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CLANNAD/料理のススメ方

 今日も今日とて空が青い。
 遥か彼方まで続いている青空はまさに冬特有の綺麗な空で、寒さと共に清々しさを与えてくれる。
 ここ最近ずっと天気がいいために朝の冷え込みは酷いのだが、これだけ真っ青に晴れて太陽が照ってくれれば、吐く息は白くても心はあったかい、気がする。

 はあ、と一つ溜め息。吐く息はやはり白く、徐々に青色に溶け込んでいく。

 別に疲れているとか、未来に絶望したとか、そういうわけではない。
 今、こうして働き、生きていることは非常に楽しい。
 だけど。

「子供ってのは本当に元気ねえ……」

 あたしは再度、言葉と共に溜息をついた。

 あたしの仕事は先生。幼稚園の先生。子供たちと時間を過ごすのが仕事なわけで。
 今こうして、冬空の下ではしゃぎ回る元気な子供たちを見てるだけで、力を貰える気がする。
 この仕事を選んで本当によかったと思える瞬間。

 しかし。

「それとこれとは別問題よね」

 はあ、と何度目かわからないため息をつく。
 少しだけ目線を落として、現況とやらを見渡してみる。

 ……其処彼処で、問題発生。
 ちーちゃんはまさる君に追いかけられて泣いているし、はると君としんいち君とゆうき君とまいちゃんはこの寒い中砂場で水遊びしててよごれまくってるし、けい君は土足で駆け回ってるし、かほちゃんとさとみちゃんはおままごとの道具を取り合ってるしエトセトラエトセトラ。
 ぱっと見、7、8個くらい問題が起きている気がする。それも些細なもの(土足なんて本当はかまわない)から大きなもの(泣いているのはまずい)まで、十人十色、ではなく十個十色。
 それを全て解決していかなければならないのだ。この道はかくも険しきものかな。

「……よっし」

 軽く気合を入れ、戦闘準備完了。まずは……

「こらっ、まさる君! 泣いている女の子を追いかけるなんて男の子として情けないわよっ!」

 泣いているちーちゃんを追いかけるまさる君を捕まえることにした。



「でさーそのあとまさる君が今度は泣き出しちゃって、もう大変だったのよ」

 自分の部屋。片手には携帯電話、片手には階下でお父さんから貰ってきた500ミリリットル缶のエビス。あたしの舌には少し合わないのだが、貰ったものに文句は言わない。ちびちびと喉の奥に流し込む。

「あはは……お姉ちゃんが強く言っちゃったんでしょ?」
「うっ、まあ、それは、その……」

 電話の相手はあたしの双子の妹、椋。今では別の家に住んでおり苗字も違っている。
 椋とは一週間に一回程度電話でお互いのことを話している。椋は椋で旦那さんに話せないこととかあるだろうし、あたしはあたしで他に色々をぶちまけることの出来る人があまりいないのが理由である。

「でも、最初の頃に比べたらお姉ちゃんも子供たちと接するのがうまくなったと思うよ?」
「そう、かなあ……」

 椋に言われて、自分自身を振り返ってみる。
 まだまだ、足りないと思う。
 先程よりも多く、苦い液体を飲む。ヒーターがついている室内とはいえ、冬にビールはあまりあわないのだが、貰ったものに以下略。

「自身持たなきゃ。それに……子供たちと接するのは、お姉ちゃんの得意な料理と一緒だよ」
「料理……椋、あんた子供が食べたいとか?」
「お姉ちゃん、酔ってるでしょ……それに今の発言は聞く人が聞いたら相当まずいと思うけど」
「酔ってませんよーだ。さすがに、ビールたがだか一本で酔うわけないじゃない。そうじゃなくて、料理と一緒ってどういう意味よ?」

 こほん、と電話口からタイミングを整える咳払いが聞こえてきた。その間にあたしもビールを少しだけ飲んで喉を潤しておく。

「子供たちは活きのいい食材」
「やっぱり食べたいんじゃ……」
「お姉ちゃんは黙ってるっ!」
「はい……」

 どうも、椋の方が酔っているような気がする。普段よりも強気な口調で言われたのでつい小さく答えてしまう。

「で、子供たちは活きのいい食材。料理人によって、あるいは食材そのもののもつ力によって、色んな料理に変化する可能性を秘めてる」
「ふむふむ……」
「今の時点で重要なのは、料理人が下味をつけること。食材を子供たちに置き換えるなら、子供の持っている力を大きく伸ばすよう接して、育むことが重要だと思うよ」

 耳元で何かを呑む音がした。やはり、椋も飲んでいるらしい。いつになく饒舌だし。

「それに、一度に多くの子供たちを見るって事は、色んな食材を一緒に下ごしらえするって事だから、段取りも大事だと思うよ。あの子にはこうして、この子にはあーして、みたいな」
「なるほどね……言われてみるとそうかも。うん、そうかもしれない」
「でしょう?」

 電話の向こうの椋の表情が手に取るようにわかる。きっと、自信満々といった表情なのだ。顔を赤らめて、だけど。

「何事も共通するところってあるのねー考え方次第だけね」
「発想の転換だよ。だけどお姉ちゃん……」
「うん?」
「料理人だからって、つまみ食いしたらダメだよ?」
「そ、そんなことするわけないでしょうがっ!」

