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一次/揺れるカーテンとエトセトラ

 よく、小学校の卒業式後のイベントに、タイムカプセルを校庭に埋める、というのがあるじゃないですか。いや、世間一般ではあまり流行っていないかもしれませんが、私の卒業した小学校ではあったんです。なんでも、その小学校の歴代行事らしく、わざわざ『タイムカプセル維持管理募金』などを募って運営してましたし、校庭の一角には歴代のタイムカプセルを埋める場所が、こちらもわざわざ設けられていました。端から何年卒タイムカプセル、何年卒タイムカプセルと並んでいて、まるでタイムカプセルの農場やー、とすっかりメタボ化した食べタレのように言いたくなるところであります。

 で。
 去る日、同窓会が開催され、そのメタボリック違ったタイムカプセルの開封の儀があったそうでして。そうでして、と伝聞形になっているのは、残念なことに私が同窓会に参加できなかったからです。中学校まではその地にいたんですけども、あ、中国山地の真ん中ちょい右くらいの盆地なんですけどまあそれはいいか、そこから東京に引っ越してまして、今はもう花の大学生なので行く時間はいくらでもあるのですが、如何せん先立つものがないという状況でして、まあまとめるならお金がないのでいけなかった、と。最初からそういえばよかったですね。同情は必要ありません。お金は欲しいです。
 そんなわけでして、してしてと少しばかり卑猥なワードが続いておりますが、清貧を貫く私には同窓会出席の代わりに先日封書が届けられました。誰かに住所を教えた記憶はないのですが、なぜか届きました。恐るべき田舎のネットワーク。まあミヨちゃんが私に電話で出欠を聞いてきたくらいですから、そんなの楽勝ですよね。ちなみにミヨちゃんというのは当時仲の良かった子です。それはそれとして。
 この、小学校卒業時期の頃合いというのは、俗に言う『チューニビョー』の罹患時期でございまして、まあ私もご多分に漏れず、その病気の発症一歩手前の頃合いだったんですけども、この送りつけられた封書を手に取った瞬間に、とても残念なことに思い出してしまったんです。あの頃が、それは文字面通りに黒歴史時代だったことを。あ、黒歴史という言葉をGoogleで検索してみたら、初出は∀ガンダムだったんですね。残念ながらガンダムはSEED以降しか知らないのでよくわからないんですけども。アスカガとかそれはさておき。
 思い出した、ということはすなわち忘れていた、ということであります。人間、嬉しかったことは平気で忘れてしまいます。悲しかったことは苦労して忘れます。とても悲しかったことは――忘れたならば、忘れたことすら忘れます。体重計のメモリは忘れられません。……最後のことは聞かなかったことにしていただきたいんですけども、ともかく! あ、ちょっと強引に話を戻すために感嘆符で表現してみましたが、黒歴史時代だったことを忘れてたことを、思い出してしまったんです。ややこしいですね。私もややこしく感じております。まとめると、何かを忘れている、そんな予感。誰かさんがやっているえっちなゲームのテンプレートみたいですね。冒頭からちょっと進んで、画面が暗転してオープニングが始まる前の演出みたいな。そんなことはどうだっていいですね。

 実は、その封書まだ開けていなかったんです。開けていなかったのにどうして同窓会から来たのがわかったのかというと、それは封筒に堂々と同窓会名義の名乗りがあがってたからなんですけども、なんかこう、ちょっと形がいびつなんです。でこぼこしてるようなしてないような、あ、ちょっと堅めの素材っぽいのは確認できました。やわやわな手触りではなかったのです。そんなに大きくはありませんが、封筒の形を変える程度には大きいわけです。
 不思議なことに、未来の私への手紙、のようなものはタイムカプセルに入れた記憶があるんですけども、他に入れた物は思い出せないんです。なので、乙女の好奇心といいますか、その類のパワーで、かっぱえびせんの袋を開けるかのごとく開けて、中身をむさぼり食う違った見てやろうと思いはするんですけども、なぜか躊躇してしまうんです。自分の暗黒時代を曝すことに対するブレーキ、というわけではなく、こう、なんといいますか、心の奥底から自分を不安にさせてくれる何かが入っている、そんな感じなんです。あ、今は一応厨二病は完治したはずなんですけどね。
 そんなこんなで、その封書はクローゼットの上に鎮座したまま、しばらく私と同じ時を過ごしておりました。机の上に置いてないあたり、私と封書との微妙な距離感を表現できて居るんじゃないかと思いますがいかがでしょうか。


 ここまで前書き。
 長々と前講釈をたれた上での結論を申しますと、私はさっさとその封筒を開けるべきだったのです。開けて、中身を取り出してそのブツ、いえ拳銃とかではないですけど、それを確認すべきだったのです。窓を開け、裏側に夢を書いたテスト用紙の如く、曇り空へ投げつけるべきだったのです。明日に届いたかどうかは定かではありませんが、少なくとも、今現在私がおかれているような状態になることはなかったでしょう。
 周りから見て、現在の私が幸と不幸のどちらの極に位置するかを聞いてみると、十中八九『幸せ』を選ばれるかと思います。私自身が客観的に見てもそう思います。妬けるね? 大きなお世話です。当の本人の主観を存分に交えて判断してみると、やはり不幸だと叫びたくなるものなのです。黒歴史が何のことだったのか、それを再認知するだけでも十二分に不幸なのですが、それを覆い隠す物事が起き、今の私と相成ったわけです。これを不幸と言わずに何というのでしょうか。残念ながら言葉を見つけられません。

