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MemoriesOff1・2/MorningBell

「……ん、朝か……」

 カーテンの隙間から漏れる光に、智也は目を覚ました。時計をのぞけば、まだ6時30分。30分は早い。

「まだ早いな……寝よ」

 そういって再び布団の中にもぐりこむ。一瞬、机に立てかけてあった写真が目にはいる。が、智也はためらわず布団の中へ。至福の一時。智也はすぐに心地よい世界へと落ちていった。


 ドンドンドン。

「……ん?」

 何やら物音がして、智也は目を覚ます。時計の針は一時間進んでいた。

 ドンドンドン。

 物音は鳴り止まない。智也は仕方なく身を起してその音のする窓へと近寄った。
 カーテンを開ければ、そこには見慣れた姿。

「智也!遅いよ!」
「遅いってったってな……」

 寝癖のついた前髪をかきむしりながら、智也は目の前の幼馴染、彩花をけだるそうに見る。

「今何時だと思ってるの!?」
「……7時半」
「だったら用意する!」
「うへい……」

 智也が家の中に振り返ってすぐに、「まったく……私まで遅刻しちゃうじゃない」という声とガラスが閉められる音が残される。

「遅刻しそうって思うなら俺を起さなきゃいいのになぁ」

 などと軽く文句をいいながらも、彩花を待たせないように、智也は身支度を始めた。
「おはよう」
「ああ、おはよう」

 家の戸を開けると、目の前には高校の制服姿の彩花が立っていた。その右手には通学鞄、左手には……

「はい、これ」
「ん、サンキュー」

 それは智也の朝食だった。朝起きるのが遅い上に一人暮らしの智也の為に、中学の時からずっと彩花が智也の朝食を作っていた。メニューも智也が好きなものにあわせてあった。

「悪いな、毎度毎度」
「いえいえ」

 学校へ向かいながら、智也は包みの中からサンドイッチを一つ取り出す。彩花のオリジナル、唐揚げサンドだった。

「唐揚げはさんだサンドイッチなんてないよな……上手いからいいけど」

 かつて遊園地に遊びに行ったとき、初めてを見たが、その時はかなり奇抜なものだと智也は思っていたが、今では智也の好きな唐揚げをどうにかして食べさせたいという彩花の好意を嬉しく思えるようになっていた。

 家から歩くことしばらく。不意に背後から声がかかる。

「と~もちゃん、あ~やちゃん、おはよう!」
「おはよう、唯笑ちゃん」
「ん、おはよう、唯笑」

 声の主はもう一人の幼馴染の唯笑だった。
 ここから先は三人で通う。
 以前と変わらぬ風景。
 以前と変わらぬ関係。
 まるでここだけ時間の流れに取り残されたように……
 コンコンコン……

「ん……?」

 夜。珍しく智也が勉強をしていると、不意に窓ガラスから音が聞こえる。カーテンを開けると、やはり彩花だった。

「どうした?」
「うん、ちょっと、ね……」
「はあ……」
「ちょっと待ってね、今そっち行くから」
「ん」

 そして彩花は宙を舞う。

「っておい、飛び移るなよ!!」
「こっちの方が早いでしょ?大体昔もよくしたじゃない?」
「そういう問題じゃなくてな!危ないだろうが!」
「ま、ま、気にしない。あれ?智也が珍しく勉強してる……」
「うるさい。仕方ないじゃん、あの量の宿題を出されちゃ」
「それもそうだね。でも、少し休憩したら?」

 そう言うなり、彩花はベランダに腰を下ろす。

「智也も来たら?」
「さすがに寒いだろうが……」
「そんなことないよ?ほら、気持ちいい」

 智也はハンガーにかかっていたジャンパーを二枚手にとり、一枚を彩花に手渡した後、隣に腰掛けた。
 夜空には数多くの星が己の存在を誇示するかのようにまたたく。

「やっぱりさみい……」
「寒い寒い思ってるから寒いんだよ。寒くないって思えば寒くない!」
「んなガキみたいなことを……」

 すでに秋真っ只中の夜。吐く息は白く曇ってしまう。

「ねえ、智也」
「ん?」
「今、幸せ?」
「はあ?」

 突拍子な彩花の質問に、智也は思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。

「今……私といれて幸せ?」
「……」
「ねえ?」

 黙り込む智也の顔を覗き込んで、彩花は答えを強く要求する。

「あ、ああ……」

 かすかに残る違和感を感じつつも、智也は素直に答えた。

「ふ~ん……」

 それを聞いた彩花はどこか満足げな様子だ。
 が、表情を一変させる。

「それはウソって気付いてるよね?」
「っ!?」

 それはいつになく厳しい彩花の表情だった。

「その答えも、この時間、一瞬もぜーんぶウソって、智也はわかってるよね?」
「……」

 チクリ。
 胸を突き刺す痛み。小さくて、でも鋭い痛み。

「智也はわかってる。でもわかってないフリをしてる。違う?」
「俺は……」
「口答えしないの!」
「っ……」

 居心地のいい空間。少し寒いはずなのに暖かい場所。街中でも綺麗な星空。
 沈黙がその場を支配する。
 智也は何気なく星空を見上げた。
 やはり星は輝いている。

「知ってる?智也」
「ん?」
「あの星たちは、ひょっとしたら今この時間には存在しないかもしれないんだよ?」
「ああ、そんくらいは知ってる。あれだろ?光がここに到着するのにも時間がかかるから、光が見えた、と思ってるときにはその発信源は消えてる……」
「そういうこと。そしてこの時間軸も同じ儚い夢。智也が作り出した“すでに消えている現在”」
「彩花、何が言いたい?別に構わないだろ、俺がここで何を考えてたって……」
「……いいの?他に待っている人がいるでしょ……」
「それでも俺は……」

 ソレデモオレハアヤカトイッショニイタイ。タトエスベテガトマッテモ、タトエスベテガユメノナカデモ。

 智也はギリギリでそのセリフを口にする誘惑に耐えた。

「ああ、そうだな」
「ね?だから……」

 もう朝だよ。
 ジリリリリ……

「……ん?」

 遠いようで近い大きな音で智也は目を覚ました。
 音の発生源は7時をさしている。もう起きなければならない時間だった。

「30分しかたってない、のか?」

 テレビをつけて日付を確認。

「正しい日付、か……」

 ということは先ほどの夢はたった30分の夢だった、ということになる。

「長い夢だったなあ……」

 思わず苦笑。

「さて、用意するか」

 そして智也は実に久しぶりに遅刻しない時間での準備を始めた。