで成り立ってるのだ。

「あ、そういやさ、」

 口からちょっぴりパスタの先を垂らしながら、人をフォークで指し示すヤツが約一名。やっぱり礼儀はなってない。

「なによ?」
「久しぶりに見たねえ、制服姿」
「それがどうしたのよ。ジョシコーセーなんて、あんたの大学裏辺りから掃いて捨てるほど現れるでしょ」
「いや、そーじゃなくて美樹の制服姿」
「はあ、あ、ゴメンナサイ?」
「え、もしかして俺何も言ってないのにふられた!?」
「いや一応、念のため」
「念のためでふられるのか俺は……」
「コーヘイ、美樹はレベル高いぞー、まだ経験値足りてないんじゃないかー?」
「あの別に狙う狙わないじゃなくて、単純に久しぶりに見たなあってことを伝えたかっただけなんです、ハイ」
「ああそうだったの、でもゴメンナサイ」
「ダメを押された!?」
「いや一応、念のため」
「また念のため!? 俺そんな風に思われる人間なのか!?」
「コーヘイ、美樹はレベル高いぞー、まだ経験値足りてないんじゃないかー?」
「って待って待ってこの流れついさっきやったばっかりだけどもねえっ!」
「気のせいじゃない? それとゴメンナサイ」
「もはやふられるのがグリコのおまけになってきた!」

 ……
 …………
 まあ、学校より楽でいいのはいいことだ。

 開店休業状態と言いながらも、なんやかんやで常連客はあいつ以外にもいるわけで、一見さんやたまに来る人含めて、閉店までに都合十五人ほどやってきた。どう考えても人数は少ないけど、多くの人が従姉の文筆業つながりの人。なんやかんや長く居座っては注文を多くするので、実質三倍くらいの客単価になってるらしい。ついでにいうとあの鬱陶しいのも学生のくせに何冊かヒットを出してるらしい。ご苦労なことだ。
 従姉と二人、ちゃっちゃと掃除を終わらせる。二年もやってれば適当にやってもキレイに素早くできるものなのである。終わらせた後は、帳簿計算とついでに執筆するとかいっていた従姉を置き去りに、一人建物の外に出る。少し前まで肌を刺すような寒さだったのに、もうそんなものはなかった。代わりにあるのは、冷たいけど少しだけ暖かい空気。キライじゃない。

「お、ようやく終わり?」

 やっぱキライ。

「なんで? なんでいるの? あんた三時間くらい前に帰ったでしょ」
「帰った帰った。ヨドバシで冷やかして上の三省堂で本の売れ行き見つつ漫画買ってアドアーズでなんとなくUFOキャッチャーやって帰った。で、また来てみた」
「なんで?」
「んー、なんでだろー。自分でもわっかんねー」

 いやこっちがわかんないから。

「作家やってるくせにうまく言いたいこと言えない自分が腹立たしい」
「だから一体何」

 喫茶店内にいるときにはほとんど見せない、いらだった様子。珍しいこともあるもんだ。でも帰りたい。

「なんかさ、今日思った、というか何となく感じちゃったんだよね」
「はあ」
「いやさ、一応二年くらい常連やってて、今更って感じがしなくもないんだけども」
「一体何が言いたい?」

 なんかいらいらしてきた。言いたいことあるならずばっと言ってほしい。楽だし。

「あのさ」
「うん」
「人生、楽しい?」

 ……ずばっとすぎだ。さすがの私もちょっとびっくりした。

「あー、うん、まー」
「うわ、絶対楽しんでないでしょそれ」
「うるさい。あんたに何でこんなこと言われなきゃならないんだか」
「いやあ、ひっじょーに気になって、って待って待って帰らないで俺とっても変な人に見えるからさあ!」
「ちっ、気づきやがったか」