 ただ、まあ一つだけ言い訳を事前に挟ませてください。今の私の表情は、言葉からの推測とはかけ離れた物になってるかと思いますが、これは決して意図してなってるわけではないのです。ここ最近再発しっぱなしの、あの病気がそうさせているのです。そういうことにしておいてください。
 あ、便利だこの言い訳。今度使おう。



―*―



 例の封書が届いた三日後の朝は、窓の外に白い雪が舞う朝でした。
 東京では三月に意外と雪が降るのでして、時折、季節外れのという枕詞とともに電車が止まってホームに人があふれかえる様子や、ミニスカートの女性をつけ回して今に転びやしないかとカメラマンが機会をうかがっている、そんなニュースが流れてくるのです。無論私は安い女ではありませんので、そんな日にはジーンズで勝負するわけです。何に勝負するのかよくわかりませんけども、万が一滑ってしまったときに無残な姿と、可憐な下着を知らぬ存じぬ他人様に見せるわけにはいかないのです。
 もっとも、学年末の試験はとっくに終わり、レポートの提出も遙か彼方の頃合いですので、自由を謳歌できる身分であった私は、朝食後もベッドの上布団にくるまり、自堕落を満喫していた朝だったのですが、雲の中に潜り込んでいても忙しいお天道様が嫉妬したのでしょう、突如自室のドアが開かれて、なにやら機嫌の悪そうな表情をした兄が、ずかずかと乗り込んできたのです。思わず私は、半目でうめき声を上げてしまいます。

「……何?」

 あ、これ私の台詞です。地の文とあまりに違って、別人説はたまた猫かぶり説が流れるかもしれませんが、ここ最近の乙女は、不機嫌な言葉もゴキゲンに使えるものなのです。そうといったらそうなのです。頑張れば「まーじーで-?」とかもかったるく言えますが、さすがにそこまでゴキゲンではありません。といいますのも、私、寝るときは裸族派でして、こればかりは乙女に相応しくないのは周知の事実なのですが、ノリのきいたシーツのぱりっとした肌触りを素肌で感じていたい派なのです。ですから、布団にくるまっているとはすなわち生まれたままの姿で布団にくるまっているわけでして、その辺りに脱ぎ散らかしたパジャマやショーツ的なものが無残に転がっているわけです。私と同じく自堕落な大学生をやっている兄が、朝食時にはいなかったという兄が、まさかこんな時間から活動している上に部屋に乗り込むなど、一ミリたりとも予測の余地がなかったわけでございます。せめてパンツはパジャマの下に隠しておけばよかった、と後で後悔してみるも、現実は何も変わってやくれません。
 もっとも、兄と妹、という関係はある種倦怠期に入った夫婦みたいな物でして、兄が妹の着用済み下着に興味を惹かれてる様子などはわずかな欠片もございません。そもそも長年生活を共にすれば、互いに素っ裸を見られることなどそれこそ星の数ほど、は言い過ぎにしても一ヶ月に一度くらいはあるわけでして、今更下着で興奮なんて小学生かお前は、とあっさり言えるのです。とはいえ、ハプニングでもない状態で裸体を露出することは、乙女に反する行為ですから、布団のくるまり方を強め、万が一が起きないように用心します。と、ここまで長々と語りましたが、私たち兄弟の裸話なんてどうでもいいですよね。

「わりい、コピー用紙が切れたからもらう」

 ちらりとこちらを見やって、兄はそう告げます。それから後、人の机近辺を勝手にあさり、コピー用紙を探し出します。
 この兄という人物は、わりと人のものをとっていきます。備品という習慣がないのか、よく必要な物を切らしては私の部屋から持って行きます。とはいっても、相応プラスアルファの金銭をいただいているので何も文句はないのです。
 が、兄といえども、さすがに机の中を荒らされるのは不快なので、私は相も変わらず不機嫌なまま「引き出しの一番下」とだけつぶやきます。ちなみにいつもは棚の上に置いてあるのですが、ついこの間部屋の片付けでしまってみたりしました。服を着ていれば開けてあげたのですが、如何せん毛布お化けで移動する気力はありません。

「おう、サンキュ」

 目的のブツを取り出して礼を言い、机の上に小銭を置く兄。淡泊です。もっともベタベタされてもいやですが。
 そのままコピー用紙の束を抱えて扉に向き直り、一歩二歩と進んだところで、クローゼットの上に私が放置したかっぱえびせん、違った封書に目をやります。

「なにこれ?」

 その疑問はごもっともです。封書なんて言う物は、到着次第開けるべきものであり、後生大事に保管おくものではないのです。私だって、前述の様な得も言われぬ感情がわき上がらない限りは、かっぱせんべいよろしく開けております。

「小学校のとき埋めたタイムカプセルの中身」
「あ、そ」

 この辺り、兄は実にあっさりしております。淡泊です。話題の草食男子です。目ざとく見つけはするくせに、手に取るまではしない。兄は多大な興味を引かれた物には延々とのめり込み、少ししか引かれなかった物はすぐ認識を放棄するのです。言い換えればオタクなんです。自分の興味のあるラノベとか、あとやたらとパステルカラー率の高い漫画とか、後なぜか法律の解釈本とかを大量に保有して悦に入るタイプなんです。妹としては、せいぜいえっちなゲームをヘッドホン無しでやるのさえやめてもらえれば、オタク趣味には何の文句も言いません。というか何で六法全書やねん(びしっ)

