>TOP >ss >detail

CLANNAD/夏の休日

 週に1回、赤い日。
 優雅な休日は高校生活のオアシスだ。
 外を見やると、暑そうな青空が広がっている。
 こんな日は……寝て過ごすに限る。
 自分を取り巻くことやら何やらを全部忘却の彼方に追いやって、俺は至福の一時を堪能しようと、ベッドに転がり直した。

 天井をじーっと見つめる。たまにしみが人のように見えたりしなくもないが、見なかったことにする。
 段々と下がるまぶた。襲い来る眠気。俺はそれに素直に屈伏しようと……

 ぺぺぺぺぺ……

 する前に、聞き慣れたスクーターの音が遠くから鼓膜へと伝わってきた。

 ぺべぺぺぺっぺっぺっ……

 音はドップラー効果を伴って通過する事は無く、正確に俺の家の前で止まり、アイドリング状態に移行する。
 一呼吸おいて、エンジン音は停止し、先程の静かな住宅街夏の陣に戻る。
 だがそれは周りの話。あいにく我が家は取り残された。

 ドアの開く音、廊下を誰かが歩いてくる音が聞こえる。
 やがて足音は、俺の部屋の前で止まった。

「朋也~起きてる~?」

 ドアを開けて先のスクーターの持ち主、杏が現われた。
 あの時切り落とした髪は、ようやく毛先が肩に届くかというところまで伸びた。それだけ月日が経ったということか。
 隠れて、訳もなく苦笑。

「……合鍵渡して失敗だった。けだるげな貴婦人的休日を返せ」
「はあ?何寝呆けたこといってるのよ」

 心底呆れました、といった表情を浮かべつつ、ずかずかとベッドに歩み寄ってくる。
 就寝用のTシャツにハーフパンツといったまさにラフなスタイルの俺に対し、杏はというと、これまたTシャツにジーンズというラフな格好である。まあ、こんなん以外の服を着ているのを見たことないのだが。別称お互い様。

「寝ていたい日曜だってあるんだ」
「あんたはいつもじゃない……」

 サイドまで来ると、呆れ顔をぐーっと俺の顔に近付けてきた。
 ふむ、どうやら機嫌がよろしくないらしい。

「まあ、渡してよかった、とも思う」
「え?」

 驚いてる隙に、近づいていた唇にキスを一つ。

「キスから始まる日曜も悪くない」
「~~!!?」

 顔を真っ赤にして混乱する杏を尻目に、ようやく起き上がることにした。


「で、どっか行くとこあるのか?」

 夏、炎天下。早速汗だくになりながら隣でスクーターを押す杏へと声を掛ける。汗ばむ首元が少しセクシー、って何を思ってるんだ俺は。

「んー特に決めてないわね」

 顔色一つ変えずに返答。どうやら先程よりは機嫌も回復したようだ。

「ったく、用もないのに来たのかおまえは……」
「いいじゃない、あたしたち恋人なんだから」
「まあな」

 こういうことはしれっと言える根性がまた素晴らしい。ならなぜ未だにキスくらいで真っ赤になるのか。疑問は絶えないが、突っ込むとこちらが照れるのでやめておく。

 現在時刻、午前10時10分。時計屋の時計が大抵指し示しているこの時間は、町が動きだす時間でもある。

「まあ、いつものごとく町をぶらぶらするか」
「そうね」
「じゃそれに二人乗りな」
「何言ってるのよ!スクーターが痛むじゃない!あと燃費が高い!」
「普通はつかまるつかまらないを問題にするんだけどな」
「そんなの逃げたらいいだけじゃない」
「逃げるなよ……」

 そんなこんな言いながらも、杏は鍵を回しエンジンをかける。

 ブォオン。
 ブォオン。
 ……ぺっぺっぺっ……

「実はさ」

 元から手にしていたものとは別に、帽子型ヘルメット1つ座席から取り出しながら、杏は例の少し照れたような顔をして言う。

「前からやってみたいとは思ってたのよね~二人乗り」

 放り投げられたヘルメットを、確実に受け取る。

「ほら、乗って」

 いつの間にかスクーターにまたがっている杏。俺も乗るためにヘルメットをかぶったところで、はたと気付く。

「どう後ろに乗りゃあいい?」
「あ……」

 しばし沈黙。そしてシミュレート。
 落ちないよう、杏の腰辺りにしっかり腕を回して抱き締めてる俺。もちろんスクーターの座席は狭いから、いろんなところが当たったり当てられちゃったりする。
 かなり魅惑の光景。

