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place of happiness/4話

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 平和な、もしくは平穏なとも言える日々が約3日、続いた。火・水・木と平日の谷間にあたる日は特に何も起こらず、みんなとボケたりはしゃいだり真面目に勉強したり、今まで通りな日常を過ごした。
 わけのわからない日曜月曜を味わった身としては些か温すぎるものではあったが、これはこれで、もしかしたら一般的友人関係・学生生活からは外れているかもしれないと考えたりしたら--現になんやかんやで俺ら4人は教室内で一番注目を集めるグループである。バランスよくはしゃぎ(?)適度にまとめる力もあり、各方面に友人が多いのが集合してるからだろう--十二分に楽しめた。

 そんな、狭間の金曜日。明日から週末な放課後。
 サイゼで必殺ドリドリセット(勝手に命名。言わずもがなミラノ風ドリアとドリンクバーの最安値セット)を頼んで、延々とダベる由緒正しき高校生の金曜放課後を楽しんだ後、店から一歩踏み出して。

「……やあ、葛城君、由紀江さん」

 そこに、東野さんがいた。文字通り、苦虫を噛み潰したような顔で、フィルター近くまで燃えている赤マルを加えて。

「折角の金曜の放課後に大変申し訳ないんだが……少しいいかね?」

 言内に含まれているように、大変申し訳なさそうな、そして疲れた表情で告げた。新井と顔を見合わせ、すぐにとある人物を二人して思い出す。

 --霞……?--

「二人とも、わりい」
「緊急の用ができたわ」

 東野さんとのつながりを知らない二人は最初わけがわからないといった顔を見せるが、俺たちの様子から何かを察してくれたらしい。

「うん、わかった」
「大事なことなんだろ? だったら仕方ねえよ」
「ん、サンキュ。またな」
 簡単に別れをすませ、東野さんの方に向き直る。

「では行きましょうか」
「……ありがとう」
「わざわざ街中で私たちを捜し当てるくらいですから……相当、重要なことですよね?」
「ええ、貴方たちにもかなりの関わりがあることですから。最悪……命、とか」

 思わず、足を止める。

 --命--

 新井の言ってたとおりになっている……

 ふと、二人に遅れていることに気付き、早足で追い付く。この遅れた分が、何かしらの覚悟の差だと思った。

 やがて、よくある洒落た喫茶店に入った。

「好きなものを頼んでかまわないよ。over the cupと洒落こむ話にならない分、飲み物くらいは、ね」

 新井と二人して普通のアイスティーを頼んだ。

「雑談をしにきたわけじゃないからね、すぐに本題に入らせてもらうよ」

 綺麗な焦げ目のついたクラブハウスサンド--このような時でしか食事を取ることが出来ないんだよ、とぼやいていた--をナイフとフォークで口に運びながら、東野さんは前置きを告げた。

「霞と、連絡がつかない」

 予想していた事実、ではあった。それ以外に急を要する事柄が思いつかない。では、何故それが俺たちの、死につながる……?

「彼女にはとある犯罪組織の内部調査を頼んでいた。無論、彼女が連絡しないことも多々あるんだが、今回ばかりは……」
「相手が相手だけに楽観できない?」

 東野さんの言葉尻が濁ったところを新井がすかさず繋ぐ。対して東野さんはゆっくりと縦に頷くだけ。

 まだ、飲み込めない。

「それは厄介ね……平気で自白剤とか使うってことでしょ? おまけに、口振りからして彼女と最後にあったのが、多分私たち……真っ先に出てきそうね」

 ……ようやく、つながった。

「無論、安全が確定するまでは警備をつけますが……それだけではおそらく、足りないでしょう」

 ……現実が希薄化する。警備? 自白剤? どこの話だそれ。
 やはり俺は、何かをまだ持ち切っていない。

「警察レベルの警備では手に負えない……まさか、相手ってANGELS?」

 東野さんは渋々肯定。質問者は額に手を当てこちらも渋い顔。

「……ANGELS?」

 俺は聞き慣れているようで実際には聞き慣れていない単語に疑問詞を付けることしか出来ない。
 天使達。単純な語訳の意味ではあるまい。

「……今のはさすがにまずかった、かしら」
「まあ仕方ないでしょう。いずれにせよそこを避けて説明することは出来ませんし、ね」

 しまった、と珍しく顔をしかめる新井。……警察内で使われる暗号みたいなものだろうか。
 一つ呼吸をおいて東野さんが切り出した。

「ANGELS……まあ、日本語にしたら天使達、という神聖な響きを持つ言葉なのですが、」

 もう一つ、間。

「……日本版のマフィアの一つですよ。近年急速に成長してあらゆる裏世界につながりのある、暴力団が可愛く見えるほどの、ね……」

 また一つ、間が置かれる。置かれた数だけセカイが意識的な黒さを伴って広がる。
 それから咥内に溜まった唾液を喉へと流し込む。
 渇きは、癒せない。紙パックから注がれたアイスティーをストローで啜ったところでようやく鎮静化した。

