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パルフェ/Heart Foundation

 もうひと月ほどするとクリスマスの頃合になり、にわかに店の中も慌しさを増してきた。私たちにとってクリスマス商戦は一年の売上げに大きく影響する期間で、ここで失敗してしまうと全体にも影響が出る上に、目の前の商売敵の店長にあざ笑われる結果となってしまう。
 去年の開店直後のクリスマス期間はどうにかこなせたのだが、今年はキュリオの元来の知名度に加えて、ファミーユの人気もかなり上がっていて、両店の相乗効果でかなりの来店が予想できていた。なので、(店長が頼りないということもあり)本店にクリスマスまでの一ヶ月間のヘルパーを要請したのだが……

「……チーフ、なぜチーフがヘルパーなんですか」
「玲愛、ここでのチーフはあんたでしょ」

 なぜか、来たのは本店チーフだった。

「……改めて大村さん。なぜ本店チーフが3号店のヘルパーに?」
「いやあ、一応あたしの後継者を育てていかないと」
「本音は?」
「例の彼とどうなってるのかという視察」

 ……頭が痛い。きっと最初の理由は最初の理由で本当なのだろう。次店舗を出すときのチーフを育てていくには一番のやり方だ。多少荒っぽい気もするけど。それよりも。

「例の彼って、高村のことですか?」
「そうそう。大介もすんごく気にしてて。最近板橋さんからのレポートも芳しくない様子だって書いてあるし」
「そんなレポートは止めてください! それよりも、私は高村とは何にもないんですが……」
「またまたあ。あんだけ気にしてて何にもないなんてことはな」
「だから、今高村に彼女、いますよ?」
「……へっ?」

 私の台詞は予想外だったのだろうか。チーフの口が開いて塞がらない。

「だから、私は、別に何もないですよ」
「そ、そっか……」

 チーフの目が泳いでいる。わずかに見えるその瞳は、チーフが何を言いたいのかを隠しきれていなかった。

 ――どうして誰も言ってくれなかったの!? 気まずくて仕方ないでしょ……

 ごもっともである。おそらくチーフの中では私は振られたことになってるであろう。
 ……間違い、ではないけども。

「そっか、あたしと同じか」

 その後のチーフの言葉は、聞こえない振りをしておいた。


***


 チーフのおかげで、客足が増えつつあったキュリオ3号店も安定して回っていた。クリスマスアピールのためにと売り出したさやかさんの新作ケーキも好評で、本店から到着するとすぐにはけていく。実に順調だった。
 それに対して……

「ねえ玲愛、お向かいさん、ちょっとまずいんじゃない?」
「……そうですね」

 ファミーユの方はというと、あまりうまくいっているとは言えない状況だった。今現在、店長である高村があまり出れないせいもあるのだろうが、穏当な接客が出来ている、とは見えない。ドアの外に並ぶ列がなかなか進まないのだ。時折、おいしいけど時間がかかるのがなあ、というコメントも聞こえてくる。

「どしたの、あれは」
「多分人が足りてないんでしょう。高村も別件であまり出れてないですし
「別件?」
「ええ。今は大学との二束のわらじ状態な上に、その、彼女さんの手伝いもありますから」

 実際、高村の負担は相当なものだと思う。彼自身に目立った能力があるわけではないけども、人を使うことには長けていた。あれだけ個性的なメンバーをまとめていた指揮官がいなくなって、ファミーユは混乱しているのだ。
 しかし、こればかりは仕方ないのだ。誰もが、耐え忍ぶしかない。

「ふーん……」

 その様子を眺めて、なにやらチーフは唸っていたかと思うと、奥に引っ込んだ。なんとなく、嫌な予感がしなくもない。

 案の定、奥から戻ってきたチーフには、邪な笑みが浮かんでいた。


***


「花鳥……お前、何やってるの?」
「何って、診たらわかるでしょう? 今私はファミーユの店員なの。何故か」

 合間を見つけて出勤してきたのだろう、やや疲労を浮かべた高村は、そこに疑問色を上塗りする。それもそうだ。相手方の、しかもチーフが制服着込んで店内に立っているのだから。未だに私もなんでこんなことやってるのかわかってないけども、去年にすでに一度体験ずみなのが幸いだった。高村以外のメンバーとの連携はある程度できている。