 青臭い話が始まりそうだったので帰りたかったのに。すでに従姉からも聞かされていておなかいっぱいだというのに。仕方なくUターン。

「はあ、で、あんたも青い春を売ってこいとか言うオチ?」
「売春は良くないと思うなあ……」
「あ、そりゃそうね。じゃ」
「いや待って待ってそういう意味じゃないのはわかってたからお願いだから待って待って!」

 よく句読点なしブレスなし舌噛みなしで言い切れたなあ。

「滑舌いいんだし俳優だか声優だかにでもなれば?」
「演じられる物書きかあ、それもいいなあ、いやだから俺の話はよくってさあ」
「何だ?」
「あの、女の子なんだからもう少し言葉遣いとか考えた方が」
「……別に」
「記者会見のエリカ様ネタはもう古いって」

 ちっ。とことん別ネタをふって振り切ろうとしたのに、いちいち食いつく人間だ。なんだか色々面倒になってきた。ホントめんどくさい。

「はあ、もう面倒だから言うけども、青春がほしいとか思う思わない以前に、人付き合いが面倒。だから放っといて。あ、別に店内ならテキトーに対応するのは対応するけど。じゃ」

 くるっと身を翻して一歩踏み出そうとしたところで、右肩をがしっとつかまれ進めない。

「何……ん?」

 色々面倒だから思いついた罵倒を三行分ほどいってやろうかと思ったけども、振り向いた先にはいつもの軽薄そうな顔ではなく、なんだか泣きそうなヤツがいたので踏みとどまることにした。

「何?」
「あ、いや……」

 なんだか言いたい言葉を探している様子。作家のくせに言葉を見つけるのはへたくそらしい。人の肩を掴んだまま、うんうん唸って上下左右とせわしなく頭を回す。これじゃあ
 私まで変人に見られるじゃないか。離してくれたらさっさと帰れるんだけども。

「ここでかわいらしく悲鳴を上げたらどうなるかしら?」
「やめて、そんな怖いことやめて、もうちょっとだから、もうちょっとで頭ん中に降りてくるから!」
「あんたは降臨させなきゃ話もできないのか……」
「作家ですから!」
「いばるな、それと本職大学生でしょーに」
「どの作家さんも降臨するしないで悩んでるんだよ!」
「……それは実体験をどうもありがとう。それはお従姉ちゃんに言ってあげて」
「あ、降りてきた」

 きっかけかはよくわからないけども、何かが降りてきたらしい。ドラッグの類じゃないことを祈りたいけど、片方つかみから両方つかみにバージョンアップしたこいつの腕を見ると、少し怪しい。

「ねえ、美樹」
「何よ」
「……死にたい、とか思ってない? 人付き合いが面倒とかそれ以前に」

 ……ふう。あー、なんでこいつにこんなことを聞かれなきゃならないんだか。面倒だ。

「何それ。降臨させといて言う台詞がそれ? あんたそのうち売れなくな――」
「美樹! とりあえず今は、ふざけんな」
「……痛いよ、コーヘイ、肩」
「あ、いや、ゴメン、でも俺一年ぶりくらいに真面目モードだから」
「はあ、それはちゃんと答えないと返さないぞ♪ って意味?」
「音符マークはつけてないけどな!」
「はあ……面倒だ。とても面倒だ」

 とりあえず、いい加減鬱陶しくなっていた両肩の手を払いのける準備動作。今度はつかみ直すことはなかった。これでやっと帰れる。

「コーヘイ。一度しか言わないよ?」

 この話をするのは久しぶりだ。というか二人目か。しつこく聞いてきた従姉は、あの時以降軽いジャブを売ってくるだけになった。こいつもそうなってくれることを祈ろう。

「私、十八までしか生きる気無いから。それでお父さんとお母さんとお兄ちゃんのとこにいくつもりだから。これ以上は面倒だから、じゃ」


 早足でその場から離れても、足音がついてくることはなかった。まあそれでいいんじゃないかな。

 冬休み以来の長期休暇一日目の朝は、とても暇だった。従姉に午前から店行く、といってみたら、「美樹が来たら執筆が進まないから午後からにしてくれ」と断られた。まあ、そういう日もある。
別に出かける気力もなかったし、伯母さんには休みの最初くらいゆっくりしたらいいのよ、とありがたい言葉をいただけたので、朝ご飯の後は自室のベッドの上でゴロゴロしてみた。

