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CLANNAD/Childhood

「今度のお誕生会、バイオリンを弾いてあげるの」
「バイオリン?うまくなったのか?」
「みんなのために、頑張って練習するの」
「そう……楽しいか?バイオリン」
「弾いてると、とってもとっても楽しいの」
「だったらその演奏会終わったら、教えてくれよバイオリン」
「うん、わかったなの。次は朋也くんの番なの。楽しみにしてるなの」


 瞼の向こう側から差し込む光が、視覚を刺激した。
 ああ、俺は今寝ていた。

(……夢、か?)

 思考回路が音を立てて再起動。
 重い頭を持ち上げ、時間を確認する。
 14時53分。六限終了まであと7分。
 ふうと一つ溜息をつき、窓の外を見やる。
 目には見えない綺麗な風が、校庭を柔らかく撫でていた。

 何か、夢を見ていた。
 よくは覚えていないが、昔の話だったような気がする。
 そこには、小さい頃のことみと俺がいた。

 残念ながら、それ以上は覚えていない。
 ただ、楽しいひと時だった、その感情と二人の姿だけが、俺に何かを訴えかけてくる。

 いつか、思い出せるか。
 そう思うことにして再度時計を確認した。
 時間は、3分だけ進んでいた。



 放課後。
 今日もまた、仮の演劇部室からはなぜかバイオリンの音が響く。
 ここは、とりあえず音楽部室ではないのだが、あえて突っ込みはいれない。

「うぃーっす」

 ドアを開け、中に入る。

「遅いわね~朋也」

 杏が俺の姿を見て声をかけてくる。

「今日もまた練習か?」
「そうみたいね。まあ一日一日凄い速度で上達してるんだから、いいんじゃない?」
「まあな」

 とりあえず、部屋の一番後ろで立っている杏の隣まで進み、部室前方を見やる。
 そこには、演者一人に観客二人。
 もちろんバイオリンを弾いているのがことみで、彼女を渚と椋の二人が座って取り囲む形になっている。

「勉強しかしてなかった奴が、別のことに熱心になるのはいいことだ」
「何一人前の保護者ぶってるのよあんたは……」

 うんうん、とまるで父親のように眺めていたかったのだが、杏の一言で台無しである。
 まあ、別に俺はことみの保護者なんかではなく、正真正銘彼氏、まあつまりは恋人なんだが。

「……何顔赤くしてるのよ?」
「いや、ちがっ……」
「朋也って意外と純真よね~」
「意外って言うなっ!」

 杏のトラップに引っかかりそうなので、この先は流すことにする。たまに「だったらもっと強引にいってれば……」とか言う妙な言葉も聞こえなくもなかったが、やはり流すことにする。突っ込み厳禁。そこはオチのない世界。



 しばらくして、バイオリンの音が鳴り止み、演奏会は終幕を迎える。
 ぱちぱちと4人分ぴったりの拍手が鳴り響き、総立ちで演者を賞賛する。

「やっぱりバイオリンを弾くのは楽しいの」

 例の変化の小さい笑顔を浮かべて、ことみは満足そうにそう告げる。
 確かに、日々上達しているのだから、楽しいに違いない。
 それは、昔のバスケをしていた頃の自分に重なる。
 あの時は、楽しかった。

 もちろん、今は今で別の、そしてより大きな楽しみがあるけど。

「ことみちゃん、弾いてるとき本当に楽しそうだったよ。聞いてる方も楽しくなるくらい」

 まだ拍手を止めずに椋が率直に感想を告げる。
 実に的を得た感想。音楽は心だ。

「ことみちゃん、朋也くんが来てからさらに楽しそうに弾いてました」

 渚は、実に余計な感想を言ってくれる。音楽は観客ではない。

「あら~すごいラブラブっぷりね~……何か、妬けてくるわね……」

 ちゃかそうとしてるのか自爆してるのかわからん杏の発言。まあ、ことみに対してはかなりの破壊力をたたき出したようだった。

「……」

 頼むから、照れないで欲しい。こっちも照れてくる。

「……ラブラブ、なの」

 ……前言撤回。嬉しくて何もいえなかったらしい。余計に、照れる。
 もちろんこの後しばらく、杏を中心とした冷やかし(愛はそこにはなかったと断言できる)が続き、俺はかなり疲れることになる。



 冷やかし組が冷やかしに飽きて、ようやく場が落ち着く。
 ふう、と一つ溜息をついたところで、バイオリンを片手に俺の方を見つめていることみと目が合う。

「どうした?」
「……」

 何も言わずに、じっと見つめることをやめない。そこに真剣さを感じ取り、俺も、決して目をそらさない。
 しばらくして、意を決したようにことみは俺にとあることを聞いてきた。

「朋也くん、バイオリンをやってみるの」

 そういって手にしていた愛用のバイオリンを俺にぐっと差し出してくる。

「俺が?」
「そう、朋也くんが」

 思わず苦笑を漏らしてしまう。あいにくと、ゲーセンの音ゲーですらほとんどやらない人間が、いきなりバイオリンなんて出来るはずない。

「出来なくてもいいの。それでも、とってもとっても楽しいの」

 とっても、とっても楽しいの。
 その言葉が頭の中でリフレインする。

 どこかで聞いた、ことみのセリフ。

 オレハドコデコノコトバヲキイタ?

「ことみの演奏会は終わったから、次は朋也くんの番なの」

 俺の、番。

「ああ」

 ああ、今度は俺の番だった。

 そっと、バイオリンを受け取る。

 バイオリンど素人の俺がいきなり弾けるわけはなく、まずは持ち方から入る。

「左手でもって、顎を使って、うまく持つの」

 ことみが文字通り手を取って持ち方を俺に教える。
 顔が、息が近い。
 熱すら、伝わってくる。

 ふと気付くと、先ほど冷やかし組を結成していたときのような好奇心の塊の視線をぶつける女子が三名。

「ふっふ~ん。朋也ったら、ちゃっかり鼻の下のばしちゃって~」

 意味深なことを言う杏。ちなみにどう考えても鼻の下はのびていない。多分。

「朋也くん、鼻の下のびるの?」
「のびてないって!」
「ことみ~そこにいるのは野獣だからね~食べられないよう気をつけなさいよ~」
「ことみいじめられる?いじめられる?食べられる?」
「いじめもしないし食べもしないっ!」
「朋也くん、それはことみちゃんに失礼ですっ!ことみちゃんは食べちゃいたいくらいかわいらしいですっ!」
「そりゃそうだけど、つーか言わせるなっ!」
「……岡崎くん、満月の夜は食べない方が吉です。ちなみに今夜は満月です」
「その占いだと食べた方が吉じゃねえかっ!!」
「やっぱりことみいじめられる?いじめられる?食べられる?」
「だーっ!!もう少しはまともに練習させろっ!」

 そんな、練習風景。
 あの時の続きならば、ここにいるのは本当は俺とことみの二人だけ。
 静かな、日々。
 それでも……

 みんなに囲まれて、色々騒いで、その中で進むのが、今の俺たち。
 ことみにとって、俺にとって、ここがもう一つの家になっているのだから。

「朋也くん」
「ん?」
「バイオリン、楽しい?」
「おう!まだ弾くことに届いてないけどな!」

 あの時の続きは、今、形を変えて現れている。