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この青空に約束を-/この秋空に秋桜を-

 本州からはるか南方に位置する南栄生島にも、文化祭が終わった辺りから秋めいた風が吹き抜けるようになってきた。海辺に位置するサザンフィッシュ周辺も、青々とした草木の勢いは失せ、ハイビスカスやストレチアといった、秋の訪れを告げる花々が咲き始めるようになってきた。季節が移り変わることは、今の生活が幕を閉じる時間へ徐々にたどり着いていくことを意味する。カウントダウンの針の音を聞いたような気がして、見慣れたドアを開ける前に航は少しだけため息をついた。

「いらっしゃ……って、なんだ航か」
「なんだってことはないでしょ、自分で呼んどいて」
「まあそう僻むなって。とりあえず入りな。お前に頼みたいことがあるんだ」

 頼みごと、と聞いてさらに航は顔をしかめさせたが、隆史の頼みを断ることなどできやしない。促されて店内のカウンターに座る。その前には、タイミングよくコーヒーが置かれた。

「これは隆史さんのおごり?」
「まあお前に頼みごとがあるわけだから、これくらいは、な」
「……それで、頼みって?」

 隆史の頼みは、結婚式の手伝いをしてくれ、というものだった。

「お前覚えてる? 去年来てたカップルで男の方はちょっぴり頼りなさそうな感じ、女の子は黒い髪が長くて少し気が強そうな……そうそう、奈緒子ちゃんに似てる子」
「んー、まあおぼろげと。で、そのカップルが、ここで結婚式を挙げたい、と?」
「そういうこと。二人とも海とか島が大好きだそうで、去年来たときから“式を挙げるならここだっ”って決めてたらしいんだ」
「で、泊まったサザンフィッシュに連絡を入れたってわけね」
「見ての通り、うちは大きい宿泊施設じゃないから、近しい親類知人二十人くらいだけを招いて、内輪だけで式を挙げたいんだそうだ。その人数なら、よそのとこにも泊まってもらえるっていう条件はつくが、やれなくもないんでね。ただ、もてなすにはさすがに俺一人だと無理だから、航、お前に手伝いを頼みたいんだ」
「やるのは休み? それならできるけどさ、俺ができることなんてあんまりない気がするんだけど」
「意外とやれることはあるもんさ。事前準備の力仕事とか」
「うげぇ……」

 力仕事という言葉から、夏のバイトというなの労働を思い出し、航は不服の言葉を漏らす。

「ちゃんと報酬もだす。あんまり出せないけど」
「よしきた!」
「航……お前ほんとに現金な奴だな。まあいい、お前に頼みたいのはそれだけじゃない」
「……隆史さん、まだあるの?」
「お前にしかできない、とっておきさ」
「本人にもったいぶら」
「航君航くんわった」
「お前は沸いて出てくんな!」
「ひどいなあ、あ、もしかしてこれは愛情の裏返しだったりして」
「な、そうなのか航っ!?」
「違う! あんたも簡単に信じるなっ」

 普段は颯爽とした感すら漂わせる隆史だったが、妹に対しての過保護っぷりだけは尋常ならざるものがある。すでに多少は慣れた航だったが、それでもドン引きしてしまう光景がそこにはある。

「隆史さん……そんなんだと他人の結婚式は取り仕切っても自分のは挙げられないんじゃん?」
「ばっか、茜置いて先に結婚なんかできるかっての」
「……じゃあ茜がウエディングドレス着て微笑みかける光景を想像してみてよ」
「ないな、ありえない。許すわけない」
「あのー、さすがの茜ちゃんも一回くらいは航くんにドレスを着せてもらいたいなーなんて」
「なにぃ!?」
「やめてくれ、茜。俺はまだ死にたくない」
「なにぃ!?」
「あんたはいったいどっちなんだよっ!」

 茜が南栄生島にやってきて以来、幾度となく買わされたシスコンコントに付き合わされて、航は当初の目的を忘れて寮に戻りたい気分に駆られる。このままだと埒が明かないので、強引に話を戻すことにした。

