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MemoriesOff1・2/プレイヤー

 それは、もう戻らないもの。
 どれほど願っても、この手に入ることは、決してない。

 彩花との時間。
 一瞬にして血にまみれ、はかなく散った。
 そして、俺は独り、彩花のいない世界で生きつづける。
 日々に生きがいを見出せず、混沌世界に流れ……

 悲劇の主人公はもう、いい。
 ただ、あの頃に戻れさえすれば……


「……さん……」

 誰かが俺を呼ぶ。

「と……さん……」

 徐々に覚醒する意識。まぶたの向こうに広がる光。後頭部に触れる柔らかく温かい感触。
 柔らかく、温かい……?

「智也さん」

 目を見開いてい見れば、そこには俺を覗きこむ詩音の顔があった。体勢から察するに……

「俺、もしかしなくても詩音に膝枕してもらってたとか言うやつ?」
「もしかしなくてももしかしても天変地異が起きてもそうです」
「なるほど」

 よくわからない例えだが、とりあえず俺は現状を理解して身を起こした。

「今何時くらいだ……?とりあえず昼休み、飯を食い終わった頃までの記憶はあるんだが……」
「もう1時半です。五時間目は確実に遅刻です」
「そうか、それは悪いことをしたな……」
「それは構いませんが……大丈夫ですか?どうやら夢見が悪かったようですけど」

 実に心配そうな顔で、詩音は俺に尋ねてくる。どうやら夢にうなされていたらしい。
 夢にうなされる。考えられることはたった一つ。

「また、あれか……」

 空を仰ぐ。
 晴れわたる秋空は、青一色だった。

「あれ……彩花さん、ですか……?」

 とりあえず見つからないような場所を探し歩きながら、少し寂しそうに、俺に聞いてくる。それはそうだろう。自分の恋人が、未だに亡くなってしまった昔の恋人の夢を見ているのだから。

「……ああ……」

 小さく、俺は肯いた。胸に鈍い痛みが走る。

(ははっ、俺はこうしてまだ、過去にとらわれて……)

 自嘲めいた思いが、胸を横切る。
 詩音のことは好きだ。この想いは本物。それは確か。
 だが。
 それ以上に、過去のあの光景、あの想い、あの後悔が、俺をがんじがらめに縛りつけている。

 身動きできない悲劇の主人公。
 弱いな、俺は。

「ここなら、大丈夫ですね」


 詩音につれられてきた場所は、裏庭だった。なるほど、ここならどこからも死角になる。
 彼女は芝の上に座り、愛用のティーポットを取り出す。どうやらここで小さな茶会を行うようだ。俺もその隣に座り込む。
 こぽこぽと音を立て、カップに琥珀色の液体が注がれ、辺りに独特の香気がたちこめる。

「どうぞ、智也さん。もうかなり冷めて香りも飛んでしまっていますが……」
「ん、サンキュ」

 一口すする。おいしい。

「おいしい」

 俺は素直な感想をもらした。それを聞いて詩音も静かに微笑む。

 緩やかに時間は流れる。授業をサボってることについては、この際まったく気にしないでおく。
 しばし沈黙が訪れる。その間、多少ほぐれていた俺の心が、再び過去へと向かっていく……
 多少なりとも気持ちを切り替えるために、彼女に話しかけてみる。

「悲劇の主人公ってどう想う?」

 ……過去と、決別する為にも。
 この問いかけに対し、詩音は簡潔明瞭に答えてくれた。

「私は、格好いいと思いますけど?」 
「へえ……」

 ……何となく、詩音ならこう答えそうだなとは思っていた。何故なら彼女は数多くの本を読みこなしているからだ。本という虚空の世界にこそ、悲劇の主人公達はあまた存在するくその姿を読んでいれば、そういった主人公に慣れていても、おかしくはない。