「さあ乗ろうか!」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!白昼堂々そんないかがわしい事は……」

 どうやら俺以上のことを考えたらしい。顔が真っ赤だった。

「だ、だから二人乗りは禁止よ禁止っ!あんたはとぼとぼ歩いてなさい!」

 と、いうわけで結局歩いていくこととなった。
 ……残念。


 服やら小物やら雑貨やらを眺める、いわゆるウインドウショッピングで午前の部は終了。ちなみに今いるのはいつもの空き地。杏が作ってきた弁当(この辺りは抜け目ないのだ、俺の恋人という人物は)で腹を満たしたあと、木陰に敷いたレジャーシートに座り込んで至福の一時を味わっている最中である。

 いつも思うが、どうして眺めるだけで満足するのかよくわからない。まあ、あれ買えこれ買えと言われるよりは遥かに(経済的に)いいのだが。
 しかし……何も買わずにいるのもなんさねー(春原が一回使ってた方言)、というわけで。

「……これ、ありがとね」
「おう、似合うじゃん」
「……」

 例の照れモードを眺めて楽しむ。
 買ったのはシンプルなシルバーのロザリオだ。杏の隙を見て内緒で買ったために、贈り物効果は絶大である。
 目の前の恋人が惚けている間に、俺もポケットからあるものを取り出し、身につける。

「あ、それ……」

 帰ってきた杏は、すぐにそれに気付いた。

「あたしのと、同じロザリオ……」
「おう」

 恥ずかしいが、ペアルックの一種にはなる。
 ……春原が見たら、卒倒しそうだ。それはそれで別の楽しみにはなるが。

「へへっ……」
「だーっ!いきなり腕に抱きつくな!……っと、わっ……!」

 嬉しさとか色んな感情で思考がオーバーヒートしているのだろう。内面そのものを座ったまま俺にぶつけてくる。
 腕に体重をかける不安定な体勢だったので、心共々、杏共々、身体が地面に横倒しとなった。

「……」
「……」

 誤解ですは確実に通らない、そんな現実。
  彼女の少し熱の籠もった吐息が頬に触れる。否応無しに身体の熱が上がっていく。
ふと、脳裏によぎるものが2つ。

 ……そーいや、二人乗りできなかったっけ。

 ……そーいや、ここはウリ坊くらいしか出ない、人気のない場所だっけ。

「杏」

 小さく、しかし耳には届くよう、その名前を呼ぶ。
 声に反応した彼女は、照れと戸惑いと期待とその他もろもろのよくわからない表情を俺に向けてくる。

「好きだ」
「……うん、あたしも朋也のことが好き」

 身体を起こし、もう一本の腕で抱き寄せ、そっと、唇に唇を重ねた。


 気付けば、日が傾いていた。
 軽く伸びをして、身体を起こす。どうやら疲れて眠りこけていたようだ。
 ふと横を見ると、杏がなにやら物憂げな眼差しで俺を見つめていた。

「どうした?」
「ん~ちょっとね~」

 俺から、視線がどこか遠くへと移る。

「やっぱりあたしたちの恋も、いつか終わるのかな~って」
「……はぁ??」

 一気に、ぼやけていた意識が覚醒する。

「とりあえず、ついさっき抱き合った人間が言うセリフじゃないよな?」
「ちょ、ちょっとそれは言わないでよ!」

 顔を真っ赤にする杏。とりあえずシリアスムードは霧散したようだ。起きていきなりこれだと、少しつらい。

「まあ、なんていうかさ」

 一頻りからかったところで、俺のペースで先程の話に戻す。

「終わらない恋なんてあるはずないんだよ」
「……」
「人は気まぐれだし、第一、死ぬ。死んだ後、あの世でも一緒なんて俺は信じない」
「……そうね、そうよね……」

 容赦ない俺の言葉に、見るからに落ち込んでいる杏。俺はそんな彼女をそっと抱きしめた。

「でもさ、それでも俺達は今、恋してる。それが何時まで続くかわからない代物だとわかっていても、それでも俺達には好きあっている今がある。だったら、それでいいじゃん。……って、滅茶苦茶恥ずかしいこと言ってるな、俺」

 風が一つ、昼間の熱を冷ますかのように俺達の間を撫でた。

「……朋也ってたまにいいこというのよね~」
「たまに、は余計だっ!」
「……へへっ……」

 再度杏が抱きついてくる。俺はそれをそっと受け止めた。

「好きよ、朋也」
「俺もだ、杏」

 週に1回、赤い日。
 その一日が、こんな風に恋人と過ごせるのも悪くないな、と改めて思う夏の午後だった。