「で、俺に頼みたいことって?」
「あー、すっかり忘れてた。ピアノだよ、ピアノの演奏」
「ピアノぉ?」
「正確にはオルガンなんだけどさ。ほら、式中に生演奏があれば雰囲気出るだろ?楽器関係無駄に器用貧乏な航にぴったりの役だろ」
「隆史さん、それ全然誉めてないでしょ……」
「まあそういじけんなって。つーわけで頼むな」
「……了解」


***


「へー、航くんて楽器得意なんだ」
「まあ、な。たまに夜寮の屋根でギター弾いてるし」

 すっかり日も暮れたサザンフィッシュからの帰り道。航の横にはレオパルドンを連れた茜の姿があった。一応“レオパルドンの散歩”という名目があったので、普段は航に近づけようとしない隆史も反対はしなかった(ごねはしたのだが)。

「音楽室で二人っきりになって航くんが奏でる室内を満たすピアノの調べにお互い身をゆだねあっちゃったりして!?」
「いや、それはないない。つか身を委ねたりしたら弾けないから」
「んー、乙女心をくすぐるロマンチックな光景だと思うのになー。それにしても、結婚式かぁ。あこがれるなぁ」
「結婚式、ねえ……そこまであこがれるもんかぁ?」

 今まで島の中に居続けた航からすると、結婚式イコール酒が飛び交うてんやわんやの大騒ぎパーティーのイメージしかない。もちろんテレビとかで内地で行われる本物についても、情報としては知っているが、はるか遠いものという認識になってしまうのだ。
 それを考えると、今回の手伝いは将来的には有用なのかもしれない、などとポジティブに捉えることにした航の脳裏には、海己のドレス姿がおぼろげながら浮かんでいた。

「そういえば、海己ちゃんとはうまくいってる?」
「うえっ? な、何だよいきなり」

 ちょうど考えている最中に海己との関係を尋ねられ、航はとっさの返答に失敗。

「文化祭から結構経ってるしね。そろそろ倦怠期なんじゃないかな? 普段はそんな感じはしないけど、ほら航くんって思いっきりご主人様属性だし」
「……後半は否定できないけど、別に大丈夫。そんなやわな絆じゃない」
「ふーん、なんか妬けるなあ」
 
 この間の“合わせ石”の一件を思い出し、「お前が言い出したんだろうが!」とはいえない。
(……っていうか、ほんとにあの時の子が茜、なんだろうか?)

 記憶にかすかに残っているのは、一人はぐれて泣いている女の子の姿。泣き止ませようとあれこれ努力して、灯台に連れて行ったところまでは覚えている。だが、あの子と茜とが航の中ではどうしても結びつかないのだ。
 でも、それを今更確認するわけにもいかない。茜は教えてくれやしないだろうし、今ある関係が、海己とのものを含めてずたずたになる可能性すらある。それは航の望む未来ではない。

 そうこう考えているうちに、石段の下までたどり着く
 じゃあなと手を挙げて登ろうとしたところで、航は茜に呼び止められた。

「航くん航くん、お願いがあるんだけど?」
「何だよ?」
「……もうちょっとだけ、散歩に付き合ってほしいな、なんて。それだけでいいから」

 茜に対して少しだけセンチメンタルな(よくわからない)感情を覚えていた航は、ただ頷いて石段から離れ、向こうへ続く道へと一歩を踏み出した。


***


「わーたーるー、とりあえず先に言うことは?」

 結局あの後なぜか島を一周してから茜と別れ、つぐみ寮の玄関にたどり着いたときには、夕食どころか風呂すら入り終えているはずの時間だった。なので、玄関前で奈緒子が仁王立ちしてたとしてもおかしくはない。

「ちょっと人の散歩に付き合って……」
「こんな時間に散歩してるノータリンがいるわけないでしょうが! 海己に心配かけさせるなってあれ程言ってるのに」

 ほんとに散歩してるノータリンがいたんだって、という言葉は、奈緒子の後ろでおろおろと様子を見ている海己の姿を見て航の中から消えていった。
 かわりに口をついて出てきたのは、「ごめん」という素直な謝罪の言葉だった。

