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CLANNAD/台風一過

 今年はやたらと台風が多い。気付けば……10個だか何個だかよくわからないけど、そんなくらい日本に上陸している。過去最高記録らしい。そんな記録はいらない。
 今もまた、南の方に大きな奴が潜んでいるとか。またあの大雨と強風がやってくるのかと思うと憂鬱だ。台風の日は学校に行くのも一苦労、いや十苦労くらいしてる。

 そんなわけで、憂鬱。決して女の子の日だから、というわけではない。

「はあ……」

 誰にも知れず一人ため息をつく。吐いた息が、ゆっくりと窓のを覆う暗黒の雲に吸い込まれていくような感じ。きっと、息を通してあの雲とあたしの心はつながってるに違いない。

 だって、あんなにも黒いから。

 朋也とつまらないことで喧嘩をして口を聞かない状態になってから、もう何日たつだろう。確か、この前の台風が来たときだったから、もう1週間はたつ。いつもはすぐ仲直りできるのに、今回は違った。何でだろう。喧嘩の理由は、いつものようにほんの些細なことなのに。でも多分、あたしが悪い。うん、あたしが悪い。でも謝れない。素直に謝れない。そんな風になって、もう1週間。
 台風のせいだ。

 このまま別れちゃうのかなーと少しだけ思ってしまい、激しく後悔した。
 涙が止まらない。
 それは、絶対に嫌だ。
 絶対に、嫌。

 謝りに行こう。
 ようやく、そんな気持ちになれた。
 現在時刻、12時33分。ちなみに本日は家庭の諸事情ということで学校は欠席している。もちろん、本当の理由は朋也と顔を合わせづらいから。お母さんに休んでいいかと聞いたときに、風邪とかじゃないのがばれてるにもかかわらず「ゆっくり休みなさい」という言葉を貰って遠慮なく休んでる。ありがとう、お母さん。でもそろそろ学校に行きたくなってきた。

 そこまで考えて、もう一度窓の外を見やる。
 ……そういえば、台風がまた来てるんだっけ。
 窓の外に広がる光景は、いつもの街並みではなかった。
 雨が水平に近い角度で降り注いでいる。
 風は町を蹂躙し、あらゆるものを破壊しつくさんとこまめに働いている。

 ……ごめん、外に出るの、無理。

 なんだってタイミングが悪いんだろう……
 あたし自身の愚鈍さと間の悪さを久しぶりに恨めしく思った。


 雨風がやまないかな、と窓の外をリビングで見続けていると、玄関のドアの開く気配がした。

「ただいまー外はすごかったよ……」

 椋が全身をびしょびしょにしながら姿を見せる。

「ん、おかえり、そしてお疲れさま。この時間ってことは、途中で授業打ち切りになったのね」
「うん、こんなに酷くなってから帰されるのには本当に困ったけどね」

 室内で乾かしていた大きなバスタオルで濡れた髪や制服を拭きつつ、本当に困りましたといった表情で椋は話す。

「シャワーを浴びて服を着替えてさっぱりしたら? 制服が身体に張り付いてて勝平が見たら獣になりそうよ」
「え、あ、そ、う、あわわわわ!!?」
「安心しなさい、勝平がこの場にいるわけないんだから。ほら、早く入ってきたら?」

 姉にからかわれたのだと気付いて、急速沸騰した椋の表情は少し怒りを含んだあと、一転して何かを思いついた(無論、いたずら系)ようなものに変わる。
 ……ああ、間違いない、確実にこの子はあたしの双子の妹だわ、と自分が陽平をいじめるときに見せているであろうものと全く同じものをみて思ったりする。

「それじゃあ入ってくるよ。あ、そうそう……」

 フェードアウト寸前の椋はあたしに最後、こう言い残してくれた。

「朋也君にお姉ちゃんが凄い高熱だって言ったら、本当に心配してたよ。ひょっとしたら見舞いに来てくれるかもねー」

 最後の方の言葉が聞こえる頃には椋の姿は見えなかった。

「あいつが心配……って、あたし高熱とか風邪とかじゃないの知ってるでしょ!?」

 あたしの叫びが届いたか、どうか。
 少しだけ心地よい疲れを覚えて、ソファーに腰をうずめる。きっとあれは、椋なりの励まし方なんだろうと思う。おかげで、というかその前からだけど、大分ポジティブになってきた感じもする。

 再度窓の外を見やる。依然として台風の猛威は治まる気配が無い。
 こんな状態で、朋也が見舞いとか来るはずが無い。第一、まだ仲直りしてない。

 台風のせいで、あいつに会いたいのに会えない。
 台風なんて嫌いだ。


 夜。依然として、どころかますます台風はその勢いを増している。ここに近づいているのだから当然だけど。予報では、夜半過ぎに通過するとのことである。ということは、まだあと4時間以上はこんな状態なのだろう。
 大分前に両親からそれぞれ電話があって、共に台風のせいで家に帰れないと聞いた。何でも電車が不通だとか道路が冠水しているだとか。雨風が強いだけのこの町とそれほど遠くないところで働いているのにこの差はなんなのだろう。きっと公共施設整備にかかっているお金の差だろう。

 そんなことはどうでも良くて。
 適当に作った夜ご飯を椋と二人で食べ、テレビは台風ばっかりでつまらないので部屋に引きこもって、することもなくぼーっと窓の外を見ていた。
 ずっと、雨と風。この世にはこれ以外ないのかもしれないと思わせるほど。