「マフィア……やっぱりあるんですね、日本にも」

 苦労してひねり出した感想はどうにも陳腐だった。それだけ、距離があるということか。

「まあ、正確な意味でのマフィアでもないですがね。むしろ中国系の組織である蛇頭などを想像してもらったほうがいい。密入国も斡旋していることですし、ね」

 ナイフとフォークを皿の上に置き、組んだ手の上に顎をのせて話す東野さんは、憂いに満ちていた。

「十数年前から危険性は警戒されていたんですよ。当時は本当に小さなグループにもかかわらず、薬物関係の取引量が多かったですからね……」
「頭なんかを捕まえられなかったんです?」
「……残念ながら、末端の構成員から上に上れなかったんですよ。足切りが相当うまいのでしょう。我々も昔から相当煮え湯を飲まされてます。……それどころか、旨いワインは飲んだことがありませんよ」



「話は戻りますが、」

 前置きをおいてから、東野さんが流れを変える。もっとも、重たい雰囲気まで払拭することはかなわない。

「そのANGELSが、近々大規模に新種の薬物--当然麻薬や覚醒剤の類ですが--を流通させる、という情報が流れてきまして。我々としては効果どころか正体すらわかっていない薬物を広げられるわけにはいきませんので、更なる情報収集の為に霞を任務に当てたんですが……
 連絡が途絶えただけですから、本当に単純に連絡する暇が無いだけかもしれません。
 ですが。
 酷かも知れませんが、あらゆる可能性--危険性とも言いますが、それこそピンキリで存在しています。自白剤で暴いていく、などということは中間程度の危険にすぎません。そして、彼らに限らず暗躍集団という存在は、自分達をたとえ僅かでも認知している可能性のある人物や団体を消し去ろうともします。跡形もなく、綺麗さっぱりと」

 聞いているだけで、震えが止まらない。ブラウン管を通して語られた言葉ならともかく、面と向かって、そういった世界に滞在している人間から直に伝わってくる言葉の重みには、逆らうことができなかった。



 東京の空気がこんなにもうまいものだとは、誰が思うだろうか。粉塵塗れ排気ガス塗れの薄汚れた気体も、喫茶店の中で味わった黒く重たいそれに比べたらかなりましである。
 一歩歩くごとに深呼吸。肺胞を細かなノックスやらソックスやらがうめていくが、ノーセンキュー。意味は多分違っていない。

 隣を歩く、俺と全く同じ環境にいる新井はと言えば、まるで何にもありませんでしたといわんばかりに普段と変わらない。やはり、慣れか? だけど、世間の至極一般的な人として生活してたら、下手したら死にますという状況に耐性があるわけがない。まあ、一回は恐ろしいとこを潜り抜けたけど。

「新井はさあ、」
「……何よ?」

 やっぱ親父さんが親父さんだけに慣れてるのか? とつなげようとして、気付いてしまう。

 --肩と声が、少しだけ震えてる。

 なんだ、新井でも恐いんじゃん。覚悟もっても恐いものは恐いんだなあ、と納得。

「ちょっと、声掛けた後に黙られると困るんだけど」
「いやあ、普段は栄一をシメる天下の新井嬢も恐いものは恐いんだなあと」

 その言葉に対し新井嬢は深いため息を返してくださったのだった。

「自業自得とはいえ……普段どう思われてるのかがよくわかるわ……」

 俺に対しいかにも心外ですと言わんばかりの非難じみた表情を向ける。

「まあ、ポーカーフェイスを嗜む人間は、大体そんな風に思われるもんだ」
「……演技ってばれてるようじゃ意味ない気がするわね……」

 ふっ、と、周囲を囲む空気が弛緩する。張ってた気を緩めるだけでこうも差があるのなら、普段どれほどのストレスを自身に与えてるのだろう?

「多少なりとも、ね、自分の生まれ育った環境があるし、狙われるときは狙われるんだって思ってないとやっていけないわよ。だけど、ね、私だっていざ本当に復習われるかもなぶりものにされるかも殺されるかもって時は、恐いわよ……」

 言って想像してしまったのか、新井は脚を止め、肩を抱いた。それはまるで、獲物とされた子ウサギが、小さな穴の中で震えているようで。

 --濃厚な死の気配は、対象の存在を地に縛り付ける。

 誰だって、同じなんだ。

「ま、いざという時はだ」

 解放できるのは、対極。

「俺も死ぬだろから安心しな」
「普通そういう時は守ってやるとかじゃない?」
「無理だな」

 ふふ、という小さな微笑みとともに、立ちこめていた気配は消え失せた。

 多少なりとも鬱々としたモノが消え、足取りも少しは軽くなっていた。人間とは、斯くも現金な生き物である。何かしら感じなくていいものがあるのなら、それは非常に幸せなことであろう。時と場合によるけども。
 俺たちの場合は、恐怖感が少しだけ緩んだ。
 恐怖が張り詰めた状態で生まれているのなら、恐怖が消えたということは何を表すか。

