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AIR/MissingBlue

 私に、昔が戻ってきた。
 私が、私のいるべき場所で、私としていることの出来る。そんな、昔。
 それが、今ここにある。

 母が私を呼ぶ名前は私そのもので、私以外の誰者でもない。
 長かった迂回路が、ようやく本路に戻った。そんな、感じ。
 だから、私は呼ばれればすぐに答える。私が、呼ばれたのだから。

 そう、これが、本来あった、私。

 なのに。

 取り戻すための代償はあまりにも大きくて、私から二つのかけがえの無い者を奪って言った。

 みちるは、もういない。
 みちるだった私も、もういない。
 私が呼べば笑顔で出迎えてくれるあの子は、もういない。
 母が呼べば笑顔で出迎えていた私も、もういない。

 みちるは、このセカイからどこかへと旅立ってしまった。
 私のかけがえの無い人の一人。
 もう、いない。
 これが本当の流れだとわかっているのに、みちるがここにいた時間だけが色濃く残されていて、それだけに喪失感も計り知れない。
 もう、あの笑顔は見れない。
 会うことも、出来ない。

 往人さんも、もういない。
 ここではない何処かへ、旅立ってしまった。
 まるで、鳥のように。
 私に言葉だけを残して、何処かへ。
 彼は、今の私にとって何が一番必要なのかを知っていた。
 そして、それは正しかった。
 だけど、それは私にとってみえば、正しくなかったのに。
 なぜ、ここにいてはいけないのですか?
 それを聞く前に、彼は旅立ってしまった。
 もう、彼の為に何かを作ることも、出来ない。
 何かを伝えることも、出来ない。


 気付けば海を見ている。そんな事が多くなっていた。
 堤防に登り見渡す海は、果てしなく広い。
 空にはカモメが飛び交い、時折波間の小魚を食べては空に飛び立つ、を繰り返している。

 きっと、カモメの鳴き声は自由への讃美歌なんだと思う。
 彼らは、自分たちの思うとおりに生き、時間を過ごしている。
 私は、今は取り戻した日常、という枠内に収まって生きている。
 どちらが正しい、なんてことはない。
 どちらも、正しい。

 だけど。
 今の生活は楽しいのに、何か物足りない。
 それは、間違いなくあの二人がいないから。
 くたびれた駅舎で生活していた時の、充実感がないのだ。
 二人と共に時間を共有していた、あの充実感。
 母と一緒にいることによるものとは、また質の異なるもの。

 今が不満なわけじゃない。
 母との生活は、前以上に楽しい。
 楽しい、だからこそ。

 二人がいないことが寂しい。悲しい。泣きたい。

 海を見ると、未だにカモメが飛び交っている。
 その先には、遥か彼方まで広がる水平線。
 吸い込まれそうなこの光景の先のどこかに、二人はいる。

 会いたい。一緒にいたい。

 その時その時の私の選んでしまった選択肢を恨みつつ、堤防から浜辺へと降りる。
 ふと目に映った二枚の貝殻。
 私はその貝殻たちを拾う。
 もっていた油性マジックで、それぞれの貝殻に一言だけ書いた。

「往人さんとみちるに会いたいです。美凪」

 私の切なる願いを込めて、貝殻を海へと流す。
 しばらく波間に漂っていた二つの貝殻は、やがて私の目の届かない位置まで流れていった。

 見えなくなった貝殻たち。
 いったいどこに、流れ着くのだろう?
 出来ることなら。
 どうか、届いてください。
 この膨大なる水色の消えてしまう先にいるであろう、二人のもとへ。

 手を合わせて、一頻り願いを込めたところで、私は振り返り堤防を登り、降り、かわらない街の中へと舞い戻る。
 母と過ごす、本当の日常が送られる、街の中へ。