「……航、あんたどしたの?」
「何が?」
「やけに珍しく素直に謝るじゃない。熱でもある?」
「たまには、ね」

 不信感をあらわにする奈緒子の横を過ぎ、海己に「遅くなってごめん、跡でご飯食べるから」とだけ告げて、航は自室へと戻っていった。


***


「航ってほんと演奏だけは得意だよね」
「だけはっていうな、だけはって」
「あ、あのそういう意味じゃなくて……」

 隆史から頼まれて以降、航は放課後ごとに音楽室にこもり、ピアノの練習をしていた。知り合いの結婚式ならテキトーでもよかったのだが、今回は完全に他人のものである。隆史のためにも、気を抜くわけには行かなかった。
 自分の言葉が人を傷つけかねなかったことにおろおろしている海己に対し、気にするなとぽんぽんと二度頭を軽く叩いてから、航は再度ピアノへと向かう。
 選曲は何でもいいらしく、逆に航の頭を悩ませていたが、無難に「CAN YOU CELEBRATE?」や「世界に一つだけの花」、「未来へ」といった有名J-POPに決めた。定番ならはずすことはないだろうという読みが、そこには働いている。
 ちらりと時計をみて、まだ時間に余裕があることを確認してから、鍵盤の上に両手を置き、躍らせていく。航が弾いている間、海己はその後ろに立ち、じっと奏でられる音に聞き入っていた。普段寮の屋上でギターを弾いているときも同様の状態だし、居心地はいいのであまり気にしてはいないが、暇じゃないのかとは思ってしまう。

 一曲特に大きなミスなく弾き終わったところで、航は浮かんで消えなかった疑問を海己にぶつけてみることにした。

「なあ海己、お前暇じゃない? 俺が弾いてるのを聞いてても」

 対して海己は、そんな疑問があったのかといわんばかりに不思議そうな表情を浮かべた後、少しばかり考えてから、

「航の弾いてるとこ見てて、航の弾いてる音を聞きたいから、かな」

という、直球ど真ん中の返答を返してきた。

「海己……相当恥ずかしいこと言ってる自覚あるか?」
「えっ、えっ? わたし変なこといったかなあ……?」
「やっぱ自覚ないのな。まあそこがいいとこなんだけどさ」

 なおもきょとんとクエスチョンマークを浮かべている海己に対し、先ほどと同じように軽く頭を叩いてから、そっと唇を合わせた。

「航ぅ、ここ学校内だよ……?」
「これはちゃんと恥ずかしがるのな……まあ大丈夫だろ、鍵は閉めてるし」

 鍵は閉められている、と気づいた辺りで航の頭の中を桃色の妄想が駆け巡るが、ピアノの練習という大義名分を暗唱しなおして追いやる。別にソレはここであえて行う必要はない。
 三度座りなおし、また別の曲の演奏に取り掛かる。

「結婚式、成功するといいね」

 そこに海己がいてくれる、という空気を味わいながら、ゆっくりと、ゆっくりと……


***


 結婚式当日。
 式が始まる直前まで雅文とともに会場のセッティングやらなんやらといった力仕事関係をこなした航は、そこから慌ててスーツに着替えて(慣れてないので海己に手伝ってもらった)、和やかな雰囲気に包まれた結婚式会場の一角に置かれたオルガンへと向かう。途中、新郎新婦に軽く挨拶をしてから席に座り、譜面を準備する。それから、一曲目として「未来へ」を弾き始めた。
 鍵盤に注意を注ぎながらも、時折会場の様子を伺う。そこには、テレビで見たとおり、とまではいかないながらも、華やかさは伝わってきていた。間違いなく、島の式とは違う雰囲気だ。少なくとも、島焼酎の飛び交うような状態ではない。

(……結婚式に女の子があこがれるのもわかるなぁ……)

 よくよく見ればヘルパーに入ってるつぐみ寮メンバーや茜、紀子も、給仕の合間合間に普段より瞳を輝かせて花嫁の晴れ姿を追っている。見慣れたサザンフィッシュも、狭いながらも文字通り結婚式の雰囲気を身にまとってあでやかな空間を提供している。