 ……こめかみに手をやりつつ、そういえばこの子は酒が入ると恐ろしいことを言い出すんだっけ、と今更ながらに思い出したことを後悔した。



 はあ、とこの歳になって何百回ついたかわからないため息をつく。
 目の前にはフライパン。中には色とりどりの野菜と豚コマと油と。すなわち肉・野菜炒め。横のコンロには簡単な中華スープの入った鍋。その他近くに大皿に盛り付けられたサラダと冷奴中華風と炊飯器。
 つまるところ、あたしは料理中なのである。しかも、自宅ではなくて、他人の家で。

 振り返ればその先には朋也が、彼の娘で且つあたしの幼稚園での受け持ちの園児でもある汐ちゃんをあやす姿があるはずである。あたしはその二人のため(そして自分自身のために)料理をしているわけだ。

 はあ、とこの歳に以下略。何度も思うと、その分幸せが逃げているであろう事が実感できるのが嫌だ。
 あたしは何故、ここで料理を作っているのだろう?
 アンサー、二人のため。
 朋也に聞いた食生活が予想通りに悲惨で、汐ちゃんがあまりにもかわいそうだった、と言うのが一つ。
 そして、今更ながらに朋也があたしに少しでも振り向いてくれないかなーと言うのが一つ。
 前者と後者で大きな違い、具体的に言うならいやらしさの違いがある。ごめん汐ちゃん、少しだけあなたのことをだしにしてるかもしれない。せんせいダメ人間だ。

 週に何度か料理をしに来るようになって、それなりに時間はたっている。
 なのに、何の変化もない。
 わかっている。わかっているのだ。
 この家は、一つの完成されたコース料理みたいなもの。
 朋也は今でも渚のことが好き。メインディッシュは不変。
 椋の酔っ払いながらのアドバイスは、子供たちに対してはうまく行くかもしれないがこのことに関しては全く意味をなさない。なんせ、既に料理は完成しているのだから。

 だとしたら、今あたしのしていることの50%くらいは無意味なことで、だけどそれをわかっているのに相変わらず料理を作りに来るあたしは、年季の入ったの馬鹿なのだ。
 他のやり方でもそれなりにアプローチをかけているのに振り向いてくれないことはわかっているのだから、馬鹿の中でも相当の部類。



 ふと、肉野菜炒めに塩を入れ忘れていることに気付く。
 塩はどこだっけと探すのに1分ほどかかり、少しだけ底のほうの肉やら野菜やらが焦げてしまう。
 今度は自分自身に対して、ため息をついた。
 考え事をしてたから入れ忘れた、のではない。最初から塩を手元に用意しておけば、気付いたときにすぐ入れられたのだ。だけど、さっき中華スープを作り終わったときに片付けてしまった。

 あ、と小さな声を上げてみて、とあることに気付いてしまった。

 あたしは、段取りとか手際とか、そういうのが悪いんだ。何でも。
 料理にしてもそう。時折、この手のミスをやらかしてしまう。どうにか誤魔化すけど。
 子供たちとの接し方にしてもそう。時折、順序良く子供たちの抱える悩みを解決していけず、困り果ててしまう。どうにか解決するけど。
 朋也とのことにしてもそう。どうしようもなくあいつの事が好きだったりするのに、あの頃も、今も、全く進めない。これはどうにか誤魔化したり解決できたりはしないシロモノ。

 そうかそうか、あたしは段取りが悪いんだ何事にも、と考えながら出来上がった肉野菜炒めを盛り付けて、ご飯をよそっていく。先程の憂鬱加減が、少しだけ薄まった気がするのは、奥底で腑に落ちなかったことが納得できたからだろう。納得した結果については目を覆いたくもなるけど。

「できたわよ」

 二人に声を掛け、食卓に料理を並べていく。
 二人が料理に注ぐ視線はそれなりに熱いモノがある。普段の食事が容易に推測できる。

『いただきます』

 綺麗に挨拶を唱和して食べ始める。
 うん、焦げてるところは焦げてるけど、他はまあまあの出来かな。

「うまい」
「おいしい」

 親子が同じタイミング、同じ笑顔で、同じ内容のほめ言葉をあたしに掛けてくれる。

「当然じゃない。あたしが作ってるんだから」

 多少の照れはいつまでたっても消えてくれない。ついつい強気な口調で返してしまう。だけど、言われること自体はすごく、嬉しい。きっと今のあたしは二人と同じ、笑顔。だから。

「また頼むな」
「先生、また作って」

 二人のために、また料理を作りに来る。

 段取りが悪く、自分の願いが手際よく進まなくても。
 どれほど年季の入った馬鹿と思ってしまっても。
 いつかはきちんと進んでくれるかもしれない、という希望は残っているのだし。

 それに。

 あたしの好きな人と、あたしの好きな人の子供であたし自身がやっぱり好きな子の笑顔を見るのがあたしにとって一番のごちそうになる。
 これだから、料理は止められない。