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パルフェ/カゼノナオシカタ

  ――11.22 night



 お疲れ様でしたーの声で一日の業務を終え、それから清掃、書類や数字の山との格闘を済ませて店を出るころには、店内の古時計が居酒屋にたむろしていたサラリーマンの方々も既に帰宅の途に着く時刻を指し示していた。これでもまだ早いほうなのだから、たかが喫茶店されど喫茶店。経営者の立場ならどんな業務であろうと侮れない。
 終電に程近い電車に乗り込んで自宅の最寄駅に降り、ふと駅前スーパーの看板を見ては家にいる(かもしれない)病人の存在を思い出す。いったいいくつプリンが減ったんだろねと少しばかり楽しみにしつつ、念のためにスーパーで栄養価の高い食材を買い込んでアパートに向かう。
 ドアの前。外から見る限り中に誰かが活動している気配はない。お隣さんの部屋も以下同文。まさか病み上がりに夜の街を放浪するほどお馬鹿さんでもないだろうから、大方自分の部屋に戻って眠っていることだろう。
 カチャリギーッとドアを開け、部屋の電気をスイッチオン。中を見渡してみる。

「……まさか、ね」

 今日の寝床予定であるベッド上、なぜかこんもりとしてる掛け布団。
 仕方ないのでスイッチオフ。抜き足差し足でキッチンまで戻り、ふぅーっと胸の奥深くからため息を吐き出す。

「なんで、まだいるんだよ……」

 しかも寝てるし。……いや、逆に考えれば、部屋に戻れるほどまでにはまだ回復していないということだろうか。それはそれで困ったものがある。個人的且つ具体的に言えば二日連続で床には寝たくないという困ったものがあるのだが、渋々思考外に置いておくとして。病人に無理をさせてはいけない。これは鉄則。ただの風邪だったものをこじらせて肺炎になるというのは経験済みだし。あの時のま~姉ちゃんの慌てっぷりは記憶になかったことにしよう。
 とりあえず今日の分として買っておいた食材は使うことないだろうから冷蔵庫と冷凍庫にぽいぽいと投げ込む。その際、確か1ダース作ってあった秘伝のプリン(ドラッグ入り)がないことを確認。混ぜるなら効果の弱い液剤じゃなく、せめて顆粒状のものを念入りに砕いて混ぜるべきだったか。蜂蜜かなんかでごまかせたのに、失敗失敗。
 気を取り直し、起こすのは忍びないのでこっそりお湯を沸かし、非常食として買ってあったカップ麺を啜り、とりあえず腹を満たす。それから一応、簡単にざっくりともう1ダースほど薬入りプリンを作って冷蔵庫に入れ冷やしておき、起きてきた時に備えるのも忘れない。
 軽くシャワーを浴びてから、そっと部屋の中に侵入。

「って、何で自分の部屋なのにドキドキしながら侵入しなきゃならないんだか……」
 部屋を明るくしてデスクワークをするわけにはいかないし、時間も遅いのでとりあえず寝てしまおうと決心。クローゼットから毛布を取り出し、昨晩と同じく座布団をくるめて枕代わりにして横になる。
 横になると、ふとベッドの上で身動き一つしない塊が視界に入る。薬入りプリンが効いてるのかわからないけど、ぐっすりと眠りこけて……

「……まったく動かないってわけないよなあ?」

 じーっと見続ける。相変わらず布団は微動だにしない。

 ――何か、あった?

 ばっと跳ね起き、失礼と心の中で謝りながらかけ布団をめくる。そこには、丸められた毛布と、『部屋はもう少し片付けたほうがいいわよ』とだけ書かれたメモ紙があるだけ。

「か、かわいくねぇっ!!」

 感謝された気がまったくしない。というかむしろマイナス。多少なりとも元気そうになったことに安堵を覚えつつも、深く深くため息を吐き出す。
 ああもう、タバコが吸いたくなってきた。だけどベランダに出て吸うと何かしらこの先よろしくないことが降りかかりそうなので我慢。もう一度目を瞑ることにした。



