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MemoriesOff1・2/bridge

 雪の降る日。
 僕は一人登波離橋に佇んでいた。

 始まりの地であり、終わりの地。
 ここには様々な想い出がある。
 嬉しかったことも、悲しかったことも。

 一年前、僕はここでほたるから告白を受けた。
 初めて告白を受けるという事態に驚きながらも、快く了解した。
 そして、僕とほたるの交際が始まった。

 ほたるの奏でるピアノに聞き入ったこと。
 時々放たれる謎のギャグに唖然としたこと。
 寒い日に、一つのセーターに包まったこと。
 星空を一緒に眺めたこと。
 僕たちは校内でも有名なカップルとなっていた。
 事実、僕とほたるの仲は順調だった。

 はずだった。

 ふとしたことで生まれた小さなひずみ。
 消えることなく拡大していくばかりで。

 すれ違いは更なるひずみを生む。
 そして、そのひずみを消せないまま、ほたるは異国の地へ旅立った。

「遠くへいっちゃうんだよぉ……」

 そう言われたのもこの登波離橋。
 僕はどうすることも出来なかった。


-僕はほたるにはふさわしくない-


 自分の気持ちに整理がつかず、結果としてほたるを傷つけた。
 そして、僕の心にも大きな穴が空いた。



 今になって分かったこと。
 ふさわしいふさわしくないなんて関係ない。
 ほたるを思う気持ちがあればいい。
 僕にはほたるが必要なんだ、ということ。
 分かるのが遅すぎたけど。

「ほたる……」

 橋の下を流れていく水面に向かって呟く。
 小さな呟きは容易くその流れへと飲み込まれていく。
 僕のこの想いも流されてしまうのだろうか?

 すでに辺りは暗い。
 雪も止まずに降り続いている。
 肌を指すような寒さに身震い一つ。
 僕はゆっくりと欄干を離れ、駅へと足を向けた。

 その時だった。
 懐かしく、しかし聞くことの出来るはずない声が僕の耳の元に届いたのは。

「健ちゃん……」
「ほ、ほたる!?」

 消えてしまいそうな小さな呟き。
 そこにはほたるが立っていた。
 いないはずのほたるが、雪の中、傘も差さずに。
 小さな身体を震わせて立っていた。

「ど、どうしてここに?」

 喉の奥が熱い。
 通り一遍のことしか僕は聞けない。
 もっと他に言いたいことがあるはずなのに。

「今冬休みだからちょっとだけ帰ってきてるんだよ。」

 沈黙。
 吐いた息は白い霧となる。

 言葉が出ない。
 頭の中で渦を巻いては、奥底へと消えていく。
 今ここで何を言えばいいのだろう?

「健ちゃん」

 先に沈黙を破ったのはほたる。
 先ほどとは違う、しっかりとした声。
 しかし、握り締められた手は小刻みに震えている。

「ほたるがここにいるのはね……」


―健ちゃんに会いたかったからー


 ほたるの目に涙が溢れ出す。
 おそらく、今まで耐えてきたのだろうか、感情が爆発する。

「捜したんだよぉ!家にもいなくて、ルサッケにもいなくて、学校にもいなくて、ここにいなかったらもう二度と健ちゃんと会えないかもって!」
「ほたる……」
「向こうに行って、一人寂しくて、健ちゃんと仲違いしたままがイヤで、それで、それで……!」

 抑えきれない感情のためか、話す言葉は錯綜している。
 それでもほたるの気持ちは良く分かる。
 僕も同じ気持ちだから。
 しかし、何も言うことができずに立ち尽くしたまま。
 相も変わらず、飾りだらけの偽りの言葉のみが浮かんでは消えていく。
 僕が、僕が本当に言いたいのは……

「もうイヤなんだよぉ!だって、だって……」


―ほたる、健ちゃんのことがこんなに大好きなんだもん!-


「ほたる!」

 気付くと僕はほたるを抱きしめていた。

「ほたる……僕もほたるのことが大好きだ!」

 飾りっ気のない本当の言葉。
 偽りのない素直な気持ち。

 僕に欠けていたもの。

 顔を上げたほたるの目に涙はもうない。
 ただ幾筋のその痕跡と、屈託のない笑みがあるだけ。

 唇に、柔らかく、温かい感触。

「ほたる」

 近付いていた顔をほんの少しだけ離す。

「今度は僕のほうから言わせて欲しい」
「え……?」
「白河ほたるさん、僕と付き合ってくれませんか?」

 しばしの間。
 下を向くほたる。
 そして……

「うん!」

 再び僕へと向けられたその顔は、ほたるの笑顔そのものだった。



 一年前。
 淡い恋物語の始まった地。

 この夏。
 一度終局の訪れた地。

 そして。

 今再び、僕とほたるの恋物語が始まる。
 この登波離橋から。

 吹き付ける風は、もう冷たくない。



 あれから一週間。
 ほたるは再び旅立った。
 でも僕は彼女を待ち続ける。
 彼女が自分を磨いているように。
 僕も、ほたるが帰るその日まで自分を磨こう。

 自分の為に、ほたるの為に、二人の未来の為に。