「……うえ、キモい」

 すぐに酔った。アホか私は。まあ、食べてすぐゴロゴロするのはやめた方がいいのはわかった。この歳で学習することではない気もするけど、まあいい。
 ちょっと気を抜くと、昨日夜の発言一覧が頭の中で浮かび上がり、今すぐにでも死にたくなる。何だあれは。一歩間違えれば中学二年生のようなお年頃パワー全開じゃないか。

「うええ、キモい」

 さっきとは違う意味合いを込めて呟いてみる。ああ、思った以上に気持ち悪い。略してモイキ―。猿か。

「あー、いかんいかん、頭が愉快な少女モードになってるぞ―」

 適度にぐわんぐわんと脳髄さんたちが踊り出したので、仕方なく目をつむり、さっき起きたばっかりだというのに眠ることにしてみる。さすがに眠れないかと思ったけども、そこは夢見がちな少女(私のことだ。ベクトルの向きがおかしいだけだ。文句あるか)、案外すぐに眠くなってきた。



 そして夢見は最悪だった。

「……うわぁ、いや、いやぁ、か」

 感嘆符とかつけるのすら忘れて漏れ出た寝起きの第一声。口にしたらなんだか気持ち悪くて、つい言い直してしまった。
 なんてことはない。もうただ単純に、十年前のあのワンシーンが全部、ご丁寧に最初から最後、オープニングとしてテレビで流れていたあの団子の歌まで、手に取れる近さで流れていた。歌のお兄さんお姉さんに恨みは無いが、未だにあの歌が流れてくると勘弁してほしいと、お空に願掛けしたくなる。無論、流れ星は一度だって私の願いを叶えてやくれなかった。
 うぷ、と胃からこみ上げてくる物。大慌てで部屋を飛び出しトイレに駆け込み、おいしかった朝ご飯を全部吐き出す。ああ面倒だ。トマト系がなかっただけマシだけども。
 あらかた中身を吐き出して、喉にこびりついたやつらを水で飲み込み、ようやく一息つく。はー、とまだ胃酸臭い息に嘆息しながら、自室に戻っていく。

 残念ながら、ベッドに横たわる気にはなれなかった。目を閉じた瞬間に鮮血のワンシーンが再度蘇りそうで、さすがに一日二度も見たいものではないので遠慮しておく。

 ああ、面倒だ。お父さんもお母さんもお兄ちゃんもいない上に、気を抜けばあの時の馬鹿野郎の面が浮かぶこの世で生きていくのは面倒だ。
 伯父さんも伯母さんもお従姉ちゃんもいい人だし、こういうとアレだけどもあの店の連中だっていいヤツらばっかりだ。だけども、根本的に足りない。ちょっち楽しい、くらいしか感じない。

「あ゛ー」

 椅子に座って惚けてみたって、何も変わらない。どうせなら悲劇のヒロインなんていうのは柄じゃないので、コメディの登場人物になりたかった。そうしたら、もう少しは人付き合いとかも心の底から楽しめただろうし、従姉やあんにゃろが言ってた青い春、とやらも味わえたのだろう。
 でも残念ながら、今の自分には全く持って不要だ。それは、うち以外にも色々と殺し回った馬鹿野郎がさっさと死刑判決を食らって、現世から落ちていったのを聞かされても変わらない。

「あ、ダメだ、落ちる落ちる」

 いい感じにダウナーが頭ん中を回り出していて、強引に思考回路を変える。さすがに昼間から亜空間トリップをしたくはない。
 とは言っても、やることは何もないし、昨日の代わりと、同級生だったヤツらと連む気にもなれない。すると、やることは一つ。