 バタンとドアが閉まり、私の部屋は再度私だけの空間になりました。やれやれご苦労なことだぜ……と、最初よりも少しばかりきつく握りしめていた布団の裾を手放し、ぽふっと枕に顔を埋め、ふごふご呼吸。幾分乙女らしからぬ情景ではございますが、気にしません。
 せっかくの春休みです。なんだか水を差されたような感じを受けましたが、春休みは逃げたりしません。清貧を貫く乙女たるもの、こんな日は寝るに限ります。外に出かけて、生クリームのたっぷりのったクレープを食べるのも趣深いのですが、清貧なんです。具体的に言うと夢でお金はもらえません。昔見たテレビ番組で、エライ人がそんなことを言ってた気がします。まったくもって、その通りです。エライ人は言うことがエライですね。

 時折揺れるカーテン。あ、不用心ではありますが、窓は開けてあるんです。さすがに乙女の柔肌は見られたくないので、カーテンをきっちり閉めてますけども、ちょっと先のビルの屋上から望遠レンズを構えたら、時折は私が見えるかもしれません。チラリズム程度は勘弁してあげましょう。それよりも、さやさやと流れ込む春の匂いを満喫するメリットの方が大きいのです。排気ガス混じりなことには閉口しますが、それでもあの緑色の世界は捨て難いのです。あ、ちょっと文学少女っぽい言い回しでしたね、これ。
 まあ、今日に限って言えば、寒いんですけどね。雪、つもってますし。


 とまあとある春休みのうら若き乙女がまどろむ様子をつらつらと適当に述べたわけですけども、結果的に、といいますか、案の定といいますか、兄がソレの存在を認識したときに、さっさと開けてしまうべきだったのです。人間、思い立ったら吉日であり、思い立たなかったら凶日なのです。このような言い回しがあるかはわかりませんけども、我ながら言い得て妙なのではと自画自賛しておきます。もっとも、自分で自分を褒めてみたところで、銅メダルも得られないですし、結果が変わらないのも当然です。
 ただ、後悔は先に立たないわけでして、こうやって誰も見ることがないであろうレポート用紙に、やるせなさとか、三分の一の純情な感情ですとか、その類を書き連ねることで、かろうじて心の平穏を保つ日々でございます。あ、残りの三分の二も純情なままですけど。

 あ、一応どうでもいいオチを言っておきますと、さすがに雪降る日に開けっ放しはNGでした。数時間後に熱が出てきたわけでございます。くしゅんくしゅんとかわいらしいくしゃみを心がけたつもりでしたが、べーっくしと、江戸っ子ばりのものを連発しておりました。私、別にアホの子じゃないんですけどね。



―*―



 熱が出たことを認識してからは、さすがに裸体というわけにもいかなかったので、渋々窓を閉め、それから脱ぎ散らかしてあったソレらを着直し、布団にくるまりました。なんだか雪に負けたような気になったので、逆にカーテンを開け放ち、空から舞い降りる白いヤツラに、乙女にあるまじき行為であることはわかってるんですけども、ガン飛ばしてました。ビルの屋上から可憐な乙女の部屋を望遠レンズでのぞき込んでいた不適なマーシーがいたとしたら、その視線にすくみ上がっていたことでしょう。私、機嫌が悪くなると少し人格が変わるみたいなんです。へへっ。
 自分の体温が高いこともあって、くるまった布団の中の温度は上がり、私の頭はいい感じに茹だっておりました。視野は周りだし、その中を白い馬が駆けていく光景。今だから言えるのですが、結構笑えないレベルだったのかもしれません。
 そんな状態なのに、なぜかクローゼットの上に鎮座した封書様は、自己の存在を一切揺らがせることなくあらせておりました。言い換えるならば、それだけが、歪むことなくあると言いますか、まあそれだけそこに意識が集中してしまっていたのでしょう。夢うつつに近い中、その茶色いのだけはやけに存在をアピールしておりまして、半目になりながら、ずっとそれに意識を奪われておりました。
 身体を動かすのは億劫だったので、開ける気力はなかったのですが、中身が怪しい物、私に不安をもたらす物、その類の感情が奥底に沈んでしまっていて、興味が集中していたことも相まって、中身をものすごく知りたくなってしまったのです。
 身体は動きませんでしたから、私は浮ついた状態にもかかわらず、中身を推測することにしました。自分で入れた物なのに推測も何もないのですが、私の記憶には存在していなかったわけでして、何かしらの手がかりを見つけながら探ることにしました。卒業式で埋めた物ですから、その近辺の思い出が重要な証拠となります。卒業アルバムでも引っ張り出せば一発でしょうが、相変わらず動く気力がマイナス値を指し示しておりましたので、思い出すことに専念します。