 だが、ここは現実、

「俺が今こうして演じていたとしても?」

 半ば自嘲めいた思いで、続ける。

 そう、俺は主人公。
 幼馴染へのあらゆる想いを払拭できない脆弱な主人公を、演じることを強要されているんだ……

 詩音が、静かに口を開く。

「ええ、格好いいじゃないですか。それに私……悲劇の主人公に寄り添うけなげなヒロインってやってみたかったんですよ」

 珍しく微笑みを浮かべ、冗談めいた口調。しかし、すぐにまじめな顔へと変わる。

「智也さん、シェークスピアという作家は知ってますよね?」
「さすがにな。四大悲劇とかの作者だろ?」

 俺の答えに、詩音は多少満足したように肯いた。

「その通りです。“To be,or not to be”(生きるか死ぬか、それが問題だ)などという有名なセリフを数多く残していますが……その中にはこんなものもあるんです。

-この世は舞台。人は皆役者-

 この言葉が伝われてる劇自体は喜劇なんですが、味のあるセリフだと思いませんか?人はみんな、何かしらの主人公なんです。みんな、何かの役を受け持ってるんです」

 ……紅茶以外の話題ででこんなに饒舌になるなんて、と普段の俺なら思っていただろう。まあ、今でもそれなりには思っているのだが、それ以上に詩音が教えてくれた台詞が、俺の心に響いてくる。

「考え方自体は運命論に通ずるものがありますから、人によって好みがわかれるでしょうけど。私は好きですね。」

 何か、意識がうごめく。
 強く惹かれるものがあった。
 何というか、今の自分を正当化してくれそうで、。

 でも。
 違う。
 違うんだ……
 何か、俺の深層心理は違うと訴えてやまない。

「不満そうですね」

 俺の内心を察するかのように、詩音は微笑みながら語りかけてくる。

「きっと、智也さんは納得できてないんです。全てが、決まりきったことに思えてしまうから。このままだと、彩花さんの死もすでに決まっていたことになってしまうから」

 琴線に、触れる。

「俺は俺は俺はあの時俺はどうして彩花をあの時俺は……!!」

 感情が爆発していた。
 自分でも驚きを隠せないくらいに、たまりきっていたものが溢れだす。

 過去。
 後悔。
 血痕。

 オレハ、ナニモデキナイノカ……?
 コウシテチニハイツクバッテルダケナノカ……?
 スベテヲウンメイトシテカタヅケルノカ……?

 彩花……

「……全てが台本通りに生きているかもしれない私たちにでも、やれることはあると思いますよ?」
「え……?」
「役者だって、アドリブを混ぜることは出来るんです。それと同じで、私達にだって、決まりきったこと以外にも出来るものはあると思います。例え、それが些細な物事だとしても、するとしないとでは大きな違いがあるんじゃないでしょうか?」
「……些細な、物事……?」

 詩音は、静かな微笑み……俺を癒すようなその表情で、こう告げた。

「祈りましょう」
「は?」

 思わず、今までの感情だのそんなの全部忘れて、素で聞き返していた。

「だから、祈るんです」

 強い意思を秘めたる口調で、詩音はそう言った。

「別に世界平和を祈るとか、そういった大事じゃなくていいんです。いわゆる一般的な“祈り”じゃなくて、亡くなった人を思い偲ぶとか、そう言ったもので構わないんです。ですから……そういった意味では智也さんはいつも祈ってるんです。彩花さんを……この思いは、台本に書かれてるようなものじゃない、生きた出来事だと思いますよ?」
「……」
「だから、智也さんは、祈りつづけてください。私も……智也さんが過去を乗り越えられるように、祈りつづけてますから……」

 正直なところ、詩音の言わんとしている事全てを理解することはできなかった。だがそれでも……今俺自身が、こうして彩花のことで悩みつづけているのは、間違っちゃいないんだなと思う。そして、思いつづけていることでいつか“悲劇の主人公”を脱却できるんだな、と……

「もちろん、私のことも思ってくださいね?」

 最後に、詩音が少しお茶目にそういってきた。

 いろんな人を、思いつづけよう……
 いろんな人に、祈りつづけよう……

「わかってるって、詩音は……今の俺の恋人だからな」

 少しだけ、強い主人公になれた気がした。