「お店に行こっと」

 部屋に閉じこもるよりマシだろう。たぶん。きっと。そうであってほしい。

 店の扉を開けると、しかめっ面をした従姉とあんにゃろがいた。カウンター越しに、どうやら真剣な話をしている様子。私のことじゃないことを祈り、多少虚勢を張って声を出す。

「おっはよー」

 私としては「うわ、猫被って来やがった!」という返しを期待したけども、残念ながらしょぼくれた顔しか見せないので、大方昨晩の私について話していることだろう。間違いない。

「なんだ、人がせっかく猫被ってみたのに、挨拶くらい気合いで返せ」
「えー、いやいやいや美樹のことでテンションだだ下がりなのに、それで気合いってまた無茶を」
「だからだ馬鹿」

 カウンターへの入り際に頭を叩いておく。気は晴れない。

「美ー樹ー、あんたいいパンチコーヘイにかましたんだって?」
「いや殴りかかってきたのはこいつの方だから」
「いやいやいや! 別に物理的に殴ったりしてないからね!?」
「痛かった。心から痛かった。謝罪と賠償を要求する」
「どっかで聞いたフレーズはやめよーねー、日本人その言葉に弱いんだから」

 雰囲気を変えるのにテンプレートは重要なんです。
 エプロンを着てみると、少しだけ心は落ち着いてきた。幸か不幸か、この場所が一番落ち着くのだ。

「まったく、コーヘイもコーヘイだ。言っただろうに。経験値足りないって」
「あ、あれマジレスだったんだ」
「当たり前でしょー。人生の先達のありがたい言葉だってのに、額面通り受け取らないからこうなるんだよ」
「へへえ」

 カウンターに額をつけ伏せるポーズ。なんかださい。あと衛生的によろしくない。

「コーヘイ、汚い。頭」
「え、ちゃんとシャンプーリンスコンディショナーしてるけど?」
「そうじゃなくてカウンターに頭つけるな。それとリンスとコンディショナー役割被ってるから」
「マジで!?」
「マジで」
「でジマ?」
「私は力士じゃないっての」

 ちょいとしたことからテンプレをかまして、ささくれ立っていた部分に軟膏を塗りたくる。まあ幾分マシだ。気も落ち着く。やっぱりコメディ的な展開の方が私には向いてる。残り時間は少ないけども、まあいっか。

「あ、ブレンドおかわりで」
「あんたたまには少し高いの飲みなさいよ」
「いいの。売れてはいるけどまだ新米だから原稿料安いの」
「あ、そ」
「売れるようになったら高いの頼むから」
「別に期待してないし」
「えー、ちょっとくらい期待してもいいじゃないー」
「いや、別に。それが私の実入りになるわけでもないし」

 それがなぜだか私の財布に入ってくる、とかなら期待してもいいんだけど、と続けようとしたら、どうやらこいつは全然違う意味に受け取ったらしい。

「なら結婚しよう」
「あ、タモさんみなきゃ」
「ちょっと待って! プロポーズよりいいともの方が大事なわけ!? しかもここテレビないし」
「いやワンセグあるし。だいたい何で結婚しようになるのかわからないし。あんた私が好きなわけ?」
「え、嘘、気づいてなかったわけ? 割と前というか一年前からアプローチっぽいのしてたつもりなんだけど」
「あーゴメンゴメン。人間に興味ないから」

 もうそれはテキトーに扱っておく。いや、まあ前から気づいてはいたけども。面倒だし。

「うわきっつ。ナオさん俺どうすればいい? なんかすっごい猛烈な勢いでふられたんだけど」
「めげるなコーヘイ。経験値だ。経験値が足りない。美樹はラスボスみたいなもんだから」
「私は別に“こころないてんし”とか使えたりしないし」
「なんか塔を登らないと出てこなさそうなラスボスだなあ。魔石集めないと」
「アルテマは忘れるなよー」
「うっす、ちょっとナルシェ行ってきます、って違うでしょ! そうじゃないでしょ!」

