>TOP >ss >detail

AIR/夏の憂鬱

 みーんみんみんみん…………
 みーんみんみんみん…………

 夏の午後。凶悪な日差しが木の葉に遮られる場所で蝉が羽高に鳴いている。不快指数はおかげさまで高い。
 空を扇げば、遠くにどでかい入道雲が見える以外は見事に快晴。憎いくらいに。

「あーあちい……」

 そう漏らさずにはいられない暑さ。一応駅舎の屋根の下なので日陰にいることにはなるが、風もなし、扇ぐものなしではどうしようもない。
 いっそ夏なんか消えてしまえっ!

「往人さん、それはもったいないですよ。四季の一つがなくなってしまいます」

 隣に座っている美凪が、さも残念といった悲しい表情で俺の心の叫びに律儀に突っ込みを入れてくる。彼女は俺と全く同じ環境にいるというのに、汗一つかかず涼しい表情だ。まさに、遠野マジック。

「いーや、人を不幸にしかしない季節なんていらないねっ!」

 それを聞いた美凪は、さらに悲しそうな顔をする。きっと、日本人本来が保っていたわびさびの心を、温度感覚と引き替えに強く受け継いだのだろう。

「……そんな往人さんに、お米券進呈」
「これで、どうせいと?」
「それで夏を好きになってください」

 無茶いうな、といいつつもらえるものはもらっておく。
 ふと気付いたが、この町にお米券と米を引き替えてくれる米屋は存在するのだろうか?あるとしたら、相当お米券と引き替えられるんだろうなあ、等と考えていると。

 ばっしゃーん!

 俺を中心として、派手に水がぶちまかれる音が轟く。当然中心の俺は、一瞬にして濡れ鼠と化す。
 ……こんな幼稚な悪戯をやる奴は一人しかいない。俺が振り向く前に、犯人からの声が後ろから投げ付けられる。

「まいったかーっ!国崎往人っ!」
「やっぱりおまえか、ちるちる」
「ちるちるじゃなーいっ!」

 ばこっ!

 みちるは手にしていた金ダライを思いっきり投げつけ、それが俺の頭にクリーンヒットする。当たり前だが、痛い。

「痛いだろうがっ!大体これは唯一の服なんだぞ!どうしてくれるんだよっ!」
「だって国崎往人が美凪を悲しませたんだもん」

 なるほど、先程のやりとりを勘違いして受け取ったらこうなるらしい。
 が、やはりこいつは頭が足りないようだ。

「……」

 美凪は濡れてしまった黒のカーディガンをつまんで、できるだけ身体に触れないようにしている。濡れてるのが気持ち悪いらしい。上まぶたが、いつもよりさらに下がっている。
 俺の隣にいたわけだから、当然水乱に巻き込まれている。

「あ……」

 被疑者も今頃気付いたようだ。

「……みちる、ちょっと奥へ」

 いつもの5割増くらい単調な声で、美凪はみちるに呼び掛けた。みちるはあわてて逃げ出そうとするが、美凪の細い腕がにゅっとのびて、みちるをつかまえる。もはや、離脱不可能。

「さあ、奥へ……」

 薄い微笑みを浮かべてはみちるをぐいぐいと引っ張っていく美凪。

「いやーっ!お米券攻撃だけはやめてーっ」

 悲鳴を上げながら連れ去られるみちる。てかお米券攻撃ってなんだよ……

 一瞬にして俺以外の人間がいなくなる。仕方なしに、濡れたTシャツを脱いで日向に起き、上半身裸でぼけーっと空を見上げる。時折後ろのほうから「お米券だけはやめてーっ」とかわけわからない悲鳴が飛んでくるが、無視。

「平穏なのか、憂欝なのかよくわかんねえ……」

 そんな気分の午後だった。