 私の通っていた小学校は、一学年に一クラスしかないような、小さな学校でした。いわゆる過疎化や少子化の類の影響を受けていた、ある意味当時の最先端を進んでおりました。私や兄より上の年代ではもう少し人がいたらしいのですが、私が卒業する頃合いには全学年一組のみとなっておりました。ええ、どうでもいいことなので覚えているわけです。手がかりには全く遠いものでしたが、入り口としてはまあまあと言えます。
 小さな学校、小さな社会です。さらにいうなら今よりもちょっぴり大らかな状況でして、田舎にありがちな荒れた学校とは無縁の、仲良し社会でした。田舎ですから、集落とかも固まっていて、遊んだりする際には歳など関係なく遊んでいましたから、同じ学年だけでなく、別の学年の人たちとも仲が良かったことを覚えております。私の場合、同じ集落で同年代プラマイ二歳くらいというと、だいたい十人ちょっとで、そこには兄もいましたし、同窓会の連絡をしてきたミヨちゃんもいました。男女比率は綺麗に一対一。でも当時で男女なんて関係ありません。一緒になって走り回っていました。
 と、ここまで来たところで、私の動悸が激しくなりした。どうやらこの辺りにキーがありそうだと、私はさらに浮わついた頭を回します。まあ浮ついてますから、何がキーかはわからなかったので、とりあえず最後の『一緒になって走り回って』の辺りを膨らませることにしました。ほぼ十年前ですから、田舎にもプレステの類は蔓延していたんですけども、私たちはあまりその手のもので遊ぶことはありませんでした。持ってはいましたけど、それより走り回っていたいお年頃だったのです。今では自分の部屋の中にいくつものハードがあったりしますが、それはそれです。いのまたむつみイラストを動かしたいことだってあります。いやどうでもいいか。
 私たちの住む町は、概ね山に囲まれた盆地であり、真ん中を川が流れ、自然と親しみながら遊ぶということに関して事欠くことはありませんでした。夏になれば川に流され、冬になれば雪に埋もれ。春と秋は略。どんな季節だろうと、大雨でも降らない限り外で駆け回っていたのです。その駆け回る光景をイメージしたところで、霞がかった思考に、やたらとミヨちゃんの姿が出てきます。なので、私はついこの間電話越しで話したその友人の名を口にします。

「ミヨちゃん」

 たった五文字を口にした途端、ずきん、と心が痛みました。窓の外で、自由気ままに舞い降りる妖精たちを見て、さらに心が痛みました。きゅうっと締め付けるような痛み、それから……適当な比喩が思い浮かびませんでしたが、強いて言うなら、おろし金ですり下ろされるような、戦慄を覚えてしまう痛み。私にはまだ、なぜそんな痛み方をしなければならないのかがわかりませんでした。
 棚の上に鎮座されました封書を、再度見やります。

 不意に、あるフレーズが浮かびます。

 あれは、あなたの罪そのものなのだ、と。

 なんのこっちゃわけわからねえ。乙女にあるまじき感想ですが、熱のせいということにしておきました。でもわからないものはわからないのです。……いえ、完璧に忘れてしまいたいものであり、その願い通り忘れてしまった物なのでしょう。痛みを覚える以上に思い出すことはありませんでした。
 もういい加減決着をつけようと、ふらふらと立ち上がり、棚の上に手を伸ばし、封書を手に取ります。視界がふらふらして、ますます思考回路はショート寸前今すぐ会いたいの誰にだよ状態ですが、おそるおそる封書を開け、中身を取り出します。

 中には、同じようなものが二つ、ありました。
 木の実に穴を空けて、ひもを通して作ったブレスレット。綺麗に作られたものと、粗雑な作りの物。

 それを見た瞬間、あれだけ思い出せもしなかった光景、感情、そして私の罪が何なのか、身体の奥からわき出てきたのでした。


 とまあ、結局私は開けたのです。ぐだぐだとふっておいて結局お前が開けたのかよ! とやや古い三村ツッコミをする人もいるかもしれませんが、開けたのは私ですゴメンナサイ。兄が開けたとか、母が開けたとか、強盗が開けたとか、そういう突飛な展開は待ってはいなかったのです。ドラマでもラノベでもないのですから。
 でも、私が開けるのが、ある意味一番突飛な展開だったのではないか。今になればそう思えます。乙女とはかくも波瀾万丈の人生を送りたがるものか。名言風にいってみましたが、何か違う気もします。何より突飛だと言えるのは、私の目の前に兄がいない状態で開けたこと。そうでなければ、結果論からいくと不思議な事象なぞ何一つとして起こりえなかったのに、たまたま私が一人で開けてしまったわけで。それは必然とも偶然とも異なる、何か異次元の輝きを持ってしまっていたのでした。



―*―



 小学校六年生の夏休み。その日は、盆地特有の暑さがいつにもましてひどい日でした。至る所でかげろうが立ち上がり、空気は揺らめき、川の水すら暑さであえいでいる。そんな日でした。
 その日、いつもなら十人くらいで遊んでいたのに、たまたま家庭の用事が重なったなどで、遊んでいたのは私とミヨちゃんの二人だけでした。服の下に学校の水着を着込んでおき、河原で服を脱いでそのままザブン。それが私たちの川遊びのスタイルであり、水を掛け合ったり、浅い川底に寝そべったりして遊んでいました。
 町の拡声器が夕暮れ時を告げる頃合いに、私たちは水からあがり、でこぼこの河原で横になり、着ていた水着を乾かしながら、いろんなことをしゃべりました。話したこと自体はたわいもないことでしたが、最後の最後、乾いた水着の上に服を着て、さあ帰ろうという段階で、ミヨちゃんは私にあることを告げたのです。

「わたしね、お兄ちゃんのことが、好きだから」

 ここでいうお兄ちゃんとは、彼女の兄ではありません。私の周りにいた同級生や下級生達がいうお兄ちゃんは、私の兄を示していました。
 突然の告白。それも当人宛ではなく、なぜか妹の私宛に。なぜ?と一挙に混乱状態に陥りました。確か、途中でミヨちゃんと別れるまで、私は何も言えなかった記憶があります。


 次のシーンは少し飛んで秋です。
 夏の告白以来、私はそのことを半ば忘れるようにして、ミヨちゃんと接していました。でも、ミヨちゃんはちゃんと私に告げたことを覚えていたのです。そして、さらに追い打ちをかけようとしていたのです。
 問題の木の実のブレスレットは、ミヨちゃんから私への追い打ちでした。