 話にのっておいて切れ出すヤツが約一名。これだからゆとり教育は、って私もゆとり教育の対象年代だけども。

「そうじゃないでしょ、って言われてもいきなり結婚しようとかいわれた私としてはどう答えていいのやら。選択肢がゴメンナサイかゴメンナサイかゴメンナサイしかないし」
「三つもあったら普通思わせぶりな選択肢があったりするでしょ!?」
「あ、ごめん品切れ」
「入荷予定は!?」
「在庫が確認でき次第。あ、場合によってはキャンセルで」
「アマゾンへの注文かよ、俺のプロポーズは……」

 あまりにも適当にあしらっていたら、どうやら真面目に凹みだしたらしい。横からやり過ぎだろ的な視線もきつくきてるので、仕方なくフォローしてやろう。

「まあ、そういう日もある」
「フォローになってないからな!」

-*-*-*-

「で、まあぐずぐず状態なんですけども、さておき」
「うわ、強引に罫線引いて話を切ったな。汚い作家め」

 なおもツッコミの手をゆるめない私に、コーヘイはおずおずとUSBメモリを差し出してきた。どうせ中になんか入ってるんだろうけども、記憶媒体には使えるしほしかったし、ととりあえず受け取っておく。

「あ、ちゃんとロックかけてあるから簡単には上書きとかできないよそれ」
「ちっ、お見通しですか」
「渾身の一作をそうそう簡単に消されてたまるか」
「はあ……何、作品って物語的な物?」
「そう、作品的な物です。まあ途中なんだけどね」

 なんかメンドクサイことになりそうだなあ、とか思いながらも受け取ってしまった以上は仕方ない。

「つまりは、見ろと」
「ええ、見なさい」
「はあ……面倒だ」

 仕方ないので、家帰った後、忘れてなかったら見てやることにしよう。一応作家が書いた話なんだし。

「そういやあんた何書いてるの?」
「典型的なコメディチックのジュブナイルと……ノンフィクションを少々、ね」

 その日の夜。
 残念ながらUSBメモリの存在を忘れられなかった私は、お風呂上がりにVAIOのスイッチを入れ、その中身を見てやることにする。テキストファイルが一つ鎮座していて、念のためにウイルススキャンしてからファイルを開いてやる。

 中身は日記形式で書かれていた。出だしのそれは、どこかで見覚えのある日付だった。


 ――その中に書かれていたのは、とある男が、絶望の淵に立たされた話。


「あれ、これ、まさか……」

 見覚えのある日付。見覚え? そんなレベルじゃない。いくら年月を経過しても忘れることのできない血塗られた日。気持ち悪くなってくるが、朝やらかしてるのもあって、どうにかこらえられる。
 途中には、見たくても見ざるを得なかった新聞の文字列が転載されていて、あの一連の事件が事細かく、時系列順に説明されていた。新聞記事だけではわからないことも含めて。
 お父さんの名前も、お母さんの名前も、お兄ちゃんの名前も載っていた。私は載っていなかった。
 知らない人の名前もたくさん載っていた。あの馬鹿野郎には何人も殺されたから。
 裁判に移行してからの話もあった。なぜだか傍聴席視点だった。馬鹿野郎が大笑いしては、裁判長にしかられていたのを私も覚えている。地裁であっさりと死刑判決が下されたとき、馬鹿野郎がにやりと笑ったのも覚えてるし、これにも書いてある。あの時は、ほんのちょっぴりだけ、ざまーみろと思った。でも思ってみても大好きな人たちは帰って来やしなかった。文章の中にも、同じような感情が、ちょっとだけ渦巻いていた。

「……なんで……?」

 書いてあるのは、おそらくあの男が言うとおりノンフィクションなのだろう。狂気が呼び起こした殺人事件を、被害者の観点からまとめたもの。私のことは載っていないが、他の被害者の遺族へのインタビューなども載っていた。みんな、同じような感情を持っていた。でも、ちょっとだけ、前を向いていた。

