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パルフェ/From...to...

「ふう。キュリオで働くのも今日で終わり、かあ……」

 閉店後、お客様の居なくなった店内でテーブルを拭いていると、不意に感慨めいたものがこみ上げてきて、思わず呟いてしまった。
 勤めだしたのは二年前の春。ほぼ季節が二巡したところで辞めることになって、しかもライバルの店に勤めることになるのだから人生はわからない。少なくとも、少し前の私自身には考えられないことだった。
 ここまで述懐したところで、実に俗っぽい、だけども思いっきり当てはまってしまうフレーズを思い出したけども、しゃくに障るので脳内から追い出しておくことにする。まず間違いなく、どっかの店長の嫌みったらしい言葉が飛んでくるに違いない。
 ……違いないと思っただけでむかついてきたので、テーブルを拭く作業に集中して取り組むことにする。半年とちょっととはいえ、一緒に働いた“仲間”だ。最後に労ってもバチは当たらない。テーブルを拭き、イスを磨き、床を綺麗にし、と順番にこなしていったところで、他のスタッフの姿が見えないことにようやく気づく。普段からほとんどいない店長は別としても、瑞奈たちがいないこはまずない。キッチン側から声が聞こえてくるわけでもないので、控え室に居るんだろうけども、何をしてるんだろうか。

「最後だし、怒るのはいい、か」

 そっとため息をつき、残った箇所を丹念に掃除していく。少しだけあったむかつきも、綺麗にしていくうちにだんだんと消えていき、店全体がぴかぴかと輝きだした頃には、無心になって掃除をしていた。



***



「よし、こんなもんかな」

 時計の針が一週する頃には、自慢じゃないが私自身の手によって、店の中は輝いていた。普段からももちろん丁寧を心がけていたが、こんなに念入りにしたことはさすがに無かった。いい恩返しが出来たんじゃないだろうか。
 それにしても、瑞奈たちはどうしたんだろうか……と思った矢先、

「玲愛、ちょっとちょっと」

 店の奥から、当の本人が手招きをしていた。

「どうしたのよ、掃除もしないで」
「まあまあ、いいからいいから」

 ちょっと強めに行ったつもりだったのだが、いつものとおり(本当にいつものとおりである)意に介さず、私の手を取り奥へと引っ張り込んでいく。

「何なのよいったい……」
「まあまあまあ、って、普通気づくと思うんだけど」
「はあ?」

 よくわからないまま連れて行かれたのは、潜伏先だと思っていた控え室である。

「じゃあ行きましょうか」
「だからいったいな……」

 言葉を言い切る間もなく扉が開け放たれ、同時に多くのクラッカーの破裂音が私を驚かせた。

「え、へっ?」

 扉の先にあった光景。それは、普段は無愛想な控え室が飾り付けられ、キュリオ自慢の料理が並ぶ光景。キュリオ三号店の面々に加えて、なぜか大介店長や大村さんも待ち構えていた。仕事はどうしたんだろうか。

「いったい、これは……?」
「君の送別会だよ、花鳥君」

 代表して説明してくれたのは板橋店長だった。無論その手にも、封の開いたクラッカーがある。

「せっかくだから派手に送りだそうか、とかいう話をしてたら、どっかの誰かさんたちも来ることになってね」
「だってぇ、玲愛ちゃんがお嫁に行くと聞いたらパパ悲しくって……」
「大介、それあんたのキャラじゃないからな。まあそういうわけだよ玲愛。気持ちよく花嫁を送り出そうってわけさ」
「大村さん……結局それ、大介店長と言っていること変わってないですから」
「げ、大介と被ってたなんて」
「おい翠、別にがっかりするところじゃないだろそれ」

 この間本店に行ったときと何ら変わらない二人の言葉。

「おいおい二人とも、せっかくボクがおいしい説明役とったのに、かき消さないでくれるかな」

 相変わらずな感たっぷりの板橋店長。

「チーフ、向こうに行っても時折は遊びに来てくださいよ?」
「それって敵状視察を勧めてるのかしら。それとも逆に密告?」

 こちらもいつもと変わらない二人。でも、こういった普段通りの姿で、私を送り出そうとしてくれるのがとても嬉しい。

「さあ玲愛、とりあえず誕生日席に座って」
「丸いテーブルでどこがお誕生日席になるのよ……まあ、あからさまなのが一つだけあるけども」

 露骨にでかでかと「花鳥玲愛様」と名札の書かれた席が用意されていた。なんだか少しだけ気恥ずかしくなってくる。が、まあ派手なのが好きな人たちである。あれこれ言わずに座ってみる。