 ――11.23 morning



「という場合はどうしたらいいんですかねかすりさん」
「仁くん、それは私にどういう対応を求めてるのかな?」
「うーん、言ってるこっちも実は特に何も期待してないんですけどね」
「それはさりげなさまったくなしの直球喧嘩売り、かな?」
「いやだなあかすりさん、売ってるのはケーキとコーヒーとみんなの笑顔だよ?」
「い、いつの間にりかりんから減らず口の技術を習ったのかな?」
「そりゃあ日ごろから聞いていれば嫌でも」
「人畜無害愛玩動物の仁くんだったのに……慣れって恐ろしい」
「へえ、二人があたしのことどう思っているかよーくわかったわ……」
「ひ、ひぃぃぃぃっ!?」

 翌日。朝っぱらからカウンター内にて(ひそひそと)昨晩のメモについてかすりさんと話してたら、途中の部分を里伽子に聞かれてしまうというアクシデント。

「じょ、冗談デスヨリカコサン」
「ソ、ソウデスヨ、アハハ」
「そう冗談なの。ならよかった。ふふふ」
「そうそう、アハハハハ」
「……何がおかしいの?」
「はいごめんなさい」
 なんだかいつぞやと同じようなあるいはこの先ありそうな微妙なデジャビュを覚える。まあさておき。

「花鳥さんの具合はどうだった……って聞かなくてもわかるか」
「まあ人をいびるくらいには回復した、ということでしょう。でも今日も休んでるみたいですけどね。二日くらいは休んで完全回復しなきゃマネージャー業は勤まりませんし」
「……一体何の話?」
「あー、里伽子はここ二日来てなかったからわからないのか。お隣のチーフさんが風邪で倒れててさ」
「そうそう、仁くんがお持ち帰りして看病したのよねー」
「かすりさん、また微妙に誤解の招く言い方は……」
「……それ、どういうこと?」

 もはや確信犯だろう。かすりさんの危険球は里伽子を思いっきり挑発する形になる。

「ちょっと待った、お持ち帰りとかそういうのじゃないからな!」
「じゃあ何?」
「えーと、その……」
「ふーん、言いよどむってことは、やっぱり半分お持ち帰りだったんだ」
「違う! だいたい、俺に病院を手篭めにするくらいの甲斐性があると思うか?」
「ないわね」
「ごめん、仁。あたしが悪かった」
「くっそ、何で誤解を解くのに自分の欠点を言わなきゃならないんだぁっ!」

 人としては喜ばしいことだけど男としては非常に喜ばしくないものいいに頭を抱えていると、不意に怒りのこもった声が後ろから降って沸く。

「二人とも……仕事する仕事する仕事する」
『ハイゴメンナサイ』

 やっぱりいつぞやと同じように由飛に起こられている俺たちがいましたとさ。



 ――11.25 morning



 定休日を一日挟んだ木曜日。これから一週間頑張りますかと意気込んだ矢先にそれは起きた。

「っくしっ!」

 くしゃみ。幸いにも店の裏側にいたために、粗相を働く結果には至らなかった。が。

「……もしかして、風邪、か?」
 朝起きたときから、わずかにだるさがあった。加えてくしゃみとなれば、十中八九風邪で決まりだろう。
 少し、まずい。
 幸いにも、くしゃみとだるさだけという比較的軽い症状だけなので仕事にそれほど影響はでないはず、だが。

「……あいつにばれたらまずい、なぁ」

 不意に金髪頭の顔が浮かぶ。もし風邪引いたなんてことがばれたら、責任感の強いあいつのことだから『自分のせいで風邪をうつしてしまった』
とかなんとかで、妙な事態になってしまうに違いない。残念ながら、あいつが本日出勤しているのを朝確認済み。第一、あいつにばれなくても他の人にばれたら、なんだかんだで耳に入ってしまうのは間違いない。

「体調が悪いと悟られないように動く、結構きついなぁ」

 もしかしたら、喫茶店経営をしだして一番のピンチかもしれなかった。



 ―11.25 brunch time



「ねえ、仁、ちょっと気になったんだけど」
「ん、なんだよ」

 ご苦労様なことに、店外のオープンテラスに注文の品をもってった帰り、今日もいらっしゃっている里伽子に不意に呼び止められる。上品に紅茶を飲みながらも、ジト目で俺の方を見やるという高等テクニックを見せている。

「……」
「な、なんだよ、顔に何かついてるのか?」
「仁、体調悪いでしょ」
「そ、そんなことはないさ」
「いつもより余所見をする時間が多いし行動が緩慢。おまけに少し頬に赤みがある。どう見ても風邪引いてるようにしか思えないよ?」
「気のせいだ」
「気のせいじゃない。仁、ちょっとこっち来て」
「……何するんだ?」
「こうするに決まってるでしょ」