(……いいな、やっぱりこういうのは)

 脳裏に、夏までは思い描くことすら叶わなかった、海己との晴れ舞台をつい想像してしまいながら、航は一曲目を弾き終え、二曲目へと移っていった。

 航が練習してきた五曲分を弾き終えた辺りで、(早く二次会で飲みたいという、少し幻滅しかねない新郎新婦の意向もあり)早々にパーティーは終了となった。少しばかりの片づけが入った後、新婚夫婦を送り出すために外に出て、二人の登場をみんなで待ち構える。どうやら、花嫁のほうが以前に出席した結婚式で花束を受け取ったことがあるそうで、それからすぐ新郎からプロポーズされた、などという経験をしてるため、ぜひとも自分も花束を投げたいと志願をしたらしい。

「なあ会長、やっぱりブーケって受け取りたいもんなのか?」

 みんなが目の色を変えて花嫁の登場を待ち構えている光景を目の当たりにし、航はつい近くにいた奈緒子に疑問をぶつけてしまう。

「航、あんたってほんと女心がわかんないやつね」
「ぐっ、わかんねーからこうして聞いてるんじゃん」
「開き直るか、そこで。まあいいわ、ブーケを受け取るってのはある種の迷信みたいなもんよ」
「それはあれだろ? 次結婚できるのはーってやつだろ」
「メインはね。ただ、その裏側には、結婚できるイコール幸せになれるっていう隠された迷信もあるのよ。だから幸せになりたくて、ブーケがほしい、と」
「そんなもんなのか」
「あと、受け取った女の子の恋人に対する脅し」
「……は?」
「あんたが幸せにしなさいねって無言のプレッシャーがかけられるでしょ?」

 ……少しばかり背筋が凍ったのを、航は確かに感じた。願わくば、彼女の元にブーケが届かないことをなどと思っているうちに、サザンフィッシュの玄関から新郎新婦が現れる。
 手には、秋を飾るコスモスをメインに作られたブーケ。

「こっちこっちー!」
「わたしの方にお願いー!」

 四方八方から欲しがる声が飛び交う中、花嫁は後ろ向きで、ブーケを天高く放り投げる。
 白い放物線は、綺麗な孤を描いて……

「へっ、えっ……?」

 海己の腕の中へと吸い込まれていった。手にした当の本人というと、いつものごとく驚いて、少しばつの悪そうな表情を浮かべている。

「あーいいなあ海己……」
「海己ぃ、よかったじゃない。ほらそこでぼけっとしてる旦那に見せびらかしてきなさい」

 ぽんと背中を押され、不安定な足取りで海己が航のもとへと向かっていく。

「航、わたし、もらっちゃった」
「みたいだな」
「いいのかな、わたしがもらっても。ほんとに、いいのかなあ?」

 嬉しいけど、信じることができず悲しんでしまう、海己の悪い癖。どうやってその不安を解消しようかと航が言葉を考え出ようとしたその時。

「海己ちゃん、大丈夫だよ。きっとそれは“次に海己ちゃんに受け取ってもらいたい、海己ちゃんに幸せになってもらいたい”っていう想いがあったから、海己ちゃんのもとに届けられたんだよ。だから海己ちゃんはしっかり受け取って幸せにならないとね!」

 海己へと先に言葉を発したのは茜だった。いつもより少し抑え気味のテンションで、諭すように。

「あ、それには航くんの努力が必要だから、航くんも頑張らないとね」
「お、おう……」

 その勢いは航へも向けられ、思わず頷いてしまう。

「ねえ航、ブーケっておすそ分けできるのかな?」
「ん? 聞いたことないけど、まあご利益はあるんじゃないか」
「大丈夫だよね? はい、茜ちゃん。さっきのお礼にこれをどうぞ。ちょっとだけだけど」