 ――気の緩み。狙われていようとなかろうと、危険はそこら中に存在する。例えば、三車線の道路と二車線の道路が交差する場所、とか。

「っ!」

 咄嗟の危機に気付き、新井を抱えてバックステップ。数刻後、自分達のいた場所を大型のトラックが猛スピードで走り抜けていくのを、歩道に尻餅をつきながら見た。

「……ふぅ、あっぶな……」

 どうやら、気の荒いトラックのドライバーが 赤信号なりたての時に突っ込んだらしい。それに気付かず、青信号になった瞬間に俺たちが渡りだし、ニアミスしたのだろう。
 まあ、よくあることである。都会の信号は良く見てわたれ。これお約束。

「あれだな、適度な緊張は常日頃って、おい、新井?」

 軽く分析を終え、そういや新井を抱き締めっぱなしだなあと気付いて注意を向けると、先程以上に震え、唇を紫に染めた彼女の姿があった。
 近くの公園のベンチまで肩を貸して運び、上着を一枚敷いてから横たえる。先程よりましとはいえ、肩は小刻みに震えたまま。唇も紫がかっている。

「これ、は……」

 状況などから、咄嗟にカタカナ文字が出てくるが、思いついたところで仕方ないので、来る途中、入り口にあったコンビニで買ったペットボトルの水を肩を少し起こして飲ませる。
 少しずつではあるが、水は減っていく。
 半分がなくなる頃には、新井の様子も大分良くなっていた。

「まあ大丈夫なわけないのはわかるが、大丈夫か……?」
「おかげさまで、少しは」

 中途半端な体制から、肩を完全に起こさせて背もたれに身体を預けさせる。それから俺も横に座り、新井が後ろに倒れないよう腕を回した。

「……PTSDのフラッシュバック、か……?」
「ご名答。さっきも言ったけど、狙われる時には狙われるのよ。それで、ね……」

 また何かを思い出したのか、一時止んでいた震えがまた彼女を襲う。
 無力な俺は、ただただ背中を撫でて、安心を伝える他になす術を持ちえていなかった。

 死なんてものは、そこら中に転がっていて、俺たちは片隅で震えながら、彼らが通り過ぎるのを待つしかないのだろうか……?
 飛び込むなんて、もってのほかなんだろうか……?

 いつもは強気な発言をしてくれる新井も、俺の心のうちの問いかけには答えてくれなかった。



 新井が落ち着きを取り戻すまでに、軽く30分が経過していた。今までの人生で、目の前でフラッシュバックを起こした人の対処法なんてものは習ったことがないので、思いつく限りの方策――といっても水を飲ませるくらいだが――を取った。正しいかどうかは知らないが、今新井が平静の状態に戻っているのだから、当たらずも遠からず、だろう。

「……もう大丈夫、ありがとう」

 ペットボトルの底に残った水を飲み干して、一つ息を吐き出してから新井が声を上げる。ここでこちらもようやく一息つく。

「いや、まあ仕方ないだろ」
「そうなんだけど、ね……このままじゃいけないってわかっていても、こればかりは深いところに刻み込まれてるみたいだから、簡単には治らないのよ。それが歯がゆくて……」

 ぎゅっと握りこぶしを作り、何かに耐えるように新井の視線が地面に落とされる。
 きっと戦っているんだろう。わからないようでわかりきった何かと。

 新井ですらこうなのに、俺に出来ることなんだろうか。不意に、周囲を誰かに囲まれるような錯覚に陥る。

 ……こりゃ、たまらない。実態のない、嘘の情報のはずなのに、簡単に背筋がすくみ上がる。やすやすと覚悟なんて出来るものではないと再認識した。

「今日はみっともないとこ見せちゃったわね」
「まあ、仕方ないだろ。ケースがケースだし」

 帰り道。新井は一旦落ち着いたとはいえ、流石にこのまま一人で帰すのもどうだろうと思い、家まで送ることにする。栄一辺りが「役得だ!」とか言いそうな気が何故かしたが、まあ放置プレー。

「可愛いところを見られた、ということでよしとするさ」
「……いつからそんな気障男になったわけ?」
「おーい、自虐的なフォローのつもりだったんだけどなぁ」
「わかってるわよ。あえて広げるのも、一つの手でしょ?」
「ひでぇ……今一瞬栄一の気持ちがよーくわかったぞ……」
「大丈夫。一応手加減したから」
「あーそうかい……」

 今度からは少しくらい手加減しよう、と思い立った頃には、彼女の住むマンション下までたどり着いていた。

「ま、この後も何もないと思うけど、気をつけろよ?」
「わかってるわよ。いざ起きたら、どうしようもないんだけどね」

 そういって力なく笑う新井。俺はそれを否定できない。
 死なんてものは、身近にあるんだから。
 それは間違いないんだから。

「でも、さ」
「うん?」

 最後、新井はこちらを見つめて、こう言ってきた。

「私が死に面したとき、さっきみたいに助けてくれる?」

 一瞬、フリーズ。すぐ再スタート。

「間に合う限りは、全力でな」
「そう、安心した」

 彼女の後姿は、先程よりは力が戻っているように見えた。


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