 里伽子の右手が俺の額へと伸びてきて……

「……ちょっと、これ熱あるよ」
「うえ、本当か?」
「少し熱い。それほどひどくはないけど、あまり無茶しない方がいいんじゃない?」
「本人的にはたいしたことないと思うんだけど」
「そう、ならいいけど……本当に大丈夫?」
「駄目そうだったらちゃんと休むって」

 なおも心配そうな里伽子を手で制し、そそくさと店の中へと撤退。あのまま外に居続けたら、最重要人物に見つかりかねない。
 里伽子に言われたとおり、ちょっとだけ熱があるようだった。朝よりも体が重く感じる。
 とりあえず、今日一日をどうにか乗り切ろう。ばれないように。



 ――11.25 afternoon



「よ、ようやく休憩か……」

 昼の混雑時間帯を抜け、ようやく一息を入れる暇を発見。この状態でタバコを吸うと体調がより悪化しそうなので、缶コーヒーだけを飲むだけにしておく。

「営業終了まで後六時間以上か……」

 残り時間を声に出したら余計にだるさが体を蝕みだす。
 ……これはちょっと、ピンチかもしれない。
 ベンチに腰掛けため息をついていると、向こうから板橋店長がやってくる姿が目に入る。

「いやあ仁くん、お疲れ様」
「お疲れ様です。……って言うほど働いていないんじゃないですか?」
「いうねえ、君も。ボクはね、店内のパワーバランスを保つために常日頃から苦労してるんだよ、こう見えても」
「常日頃から他の業務に苦心してれば、パワーバランスも保てるんじゃないですか?」
「いうね、ホント……あ、そういえばさ」

 いつもの軽口用口調から一転、少しばかり真剣な態度で板橋さんがこちらに向き直る。

「風邪、もらっちゃった?」
「へ?」
「今日の仁くん見てるとさ、いつもより動きが悪いから、カトレア君の風邪もらっちゃったんじゃないかって思ってさ」

 ……また、ばれた。どうやら本人がまずいと思っている以上に見た目がまずいらしい。

「あいつには黙っておいてくださいよ? あいつのことだから妙な責任感じちゃうだろうし」
「おやおや、まだひと月とちょっとだというのに、よくわかってるね」
「それは見ていたらわかるでしょう、誰でも」
「そうかなあ? 見ようによっては冷静沈着で他人のことはあまり気にしなさそうなタイプに見えなくもないけど」
「……確かに多少なり付き合いがなければわからないかもしれませんね。だけどわかってしまったものは仕方ないじゃないですか」
「なんだか得心した表情だねえ。だけどさ、君は肝心なことを忘れている」
「……何です?」
「ボクでも気付いたってことさ。さ、休憩終了ー」
「……へ?」

 妙な言葉を残して板橋さんは行ってしまう。珍しく早く休憩を終えたんだなと思って時計を見てみると、既に十五分以上が経過していた。

「ま、まずっ……!」

 慌てて重たい体に鞭打ち、ファミーユへと早足で向かう。それにしても、板橋さんは何を言いたかったのだろう。



 ――11.25 night



「よ、ようやく終わった……」

 最後のお客様を送り出したところで、こっそりバックヤードに抜け出しへたり込む。
 午後から体調はさらに悪化していた。自分自身ですらまずいなあと思えるレベルに達していたのだから、おそらく周囲の誰もが気づいていたに違いない。ばれるばれないなどを考えている余裕はなかった。

「……さすがに今日は、雑務やらずに帰ろ」
 だけど帰る前に掃除はしないと、と立ち上がろうとした矢先、

「掃除なんかしてないでさっさと帰る」

 首根っこをつかまれている自分の姿があった。心なしか、力任せにひずられて居る気がする。

「あれ、あれれれ……」
「情けない声出さない」

 やれやれといった声で引っ張っている人間を見やる。
 二本に縛られた金髪頭。まだ営業時間終わったばかりだろうになぜかちゃっかり私服に着替えている。

「あの、花鳥?」
「あー、うるさいわね。喋ってると舌かむわよ」

 なら引っ張るなよといいたいけど、残念ながら反抗する気力が残っていない。そもそも、これは一体どういうことなのだろうと思っていたら、向こうにしたり顔で笑みを浮かべている板橋さんの姿があった。