「これで玲愛と会えなくなる、というかどうせ勤め先はお向かいさんだし、わたしの場合住んでる家も隣……あ、間に一戸挟むことになるのかな?」
「……余計なお世話よ」
「否定はしないんだ」
「うっ……」
「まあそれはさておき、皆さんで盛大に玲愛を送り出しましょう!」



***



 私の送別会、という名のパーティは控え室の中で盛大に行われた。
 だいたいの話題のメインが、一ヶ月くらい前からの一連のアレで、三号店メンバーがおもしろおかしく大介店長と大村さんに話し、二人から倍に茶化されと、私にしてみれば恥ずかしいことしかなかったのだが、本店時代を知っている二人からすれば、生真面目で通っていた私がそんな風になったのがとても面白く、そして(何やら成長という意味で)嬉しかったらしい。あながちパパだの何だのと言っていた二人の心境も、わからなくはない。わかってしまうとそれはそれでなんだかなあ、という気分にはなるけども。
 テーブルの上にあった料理やケーキ類があらかた無くなったところで、ほとんどの司会進行していた瑞奈が、おもむろに私に立ち上がるよう言ってきた。

「それでは最後に、全員から一緒に、玲愛へプレゼントを贈呈します。芳美、ひかり、よろしく」

 指示を受けた二人が外へと出て行き、そして戻ってきたときには、なぜか台車に乗せられた大きな箱が一緒だった。まるで人1人入れるくらいのサイズに、ご丁寧に包装紙が巻かれて、リボンもつけられていた。

「……いったい何なのよ、この馬鹿でかいのは」
「みんなで考えたのよ、玲愛が一番喜ぶプレゼントは何かって。そうしたら満場一致でこうなりました」
「はあ……」

 普通、こういう時は嬉しいと思えるものなのに、あまりそれらしき勘定がこみ上げてこない。だいたい、回りを見渡しても、その手のイベントの空気は全くなく、逆になんだか笑いをこらえてるように見え得る。
 きっと中身はさぞかし笑えるものなのだろう。回り的には。

「ちょっと台車から降ろすのは大変なので」
「ならどうやって乗せたのよそれ」
「いちいち突っ込まないの。玲愛、とりあえずそれ、開けちゃって」
「開けちゃってって簡単に言われても、どう開けるのよ、こんな大きいの」
「ほら、前に取っ手が二つあるでしょ?」

 言われたとおり、私の方を向いている側面に、ドアに付いているような、けどあからさまに髪で出来ている取っ手が二つ。あまりにも大きくて、そっちばかりに気をとられていたらしい。

「それをぱかっと開けちゃって。そしたらびっくり箱の容量で他の壁も倒れるから」
「む、無駄に凝った作りね……まあ、開けるわ」

 多少投げやりでちゃっちゃと進める進行に、余計に不安(というか嫌な予感)がわき上がってくるが、どうもみんなが期待しているようなので、仕方な取っ手に手をかけ、がばっと開ける。
 開いた同時に、瑞奈の言うとおり他の壁(壁?)も綺麗に倒れ、残ったのは……

「あんた、何やってるの?」
「……プレゼント、役」

 白いタキシードに身を包み、ちょっとかっこつけたポーズで台車の上に立つ、仁の姿だった。

「あの、えーと……プレゼントが、これ?」
「人をこれ呼ばわりかっ!? 盛り上がるって板橋さんに乗せられてやってみたけど案の定笑われてるだけじゃないか俺!」

 見てみると、全員笑ってた。当事者じゃなかったら、私も笑っていただろう。

「はははっ、なかなかに笑えるよ仁くん」
「あ、あんたなあ……」
「いやね、やっぱりほら、送り出すなら迎える側がいるでしょ? ってことで仁くんを呼んでおいたわけだよ」
「さすがは板橋さん! 親父やバラさんが切れ者というだけは、くくくっ……」
「ほら玲愛、一歩足を進めぷぷぷっ!」
「あの、二人とも、笑いをこらえ切れてませんから」