「いや、なんでこんな風になってるんだ?」
「……そっちとこっちの上層部同士の判断よ。いっぱいいっぱいのファミーユを助けることで、互いの相乗効果を生み出そうと、うちの経営陣と、そっちの店長代理の間で」

 にやけ顔で、「玲愛、今日からしばらくあっち手伝って」といったチーフの顔は忘れられない。多忙期でヘルプ呼んだ意味がまったくなくなってしまうのだが、多分面白そうという要素が強く働いたに違いない。

「というわけで、当分ヘルプに入ることになったからよろしく」
「は、はあ、まあそりゃありがたいんだが……」
 未だ困惑顔の高村を尻目に、ホールでの戦いへ舞い戻る。
 ファミーユメンバーは、決して能力が低いわけじゃない。みんながきちっと動けはするのだけど、指揮官がいないとうまく動けないタイプばかりなのだ。今のところは順調に回転できている。

 今のところは。

 ただし、これがずっと続くわけはない。もしかしたら、多少なりとも店舗間での金銭のやり取りがあるかもしれないが、微々たるものだろう。それで、自分で言うのもなんだけども、チーフクラスを貸し出しているのだ。どんなに長くてもクリスマスまで。その先は、繁忙期を過ぎて多少増しとはいえ、また厳しい状態が続く。やっていけるのか、不安でしょうがない。高村と夏海さんが復帰するまでには、まだ最低でも1年以上かかる。

(誰かを育てる……この期間だと無理、というかそもそもそれは私がやる部分じゃないし)

 これ以上は、でしゃばりになる。そもそも、本来は商売敵なのだ。私がどうこうすべき部分ではない。考えるのをやめて、私は仕事へと没頭していく……

***


「どう? あっちは」
「どうもこうも、あまり変わらないですよ、やることは」

 クリスマス本番まであと一週間という日の夜。ファミーユでの仕事を終えて帰り支度をしていた私に、チーフが声をかけてきた。どうも待ち構えていたよな感じである。

「玲愛、この後時間ある?」
「え、まあ大丈夫ですけど」
「よし、じゃあ早く着替えて着替えて」

 せかされたチーフに連れて行かれたのは、近くの居酒屋だった。どうやら飲みたい気分だったらしい。

「それじゃあひとまずお疲れー」
「お疲れ様です」

 グラスをあわせ、ビールを一口。未だにこの苦味は飲みなれない。

「あれえ? あんまり減ってないぞお? 最初くらいぐびっといかないと。ぐびっと」
「無茶言わないでください。あんまりお酒は飲めないんで」
「もったいないなあ。労働の後の貴重な一杯がうまいんじゃないか」

 言うや否やジョッキが空になり、日本酒を頼むチーフ。いつ見てもこの飲みっぷりはすごいが、真似しようとは到底思えない。日本酒もつくなり、半分くらいをあおっている。

「で、どうよ、あっち」
「どう、って言われても、さっきも言いましたけどあまり変わらないですよ」
「そうじゃなくて、だな」

 アルコールが回ってるのか、目が据わってる。

「向こうの店長と、だよ」
「高村と、ですか。だからそれは何もないですし、そもそも高村には彼女がいるんですから」
「ふーん」

 コップに入った日本酒がゆらゆら揺らめいている。

「じゃあさ、玲愛。あんたは、あっさりと、諦める程度のものしか持ってなかったのか?」

 その言葉で、背筋に電気が走る。

「別に、それならいいんだ。またいつか、そういうこともある。だけど、あくまで板橋さんや瑞奈から聞く限りだけど、そうじゃないと思う」
「だ、だからって……」

 私は何も言い返せはしなかった。
 ……自分自身の気持ちなんだから、自分がわかっている。夏海さんとの話を聞いて、素直に適わないって思って押さえ込もうとしたけど、未だにくすぶってるものは消えてやくれない。
 私の逡巡を感じ取ったのか、チーフの瞳が和らぐ。