「何で、これを、あいつが書けるわけ?」

 問題は。
 問題はこれだ。どうして、これを、あいつが書けるのか。

「お、お従姉ちゃんお従姉ちゃん!」

 慌てて隣の部屋に飛び込み、ノートパソコンと格闘していた姉に、あることを問いただす。

「あいつ、あいつの名字何?」
「……美樹、いくらなんでもコーヘイが可哀想すぎるだろ、二年も常連だってのに」
「それはいいから、あいつの名字は!?」



 ついでに、携帯の番号も聞き出して、うろ覚えのあやつのアパートとうちとの中間点の公園に来いと呼び出すまで、自分でも驚くほど時間がかからなかった。その後も慌てて自転車に飛び乗り、四月でもやっぱ寒っとコートを取りに戻って飛び乗りなおして、全速ダッシュで公園に向かう。
 大方の予想に反して、あいつは先に公園で待っていた。

「やーやーやー」
「ぜぇ、はあ、ちょっと、待って、息、整える、から」

 涼しい顔をしてるのがやけにムカツクが、ツッコミをいれる気力はまだ浮かんでこない。

「とりあえずこれ飲む? 飲みさしだけど」
「もらう」

 コーヘイが差し出した飲み物を奪い取って、一口飲んで、

「ぶはっ、あまっ!?」

 はき出した。

「ちょ、ちょっと何でこんなときにマッ缶なのよ!?」
「え、おいしいじゃんマックスコーヒー。県民の宝だね」
「せめて息の切れてない時に飲みたい……」

 手持ちの黄色い缶を押しつけて、二度三度と深呼吸。よし大丈夫。甘ったるいのも消えた。

「ねえ、これなんだけど」

 手にしたのはUSBメモリ。もちろん昼間に渡された物。

「ん? ああ読んだ?」
「読んだ。これ、どういうことなの?」
「なんだその話か……てっきりプロポーズを受けてくれるのかと思って頑張ってきたのになあ……」
「嘘付け。マッ缶渡す余裕ある人間がそんなこと思うわけないでしょ」
「ちっ、ばれたか」

 やれやれという意味なのか。手を二度、三度とふって、コーヘイは空へと大きく腕を伸ばす。

「まあ大方わかってるとは思うけど、俺もあん時の馬鹿野郎に人生狂わされた一人、なんだわ」

 ――新聞記事に載っていた中に、コーヘイの名字と同じ名字の人も三人分合ったのだ。

「それはわかった。じゃあ何で私に見せたの? 何、私を思いとどまらせようとでも?」
「うん、その通り。本当はこんなやり方したくなかったんだけどね。俺、どっちかっていうとコメディタッチの話の方が得意だし。こんなシリアスまみれの話を使いたくはなかったんだ。まあでも、背に腹は抱えられない、ってね」

 手に持っていたUSBメモリを奪われる。コーヘイはそれを握りしめ、大きく振りかぶり、池めがけて投擲。暗がりでよく見えなかったけども、ポチャンと落下した音だけは聞こえてきた。さよならUSBメモリ。

「あ、先に言っておくけど、美樹が好きなのは本当。それと、あの時巻き込まれた人間だとわかったのはつい最近。だから同情とかそんなんじゃないから」
「あ、そ……」

 そんなことを言われても、私はどう答えていいかわからない。第一、何が言いたいんだこいつは。

「まあそれはとりあえずzipで固めておくけど」
「え、いらないファイル扱いなのこれ!?」
「捨てないだけ感謝しなさい」
「そ、そうですか……これは俺喜んでいいのか? いいやよくないだろ……常識的に考えて」