「アキちゃん」

 学校からの帰り道、私を呼び止めるミヨちゃんの声。振り向いた先には、木の実ブレスレットを手にしたミヨちゃん。

「これをね」
「うん」
「お兄ちゃんに、渡して欲しいんだ」

 自分で渡せば、と言おうとしましたが、案外と中学生小学生に接点がないことに気づき、受け取ります。

「わかった」

 でも、私は何もわかっちゃいなかったのです。わかっていたことすら、わからなかったのです。

 家に帰り、ミヨちゃん謹製のブレスレットを手にして、私は兄の部屋をノックしようとします。
 いつまでたっても、ドアが鳴り響くことはありませんでした。気づけば私は自分の部屋に戻り、ブレスレットを眺めています。その後、何を血迷ったのか、私は部屋を出て庭に飛び出し、似たような木の実を集め、錐で穴を開け、ひもを通します。でも、ひもをうまく結べず、ミヨちゃんのもののようにはうまくできませんでした。何度も挑戦しましたが、やはりうまくできませんでした。そもそも、何で同じ物を作ろうとしてるのかすらわかりませんでした。
 しばらくして、私は作るのを諦めます。でも、作りかけのそれらを捨てることは出来ませんでした。私はそれらを、ミヨちゃんのものと一緒に、机の一番下の引き出しの更に下、男の子がえっちな本を隠す場所として有名なそこに、えっちな本を隠すように隠しました。

 その後、ミヨちゃんにブレスレットについて聞かれたことはありませんでした。


 そして、問題のタイムカプセル封入シーン。
 私は例のブレスレット二つを、ぐちゃぐちゃに丸めて、封筒に入れ、厳重に封をして、タイムカプセルに入れました。友達に、それが何なのかをしつこく聞かれましたが、決して教えることはありませんでした。私の罪をしまい込んだタイムカプセルは、小学校の片隅に、しっかりと埋まることになったのです。
 埋まると同時に、私は、それにまつわるエトセトラ間違えたそれにまつわる一切合切を、同時に私の奥底に埋めたのでした。


 あの封書は、私の罪を、封じ込めていたのでした。
 それ一式を思い出して、この間のミヨちゃんの声を思い出しては、彼女への申し訳なさでいっぱいでした。好きな人へのプレゼントを、私が握りつぶしていたのですから。熱のせいかテンションが派手に上下する状態。私は深く落ち込みます。なんで渡さなかったんだ、と。しばらくしたら、涙も流れてきました。きっと何年もため込んだ分なんだろうなあ、などと、ある種他人事のように感じる自分もおりました。それは実に不思議な感覚で、自分という存在が二つに分かれ、一つは実体を伴って泣きわめき散らしているのであり、もう一つはそれを神様視点から見つめる状態。異なる二存在を中に抱えた状態になっていたのです。

 泣く、という感情表現は実に体力を消耗するものであり、高熱も相まって気づけば私は布団の中で眠りこけていました。
 夢の中には、二人のミヨちゃんが現れました。小さい頃の、私の知っているミヨちゃんと、今現在の、あの頃から推測できる姿のミヨちゃん。小さいミヨちゃんは、私のことをなじります。どうして渡さなかったのか、と。でも大きなミヨちゃんは、ただただ私を見て、少し寂しく微笑むだけでした。どうせなら、一緒になじってほしかったのに、大きなミヨちゃんは決してなじることはありませんでした。
 無論、夢の中です。ミヨちゃんとは大分会っていないわけで、大きなミヨちゃんが私に何も言わない、というのもある種の願望を反映していたのでしょう。夢の中ですら私はそのことに気づき、また落ち込んでいました。なんて、自分勝手な人間なのだろう、と。そこに更に小さい方のミヨちゃんがなじる永久ループ。それは目が覚めるまで、輪がほどけることはありませんでした。


 ふと、額に何かが置かれる感触がして、ようやくループから解放されました。なんやかんやで布団にくるまって汗をかいたせいか、幾分熱は下がっているように思えます。
 うっすらと目を開けると、そこにはなぜか兄の姿がありました。兄がこちらの額に手を置き、心配そうにのぞき込んでいる光景。見たことありません。

「起きたか」
「うん」

 身体を起こして、周りを見てみます。カーテンの外はまだ雪が降っておりました。兄は人の椅子をベッドの横に持ってきて、片手は本を持っていました。その地べたには、洗面器とタオル。兄にしては用意周到です。というか、看病しようと考えるタイプだとは思ってもいませんでした。

「どうして?」
「いや、何かわめき声が聞こえたから。それでしばらくしたら静かになるし。こそって見てみたら、倒れてたし」

 ……どうやら布団に自力で潜り込んだわけではない模様である。都合のいい記憶に書き換えてたので、渋々訂正しておきました。しかしどうやってベッドの上に運び込んだのだろう、などと余計なことまで考えていましたが、それはそれです。
 しっかし、相も変わらずぶっきらぼうな兄だなあ、と、そのときの私は改めて思ったわけです。語尾をとっていくだけでそのぶっきらぼうっぷりが手に取るようにわかるわけですが、まあ、悪い気はしませんでした。