「いやあ、仁くん、君は引きずられる姿が様になってるよ」
「それ、誉め言葉じゃないですし、いったいこれはどういう……」
「ついこの間、君が取った行動そのものじゃないかな。ちなみにちゃんとファミーユのみんなには了解とってあるから、とっとと帰って養生しといで」

 ここまで来てようやく事態を飲み込むことができた。どうやら板橋さんの言葉どおり、風邪で調子の悪い俺を花鳥が引っ張っているという構図は、この間の真逆そのものに違いない。
 さよならーと手を振る板橋さんの姿が次第に遠のいていく。

「お、おい、いい加減引っ張るの止めろって。自分で歩くから!」
「へたりこんでいた人間がよく言うわね……」

 なおもお構いなしに引きずっていくので、俺はもう(情けないけど抗う体力もなかったので)そのまま身を任せることにした。

「てんちょ……かなり情けないよ」
「だまらっしゃい」



 ――11.25 midnight



 タクシーに乗せられ、気づけばマンション、俺の家の前。

「鍵どこ?」
「多分鞄の前のポケット」

 遠慮なしに漁って鍵を見つけ出した花鳥は、がちゃりとドアを開け放つ。

「まさかこんなにすぐ入ることになるとはね」

 俺だってお前が入ってくるとは思ってもいなかったって。
 そんな思いをよそに、俺をベッドまで引きずっていく。

「さすがに持ち上げられないから自分でさっさと入る」

 言われてなくても無理なのはわかってるし、身体が横になることを欲していたので素直にベッドイン。掛け布団にくるまれた瞬間、眠気に襲われる。

「どう見たって熱がありそうな顔だけど……」

 額へ触れた冷たい手のひらが、熱で火照った身体には心地よい。

「ちょっと、これかなり熱あるんじゃない?」
「……だな。それにしても冷たいなあ、手」
「よく言うでしょ、心の温かい人ほど手が冷たいって」
「いったいどこの誰が心が温かいって……?」
「別に、このまま布団をひっぺはがして放置してもいいんだけど?」
「ゴメンナサイ」
「謝るくらいなら最初から言わなければいいのよ」
「ごもっともです」
「まあ、馬鹿なこといってないで少しは寝てなさい。あ、冷蔵庫の中にあるもの適当に使わせてもらうから」

 そういって花鳥はキッチンへと消えていく。後姿を見送った後、意識が深い闇の中へと溶け込んでいった。



 目を覚ましたとき、不意に鼻腔をくすぐるいい香りが漂うことに気づいた。

「あ、目覚ました?」

 テーブルの上にはおいしそうな卵雑炊が出来上がっていた。

「冷蔵庫の中に卵とプリンしか入ってなかったからこんなのしか作れなかったけど……あのプリンってひょっとして薬入り?」
「昨日勘違いして作っちゃったんだよ。いる?」
「あんたが食べなさいよ……」
「液剤のなんて効かないから」
「ううっ……飲めないんだから仕方ないじゃない……」

 どうやら液剤以外の薬を飲めないということは、花鳥にとっては相当な弱点のようだった。

「ほら、さっさと食べる。口開ける」
「え、あ、い?」

 言われるままに口を開けると、程よい温かさの雑炊が口の中に放り込まれる。滋味ともいえる薄い塩分と出汁、そして卵の触感……

「……七十五点」
「なんで百点じゃないのよ……」
「卵のふんわり感が活かされてない。火を通しすぎ」
「気持ちよさそうに寝てるところを叩き起こしてあげれば良かったのね?」
「それとこれとは別問題っ!」
「なんでそこまで卵にこだわるんだか・。で、残りはいらないの?」
「……いる」
「なら文句言わずに口開ける」