 はあ、とため息をつく。本日何回目なのか。いったい何歳寿命が縮まったのやら。

 この台風が無かったら、今すぐにでも謝りに行くのに。明日から、普段通り朋也と一緒にいることが出来るのに。
 ほんと、憎らしい。
 このままだと明日も休むことになるだろうなー

 不意に、来客を告げるベルが鳴る。
 思わず外を見ると、台風君は恐ろしいくらいに元気一杯である。

 ……こんな時間に来るなんて、誰だろう、というかありえない。
 おそらくは雨の日も風の日も頑張らなきゃいけないどこかの宅配便(宅急便は黒猫限定なのだ)か。
 椋は出てこない。先程からひそひそと話し声がすることから、おそらくは勝平と愛を語り合っているのだろう。どうかその熱さで台風を吹き飛ばして欲しい。

 はあ、とまたもやため息をついて、あたしは階段を下りていく。宅配便さん(宅急便さんは黒猫限定なのだ)はせっかちなのか、しきりにベルを鳴らしてくれる。きっと外は恐ろしいくらい恐ろしいのだ。

「はいはい今開けますからー」

 後で戻るのが癪なので、あらかじめハンコを用意しておいた。そしてドアを開ける。
 外にいたのは。

「お前さー俺だったからいいようなもんを、確認しないでドア開けるってのは無用心この上ないだろうが」

 ……びしょぬれで、少し非難めいた口調と、それでもあたしくらいにしかわからないような微笑をたたえた朋也がいた。

 何とも言えない。何にも言えない。
 なんでこいつはものすごい嵐の中をわざわざ来たのか。
 まさか、椋の言葉を真に受けたわけじゃないだろうし。

「とりあえず、だ。固まってないで上がらしてもらえると助かる。さっきから背中が冷たくて」
「あ、そ、そうね」

 何がなんやらわからず、返答すら怪しい。ともかく、朋也をリビングまで通してタオルを渡す。

「サンキュー」
「……椋の言葉を真に受けたの? あたしが高熱だっていう」

 他に言いたいことがあるはずなのに、あたしは二の次でいいことを先に聞いてしまう。
 朋也に心配されたかった? いや、きっと違う。

「まさか。さぼりだってのはわかってたさ。だから、その……ごめん。俺のせいで学校休んだんだろ? 喧嘩、俺が悪かった」

 朋也が、首にタオルをかけ、こちらに深々と頭を下げていた。
 ああ、こいつは、馬鹿だけど大好きな恋人は、わざわざ台風の中、謝りに来てくれたんだ。
 ココロが、ハジケル。
 陰鬱だったセカイが、色を取り戻す。

「ううん、違うの、本当はあたしが悪かったの!」

 素直になれる。素直になれる。素直になれる。

「ごめん!」

 あたしも、朋也と同じように深く頭を下げた。

 しばらく無言。きっとあたしたちは、頭のてっぺんを向け合ってる。凄くシュールで、凄く堅苦しそうな光景だけど、それだけあたしたちが本気だという証拠。
 あらかじめ時間を決めていたかのように、二人同じタイミングで頭を上げる。
 そして。

 笑った。

 久しぶりに、笑った。
 おなかのそこから、笑った。
 朋也と一緒に、笑った。

 喧嘩をしていたのが嘘のよう。あたしたちは、もう仲のよい恋人同士に戻っていて。びしょぬれの朋也を笑い飛ばして、それに対して朋也がいつものように少し怒ったような、だけどあたしにはわかる照れた口調で文句を言って、そこから会話がつながって。
 一週間分の鬱憤を晴らすかのように散々話した後。

「ちょっとくやしいかな」

 あたしは思うことを素直に言った。なにがさ、と朋也はいぶかしむが気にしない。

「だって、まさか台風の中来るなんて思ってなかったし。あたしが朋也を好き、のほうが朋也があたしを好き、より上回ってると思ってたのに、負けた気がする」
「そいつはよかった」

 屈託の無い笑顔が答えだった。


 朝が来た。天気は快晴。まさに台風一過。地面には水溜りが多く残り、所々に折れた枝木が転がっていたりはするが、空自体は真っ青。どこまでも澄み切っている。
 やっぱり、空とあたしの心はつながっている。

「よく晴れたなーまさに台風一過」

 ベッドの上、あたしの横であたしと同じように横になっている朋也が窓の外を覗き込んで、同じような感想を言う。
 結局、来たはいいものの天候不順で帰れない状況、となってしまったために朋也はうちに泊まった。両親がいなかったのが幸いだ。昨晩椋にそのことを告げると「私、一階でしかもお姉ちゃんの部屋の下じゃないとこで寝ようかな。その方が気を使わなくて済むでしょ? 声とか軋みとか聞こえないだろうから」と述べてくれたので盛大にチョップを入れておいた。結局、椋の言うとおり、椋が気を使う状況になってしまったので、それはそれでうん、認めたくないけど借り一つ。朋也が来てくれるきっかけを作ってくれたので借り二つ。いつかまとめて払うことにしよう。具体的には、勝平をそそのかすとかそそのかすとか。

「こんな空見てると、どっか行きたくなるなー」

 横では相変わらず呆けたように朋也が呟く。

「どっか行くって、今日平日じゃない……学校はどうするのよ?」
「そんなもん、一日二日さぼったって関係ねえよ。折角久しぶりに晴れたんだし、な?」

 まるで子供のように無邪気な顔を見せてくれる朋也。断れるわけが無い。

「ま、たまにはいいわね」

 答えて、再度外を見やる。
 そこには台風一過の青空。
 あの澄んだ空、そして時折吹く南風のように、あたしの心は澄み切って、温かさに包まれていた。