「……あれ、中身なのか?」

 しかし、一瞬でいろんなところに引き戻されます。兄が指し示していたのは、まごう事なき私の罪の記憶でした。

「うん」

 私は最初、頷く以外の返答を持ち合わせておりませんでしたが、ピンと一本、何かが頭の中を突き抜け、まだだるさの残る私の身体を動かします。

「これ、ミヨちゃんから。もう十年近く前の話だけど」
「ミヨちゃん? ああ、アキの同級生の、うん、十年近く前?」
「そう、十年近く前」
「……ふうん」

 ぐちゃぐちゃにまるまった、二つ分のブレスレット。片方は私の作った物だけど、それはとりあえずおいといて……

「でもさ、これ」

 混戦している二つをほどきながら、兄。

「片方、アキのだろ。この雑なやつ」
「雑って……まあ、そうだけど」
「これも、俺がもらっていいの?」
「別に、いいけど」

 相変わらず読点の多い兄妹間会話ですが、まあよしとしましょう。なぜ兄がもらったのかはよくわかりませんでしたけども、なんと言いますか、禊ぎが済んだというか、重苦しい感情が少しだけ柔らかくなりました。私のやったこと自体は何も変わらないのですし、過去に戻って修正しない限りは変えようもないのですが、少なくとも(時間が相当空きましたが)渡せた、という事実だけは残せたのです。少しだけ、ほんの少しだけ許されてもいいのではないか、とその時私は思ったのです。

「身体はもう大丈夫か?」
「うん」

 そのせいかどうかは知りませんが、けだるさも和らいでおりました。この分だと、夜ご飯はばっちり食べられそうです。

「じゃあ戻るから、寝とけ」
「うん」
「それと……」

 無愛想さに関して一本槍を貫く兄は、戻るときも同じ気高き無愛想さを備えておりましたが、最後の一言は言いよどんでおりました。珍しいことに首を傾げてみると、

「身体、拭いたけど、気にするな」

 こちらを見ることなく、本に洗面器にタオルとアンバランスな組み合わせを抱えて、外に出て行きました。私は首を傾げたままその言葉を四、五回反芻したところで、反射的に身体を両腕で抱えておりました。どうりで、汗をかいたにしてはべたべたしてないわけです。無愛想な兄でも、sneg的なことは(二次元世界で相当やってるとはいえ)恥ずかしかったのでしょう。いくら月一びっくりトラブルがあるとはいえ、寝ている間、というのはこちらも相当に恥ずかしいのです。が、別に悪い気分でもないので、ほんのり身体があったまったまま、布団を口元まで持ってきて、また目をつぶりました。
 すぐに、先ほどとは違う夢の世界へ、妖精さんが私を連れ去ってくれました。おかげさまで、のーぶらじゃー状態であることに気づいて余計に恥ずかしくなったのは翌朝のことでした。


 このようにして、私の罪の記憶プラスアルファは兄の元へと渡され、代わりに嬉し恥ずかし思春期(思春期はとうの昔に終わっていますが)兄妹イベント的なものも起きてしまったわけです。ですが、この日はまず間違いなく私の今後を左右する日であり、過去から繰り延べたものの返済をしなければならないという事実が動き出した日でもありました。返済を怠っていたソレは、街金の利息のように膨れあがるわけですが、問題なのは私の意識外で行われていたということにあります。そのせいで私は気づくことが出来ず、かくして今現在のような状況へと押しやられたわけです。そこ、にやけているとか言うな。
 しかし、驚くべきはミヨちゃんでして、ここまで彼女の成長後の声など一度も出てきませんでしたが、翌日、全快となった私に対して、驚愕の事実を電話越しに投げつけてくるのです。彼女はその当時から、今の私よりも大人である、という事実を。そして、かなり奥底に隠されていた条件節を、わざわざ引っ張り出してくれたのです。そのことに関して、私は彼女に、多少の恨み辛みと、多少の感謝を抱かざるを得ません。



―*―



 翌日。
 昨晩の夕食を普通に食べ、日曜日に掃除機に追われながらも眠るどこかの家のお父様のごとく眠りこけていた私は、すっかり元気になっておりました。ローマは一日にしてならずといいますが、風邪は一日で治るのです。もっとも、その原因は自分のせいでもあるわけですが、乙女たる物そういったことは無視できる技術が必要です。
 昨日の雪模様は跡形もなく消え、外には春の陽気が戻っておりました。路面も所々濡れている部分がありますが、いずれ乾くことでしょう。春先に一瞬だけ存在を示した白い妖精たちも、命運ここまでといったところでしょうか。
 気温が高いこともあって、朝食後はいつものように窓を開け、自室の布団の中、裸になってくぬくと過ごします。カーテンの持つ本来のチラリズムが、春の風に誘われて躍動しております。風邪が治ったこともあり、幾分ハイテンションな私は、外にいるかもしれないカメラに向かって、少しポーズをとろうとして止めておきました。自分に一切合切お金が入らないのに身体を売っても致し方ないのです。
 布団に入り、しばらくして、私は手元に置いてあった携帯をおもむろにとり、ぱかっと開けて着信履歴を繰ります。少し前に戻ったところでその名前を見つけてプルルルル。三回目くらいで、お望みの相手が出てくれます。

『もしもし』
「もしもし、ミヨちゃん」
『あーアキちゃんだ! どうしたの?』

 ミヨちゃん相手にしばらく、同窓会の様子やお互いの近況を話したりします。前回同窓会のお誘いの時もちょっぴり話しましたが、今回はお互い暇なのか、いろんなことをしゃべりました。私の知っていたミヨちゃんは、予想通りの成長を遂げたようで、話していて昔の偶像との違和感がまったくありません。変わらないのもいいことなのです。
 しかし、私はそんな感情に浸り続けるわけにも生きませんでした。おしゃべりも楽しいのですが、罪を思い出した私は、彼女に謝らなければなりません。