 海己の手には、一輪のコスモス。先程とは打ってかわって、晴れ晴れとした笑顔で茜へと差し出す。

「一緒に幸せになろ、茜ちゃん」
「あ、ありがと……海己ちゃん」

 対する茜は、きょとんとした後、無表情で、おずおずと手を伸ばし、一輪のコスモスを受け取った。

「あ、私お兄ちゃんに呼ばれてるから、お先に失礼するね。じゃあねーお二人さん」

 しばし花を眺めた後、スイッチを切り替えたかのように笑顔を浮かべて、茜は向こうへと去っていった。いつもの茜の姿と重ね合わせ、少し違和感を覚えたところで、いきなり横から声が飛んでくる。

「しっかし残念だなあ、航」
「なんだよ雅文、いきなり現れて」
「いや、ガータートスがなくて」
「……なんだよそれ」
「お前知らないの? ブーケトスの男バージョンで、新郎が新婦のガーターの片方をはずして放り投げるんだよ。受け取った男が次の新婦になれる、と。新郎が新婦のスカートの中にもぐりこんでガーターを外すから、なかなか、こう……」
「雅文、続きはどうぞ後ろをむいてしゃべってくれ」
「げっ、紀子ぉ?」
「ふーん、そう。残念だったわねえ」

 紀子に引きずられていく雅文に手を振ったところで、航は先ほどの茜の様子、そして先日のとある一光景を思い出す。

「あいつ、まさか……っ!?」


***


 その場にいた人たちに時間をもらい、航はスーツ姿のまま茜の姿を探して走っていた。先日、合わせ石に関して突如行われたイベント後の茜が、今の茜とダブって仕方がないのだ。

「っ、いたっ!」

 運よく、真っ先に駆けつけたところで茜の姿を発見。前回と同じヨットハーバーに彼女はいた。
 やはり前と同じく、手にしたものを投げようとしたところで、航は茜の腕を捕まえる。

「待て茜っ! 投げんな!」
「っ!」

 振りかぶられた腕の先には、一輪のコスモスの花。先程、海己から茜へと手渡されたもの。

「なんでそれを投げるんだよ。海己からもらったやつだろ!?」
「ダメだからだよ! 持っててもダメだから! わたしがもってちゃだめだから!」
「だからなんで……あっ!」

 一瞬の隙をついて茜は航の腕を振りほどき、持っていたコスモスを波間へと投げ込んだ。最初のうちは波に漂っていたが、徐々に徐々に沖合いへ水中へと溶け込んでいき、見えなくなっていった。

「なんで投げたんだよ……あれは茜のために海己が渡したやつだろ!?」
「……だって、ダメだから……今のわたしが幸せになったら、海己ちゃんが幸せじゃなくなっちゃうから。だから、投げたんだ」
「……茜、それって……」

 ――今のわたしが幸せになったら、海己ちゃんが幸せじゃなくなっちゃうから――

 その裏側に隠された意味。

「だからもうおしまい。しゅうーりょうー。あ、航くんは何も言わないでね。終わるものも終わらなくなっちゃうから。そして考えるのも禁止。謝るのも禁止」

 言い切って、茜は航に背を向けてしまう。だが、航には今彼女が浮かべているであろう表情がわかってしまった。
 なのに、かけられる言葉が見つからない。謝ることもできない。
 そして放っておくことも当然できやしない。

 どうしたものかと考える航の目に、先程沈んでいったはずのコスモスの花びらが一枚、波間に漂っている姿が飛び込む。
 そこから不意に思いついたこと。航は思いついたことをありのままに茜に投げることにした。

「なあ、茜。一つだけお願いがあるんだけど、いいか?」

 返答はない。気にせずに航は続ける。

「次、海己からブーケを、今度は一輪だけじゃなくてちゃんとしたブーケを渡せるようにするからさ、そっちは受け取ってくれないか? ……たぶんそれが、俺にできる最後のことだから」

 しばらく波の打ち寄せる音だけが響いた後、ぼそっと、振り向かないまま茜が呟いた声が、航をほんの少しだけ安心させた。



「……わかったよ。ドレス姿の海己ちゃんから受け取るときまでには、わたしの幸せを叶えられるようにするから。だから航くんは海己ちゃんを離しちゃだめだよ?」