>TOP >ss >detail

kanon/雪玉メンズドリーム

 雪
 小さな氷の結晶。
 その集合体。

 いわゆる北国に位置するこの街の雪は東京のそれと違い、一般的には春と呼べる月になっても、未だに粒は細かくさらさらとしている。色もくすんだ灰色ではなく、純粋な白。
 白という色は心の奥底に秘められた童心を照らし出してくれる。
 ココロが踊るのだ。止まぬ胸の高まり、きかぬ抑制、そして……

「おりゃっ」

 祐一は己の純な欲望に従い、白くでかい雪玉を思いっきり目の前の人物にぶつけた。
 ぶつけられた方-金髪アンテナ男、北川潤は、祐一の期待通りの派手なリアクション(万歳、そして飛び上がり)をして、おまけに「うぉあっ!?」という奇妙な悲鳴まで上げてくれる。

「相沢っ! てめえ何するんだよっ!」

 多少の怒気を込めて―もっとも本気で怒っているわけではないが―言い放つ北川に対し、雪玉を掴んだことでかじかんだ手の平をはためかせて受け流す。

「何言ってるんだ北川さんや。雪だぞ、雪」
「転校してさすがに二ヶ月もたちゃ見慣れるだろうが」
「ちっちっち」

 人差し指を振り、無意味に擬音を口で表現する祐一。その顔には不敵でいて、それでも実に楽しいことを表す笑みが張り付いていた。

「その辺にあるのは土足で踏み躙られた汚い雪だろ? しかし、ここにあるのは……」

 一歩、二歩、三歩。
 無駄に無駄を重ねるように大きく手を広げ、演技がかった口調で祐一は告げる。

「夢」
「っ!!?」

 たった一単語。漢字で一文字平仮名で二文字のこの単語が、北川に大きな衝撃を与える。こちらも演技がかったように激しくよろめく。

「そうか……そうだったのか……」

 がっくりと肩を落とす北川。祐一が彼に歩み寄り、軽くその肩を叩く。

「わかればいい。わかればいいんだ」
「相沢……」
「ここにあるのは、何だ?」
「夢だっ!!」

 次の瞬間には、二人は飛ぶように離れ、互いに雪玉を作っては投げ作っては投げ……つまるところの雪合戦を始めていた。

「……馬鹿ね」

 少し離れたところで香里が呆れた表情を浮かべながら呟いた。
 彼女、そしてその横に立つ名雪の耳にはひっきりなしに雄叫びが聞こえてくる。雪合戦に必要とは思えない雄叫びは、それだけ二人が本気で投げ合ってる証拠でもある。

「何でこんなに熱くなれるのかしら?」
「高校生にもなると、なかなか雪合戦が出来ないから、じゃないかな」

 香里のもっともな疑問に、祐一の性格を知る名雪が答える。

「多分、これだけ綺麗な雪が積もってるのを見て、抑えられなくなったんだよ」

 名雪の言うとおり、ここ学校の屋上には真っ白な雪が、厚く平らに積もっていた。冬の間は寒すぎて誰も屋上に来ようとしないためである。もちろん、世間的には春といえる時期になってもこの街は冬に等しい。今でも十二分に寒いのだ。事実、二人が吐く息はかなり白い。

「名雪……あの二人の気持ちがわかるの?」
「実際やる、ということはないけど、ちょっとはしてみたいかなって」

 はあ、と香里はもう一度深く息を吐く。
 雪。この街では見慣れすぎた物体。
 ただ冷たく、ただ重いだけ。
 ただ……

 べしっ、べしっ。

 雪玉が何かにぶつかり、砕ける音が二度香里のそばで聞こえた。
 周りを良く見る。一つは名雪の肩に、一つは自分の頭に。

「……なるほど、どうりで頭が少し痛くて、冷たいわけね……」

 髪をかきあげ、隙間の雪を落としながら男どもを見やる。
 ……彼らは、確信犯的な笑みを見せていた。

「やー悪い悪い、ついうっかり」
「美坂、悪気はあまり無かったんだ」

 火に油を注ぐような言葉。二人の目論見通り、香里の血圧は急上昇する。

「へえ……うっかり、悪気はあまり、ねえ……」

 徐にしゃがみ、足元の雪をすくい、全力でそれを固める。思う存分固め終わった後、立ち上がって、テイクバック。

「どこの口がそんな事言えるのよーッ!!」

 テイクオフ。離陸した雪玉(激硬)は、見る見るうちに高度巡航速度に達し、そして目標に着弾。

「うおっ!! み、美坂これはしゃれになら……」
「北川!? おい北川しっかりしろ! お前はまだやられるタイプじゃないだろ! 立て! 立つんだ北川っ!!」
「覚悟しなさいっ!」

 きゃーきゃー言って逃げる男二名、鬼の形相で追いかけては雪玉を投げつける香里。
 三人とも、笑顔がこぼれていた(約一名は鬼の見せる笑顔だが)
 それを遠目に見ながら名雪は、「なんだかんだで香里も楽しんでるよね」と、もっともな感想を述べてから、小さな雪だるまを作り始めた。