 食べたくないわけではないので、言われたとおりに素直に口をあーん。
 ……これは、少しいいかもしれない。

「……何にやけてるのよ」
「な、なんでもないっす」

 ジト目で睨まれ、身をすくみあげながらも、花鳥が作った雑炊を口に運んでもらう。

「おいしい」
「そう、ならいいけど」

 感じたことを素直に言ってしまうのは、きっと熱のせいに違いない。
 あっという間に食べ終わり、ご馳走様を告げてから再度横になる。

「ちょっと、寝る間にちゃんと熱を測りなさいよ」

 差し出された体温計を腋に挟み、待つこと六十秒。ピピピと音を立てて体温計が示した数字は、三十八度七分。

「見事に風邪ね」
「うっ、そこまで高かったなんて」

 不思議と、熱の高さを知った瞬間により身体のだるさがひどくなってくる。

「ほら、熱も高いことだし大人しく寝てなさい」
「ああ、そうする……」

 目を瞑ったところで、額の上に冷たいタオルの感触。続いて少しばかり不安そうな声が、耳へと入ってくる。

「やっぱり、私の、せい……?」

 ……ほら、やっぱり。自分のせいにする。予想通りだった。
「私が、妙な意地を張って、風邪ひいて移したのよね?」

 細く、震える声。普段とは異なり、小さくなっているであろうことが簡単に推察できる。

「……気にするなって。まあ、風邪はもしかしたらもらったものかもしれないけど、互いに看病してるんだから、これでおあいこだろ? 俺は気にしてないんだから、お前も気にするなって」
「……そう、ならいいけど」

 タオルがゆっくりと動き、額や頬に流れた汗を拭い去ってくれる。

「おやすみ」

 やさしい声にいざなわれるように、ゆっくりと眠りの中へと落ちていった。



 ――11.26 morning



 カーテンの隙間から漏れて差し込んできた光に当てられ、目が覚める。
まだ身体は重く感じるものの、昨日よりは幾分ましなようだった。
 目を開けて天井を眺めた後、別の意味で身体に重さを感じる。

「って、おい、また風邪ひくだろ……」

 顔を起こしてみてみると、花鳥が俺の身体にもたれかかるようにして寝ている姿が目に入る。その手にはタオル、俺を看病している途中で寝てしまったのだろうか。

「ホント、責任感強い奴だなあ……」

 寝にくそうな体制の割には、すやすやと気持ちよさそうな表情を浮かべて寝ている。

 さあ、どうしよう?
 見た目(だけ)はかわいい分、寝顔のあどけなさが余計に映え、起こすのがもったいない気分になってしまう。
 手を伸ばして、頬に思わず触れそうになったところで、動きが伝わったのか、花鳥が目を覚ます。

「あ……」
「ちょっと、何しようとしてるのよ」
「いや、何もございません」
「で、調子はどう? 起きれる?」
「どうにか起きれることは起きれる」
「ということは、今日は休みなさい。私から言っておくから」
「……わりいな」
「いいのよ、元はといえば私が悪いんだし」

 これ以上混ぜると永久ループになるので、触れないでおく。

「じゃ、私はもういくから、今日一日おとなしくしてなさい」
「おう、いってらっしゃい」

 寝癖が着いた後ろ髪を見送って、ふと気づく。

「……なんだ、まるで……」
「本当にロミオとジュリエット、ですね」
「あの、川端さん、扉の鍵が開いてるからって人の家の様子を伺わないでくれるかな?」



 ――11.27 afternoon



 ブリックモールで回転して以来、初めて風邪で休んだ翌日。どうにか風邪は治り、仕事に復帰したわけだが……

「ねえ、仁」
「うん?」
「なんだか、外で玲愛ちゃんと里伽子さんがなんだか不穏な空気をあ発してるよ?」
「……うん、わかってる」
「行ったほうがいいんじゃない?」
「……やっぱり?」

 何故だか、店舗外のオープンテラスに、里伽子と花鳥が笑顔で微笑み合うという状況が存在していた。
 ……もちろん、和やかとはかけ離れた雰囲気を放ちつつ。

 由飛に促され、しぶしぶ外に出る。すぐさま突き刺さる視線が二つ。
 イタイ。

「あの、お二人は一体何を話してらっしゃって?」
「それは仁には関係ないことよ」
「そうね、あんたには関係ないわ」

 フフフオホホとおかしな笑い声。関係ないのなら、何故こちらを睨むのだろう?

「なかなか巧妙なトリックね」
「そんな、トリックだなんて」
「フフフ……」
「オホホ……」
「いや、お前ら笑い方が可笑しいから」
『仁は黙ってて』
「……ハイ」

 つい藪をつっついてしまったら、蛇じゃなくてトラが二匹出てきた気分。

 ……風邪じゃなくて、この状況のなおし方を、誰か教えてください。



「仁くんの看病、姉ちゃんがしたかったのにぃっ!」

 ……姉さんがそう叫んだ叫ばないとかは、また別のお話。