 ……正直、人の入る大きさの時点で予想は出来ていたし、きっと回りも気づいているのを知ってたのだろうが、それでもおかしいらしい。なんやかんや言って仁も笑っていた。
 つられて、なんだか私も笑えてきた。笑いながら、とはいえ、板橋店長の言ってたことがきっと真意なのだからだろう。
 送り出す側と、迎える側。双方に祝福されているのだから、嬉しくないわけ無い。ちょっと複雑な心境だけども、その辺りはぐっと堪えておいた。

「で、板橋さん、一応うちあわせ通りに進めた方がいいんすかね?」
「もちろんだよ仁くん。でないと笑え、違った、送り出しが終わらないじゃないか」
「あんた今、明らかに“笑えないじゃないか”っていおうとしただろ!」
「気のせいだよ仁くん。さあ、ほら」

 よくわからないが、板橋店長に促されて、白いタキシードはそのまま、仁は台車から降りて一歩私に近づく。そして右手を私へと差し出して、恥ずかしいのだろう、顔は赤くしながらも真面目な顔で、

「一緒に行こう、玲愛」
とだけ告げた。

 笑い声は、消えていた。みんなが、温かい目で、私たちを見ていた。

「……うん、迎えに来てくれてありがとう、仁」

 そして私は、手を取り、くるっと回って向き直り、深々と頭を下げる。

「二年間、ありがとうございました。素晴らしい職場とスタッフに囲まれ、私は幸せでした」
 これは、私の本心だった。みんながいてくれたから、こうして、なんやかんや言っても素晴らしい最後になったのだから。
 どこからとなく拍手が鳴り始め、それがいつしか全員分重なった辺りで、仁が一歩二歩とドアの外に歩き出す。手を取っている私も、それに併せて、一歩、また一歩と、もう店員として歩くことはないであろう道のりを進んでいく。
 ドアが開かれ、身体が外に出て、パタンとドアが閉まったとき。

「……別にさ、こういう時は、泣いたっていいんじゃないか。それは嬉しさが極まって出る涙なんだから」

 仁の言葉につられて、私は泣いた。
 キュリオのスタッフは、みんな一癖二癖もあったけど、とても素晴らしい人たちだったのだ。



***



「本当はさ、きっとみんな笑って送り出したかったんだよ。だからあんな風に、多少道化も混じった感じになったんじゃないかな」

 私はいつぞやと同じ制服姿、仁は外にいるのが場違いなタキシード姿。妙な格好だけども、それがなんだか居心地がいいなあと感じるままに、私たちは家へと歩いていた。そんな中で、月の輝く夜空を見上げながら仁が言う。

「自分たちが涙流すわけにもいかないだろ? 特に結城さんや大村さん、板橋店長なんかは、仲がいいとはいえ自分のところのスタッフがライバル店に行くんだからな。笑って送り出す以外にはなかったと思うんだ」
「仁はそれ、わかってたからこういう格好してるの?」
「いや、今気づいた。ちょっと前に気づいてたら抵抗してた」
「なあんだ。見直したと思ったのにな」
「うっ、言わなきゃ良かった……」
「まあでも、ちょっと嬉しかったかな。迎えがあったのは」
「……なら良かった。こんな格好したかいがあったよ」

 そういって微笑む仁の姿は、惚れた弱みかもしれないけど、ちょっとだけかっこよかった。

「明日からはよろしくね、店長。厳しく行くから」
「うっ……お、お手柔らかにお願いします」

 次の職場も、みんなが素晴らしい人たちだというのは、今からでも自信を持って言える。



***



 オチを言っておくと、次の日の夜はなぜか二店合同で、おまけに二夜連続で遠くから駆けつけた姿も見かける中、私の“歓迎会”が手荒く開かれた、とだけ言っておく。そこで再度、あれやこれや私たちのことを言われたのはもちろんである、とも付け加えておく。