 それはともかく。

「で、あんたは何を言いたいの? あの文章がちょっぴり前向きだってことから、私にも前を向けと? 無理だよそんなの。お父さんもお母さんもお兄ちゃんもいないんだから」
「……確かに、いないのは変わらないし、変えられない。俺も、どんだけ父さんや母さん、妹が戻ってきたらって願ったかわからない。あの馬鹿野郎を恨みもしたし、執行されてざまあみろとも思ったし、美樹みたいに後ろ向きなこともあった。だけど、さ」
「だけど?」

 腹立つことに、こいつはやっぱり役者側の才能の方があるみたいだった。人にピンポイントに直球を投げ込んだあげく、タメを経て、


「あの馬鹿野郎に無茶苦茶にされっぱなしだと、むかつくじゃん」


 ずばっとえぐることを言ってきやがったのだ。

「むかつくって……」
「いやさ、俺は確かにあれのせいで死にたくなった。そう死にたくなったんだよ。でもさ、腹立つじゃん。無茶苦茶にされっぱなしだと。しかも俺の手で殴り殺すこともできず、あっさりと絞首でいっちまって。反抗する場所なんて、精一杯生きることくらいしかなかったんだ」
「でも、だって、そんなことしたってみんな、みんな戻ってこないの!」
「そうだね、戻ってこない。夜ごとに祈ったって戻ってきやしない。くそったれを殴り飛ばすこともできない」
「だったら、だったら私を向こうに行かせてよ! もう放っておいてよ!」

 なんでこいつに、こんなことを言われなきゃならないんだろう。腹が立ってきたけど、それ以上に、もうどうでも良くなってきた。面倒。でも、こいつは何でか知らないけども(や、さっきのプロポーズ的なのが嘘じゃなきゃ、私にいなくなって欲しくないからなんだろうけど)、なんか熱くなってる。普段からは想像できやしない。
 出来やしないついでに、なんか演技くさいことを言いやがった。

「負けんなよ!」

 ……あれだ。熱した陶器に水をかけられた状態。なんかが耳元でパリーンと割れた。当の本人は熱湯のつもりかもしれないけど。

「……はあ」
「……いや、あれ、普通こういうときもうちょっと激高するもんじゃない?」

 案の定熱湯のつもりだったらしい。こっちは冷や水を浴びせられたようなもんだというのに。まあ、それはそれでよかったのかもしれない。

「いや、なんかその台詞、松岡修造を思い出して、なんか醒めた」
「え、あれ、うん? 冷める?」
「うん、醒めた。ちょっぴり」

 なんか会話と字面があってない気がするが、まあそれはいいとしよう。
 長年つもってた何かから、文字通り醒めた気になれた。あくまで気になれた、だけども、そんな風に思ったことすらないんだからびっくりだ。

「あーと、うん、一応説明してみて、その負けんなよってのを、松岡修造ばりに」
「あの、えと、冷静にそうツッコミ受けるとなんか思いっきりだだ滑りした気になってきたけど、その、なんというか、人生に負けるなというか、適当に生きるなと言うか、うん、あれ、俺そんなこと言いたかったんだっけ?」
「いや私に聞かれても」

 もはや会話のほうは適当に返しながら、なぜこんなにあっさり私がひっくり返ったのか、冷静に考え直してみる。うーん、うーん。
 アレか。今までいろんな人に同じ事言われてきたけど、限界突破してない熱さだったからか。こいつの場合は予想に反してむさ苦しいくらい熱かったせいで、メーター振り切ったのか。予想外だ。こんなんで覆されるとは思いもしなかった。だもんで、ジロッとにらんでやることにするが、相変わらずどこで正しい道を選んだのか(こいつ的には間違った道だろうが)わかってないようだった。それはそれで、まあいっか。もうなんだか面倒になってきた。いろんな意味で。