「ねえ、ミヨちゃん」
『なあに?』
「あのね……私たちが、六年生のときのことなんだけど、」
『……うん? 六年生のとき?』
「うん、六年生のとき」

 英語で言うところのパードンミー。どうやらミヨちゃんには、六年生という部分に引っかかる物があるようでした。

「あのとき……秋に、ミヨちゃんから、お兄ちゃん宛に、って渡されたブレスレット」

 お兄ちゃん、という実に懐かしい呼称に幾分しかめ面を(電話越しの相手には伝わらないにもかかわらず)しながら、感じた違和感をごり押しで隠す。思い切ったら吉日。今言わずにいつ言うのでしょうか。今言えないようならば、きっといつまで経っても言えないのです。連載が中断した漫画みたいなものなのです。

「あれ……お兄ちゃんに、渡さなかったの。ごめん」

 締切りに追われて逃避したくなる心を辛うじて押さえ込み、私は繰り延べてきた謝罪の言葉を口に出来ました。電話越しの相手は、しばらく三点リーダをつなげます。その間の私の心は、冬の日本海のごとく揺れ動きます。怒られるのか、許されるのか。しっかりと一分、時間が経過したところで、

『……うん、わかってた』

 よくわからない言葉を、ミヨちゃんは口にしたのでした。

「わかって、た?」

 何を?

『うん、アキちゃん、渡さないだろうなあって』

 いやもう、全く持って意味がわかりません。じゃあなぜ私に渡したのか。というか。

「あれ……ソーユー意味合いの物じゃなかったの?」

 乙女心がどこかからカムバックして、重要キーワードをぼやかします。無論、恋愛感情的な、と同類の言葉が入ります。

『ううん、そういう意味合いのものだけど』

 ミヨちゃんは私の推測をあっさりと肯定します。余計に意味がわかりません。

「じゃあ、なんで……」
『……ちょっと、試してみたかったんだ』
「試してみたかった?」

 ぶつ切りの会話が続きますが、如何せん私には理解できない範疇のトークになっておりまして、頭を回しながらでないと話をかみ砕けないのです。別にたどたどしい新人芸人トークが好きというわけではないのです。

『うん、試してみたかった。わたしにはわかってたし』
「???」

 オウム返しも出来ないレベルになってきました。クエスチョンマークという、電話では伝えにくい文字ですが、ミヨちゃんにはちゃんと伝わっていたようでした。もういっそのこと電話を切れば良かったんじゃないかと思えたのは、その直後のミヨちゃんの言葉のためでもあります。

『だって、アキちゃんお兄ちゃんのこと好きだったでしょ?』
「え、うん?誰が、誰を好きって?」
『だから、アキちゃんが、お兄ちゃんのことが好きだったって』
「私が、お兄ちゃんを、好きだったって?」

 自分でワンフレーズを口にしてみて、その恐ろしさに鳥肌が震えます。そんな感情を兄に覚えたことなぞ、未だかつて記憶にありませんでした。しかしながら、記憶という物は都合の良いように自己改ざんしてしまうという事例も、今目の当たりにしているわけでして、私は余計に混乱してきます。

『あー、やっぱり自分では気づいてなかったんだ。周りから見たらすっごいブラコンだったのに。今違うの?』
「いやいやいや、そんなことはこれっぽっちもそんなつもりは、今も昔もなにも、あれ?」

 反論は試みましたが、自分の言葉に違和感を覚えます。

『そうなんだ。お兄ちゃんもシスコンっぷりがすごかったから、相思相愛だと思ってたのに』
「シスコンっぷり? そんなの最近見たことないし、昔からも、あれ、やっぱり変だ」
『変って?』

 ミヨちゃんとの会話で、違和感の正体がわかります。私の兄に対する態度の今昔、そして兄の私に対する今昔が、全く持って違うのです。それは両者が、同じような軌跡を描いたように一致しており、同類項というより同じ値を二人が持っていたみたいで……あれ?

「なんで同じなんだろう?」
『同じ? 何が?』

 オウムがどうやら電話の向こう側に飛び立ってしまったようですが、私にそんなことを突っ込む余裕はありませんでした。

「忘れてた私と同じようなことを、お兄ちゃんがしてる」
『……』

 ふう、と耳元でため息が聞こえます。

『きっと、お兄ちゃんも同じだったってことじゃないかなよ。本人に聞いてみたらいいよ』


 後になって思えば、ミヨちゃんは内容的にもタイミング的にも非常に危険な提案をしているわけですが、混乱している私に考慮する余裕は全く持ってありませんでした。最後に二、三言話した後に電話を切り、休み中は部屋に引きこもっている兄の部屋へと突進します。ドアを勢いよく開けると、PCに向かって椅子に座っていた兄は、何もせずにぼけっと中空を見つめておりました。ディスプレイには脱ぎかけの少女とかその類の物は映っておらず、兄の間抜け面を反射させているだけでした。実に珍しいことですが、私にツッコミの余裕はやはりありませんでした。

「ねえ」

 遠い昔、兄に対して使っていた言葉遣いとは大いに異なる、今の私の言葉遣い。

「ん……?」

 惚けっぱなしの兄は、やはり記憶の中から呼び起こされた言葉遣いとは違う、今の言葉遣いで、こちらを見ることなく返答しています。そもそも惚けていること自体が珍しく、例の無愛想さからテンプレ回答できるように、割と知的というか、冷静沈着というか、その類に当たる兄ですが、返事がおざなりというのはレアケースです。
 その状態の兄に聞くのもどうかと一瞬考えましたが、さっきのミヨちゃんに対する謝罪同様、締切りに追われた漫画家のごとく私は突き進みました。