「きっとさ、玲愛は、後で後悔するタイプだと思うんだ。あたしと一緒で」
「……チーフと、同じ?」
「そ。行動するかどうか悩んではそのまま放置して、後でどうしようもなくなってから後悔する。違うか?」

 何もいえない。くすぶってること自体が、後悔していることとイコールなのだから。

「別にな、後悔するだけならいいんだ。後悔が強くなると、余計なことをして、周りに多大な被害を及ぼしたりする。それで、また後悔する」

 ……周りから、少しだけだけど話を聞いていた私には、それが何を指すのか、おぼろげにわかる。

「あたしはな、未だに後悔していることがあるんだよ。本人たちにはもうぶちまけてるけど、あの時何もしなかったら、もっときれいに話が進んでた。こんな気持ちを持ち続けることもなかった。全部、あたしの後悔と、ねたみが引き起こしたんだ」
 そこまで言い切って、チーフは残りの日本酒を流し込んでいく。

「チーフは……」
「ん?」
「チーフは、まだ、好きなんですか? 結城さんのこと」
「いやあ、さすがにもう今は吹っ切れてる。でも、まあ時折、何か考えないこともない」
「……それは」
「でも、まあいい友人だよ。そういう風に割り切ってる。香奈子は、ダメな奴だけど、いい奴だしな」

 追加で届いた日本酒を再度手にして飲み干していく。

「……まあ、今の部分は忘れてくれ。とにかくだよ、どっちにしても、一度はっきりしたほうがいろいろいいこともあるんだ。化粧で上塗りしないで、すっぴんで」

 結局、女二人だけの飲み会は、日付が変わるころまで続いた。

***


「あら、クリスマスイブだけは出れたのね」
「一番忙しいときだからな、どうにか出れるよう調整してきた」

 朝。今日フル稼働がわかっている杉澤さんとかすりさんはほぼ泊り込み状態だったので、その次くらいにと入ったら、ここ最近また出ていなかった高村に出くわした。本当に無理やり調整したのだろう。目元にくまが浮かんでいる。

「でもそのままで出たら不景気な顔をお客様に見せることになるわよ?」
「げ、そんなにくまひどいか?」
「今にも死にそうなくらいには見えるわね」
「うーん、でも今日ばっかりは出ないと、さすがに回らないのがわかってるから、どうにかごまかす」
「そこまでいうなら、薄くファンデーション塗ってごまかしてみる?」
「け、化粧はさすがになあ……」
「でも、どうやっても出なきゃならないんでしょ? 四の五の言ってる場合じゃないんじゃない?」
「まあそれもそうだけどさ……」
「すぐ済むから、ちょっとじっとしてなさい」

 ポーチからファンデーションを取り出し、くまを隠していく。
 至近距離に、高村の顔。鼓動が少しずつ、上がっていく。その表情は、くまがあることを除けば、ちゃんと責任者の顔になっている。一年前とは違う。

「はい、鏡」
「おっ、これだとくまも見えないし、化粧してるとも思えない。サンキュー、花鳥」

 お礼とともに、笑顔を浮かべる高村。

「しっかし、どうしてキュリオは俺たちを助けてくれるんだろうな。今だって、花鳥がいなかったらファミーユはうまく言ってなかったかもしれないし」
「それは……」
 相乗効果があるから、という答えを言いかけて、不意に、この間のチーフの言葉が浮かんでくる。

 ――一度はっきりしたほうがいろいろいいこともあるんだ。

「それは、」

 私は、ちょびっとだけ、嘘をつくことにした。

「私が、あんたを助けたかったからよ。文句ある?」

 少しだけ自分を前に出した、嘘。戸惑う高村を置いて、私は店内へと飛び出していった。今は、これでいい。今日が終わったら、ちゃんと、けじめをつけよう。その手の話が、格好の日なのだから――