「あ、でもさ、冷めた、ってことはちょっとは考え変えたの?」
「はあ、まあ、一応」
「……ならいっか。なんか腑に落ちないけども」

 腑に落ちないのはこっちのほうだよ、と言おうとしたけども、未だかつて見たことのない、にへらっとした笑顔を見て言えなくなってしまった。そういうことも、ある。

 二、三、会話を交わして、自転車にまたがる。最後に、「あんたも私くらいには苦労したの?」と聞いたら、「まあそりゃあ、この手の人並みには」という、なんとも締まらない回答が返ってきて興ざめする。対して、「あれ、この手合いのオチって、普通こう、キスシーンとかあるんじゃないの?」とか言ってきやがったので、ケツを思い切り蹴飛ばして、それからダッシュで返ってきた。

 あいにくと、私は悲劇物やセーシュンもののヒロインにはなりたくないのだ。えっへん。

 ――と、いうわけで、自分勝手な思い込みを自分勝手なアレでひっくり返して恐縮なんですけども、お父さん、お母さん、お兄ちゃん、もうちょっと生きててもいいですか? なんか、ちょっとだけおもしろそうな役柄できそうなんで。


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 春まっただ中にしては珍しくすかっと晴れた今日この頃。なんか昨日の一件のせいで私の心情が晴れ渡ったと、お天道様に勘違いされてる気がしなくもないが、まあそれはそれでよしとしよう。
 ちょっとだけ気持ちよく店のドアを開け、

「やあ美樹! 今日から俺もバ」

 そして閉めた。ちょっとだけ、ほんとちょっとだけ浮かれ気分だったから、店を間違えたに違いない。ガンガンガンと店内側からロックなリズムが聞こえてくるが、あいにく気分は一気にメランコリックだ。そういう気分じゃあない。

「っていきなり閉めるな! ちょっと俺悲しかったじゃないか!」
「あ-、そうですか、ハイハイ」
「すっごくおざなりなのは変わってないのな!」

 うるさいのは無視して店内へ。すると、何でかは知らないけども従姉もにやけ顔だった。あー、帰りたくなってきたぞ今すぐに。

「あーもうなんだか面倒になってきたから一個しか聞かないけど、なんでこいつがエプロンを?」
「いや、経験値が欲しいって言うから、ならうちで働けと」
「故意犯ですか」
「もちろん犯です」

 そんな言葉ねえよこの作家が! と心の中だけで突っ込んでおいて、カウンターにはいってエプロンを着ける。その後に続いてコーヘイも入ってきて、狭いのなんのって。

「まあ、たまにはこういうのもいいんじゃないかい?」

 だけども、その狭さにかかわらずにこっと従姉がいうもんだから、もう何も言えない。否定もしない。それはそれでいいのかもしれない。そういう日もある。

「なあなあ、昨日ので経験値どんくらい上がったと思う?」
「んー、五十三くらい?」
「微妙な数字をまた……ちなみにレベルアップまでいくつくらいいる?」
「次のレベルに必要な経験値が、だいたい四百ちょっと」
「おおお! じゃあすぐじゃん!」
「んー、昨日の時点でマイナス一千四百万前後だったからなあ……」
「ってぬか喜びじゃん!? 俺の喜び返してよ!」
「あーごめんなさい、クーリングオフ対象外なんですー」
「悪徳商法かよっ!?」

 否定はしない。それはそれでいいのだろうきっと。そういう日だってある。

「まあいいさ、俺たちには次の戦いが待ってるからな!」
「だってよお従姉ちゃん」
「頑張れー、十一話打ち切りだとしてもくじけるなー」
「ちょっと勝手に終わらせ……」


 ――聞こえない。まあ、うん。どっちかというと、コメディのヒロインぽいし。うん。そんなところでよしとしよう。ついでにちょっとだけ面倒くさがりもなくしてやろう。


「俺は別にコメディの主人公になりたかったわけじゃないからな!」
「コーヘイ、今マジで打ち切り話の主人公っぽいし」
「マジで!?」
「マジで。まあいいんじゃないの?」
「いやいや良くないでしょ俺的にはというか男的にはというか作家的には」
「いいの。私がそれを望んでるから。だからほら、こんな適当な終わり方」
「え?」
「それでも私たちの話は勝手に続くのだー」