「もしかして、昔、私のこと好きだったり、した?」

 直球です。外角低めとかにコントロールされていない、渾身のど真ん中直球。打たれたらそこで試合終了。打取ったら……そのことを私は考えていませんでした。

「……ん、まあ」

 感覚で言うとショートゴロ、でしょうか。三振みたいにすかっとアウトというわけではない、凡打です。が、打取ってしまったことに代わりはなかったのです。その言葉を聞いて、昔に置き去りにしてきた私の一部分が、喜びの声を上げます。そこで初めて、ああ私はこの兄が好きだったのだ、ということを理解するのでした。打取られたのは実は私――全然うまくありません。

「……そう、ありがとう」

 よくわからない感情が渦巻くまま、なぜか礼を述べて部屋を後にしようとしたら、惚けていた兄の腕が伸びてきて私の同じ物を捕まえます。振り返ってみてみると、兄が、自分のしたことが不思議だとでも言わんばかりに、先ほどとは違う惚け方で捕まえた部分を見ております。

「何?」
「あ、いや……」

 しばらく逡巡する兄。そして。

「一応聞いてみるが、アキは?」

 いつの間にか、攻守が交代しておりました。よくわかっていない私はなされるがままです。
「……うん、まあ」

 兄よりも一文字だけ余分に付け足して、返答しました。付け足したのは母音です。なんとなく豪華です。夢があります。……私は相当に混乱していました。

「……そうか」

 先ほど電話の向こうに飛んでいったオウムは帰ってきませんでした。私が礼を述べたことが反復されることはなく、兄の掴む腕がほどかれる様子もありません。

「なら、今は?」
「……はい?」

 オウムの代わりに帰ってきたのは、よくわからない質問。前後関係から補足すると、今私が兄を好きかどうか聞いているのでしょう、などと他人事のように捕らえてみますが、私の半分はメダパニ状態です。

「え、あ、え、あ、う、うん」

 舌がもつれにもつれ、ようやく子音がひねり出されますが、母音との前後関係がよろしくありませんでした。まるで私が肯定しているみたいで、いや別に否定する気もないけども、えっと、その、などとト書きすら混乱している最中(もなかではありません)、

「……そっか。なら嬉しいよ」

 こちらを見る顔に、実に久しぶりに見た笑顔が乗っかっていました。それを視覚した瞬間、私はかつてこの兄に抱いた、忘れたことにしていた、置き去りにしていた思いを、全身に情報として共有し、乙女たる自分の行動指針に据え置いたのでした。


 まあ、なんといいますか、ファーストキッスはレモンの味といいますが、残念なことにそんなことはなく、朝食で食べたマーマレードの味がしました。柑橘類しか合っていませんでした。
 ついでにいうと、あの信仰が本当かどうかは定かではありませんが、高校時代文化部だった私には、結構痛かったのです。誰だ痛くないとか言ってたのは!?(知りません)



―*―



 とまあ、ここまでが私がどのようにして不幸になったのか、一割ほどの幸せを得られたのかという顛末記になっております。
 何が不幸なのかをあえて解説してみますと、半ば無意識下にて、兄への慕情という危険な感情を眠らせていたのに、それを蘇らせてしまい、あまつさえ両思いとなってしまった点にあります。兄妹間での恋愛なんて、ドラマじゃないんですから最後に待っているのは不幸事なのです。それがわかっていたがために、きっと昔の私は押さえ込んで記憶を抹消していたのです。だけどももう、無理です。消せません。
 最後の理性的な部分が残っていた頃に友人にも相談しましたが、今のところ九人中九人に「うらやましい」とか言われています。どうやら彼女たちには漫画チックに映ったようです。事実は漫画より辛い。これ新しい名言です。

 私がこんなことになってしまった原因は、元を正せばミヨちゃんのブレスレットをタイムカプセルなどと言う時限式の封印箱にいれてしまっていたせいなのですが、他にも実は原因がありました。雪降る日にカーテンを開けっ放しにして風邪を引いたのがそれです。あの日、兄は私を看病し、その際私の裸を見ているのですが、月一トラブルとは異なり、熱を発して汗ばんだ裸体は兄の目にひどく綺麗に映ったそうでして、兄自身も、私同様封印していた感情があふれ出していたとのことです。私が聞きに行った日に惚けていたのは、私のことを考えてだそうで、嬉しくもありますが、腹立たしいと今でも思っております。馬鹿なことして風邪を引いたせいで、引き返せない幸せモードに入ってしまったのですから。
 ついでにいうと、無愛想な兄は相変わらず無愛想なままでしたが、私に対してだけは、独占欲的な何かをむけるようになりました。苦しくない程度のソレは、吸ったことないのでわかりませんが、麻薬のように私を惑わせ、あんなに好きだったカーテン開けっ放し状態すら止めさせる効果(兄が止めてくれと言いましたので)がありました。逆もまたしかりで、隣の部屋から聞こえてくる二次元的嬌声は、あからさまに回数が減りました。二次元に現を抜かすのがよいのか、実妹に以下同語か、どちらがまだマシなのかはだれもわかりません。
 さらについでにいうと、あのブレスレットは丁寧に保管してあり、代わりに別のブレスレットを二つ作り、お互いの右腕につけられています。昔と変わらず不器用な私が作っているので、かなり不格好ですが、兄は何も言わずにつけています。親に「兄妹で同じのつけてるなんて珍しいわね」とか言われても気にしません。それを見る度に心が温かくなるのです。純情な感情も空回りしていないのがわかると嬉しいのです。

 そんなこんなですが、まあ残念なことにこの後デートらしいですので、記すのはこの辺で。皆様にも不幸せと幸せを。